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010 使用人の必要性

「……ここかよ」


 俺は思わず呆れたようにつぶやいてしまった。

 

 目の前に建っていたのは、一生縁がないと思っていた豪邸。

 レーナさんに紹介してもらった人から紹介してもらったこの家は、そんな家だった。


 二階建て、部屋数は客室だけで四つ。

 俺たちの部屋やら風呂場、食堂、キッチンまでも含むと、おそらく十は行くだろう。

 細かすぎて、正確には数えていない。


「ふむ、外装は悪くないんじゃないか?」

「ん、おっきい」


 二人は大したリアクションもなく、敷地内に入っていく。

 この辺りの感性に関しては、すり合わせていくのにずいぶん時間がかかりそうだ。


「あ、ちょっと待ってくれ。鍵は借りてるから————」


 俺は二人を追いかけ、扉の前で受け取った鍵を取り出す。

 それを使ってすんなり中に入れば、俺は増々呆然としてしまった。


(ここに住むことになるのか……?)


 天井には光る魔術のほどこされたシャンデリア。

 廊下やエントランスには、どれくらいの値打ちなのかすら分からない置物が置いてある。

 いや、これ何の意味があるんだ————。


「割るなよ、エルドラ。片付けが面倒だ」

「とても失礼。そんなに乱暴じゃない」


 ここに来ても二人は全く動じていない。

 エルドラの方は種族ごと違うのだから理解できるが、ユキに関しては俺と同じ出身のはずなんだがな……。

 

「ディオン、ここに決めるのか?」

「ああ……」


 ここに来て俺が一番驚いたことなのだが、この家、俺たちが今持っている資金で考えると丁度いい値段なのだ。

 ユキはセグリットたちにある程度のアイテムや金を残したらしいが、それ自体もそこまで多い物ではなかった。

 そもそも、彼女は自分の財産に無頓着でほとんどをギルドに預けていたようで、結局大量の資金が残ってしまっている。

 前のパーティで稼いだ金に関してはさっさと使い切ってしまいたいとユキも言うし、もうここで決めてしまっていいだろうな。


「一応部屋を見て回るか」


 頷いた二人と共に、家の中を歩き出す。

 家自体は定期的に清掃が入っているようで、埃一つない。

 ベッドなど、家具類も一通り備え付けてある。

 これなら明日からでも生活を始められそうだ。


「キッチンも広いし、料理するのも悪くなさそうだ」


 ————と、言いつつ。

 

 ユキもエルドラも料理はしないし、俺も茹でるか焼くかくらいしかできない。

 それなりに数を重ねれば人並みにはできるようになるだろうが、正直今はこれに対して努力する気にはなれなかった。


 やっぱりこの設備を無駄にしないためにも、使用人を雇うしかないようだ。


「ディオン、私たちはどこで寝るの?」

「え?」

「三つベッドが並んだ部屋がない」


 きょとんとした顔でそう言い放つエルドラを見て、俺は思わず口を開けた。

 

「いや……それぞれで一部屋使えばいいだろ?」

「え? それじゃ寂しい。ディオンはずっと一緒って言った」


 確かに出会ったその日にずっと一緒だって伝えたが、常にすぐ側にいるって意味じゃなかったんだが————。


「ずっと一緒なら、同じ部屋で寝るべき」

「……どういうことだ、ディオン」


 何故かとなりで冷ややかな視線を向けて来るユキ。

 俺は頬を掻いた後、一息吐いてから口を開いた。


「そう、だな。確かに言った」

「じゃあ寝るところも一緒」

「……分かった、それで行こう」


 うん、折れるべきは俺だ。

 言い出したことを今更否定するのは、さすがに男らしくない。


「……待て、パーティ内で格差ができるのは不味いだろう。それなら私も同じ部屋で寝るべきだ」


 険しい顔でそんなことを言い出したユキに対して、俺は思わず吹き出してしまう。


「お、お前……! それならこんな高い家を買う必要がなくなっちゃうだろ」

「どうせ金は余っているのだ。風呂場が広いという条件もクリアしているし、ためらわずに買えばいいだろう。だが、パーティ内格差をなくすために寝室は共通にさせてもらう。仕方ないからな」


 何が仕方ないのだろうか。

 

 まあ言っていることが間違っているわけではない。

 俺とエルドラが同じ部屋で寝るのに、彼女だけ別室というのは少しだけ違和感がある。

 

 ……これまでずっと同じ部屋で過ごしてきたわけだしなぁ。


「……なら、寝室を一つ作って、それぞれ私物置き場として一部屋ずつ使う。それでいいか?」


 エルドラとユキは睨み合うようにそれぞれ目を合わせた後、どことなく不満が残るような表情で頷いた。


 いや、どうしろと言うんだよ————。


◇◆◇

 と、言うわけで。


 こうして、俺たちは持ち家を手に入れた。

 手続きは三日ほどで終わり、そこから即入居。

 Aランクダンジョン攻略後の休暇も兼ねて色々と物を揃えつつ、今日は初めてこの家で夜を過ごす。


「やはり、すぐにでも使用人を雇うべきだな」


 新たに購入した巨大なベッドの上で顔を突き合わせ、俺たちは今後のことについて話し合っていた。

 それぞれ寝間着姿になっているのだが————その、二人が新たに購入した寝間着が、あまりにも露出が多いというか。

 いわゆるネグリジェというやつだろう。

 生地が酷く薄いことに加え、風呂上がりの多少なりとも火照った体が、妙に煽情的だった。


「……ディオン、どうしたの? 何だか顔が赤い気がする」

「き、気にするな。それよりも、俺もユキの言う通り明日からすぐに働いてくれるような使用人が必要だと思う」


 胸の高鳴りを誤魔化しつつ、俺は話し合いの先を促す。

 

 今日改めて思ったのは、屋敷があまりにも広すぎるということ。

 そして俺たちの生活能力がこの家に追いついていないということ。

 

「掃除に関しては、一週間に一度とかでも大丈夫だろう。できるだけ俺たちがダンジョン攻略で家を空ける時にやってもらって、俺たちがいる間は食事の準備を担当してもらう感じで……」

「人数はどうする? 二人くらいは必要か?」

「うーん……多けりゃいいってもんじゃないから、難しいな。雇うってことは給料を払うってことになるんだけど、俺たちみたいに……その」

「いついなくなってしまうか分からない職業では、急に給料を払えなくなるかもしれない————か?」


 俺が言葉を濁した部分を、ユキは容赦なく貫いてきた。

 

 そう、冒険者はいつ死ぬかも分からない、収入面も含めて酷く不安定な職業だ。

 最強と謳われるSランク冒険者のユキですら、白の迷宮で本調子が出せず死にかけている。

 ダンジョンでは何が起きるか分からない。

 酷くあっさりと死んでしまうことだって、絶対にないとは言い切れないのだ。


「ディオン、まだ金は残っていたな」

「え? あ、ああ」

「それなら、奴隷を購入するという手がある」


 彼女のその発言に対して、俺は腕を組んで考え込む。

 

 奴隷とは、いわゆる売り物にされた人間のことを指す。

 購入された場合、購入者には絶対に逆らえない魔術を施され、場合によっては残虐な目に遭うこともあるそうだ。


 正直、胸糞悪い制度だと思っている。

 だけど最初にまとまった額を用意すれば、言い方は極めて悪いが給料を払う必要はない。

 それこそ食事等の生活面の面倒さえ見ればいいのだ。

 契約時に、俺が帰ってこれなくなった場合は奴隷から解放するという条件を結んでおくことで、万が一の時にも自由を保障してやれる。


「気分がいいとは言えないが、制度としては何の問題もない。利用するのも一つの手だ」

「……確かに、その通りだな」


 俺はチラリとエルドラに視線を送る。


 そうだ、彼女と共にいる以上、その正体を絶対に言いふらさない相手を雇う必要がある。

 信用しきれない人間をこの家に置いておくわけにはいかない。

 その点奴隷であれば、裏切りたくても裏切れないはずだ。


「明日、奴隷市に行ってみよう。今の段階で買うとは言い切れないけど、様子を見ることくらいなら許されるはずだ」


 ユキが頷く。

 エルドラは終始理解していないような顔をしていたが、隣でユキが頷いたのを見て、つられるように一つ頷くのであった。

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