007 聖騎士団
聖騎士団————。
セグリットの役職である聖騎士とはまた違い、あくまで"立場"を示した団体の名前。
聖というのは清く正しくという意味であり、様々な国や街に支部が設置されている。
主な役割は、治安維持。
法を犯した者を処罰する権利を持ち、軽いものであれば厳重注意。行き過ぎれば粛正、処刑まで行う場合もある。
もちろんその線引きに関しては国が行うが、ようはそれだけの力がある連中ということだ。
荒くれ者の多い冒険者たちを、唯一抑え込める連中とも言えるだろう。
故に冒険者の多くは彼らのことを好んではいない。
所属しているほとんどの人間が貴族の生まれだったり、身分が保証されているせいもあるかもしれないが。
「騎士団が……何で冒険者を?」
「騎士団としての仕事です。私は、セグリットに近づき、その悪事を暴くためにここにいます」
思わず息を呑んだ。
俺の様子を一瞥したクリオラは、そのまま言葉を続ける。
「事が起きたのは、三年以上前。セントラルで発生した不可解な薬物事件からでした」
「薬物事件?」
「月幸草を使用した、摂取した人間にかつてないほどの多幸感を与えるという薬が一時期流通してしまったのです」
回復魔術師である俺は、月幸草のことをよく知っていた。
主に痛みを誤魔化すための鎮痛剤として使われ、ダンジョンで回復魔術のための魔力が尽きた時などに、その場しのぎで接種することである程度の行動を可能にする。
しかし摂取量を間違えれば、打って変わって劇薬となってしまうという危険性を孕んでいた。
恐ろしいのはその依存性。
少量でも回数を重ねてしまうと、何をしていても薬のことを考えてしまうようになる。
故に加工する際は資格が必要な代物だ。
「出所はおそらく、犯罪組織"虚ろ鴉"」
「"虚ろ鴉"って……あの秘密結社の?」
「はい。多くの犯罪の裏にいると言われる、あの組織です」
"虚ろ鴉"のことは、俺もよく知らない。
ただクリオラの言った通り、大きな事件の裏には必ず絡んでいるとまで言われる大組織だ。
それだけ有名なくせに、トップはおろか構成員の一人すら見つかっていない。
その神出鬼没さから、一時期は存在しないのではないかとまで言われていたが————。
「もちろん今まで一度も尻尾を出さない連中ですから、確証には至っていません。ですが、そう説明しないと説明がつかないくらいに唐突な広がり方だったのです」
「……それが、セグリットとどう関係しているんだ?」
「私たちが薬の回収に追われている中、セグリットが正体不明の人間と接触し、大金を受け取っている所が目撃されたのです」
「それは……」
「その後彼の家を捜索したところ、大量の薬が見つかりました」
俺は思わず前のめりになり、話に食いついてしまう。
「大金と薬……まさか、売人か?」
「……ええ、おそらくは。大量の薬を黒幕から受け取り、それを売りさばくことで金を集めていたのでしょう」
思い返してみれば、奴はいつでも上質な装備に身を包んでいた。
それこそ俺たちがパーティで活動する前、ランクが低い時からその状態であったはず。
冒険者としての収入がそこまでではないはずなのに、何故あれだけの装備を揃え続けられたのか————今、その原因が分かった気がする。
「それだけの証拠が出てきながら、セグリットは粛正されないのか?」
「上層部の見解により、彼を泳がせることにしたんです。少なくとも彼は"虚ろ鴉"と繋がっている……そんなわずかな希望に賭けて」
なるほど、それでパーティに潜り込んだわけか。
それにしても、まさか奴がそんな悪行にまで手を出していただなんて————。
「Aランク冒険者になるまでに随分と時間がかかってしまいましたが……その、騙していて申し訳ありませんでした」
「別にそれを謝る必要はないと思うけど……結局、セグリットから"虚ろ鴉"に繋がる何かは出てきたのか?」
「いえ……それはまだ。ですが、あなたのおかげでそれも時間の問題かと」
「俺の?」
「あなたとユキが抜けて以来、我々は冒険者として大した成果を上げられていません。このまま彼が今の生活水準を保ちたいと思うのなら、もうじき売人に手を伸ばさないといけなくなるでしょう」
そうなれば、あいつは麻薬の出所か、それに近い存在と接触する可能性が高くなる。
そこを押さえることができれば、"虚ろ鴉"に近づけるかもしれないということか。
「あんたみたいな人が何であいつと一緒にいるか……ようやく納得できたよ」
「……いえ、本質的にはそんなに変わりません。私は目的のために、あなたを見殺しにしたのですから」
「それについては、どれだけ時間が経とうとも俺があんたを許すことはない。————だけど、その行動に私怨以上の理由があって……少しだけ安心した」
俺は貸していたローブを羽織り直し、クリオラに手を差し出す。
「俺はあんたとは仲間になれない。けど、あんたの目的に協力することはできる」
「どう、協力すると言うのですか?」
「まずはここから脱出すること。そしてこの先、セグリットが攻略しようと考えているダンジョンを、すべて俺たちのパーティが先に攻略する」
そうすれば、奴はさらに焦るはずだ。
気持ちが急くあまり、準備不足でダンジョンに挑むことだって増えてくるかもしれない。
無謀な挑戦、そして攻略失敗を繰り返せば、今どれだけ資金があろうともそう時間がかからない内に底をつくだろう。
「それをして、あなたに何の得があるというのですか?」
「あいつの後悔する顔が見れる」
「っ、それは————驚きました。意外と聖人というわけではないのですね」
「当たり前だ。あいつだけは、どれだけ謝られようが許しはしない」
クリオラは納得したかのように頷き、俺の手を取った。
そのまま力を込めて、彼女を立ち上がらせる。
この感じからして、体力はかなり戻ってきているようだ。
今となっては、さすが聖騎士団と言わざるを得ない。
「っていうか、さっきは聖騎士団ってことだけに驚いたけど、その歳で副隊長っていうのはすごいな」
「別に、そうでもありません。私の所属する第一部隊の隊長は、私よりも年齢は若いですから」
「え……?」
聖騎士団の実力なら、俺だって知識として知っている。
一番下っ端の兵ですら冒険者換算でCからBランク以上の実力があり、トップ層に関してはAランク相当の実力者がざらにいると聞いた。
クリオラがAランク――——またはそれ以上の実力があるとすれば、隊長と呼ばれるその人間は、下手したらSランク相当の実力者なんじゃないだろうか。
「……ご心配をおかけしました。もう、大丈夫ですから」
「あ、悪い」
唖然としている間、ずっとクリオラの手を握り続けていた。
さすがに不快にさせただろう。
————っと、また俺は相手を気遣って。
互いに気遣い合う必要などないのに、ここまで来るともはや俺の悪い癖だ。
「……ずいぶんと、温かい手をしているんですね」
「え?」
「何でもありません。先に進みましょう」
首を傾げる俺をよそに、クリオラは地底湖の奥にある別の道に歩き出す。
俺は彼女が最後に浮かべたは儚げな表情の正体が分からぬまま、その背中を追って駆け出した。




