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027 救世主

「ちくしょう! キリがねぇ!」


 ブランダルの斧がシャドウナイトを薙ぎ倒す。

 しかしホワイトナイトよりも頑丈なその体は、簡単には破壊できない。

 せいぜい距離が空く程度で、すぐに立ち上がってくる。


「くっ! 怯むな! 少しでも数を減らせ!」


 魔力をまとわせた剣を用いて、セグリットはシャドウナイトを斬り伏せる。

 セグリットの魔力はシャドウナイトに相性が良いようで、魔力が弾かれにくい。

 それを利用して、彼は剣の威力を高める魔術を使い続けていた。

 ただ――限界というものはいかなる物にも存在する。


(この魔術を使う程度の魔力ならまだ残っている……! 三人が上手く時間さえ稼いでくれれば突破口が――――)

 

 視線を自分たちが入ってきた後方の扉へと巡らせる。

 あそこまでたどり着くことさえできれば、まだ引き返せるかもしれない。

 そんなわずかな希望に縋るべく、セグリットは再び剣を振るった。


 ——そのときのことである。


 甲高い音が響き渡り、セグリットの手から手応えが抜けた(・・・)

 呆気に取られたセグリットが手元を見る。

 そこには、剣の中腹から先の刃が存在していなかった。

 彼が自覚する前に、足元に何かが突き刺さる。

 それはなくなった剣の先。

 自分の剣が折れたことを自覚したのは、そのときであった。


「セグリット! 剣が……っ!」


 気づいたクリオラが叫ぶ。

 次の瞬間、セグリットの背筋に寒気が走った。

 とっさに前方に回避行動を取るが、同時に背中が熱を帯びる。

 苦痛に顔を歪めた彼の足元には、背中から流れ出た血が滴り落ちていた。


「くそっ……油断も隙もない」


 視線の先には、新たに出現したシャドウナイト。

 剣が折れた際の意識の曇りを突き、背後から近づいてきていたのだ。


「っ! 今すぐ治療を」


「無理よ……セグリットの剣まで折られたんじゃ、もうお終いだわ」


「シンディ! 前を向いてください! 今諦めればそれこそ本当に――」


「ふざけないで! こんな状況でできることなんてあるはずないでしょ⁉」

 

 シンディは叫び散らしながら、三人に背を向ける。

 そして何を思ったのか、そのまま自分たちが入ってきた巨大な扉の下へと駆け出した。

 

「嫌……! 嫌よ! こんなところで死にたくない! せめて私だけでも――」


 彼女の口から漏れる言葉は、自分だけでも助かろうという浅い考え。

 当然のように、その逃げる先にはシャドウナイトたちが群れている。

 そんな奴らを吹き飛ばすため、シンディは魔術を放とうとした。

 しかし、シャドウナイトたちはまるでエスコートでもするかのように、彼女の行く手を開ける。

 明らかなる異常事態。

 それでも冷静さを欠いているシンディは、足を止めることができなかった。


「やった! 助かった!」


 シンディは部屋から出るべく、扉に手をかけた。

 そしてすぐに、その顔から表情が抜ける。


「何で……何で何で何で何で⁉」


 いくら押せど、引けど、扉はびくともしない。

 シンディに力がないからではない。

 元々開かぬようにできていたかのように、まったく動かないのだ。


「あ……開きなさいよ! さっき開いたでしょ⁉ さっさと開いて――」


「っ! シンディ!」


 クリオラの視線の先で、シャドウナイトの剣がシンディの胸を貫いた。 

 崩れ落ちる彼女を、シャドウナイトたちは取り囲んで眺めている。

 表情などないはずなのに、まるでそれはシンディを嘲笑っているかのように見えた。


「ブランダル! シンディを助けます! 道を切り開いてください!」


「馬鹿かテメェ、あんな奴に構ってる暇ねぇだろ」


「ここで死なせるわけにはいかないのです! 今じゃない……今じゃないんです!」


「テメェは何言ってんだ……? チッ、まあしゃーねーか。こんな短時間で二回も撃ったこたぁねぇんだけどな」


 ブランダルは近場のシャドウナイトを蹴り飛ばして距離を稼ぐと、斧を大きく振りかぶる。

 そうしてシンディに群がるシャドウナイト目掛け、門番に対する攻撃と同じように斧を投げ飛ばした。


「アックススロー!」


 横に回転する形で飛んで行った斧は、地面に倒れているシンディ以外の存在を破壊する。

 そして扉にめり込み斧が止まったのを確認して、クリオラは彼女へと駆け寄った。


「くっ、この傷は今の魔力じゃ治せない……」


 クリオラは懐から液体の入った瓶を取り出すと、迷いなくシンディの傷口へとかける。

 回復のハイポーション――飲ませずともかけるだけで効果を発揮する代物だ。

 その性能のおかげで、シンディの傷はわずかに塞がる。

 しかしまだ絶えず血は流れ出しており、すぐにでも治療を必要としていた。


「ジオ・ヒール!」


 緑色の光がシンディを包み、傷を癒す。

 ヒールよりも強力な魔術であり、今のクリオラの魔力で扱える限界だ。

 ここまで尽くしても、まだ傷は塞がらない。

 せいぜい寿命を延ばした程度。

 完全に命を救うには、もう一度ジオ・ヒールが必要となる。


(あと一回……あと一回なのに! もう魔力が足りない)


 クリオラの顔に、絶望の色が浮かぶ。

 そんな彼女の真横に、鎧を砕かれたセグリットが転がってきた。

 彼は歯を食いしばって立ち上がろうとするが、満足に体を支えることすらできず床に崩れ落ちる。

 

「クリオラ……! ヒールだ! 僕にヒールをかけろ!」


「で、でも――――」


「こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ! 怪我さえ治ればどんな手を使ってでも奴らを全滅させる! そうでもしなければ生き残れない!」


 膝を震わせながら、セグリットは立ち上がろうと体を起こす。

 その姿を見ても、クリオラは彼にヒールをかけようとしない。

 いや、正確にはかけることができない。

 もう満足に彼を回復させる魔力すら、もうクリオラには残っていないのだ。


「——チッ、潮時か」


 鎧も剣も砕かれた聖騎士に、魔力のない賢者。

 加えて意識のない魔術師を前にして、投げ出すようにつぶやいたのはブランダルだった。

 扉にめり込んだ斧を引き抜き、彼――――いや、その中にいる彼女(・・)は、気怠そうにため息を吐く。 

 しかし、異変が起きたのは次の瞬間のことであった。


「ん……?」


 斧を引き抜いた場所に、線が走る。

 部屋に入った際には存在しなかった線だ。

 ブランダルが疑問に思ったのもつかの間、その線は徐々に数を増やす。

 無差別に、法則性もなく増えていく。

 やがて扉全体に線が広がったと同時に、端からまるでパズルが崩れていくかのように崩壊を始めた。

 扉としての機能を失った残骸の向こう側には、ぽつんと人影が立っている。


「——どうやら、間に合ったようだな」

 

 その何者かが部屋に足を踏み入れた瞬間、一斉にシャドウナイトたちが扉側から距離を取った。

 彼女の技量を、内包する魔力を、その身で感じ取ったのだろう。


「ユキ……さん」


「……休んでおけ、セグリット。後は任せろ」

 

 氷のように冷ややかな視線をシャドウナイトに向けながら、ユキ・スノードロップはそう告げるのであった。

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