009 冒険者、家を買う
「Aランクダンジョンの攻略、おめでとうございます! 討伐した魔物の素材の換金も終了しましたので、こちら三等分したものをお渡ししますね」
「ありがとうございます、シドリーさん」
「いえいえ。私としても、ディオンさんたちの快進撃の報告を聞けるのはとても嬉しいので、これからも受付嬢として応援させてくださいね」
俺たちの前に、金貨が入った袋が三つ置かれる。
ダンジョンボス討伐後、ギルドに戻った俺たちは受付嬢のシドリーさんに攻略が終わったことを報告し、こうして報酬をもらっていた。
Aランクダンジョンにいる魔物の素材となると、それなりに高額で買い取ってもらえるようになる。
それに俺たちには必要なかったダンジョンボス討伐後に手に入るアイテムも売り払い、かなりの大金を手に入れた。
それこそ、家の一つでも買えるくらいの金だ。
「ディオン、ずいぶんと金も溜まってきたが、これをどう使うんだ?」
「攻略用のアイテムを買うのに使う……と言いたいところだけど、ケールさんの店でいいアイテムは安く手に入るし、それに使う必要もないんだよなぁ」
ギルドを出た俺たちは、レーゲンの街を練り歩く。
いまだ興味深そうに人間社会を眺めるエルドラの姿が、何とも微笑ましい。
「ユキ、何か欲しい装備はあるか?」
「いや……特に思いつかないな。私の剣はこれ一本で事足りているし、鎧はスタイルに合わん」
ユキはそう言いながら、自分の腰に携えた剣に手を乗せる。
その剣はSランク冒険者に相応しい、最上位の代物だ。
魔力を流せば瞬時に刃が研がれ、常に最善の状態を保ち続ける力を持つ。
肉体のスペックが常軌を逸している彼女にとって、余計な効果はなくとも、武器が壊れないというだけで十分な性能になるのだ。
「そうだよな……じゃあエルドラ! 何か欲しい物はあるか!」
前を歩くエルドラに対して、声をかける。
振り返った彼女は首を傾げながら立ち止まると、再び周囲をきょろきょろと見渡した。
「ん……あれ食べたい」
そう言って指を差したのは、串焼き肉の屋台。
うん、そういうことじゃないんだが――――。
「まあ、いいか」
とりあえず串焼き肉を人数分買って、それぞれで食べる。
贅沢な話なのだが、こういう時に小銭がなくていつも困っていた。
今回は金貨で払うなんて迷惑な話は避けることができたが、このままではいつか大金をチラつかせる嫌味な連中になってしまう。
「家でも買うか……?」
街の中央にある噴水広場のベンチに座りながら、ふと思いついたことを口にした。
俺を挟むように座っていた二人が、興味深そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、ほら。宿を拠点にするのも悪くないけど、自由に使えないってデメリットがあるだろ? それなら俺たちの好きに使える大きな家を買った方が、もう少し楽に生活できるんじゃないかなって」
「……ふむ。私は悪くないと思う。継続的に金が出ていくことはなくなるし、宿もやがては手狭になるだろう。明確に拠点と呼べる場所があるのは、私としても安心だ」
適当に言葉にした割には、ユキは意外と賛同してくれているようだ。
俺は続いて意見を求めるため、エルドラへと視線を向ける。
「私はディオンの好きにしたらいいと思う。あなたと一緒にいられるなら何でもいい」
「っ……」
真っ直ぐ目を見つめながらそう言われ、頬が熱くなる。
思わず言葉に詰まっていると、隣からユキに袖を引かれた。
「……何を赤くなっている。私がいることを忘れるな」
「わ、忘れるわけないだろ」
「ならいい」
ユキは不機嫌そうに顔を逸らしてしまう。
そうして俺たちの間に、何とも言えない空気が流れた。
(どうしたもんかな……)
俺はユキのことを家族のように見てきたつもりだった。
しかし最近になって、彼女からは俺が向ける物とは異なる感情を感じる。
俺は――――どう応えればいいのだろうか。
「家を買うなら、大きいお風呂があるところがいい。人間の入浴の文化はとてもいいもの」
そんなエルドラの声で、俺の思考は打ち切られる。
俺は頭を振って一度仕切り直すと、改めてこの話を進ませる姿勢を取った。
「とりあえず反対意見はないみたいだし、俺たちの家を買おう。……できるだけ大きいやつ」
俺の言葉に、二人は頷いた。
◇◆◇
意見をすり合わせた俺たちは、その足でギルドへと引き返していた。
目的は、レーナさんに会うこと。
ギルドはある種様々な情報が集まる場所。
そこの長ともなれば、いい物件の一つでも知っているかもしれない。
再びギルドを訪れた俺たちを不思議に思ったシドリーさんに事情を話しつつ、そのままギルドマスターであるレーナさんに通してもらった。
「家を買いたい?」
自室で書類作業をしていたレーナさんは、訝しげな視線で俺たちを見てきた。
俺たちがそれを冗談と言わない様子を見て、一つため息を吐く。
「まあSランク冒険者ともなりゃ金の使い道に困るってのも悩みの一つだな。いつまでも宿暮らしってのも格に合わねぇってのもある」
「そこまでは言ってないですけど……まあ、その方が色々と自由になるかと」
「まあな。ともかくお前たちなら資金面でも問題はないだろうし、あたしも冒険者用の家なんかを取り扱う奴に顔が利く。紹介してやってもいいよ」
「助かります」
「ただ自由になるとは言え、管理も自分たちでやらないといけなくなるってことは忘れるなよ? それが面倒ならそういう奴を雇いな」
確かに、宿なら従業員が俺たちの留守の間に部屋の掃除をしてくれるが、持ち家だとそうはいかない。
ダンジョンによっては数日空けないといけなくなるし、確かに家に常駐してくれる人間は必要かもしれない。
分かっているつもりだったけど、これは思いの外面倒くさい問題だ。
「ま、とりあえず家だな。ほれ、富裕層の家を取り扱ってる連中の居場所だ。菓子折りの一つでも持ってけよ」
レーナさんはそう言いながら、紙の切れ端に住所と名前を書いてくれる。
俺は礼を告げてそれを受け取り、彼女の部屋を後にした。
「私も後ほど問おうと思っていたが、実際のところ、家のことは誰に任せる? 自慢じゃないが、私は家事などできないぞ」
「分かってるよ」
「……そう言い切られるのも腹が立つが」
何と理不尽な。
ともかくユキに生活能力がほとんどないことは知っている。
そもそも同じ村で過ごしていた時も、彼女は己の鍛錬ばかりで家のことは俺がやっていた時期もあったくらいだ。
直接言いはしないが、ぶっちゃけあんまり当てにしていない。
「エルドラは――――」
「できない」
「……だろうな」
もうそういう感想しか出てこない。
「……雇う方向で進めよう」
俺の決定に頷いた二人を引き連れ、俺はひとまずレーナさんに紹介してもらった人物の下へと向かうのだった。




