003 ロックイーター
「セグリット、どうしたの……? って、ああ……厄介者たちとの遭遇ね」
セグリットの後ろから、不機嫌そうなシンディが現れる。
そしてそのさらに後ろに、いつも通りの表情を浮かべたクリオラが立っていた。
「……行くぞ、ディオン。奴らの顔を見るのは不愉快だ」
「あ、ああ……」
ユキは俺の服の袖を引き、先を急ごうとする。
エルドラも意見は同じようで、セグリットたちから興味なさげに視線をそらした。
「ユキ……さん」
「っ! セグリット! こんな奴らに構うことないわ! さっさと先に行きましょうよ!」
「そ、そうだな」
向こうは向こうでシンディがセグリットの腕を引き、先に進もうとする。
そう、俺たちが危険と判断した方の道に向かって――――。
「おい、そっちは危険だぞ」
「はっ、誰がお前の言うことなぞ聞くものか。行くぞ、シンディ、クリオラ」
一応の忠告は投げたのに、セグリットたちは危険な匂いのする道へと入って行ってしまう。
奴のことは、正直まだ許せそうにない。というか、生きているうちに許せる日は決して来ないはずだ。
とは言え、ここでセグリットが死ぬと分かっているのに見過ごせば、それは奴と同じ位置に立つことになる。
人の命を守る回復術師として、それだけは我慢ならない。
「――――クソッ」
安全な道に行こうとしていた俺は足を止め、地面を踏みつけた。
どれだけ酷い仕打ちを受けようが、そんな相手の安否すら気にしてしまう自分の甘さに腹が立つ。
「ディオン、放っておけと言いたいところだが……今は貴様がリーダーだ。指示があれば従うぞ」
「私も、従う」
ユキとエルドラは、俺の顔を覗き込んでいた。
そうだ――――リーダーが迷っているわけにはいかない。
はっきりとした指示を出して、先導しなければならないのだ。
「……セグリットたちを追う。ただし気づかれないように」
「何故気づかれないようにする必要がある?」
「俺たちが奴らのことを好ましく思わないように、奴らも俺たちのことを好ましく思っていない。合流すれば間違いなくトラブルになる。それと奴らが前にいることで、万が一取り返しのつかない事態が起きた時に俺たちは逃げやすい」
エルドラやユキでも手に負えないような魔物はおそらくいないはずだが、相性が悪い存在くらいはいるかもしれないし、ダンジョン内には問答無用のトラップだってある。
それにまで一緒に巻き込まれてやるほど、お人好しにはなれない。
この行いは正義感から来るものではなく、あくまでセグリットと同じクズにはなりたくないという俺の自己満足なのだから。
「そして俺たちの鼻が確かなら、セグリットたちが向かった先には強い魔物がいる。奴らがそいつと交戦した場合、勝てそうなら気づかれない内に引き返す。苦戦なら様子見。命を奪われそうなほど追いつめられれば、その時は加勢する」
俺の言葉に、二人は頷いた。
◇◆◇
セグリットたちが向かった方の道へ、俺たちも足を踏み入れる。
ここが例え一本道でなくとも、俺とエルドラの嗅覚があれば奴らを見失うことはない。
道の途中には所々魔物の死骸が落ちていた。
傷が新しいことから、セグリットたちが狩っていったものだろう。
(心配するだけ無駄だったか)
Aランクの魔物も瞬殺されているのを見て、俺は自分の行いを早くも後悔した。
奴らは仮にもAランク上位の実力がある。
こんなダンジョンで躓く方がおかしかった。
「っ、ディオン、あの人たち足を止めた」
「そうか……一応確認するぞ」
俺たちは奴らのサーチに引っかからないよう魔力を抑えながら、慎重にその距離を詰めていった。
やがて見えてきたのは、開けた空間。
俺たちは岩陰に身を潜めながら、中の様子を窺う。
「チッ……行き止まりか」
「はぁ、じゃああいつらが向かった先が正解だったわけ? ほんっとに腹立つ」
開けた空間の中心辺りに、三人は立っていた。
空気がかなりこもっていることから、どこか抜け穴があるとかそういうギミックはなさそうだ。
ただ――――。
「ここ、すごく濃い」
「……ああ」
俺たちが嗅ぎ取った血の臭いは、確かにこの場所から発生していた。
しかしパッと見た限りでは血のようなものは確認できない。
それがたまらなく不気味だった。
「おい、ディオン……何だか少し揺れていないか?」
「揺れ……?」
ユキがそんなことを言った矢先、突如として大きな揺れが俺たちを襲う。
膝をつきそうになりながらもかろうじてバランスを取っていると、空間の中心の方で悲鳴が上がった。
「な、何だこいつは⁉」
開けた空間の中心から、太くて長い何かの胴体が姿を現わしていた。
先端には鋭い牙が円状に生えており、その中心には口のような穴が存在している。
人など簡単に丸のみできてしまいそうなほどの巨体————頭の中にとある魔物の名前が過ぎった。
「サンドイーター……!」
砂漠地帯などに出現する、イソギンチャクのような魔物。
突然足元から出現したかと思えば、その上にいた人間を丸のみにしようと攻撃を仕掛けてくる。
飲み込まれれば強力な酸で一時間もしないうちに溶かされてしまうため、素早い脱出を目指すか、そもそも飲まれないよう注意を払って動くような対策をしなければならない。
ただ、奴らは決して砂漠地帯から外へは出ない生物だ。
柔らかい砂の地面でなければ、泳ぐように移動できないからである。
つまりこんな洞窟に出現することなどまずあり得ない。
(まさか……環境に応じて進化した?)
岩だらけの洞窟でも生きていけるよう、硬い地面などを掘れるほどの力と牙を身に着けたのだとしたら――――。
知能もなく、注意を払えばいくらでも対策できるサンドイーターはランクCの魔物だが、岩をも砕く力を手に入れたなら話は別。
砂からしか出てこないはずの奴らが、どこからでも出てこられるようになるということなのだから。
推定ランク――Aプラス。
そしてそのレベルの魔物が、さらに五体。
計六体のサンドイーター……いや、ロックイーターが、地中や壁から出現していた。
標的はもちろん、中心にいるセグリットたちだ。
「くッ……! セイクリッドセイバァァァアア!」
セグリットはロックイーターに向けて光る剣を振り下ろす。
密度の高い魔力の光がその胴体を両断し、不気味な紫色の血液をまき散らした。
「ディオン、加勢する?」
「……いや、奴らも逃げようとしている。それくらいなら加勢しなくても問題なさそうだ」
彼らは踵を返し、俺たちのいる通路に逃げ込もうと走り出している。
ロックイーターは厄介な敵だが、正面から戦わないのであればAランク冒険者なら苦戦する相手じゃない。
鉢合わせを避けるために俺たちも引き返そうとした、その瞬間。
「――――あ」
クリオラの足元から、突然七体目のロックイーターが飛び出してきた。
足の端を噛まれた彼女は、そのまま天井近くまで持ち上げられる。
「クリオラっ! くそっ!」
「セグリット! 待って! 今は駄目よ!」
クリオラを助けようとしたセグリットの前に、さらに十体近いロックイーターが出現した。
もはや見ただけでは何体いるかも分からない。
ここを突破するのはまさしく至難の業だろう。
「っ……セグリット! 私のことは置いて行ってください!」
「け、けど!」
「今は共倒れしないことが先決です!」
クリオラの叫びが響く。
対するセグリットは迷っているのか、いまだ動けないでいた。
「セグリット! クリオラもこう言ってるんだから、さっさと下がりましょ?」
「……分かった。クリオラ! 後で助けに来るから!」
セグリットはシンディに説得される形で、離れるという決断を下したようだ。
クリオラを見捨てて――――。
「……竜魔力強化」
その時、俺の体は自然と動き出していた。




