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028 特別指定魔物

(おいおい……まさかこの分厚い扉を細切れにして入ってきたってのか?)


 ブランダルの視線は、ユキの持っている剣に向く。

 どこまで洗練された剣技を用いれば、こんなにも綺麗な断面で切断が叶うのだろう。

 セグリットやシンディとは桁の違う実力を想像し、ブランダルの頬を一筋の冷や汗が伝った。


「クリオラ、これを飲め」


「あ……ありがとうございます」


 ユキはシャドウナイトたちから視線をそらさず、クリオラに対して魔力回復ポーションを渡す。

 受け取ったクリオラは、迷いなくそれを飲み干した。


「それでシンディの治療を間に合わせろ」


「はい……! これなら」


 クリオラはシンディに向き直り、ジオ・ヒールをかける。

 失った血液の分だけ顔色が悪いものの、これでひとまず一命を取り留めた。


「貴様はまだ動けるな」


「お? おう……」


「三人を頼む。こうも敵が多いと取りこぼすかもしれない」


 ユキはゆらりと剣を揺らしながら、四人の前に立つ。

 それを目にしたブランダルは、思わず斧を構えて言われた通りにセグリットたちを守るように立ってしまった。


「すぐに終わらせる」


 そうつぶやくと同時に、ユキはシャドウナイトの群れにその身を投げた。

 そこから始まったのは、ただの蹂躙劇。

 彼女が剣を振れば、まるで柔い女の肌を割くかのようにシャドウナイトの鎧が斬り伏せられていく。

 魔力や魔術などは関係ない。

 そこには純粋なまでの剣の技術が存在した。

 

「ここまで……力の差があるのか」


 セグリットは膝をついたまま、ユキの戦いを呆然と見つめていた。

 ランクに関して言えば、一つしか違わないはず。

 それなのにセグリットは彼女との間に明確な越えられない壁を感じていた。

 今まで近くでそれを認識していたはずなのに、改めて自分を追い詰めた相手を軽々と捻るのを目の当たりにして、気持ちが折れかけるのも仕方ない。

 

(……妙だ)


 シャドウナイトを斬り伏せながら、ユキの頭には疑念が浮かんでいた。

 戦闘速度についてこれていないセグリットたちは気づかない。

 ユキに倒される以外の方法で、シャドウナイトが数を減らしていることに。


(いや、好都合か)

 

 ユキはそこで思考を打ち切った。

 敵が自ら数を減らす――つまり逃走の可能性が高いのであれば、自分の手間は省ける。

 そう考えた上で、戦闘へと意識を戻した。


 ————この行為こそが、彼女の唯一の失敗である。


 普段のユキ・スノードロップではありえない、決定的なミス。

 それが浮き彫りになるのは、この直後のことであった。


「——斬華」


 舞うような、それでいて武に昇華された剣術がシャドウナイトを斬り捨てていく。

 最後の一撃で奴らの鎧を真っ二つに両断すれば、彼女の周りには亡骸が並ぶのみとなった。

 

「状況終了か」


 ユキは剣をしまい、四人の下へ戻る。

 そのときには丁度シンディの治療を終えたクリオラがセグリットの治療に移っており、彼ら自身もようやく立て直していた。


「助かりました……ユキさん」


「お前たちが追いつめられるとはどんな状況なのかと思えば、これは確かに異常事態だな」


「ええ、まさか門番の部屋に他の魔物が出るだ……なんて――」


「……どうした?」


 セグリットがユキの向こう側の景色の一点を見つめて固まる。

 ユキ自身も振り返って確認すれば、そこにはぽつんと一つの人影があった。


 それは一見シャドウナイトに見えた。

 

 しかし五人が五人とも、これは違う(・・・・・)と判断する。

 まず造形。

 無駄に突起の多かったシャドウナイトの体から、まるで角が取れたかのようなスリムな形だった。

 そして、その場にいるだけで周りを圧倒してしまいそうなほどの威圧感。

 どうしても今までのシャドウナイトと同じだとは思えなかった。


「————駄目です、逃げましょう」


 口を開いたのは、クリオラだった。

 その顔は青ざめており、到底普段通りとは言えない震え方をしている。


ブラックナイト(・・・・・・・)……! 特別指定魔物です!」


 特別指定魔物とは、Fランクから始まりAランクまで、そしてその上にSランクという規定がある中で、その枠に収まらなかった(・・・・・・)魔物である。

 他の魔物にはない特徴を持っていたり、明確にSランクの魔物よりも強いというわけではないが、まず遭遇を避けるべき存在だと言われている。

 

「どうして……これまで観測されたのだって片手で数えられるくらいだったのに」


「……どうやら、私がしくじったらしい」


「え?」


 ブラックナイトの影から、突如として数体のシャドウナイトが現れる。

 そしてそれらの魔物たちは、まるで溶けるかのようにブラックナイトの体に同化していった。

 同時に、ブラックナイトの気配がさらに強まる。


「どうにもシャドウナイトの数が減っていると思えば、こういうカラクリだったわけか」


 ユキには知りようもないことだが、シャドウナイトは彼女をもっとも恐るべき敵だと認識していた。

 故に少しずつ戦線を離脱し、一つに集まった(・・・・・・・)

 ユキが初めから全力で蹴散らしていれば、ブラックナイトという特異な存在は生まれなかったということになる。


「あいつが真の門番だったってわけか。まんまとやられたなぁ」


 ブランダルは頭を掻く。

 囚われていた虎は彼らを釣るための餌。

 タフなものをそこに縛り付けておくことで、冒険者がそれを倒すために疲弊する。

 そして戦力を削いだ後、シャドウナイトが取り囲むのだ。

 ここまでですでに卑劣。

 しかしさらに上があったのだ。

 相手がシャドウナイトを切り抜けるような存在であったのなら、最後にこのブラックナイトが現れる。

 何十年と冒険者として活動していないセグリットたちですら断言できた。


 こんなダンジョンは、いまだかつて存在しない――と。


「やつは私が倒す。全員転移の魔道具で脱出しろ」


「そ、それは無理です。さっき僕らも試したんですが、なぜか使えなくて」


「……チッ」


 ユキは懐から自分の魔道具を取り出し、確認する。

 するとやはり何の反応も示さない。

 セグリットの物と同様のようだ。


「どんな手を使ってでも攻略させないつもりか……仕方ない。お前たちは隙を見て元来た道を引き返せ。回復した今の状態なら戻ることくらいはできるだろう」


「っ……分かりました」


 セグリットは悔しげに表情を歪め、握っている折れた剣に目を落とした。

 せめて武器が壊れていなければ、助太刀できていたかと考える。

 しかしそれもすぐに首を横に振って否定した。

 例え五体満足で万全の準備を整えていたとしても、ブラックナイトには敵わない。

 そう理解してしまったが故の悔しさだった。


「ブランダル、シンディを担いでくれ。まだ目を覚まさないからな。クリオラは後衛を頼む。ホワイトナイト程度ならこの武器でも僕が前衛を担当できるからな」


 自分の指示にブランダルとクリオラが頷いたのを確認して、セグリットはユキが切り開いた出口へと目を向ける。

 その行為がトリガーを引いた。


「ッ⁉」


 目を見開いたのはユキだった。

 とっさに体を守るように剣を構える。

 それとほぼ同時に、強い衝撃が彼女を襲った。

 

「ユキさん⁉」


 セグリットが叫ぶ。

 彼女を吹き飛ばしたのは、ブラックナイトの一撃。

 ただ剣を振り下ろしただけで、圧倒的な強さを誇っていたはずのユキの力ですら一秒と耐えられなかったのだ。

 加えて、吹き飛んだ方向も悪かった。


「おい……まずいぞ」


 ブランダルの言葉の通り、彼らは自分たちが置かれた状況に気づき冷や汗を流す。

 ユキが吹き飛ばされたのは彼らが逃げようと考えていた出口の方向。

 つまり自分たちがもっともブラックナイトに近い位置にいることになる。

 それでもユキを狙ってくれるだなんて、そんな慈悲が魔物にあるはずもなく――――。

 

「来るぞ! 構えやがれ!」


 そうして絶望が、彼らへと襲い掛かった。

 


 

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