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030 今までの彼とは

 ある日、俺の住んでいた村に一人の少女が連れてこられた。

 名前はユキ。ユキ・スノードロップ。

 それは決して村の人間たちがつけたわけでなく、森の中で倒れていた彼女の首に、そんなネームプレートがかけられていたらしい。

 ユキを拾ってきたのは、俺を育て、そして魔術を教えてくれていた爺さん(・・・)だった。


『お前さんと丁度同い年くらいだろう。仲良くせい』


 それからしばらく――というにはだいぶ長い時間を、俺とユキは共に過ごした。

 確か初めて会ったのが四歳とかそんなときだったから、かれこれもう十五年以上。

 その間で俺は、ユキが自分とは違う次元にいる存在だと気付いた。

 

 だから、想像すらしていなかったんだ。


 あれだけ桁違いだった彼女が、膝をついているところなんて――――。


「……ディオン?」


 俺の後ろにへたり込んでいたユキが、俺の名を呼ぶ。

 頭部裂傷、腹部に刺し傷。

 これだけの血を流しているユキは初めて見た。

 自分の中に、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じる。

 それは彼女をこういう目に遭わせた敵に対してじゃない。

 肝心なときに側にいられなかった、俺自身にだ。


「……エルドラ、少し時間を稼いでくれ。ロギアンさんは後ろの四人の護衛を」


「うん」


「了承した」


 後から隣へとやってきたエルドラに正面を任せ、ロギアンさんには動けないであろうセグリットたちを任せる。

 そうしてようやく、俺は体ごとユキへと向き直った。


「悪い、遅くなって」


「本当に……ディオンなんだな」


「ああ。急にいなくなったことも……その、悪かっ――」


 最後まで謝罪を口にする前に、俺の体はユキによって抱きしめられていた。


「ディオン……! お前がいなくなって、私は……! 私はっ!」


「……」


 言葉を返すことができず、俺はただ彼女を抱きしめる。

 ユキは泣いていた。

 今まで生きてきた中で、一度も見たことのない涙だった。

 こんな顔をさせてしまったのは、すべてセグリットのせいにすることができる。

 ただ、それじゃ駄目なんだと再認識した。

 結局は俺が甘えていたんだ。

 自分が強くなることを諦めていたんだ。


 俺は体を離すと、ユキの腹に手をかざしてヒールを唱える。

 頭部も同様。

 こうして傷が完治した彼女は、呆気に取られた様子で俺を見上げていた。


「ここから見ていてくれ。俺が――――あいつを倒すところ」


(どうして――――胸がもやもやする?)


 ディオンに指示を受けたエルドラは、いまだ立ち上がってこないブラックナイトのヘイトを買うべく最前線に立っていた。

 しかし、意識がどうしてもディオンたちの方へ向いてしまう。

 抱きしめ合っている二人を見て、エルドラはいまだかつて味わったことのないような胸の違和感に襲われていた。


「……何だか、とても不快」


 誰にも聞こえないようにつぶやいたエルドラは、ここで意識を切り替えた。

 瓦礫を吹き飛ばし、ブラックナイトが立ち上がる。

 エルドラはやるべきことをやるべく、視線をブラックナイトへと向けた。


「ランクSプラス、フクスウタイシュツゲン。コウセンをサイカイ」


「……倒しちゃったらどうしよう」


 暢気なことをつぶやくエルドラに対し、ブラックナイトが襲い掛かる。

 ユキ以外は誰も反応できなかった速度のある一撃。

 しかしエルドラは、真上から振り下ろされた剣を蹴り飛ばす(・・・・・)ことで弾いてしまった。


遅いよ(・・・)?」


 エルドラはブラックナイトの懐に飛び込むと、胸に対して掌底を叩きこむ。

 シンディのクリムゾンスピアを受けた際よりも大きな衝撃がブラックナイトを貫き、後方へと吹き飛ばした。


「——タイショウ、ランクSプラスからランクSSにヘンコウ。リミッターカイジョ」


 跳ね上がるように起きたブラックナイトは、両手に漆黒の剣を創造する。

 単純に手数が二倍になったと考えれば、ブラックナイトに苦戦した者たちはその脅威度が分かるはずだ。

 

「頑丈……面倒くさいタイプ」


 ブラックナイトは今までにない速度でエルドラに襲い掛かる。

 両手の剣による目にもとまらぬ連続攻撃――。

 命中すれば、人間の体など瞬く間に細切れになってしまうだろう。

 命中すれば、の話だが。


「最初からやればいいのに」


 エルドラは最低限の動きで、それをかわしていく。

 華麗なステップを混ぜたその動きは、髪の一本すら剣に掠らせない。

 やがて痺れを切らしたブラックナイトは、一歩下がると同時に両腕を引き絞った。


「——ブラックヴァイツ」


 それはユキを貫いた一撃――ブラックショットと非常に酷似していた。

 一本のときですら回避不能の速度で繰り出されたその一撃が、さらにもう一つ。

 加えてユキに放ったそれよりも、速度が上がっていた。

 

(これは避けられない……)


 その速度は、エルドラですら簡単に避けられるものではなかったらしい。

 避けられないのであればと、エルドラはこの攻撃がどこに命中するか、その一点だけを見極める。


竜ノ鱗(ドラゴンメイル)


 二本の剣先がエルドラの腹部に命中した瞬間、甲高い音が響き渡る。

 彼女の腹部には、本来の姿の一部である鱗が浮かび上がっていた。 

 それによって剣はエルドラの体を貫くことはなかった――が。


「うっ……」


 エルドラがうめき声をあげると同時に、その体はディオンのいる方向へと吹き飛ばされてしまう。

 剣が身を傷つけることはなかったが、勢いを殺すことはできなかったのだ。

 空中で体勢を立て直したエルドラは、すぐさま着地する。

 そうして彼女は、一つため息を吐いた。

 ダメージがあったわけではない。

 自分の出番がここまでであることを悟ったのだ。


「——もうおしまい?」


「ああ、交代だ。エルドラはロギアンさんに合流してくれ」


「……分かった」


 エルドラは一つ頷くと、前に出てきたディオンと入れ替わる。

 すれ違い様、彼女はディオンにこう告げた。


「思ったよりも速い攻撃がある。かなり危険。大丈夫?」


「危険は最初から承知だよ。それでも、俺にやらせてほしい」

 

 彼の表情を見たエルドラは、口を噤む。

 ディオンは、覚悟を決めた者の顔をしていた。

 それ以上何も告げることなく下がったエルドラは、ふと、背後に目を向ける。

 視線の先で、ユキがふらつきながらも何とか立ち上がろうとしていた。

 

「何、してるの?」


「ディオンと共に戦うんだ。彼ではあの魔物は倒せない……私が前線に立たなければ――」


「駄目」


「なっ⁉」


 エルドラはユキに足を引っかけると、そのまま転ばせる。

 驚くユキをよそに、エルドラは素知らぬ顔で前を向いた。


「今のディオンは、もうあなたの知っているディオンじゃない」


「……どういう意味だ」


「見ていれば、分かる」


 それきり、今度こそエルドラが口を開くことはなくなった。

 何か言いたげな様子を見せていたユキであったが、新しく出現した圧倒的な気配を察知し、顔を上げる。


 その目線の先には、ディオンが立っていた。

 

 姿形は、間違いなくユキの知っている彼である。

 しかしその存在感は、到底ユキの知っているそれではなかった。

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