035 新たなパーティ
2020/10/17
新作始めました!
「歴代最強の魔王軍幹部が勇者の学園に潜入した結果 ~魔王様、勇者たちが弱すぎます~」
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「ゆ、ユキ……どうしたんだ?」
「ディオンに用があってな。お前の用事は済んだのか?」
「ああ、今終わったところだけど」
俺の言葉を聞いたユキは、真剣な顔つきで一歩距離を詰めてくる。
思わず仰け反ってしまうくらいには妙な迫力を感じた。
「ディオン、お前はこれからどうするんだ?」
「ど、どうするって――――」
「私はお前にパーティに戻ってきてほしい。私にはお前が必要だ」
思わず口を噤む。
傍から見れば、これほど光栄なことはないのだろう。
Sランク冒険者として名高いユキ・スノードロップに誘われているのだ。
一般冒険者なら即答で食いつく案件。
しかし俺は後ろ向きに考えていた。
「悪いけど、俺は……」
「ディオンは私といるから、もう他の人のところにはいかない」
「え?」
突然腕を強く引かれ、俺はエルドラに抱き込まれる。
二の腕に触れる二つの柔らかな感触に思考がショートした。
混乱と激しい動悸の中で恐る恐る目の前のユキに顔を向ければ、今まで見たこともないような、まさしく氷の女王とでも形容すべき表情を浮かべていた。
普段どちらかと言えば強気な顔をしているユキだが、怒りを覚えたときは異様に冷たい顔をする。
今回はそれの究極系だ。
ただ、ここは男として俺も言わなければならないことがある。
「ユキ……俺はお前のパーティに戻るつもりはないよ。俺はもうエルドラと一緒にいるって決めた。それに…… セグリットや、シンディもそっちにはまだいるだろ? だからここで――」
「ならば、私もディオンのパーティへと入ろう」
「は?」
さっきからまるで思考が追いついていない。
俺が素っ頓狂な声を上げた頃には、空いている方の腕はユキによって絡め取られていた。
胸当てによって柔らかさなどは伝わってこないが、確かな体温はよくよく感じられてしまう。
「ディオンも男だ……こ、こうすれば喜ぶのだろう?」
「い、いや⁉ そりゃ悪い気はしないけど今やることじゃ」
「何だっ、不満か?」
いつになく頬を赤らめ、ユキは必死に俺の腕にしがみついている。
ああ、どうすればいいのか。
「ゆ、ユキさん……? 今の話はパーティから抜けるってことですか……?」
そこで突然、割り込むような声が入ってきた。
セグリットだ。
彼はシンディとクリオラを連れて、俺たちの前に立つ。
「……セグリット、私は貴様をまだ許したわけじゃないが」
「それについては誠心誠意謝罪をしたじゃないですか……! それよりも、あなたがそこの男のパーティへと参加してしまえば僕らはどうなるんです⁉ 我々は四人でSランクパーティだったのに!」
——この男、まるで反省などしていないように見える。
四人、つまり自分とシンディとクリオラ、そしてユキのことだろう。
俺の方を一瞥もしないことから、俺はもう眼中にすら入っていないらしい。
「貴様に引き留める権利などない。パーティ内で私が管理していた物ならくれてやる。武器でも資金でもいくらでも持っていくがいい。だが、代わりに私は抜けさせてもらうぞ。貴様らの顔などもう見たくもない」
「なっ……! そんな勝手な」
誰が言うかよ、それ。
心の中で思ったはずだったが、どうやら口に出してしまったらしい。
怒りの形相を浮かべ、セグリットは俺を睨む。
おかしい、怒りをぶつけていいのは本来俺であるはずじゃないだろうか。
「っ……後悔しても遅いですからね。僕はあなたでも手が届かないような最強の冒険者になる。そのときに泣いて懇願しても、もう仲間には加えません」
「勝手にしろ。そんなことはあり得ないからな」
「くっ……! 行くぞ!」
セグリットは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた後、俺たちに背を向ける。
「ディオン……! 何やら卑怯な真似でブラックナイトを倒したようだが、調子に乗るなよ。僕に恥をかかせたことを後悔させてやる。覚えておけ!」
そう言い残し、彼は不安げな様子のシンディを連れて俺たちの前から去っていく。
もうすでに、俺から奴に対しての怒りは薄れていた。
代わりに生まれた感情は、哀れみ。
「普通に嫌だな、覚えとくなんて――――ん?」
ぼそりとつぶやくと同時に、俺はクリオラがセグリットについていかずこの場に残っていることに気づいた。
彼女はじっと俺を見ると、ゆっくりと頭を下げる。
「この度は、あなたに命を救っていただいたと認識しています。これまでの行いを謝罪させてください」
「……もういいって。俺も、あんたらも、もう関わらないで生きていく。それが一番だろ?」
「そう、ですね。それで済めばいいのですが」
何やら意味深なつぶやきを残し、彼女は再び頭を下げる。
そのまま踵を返したと思えば、セグリットたちの背を追って去っていった。
「結局、あいつディオンに謝らなかった。とても腹立たしい。最後の女はまだ少しマシだけど」
「セグリットは俺に頭を下げるなんて死んでも嫌なんだろう。まあ、死んでもあの傲慢すぎる態度はなくならない気がするけど」
奴はああいう人間だ。少なくとも死ぬまでそれが変わることはないだろう。
何度も言うようだが、できることならもう会いたくない。
ともあれ、これで騒がしいのがいなくなった。
問題はふりだしへと戻ってくる。
「それで……ユキが俺たちのパーティに入りたいってのは本当なのか?」
「もちろんだ。ディオンのいる場所に私はいる」
「まあ、ユキのことは人並み以上に知っているつもりだし、俺としては嬉しいけど」
そこで、今一度俺はエルドラへと視線を向ける。
頬が少し膨らんでいて、どことなく不満そうだ。
「……今の俺のパーティは、エルドラがいてこそだ。だから俺の意見だけじゃなく、彼女の意見も尊重したい。……エルドラ、どうだ?」
俺の問いかけに、エルドラはまず沈黙で返した。
ほんの数秒、体感ではもう少し長い時間を経て、彼女はようやく口を開く。
「——私たちは、二人で十分。だからもう一人なんていらない。でも……大切な人と引き離される苦しさは、何となく分かる。ディオンの大切な人に、そんな酷いことはしたくない。だから、いいよ」
エルドラのその言葉に、ユキは驚いた様子で目を見開いていた。
そんな表情を見たエルドラは、再び頬を膨らませる。
「何か不満なの?」
「いや、すまない……私は貴様のことを見誤っていたようだ」
ユキは俺の腕を離す。
そして一歩前に躍り出ると、俺たちに向けて頭を下げた。
「ユキ・スノードロップだ。寛大な心に感謝する。どうか仲間に入れてくれ」
「……私はエルドラ。歓迎はしない。これからはライバルだから」
「ああ、それでいい。貴様に感謝こそすれ、対抗心まで失ったつもりはない」
「む、生意気」
姿勢を戻したユキとエルドラの視線が、なぜか火花を散らしている錯覚を覚えた。
もちろん、実際にそんなことが起きているわけではない。
気のせいだろうか?
「……ま、いいか。ともかくユキ、これからもよろしくな」
「こちらこそだ。このパーティの飛躍に大きく貢献することを約束する」
表情を柔らかくしたユキを見て、俺もほっと胸を撫で下ろす。
ユキの強さなら、誰よりも俺自身が知っている。
エルドラに加えユキまでパーティメンバーに加わるだなんて、これ以上の贅沢など存在しない気がした。
「俺たちの目標は、Sランクダンジョンの完全攻略だ。何で明確にこの目標を立てているかは、また改めて話すよ。今日はひとまず親睦を深める会ということで……」
「すまない、その前に荷物を取ってきてもいいだろうか? セグリットたちにほとんどくれてやるとは言ったが、必要な物もあるからな」
「ああ、分かったよ。それなら俺たちの宿の場所を――」
そうして俺が教えようと思ったとき、突然ユキの眉がぴくりと上がった。
「まさかとは思うが、お前たちは同じ部屋で寝泊まりしているのか?」
「あ、ああ……まあ」
何だかまずいことを言った気がする。
どう弁解したものかと考えていると、俺の腕を離したエルドラが強引に割り込んできた。
「うん。一緒の部屋。そして一緒に寝てる」
「何だと⁉ ディオン!」
この流れがよくないことくらいは俺にも分かる。
ただここで誤魔化すのも不誠実なような――。
「……確かに一緒の部屋ではある。金もあんまりなかったから、節約の意味も込めてな。だけどもちろんベッドは二つだ。それぞれで寝てるよ」
「そうか……そうか」
ユキは顎に手を当ててしばらく考える様子を見せた後、突然照れた様子で顔を上げた。
「な、ならば! 今日からは私もその部屋で寝泊まりしよう! ベッドが二つでも大丈夫だ、私はディオンと共に寝る」
「それは今までで一番聞き捨てならない。それなら私のベッドを譲ってあげる。だから代わりに私がディオンのベッドで寝る」
「パーティに参加したのは私の方が後だ。我慢するならば私の方だろう。なあに、ディオンとは昔そういう風に寝た経験もある。貴様は大きなベッドで一人で寝るがいい」
「む、我慢の話だったら同感。だけどそれなら今回は私の意見が優先されるべき。それに前にやったことがあるならこれからは譲るべき」
「何だと?」
ああ、今度ははっきりと火花が見える。
通行人が悲鳴を上げそうなほどの威圧感のぶつかり合いだ。
好かれている――と思っていいのだろうか。
だとすれば俺はきっと喜ぶべきなのだろう。
しかし申し訳ない。今はそんな気分になれそうもない。
今俺がすべきことは、一刻も早くこの二人の争いを止めることだ。
「宿ならもっと広い部屋を借り直すから! ここで揉めるな!」
この二人が俺の言うことを素直に聞いてくれたかどうかは、またいずれ語るとしよう。
こうして俺たちは、はぐれ者から三人のパーティとなった。
まさに理想の形で終わったと言っていいだろう。
——後から知ることにはなるが、同じく三人になってしまったセグリットのパーティは、ダンジョンへの無謀な挑戦を繰り返しては失敗し評判を落としていった。
それが今後どんな波乱を呼ぶことになるか、もちろん今の俺には想像すらできない。
「ほら、行こう。ディオン」
「行くぞ、ディオン」
二人の頼もしい仲間が、俺を呼んでくれる。
それが妙に嬉しくて、心の底から笑みがこぼれた。
「——ああ、今行く」
♦
城の迷宮――――もとい、白の迷宮の最深部。
崩れ去ったダンジョンボスである巨大な魔獣の上に、その女は座っていた。
「ふむ、これで一つ目。中々手間がかかったのう」
彼女、神竜アビスの手には、白銀の剣が握られていた。
それはまるでディオンの持つ神剣シュヴァルツの対として作られたような、そんな印象を受ける。
「……そうか、我とはやはり契約を結んではくれぬか」
アビスは嘲笑するかのように言い放つと、亡骸の上から下りる。
そして白い剣を自身で生み出した黒い霧の中にしまい込んだ。
「まあよい。貴様の力は我には不要だ。……のう? 神剣ヴァイスよ」
足音すら立てず、アビスはボスのフロアを後にする。
ディオンとエルドラ、そして新たな仲間、ユキ。
彼らとアビスの因縁は、まだ始まったばかりである。
これにて一章完結とさせていただきます。
二章につきましては他作品の予定などもありまして具体的な更新頻度などは提示できませんが、今までのペースを守ることが一番の目標です。
今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。




