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025 そういう女

「あん? セグリットたちが帰ってこない?」


「ええ、ダンジョン前キャンプから連絡がありまして……十二時間の探索予定をすでにオーバーしていると」


 冒険者ギルドが今日の営業を終えようとしていた間際のこと、連絡を請け負っている従業員が焦った様子で飛び込んできたことで、ギルドマスターであるレーナは頭を悩ませていた。

 Aランク冒険者であるセグリットたちが規定時間を越えてもダンジョンから出てこない。

 それはつまり救助隊を派遣しなければならない状況ということになる。


「チッ……ディオンたちが正しかったって訳か?」


 Aランクの冒険者がホワイトナイト程度に後れを取ることはまずありえない。

 つまるところ罠にかかったか、ホワイトナイト以上の魔物が出現した可能性があるということ。

 

「ブランダルのパーティはいるか? あいつらならAランクダンジョンでも問題ねぇと思うが……」


「それが……ブランダルさんもセグリットさんのパーティに加わっていたようで――」


「マジかよ」


 レーナは頭を抱えた。

 Aランクダンジョンへ救助を向かわせる場合、救助隊として選ばれるのは当然Aランク以上の冒険者パーティだ。

 そもそもランクが高ければ高いだけ探索に失敗する可能性は低くなっていく。

 救助を必要とするのは新米冒険者であったり、背伸びをしてしまう中堅冒険者ばかりなのだ。

 このような事例に久しく直面していなかったギルドは、ある種の危機に直面していた。


「どうしますか、マスター……」


「……仕方ねぇ。あいつに頼るか」


 ため息を吐いたレーナは、不安げな職員の肩に手を置く。


「今回のことはあたしに任せろ。あてになるかは分からねぇけど、伝手はある」


「わ、分かりました!」


 ほっとした様子の職員を見送り、レーナは再びため息を吐く。

 その後ギルドを後にした彼女は、真っ直ぐ自分の家の方向へと向かった。

 レーナの家はギルドから多少離れた位置にある一軒家だ。

 ガサツな彼女はキッチンと寝床以外を特に必要としないせいで、せっかくいくつも部屋があるのにほとんどが放置されている。

 荒れ放題と言っても過言ではない。

 しかし、今日に限ってはそうではなかった。


「——おい、なぜ私はこんなことをしなければならなかった」


「はっ、家主が帰ってきたらまずおかえりなさいだろ?」


 レーナが玄関を開けた先に立っていたのは、不機嫌さを隠そうともしないユキ・スノードロップだった。

 彼女はどういうわけかエプロンをかけており、手には箒を持っている。

 これまでずっと掃除をしていたようで、そのエプロンは所々が汚れていた。


「あたしに負けた罰なんだから、文句言うなよな」


「っ……」


「まあそう睨むなって。お前には頭を冷やす時間が必要だったんだよ。……その様子じゃ、あたしの思惑通りとはいかなかったみたいだけど」


 ユキは憎々しげにレーナを睨む。

 そんなものはどこ吹く風と言った様子で家の中へ入ったレーナは、寝床である自室へと向かった。

 訝しげなユキに睨まれつつも、彼女は何かを抱えて自室から出てくる。


「ほらよ、お前の装備だ」


「……もう貴様の世話は終わりか?」


「緊急事態だ。お前のパーティメンバーのセグリットたちがダンジョンから帰ってこない」


「っ、そうか」


「あんまり動揺しねぇな」


「私は彼らにパーティのことを任せると伝えた。それで失敗したのなら、彼らがそれまでの冒険者であったということだ」


 ユキのその返答に、レーナは目を細めた。

 

「そうだよ。あたしの中でユキ・スノードロップはそういう女だ(・・・・・・)。それが一人の男の前ではおかしくなる。あの男――ディオンの何がお前を狂わせた?」


「……」


 静かで、そして冷たい目で、ユキはレーナを睨んでいた。

 そして強引にレーナから自分の荷物を奪い取った彼女は、踵を返して玄関へと向かう。

 

「貴様にそれを語る必要はない。ここでこれを渡したということは、セグリットたちを救助に行けということなのだろう。役目は果たす」


「……お見通しかい。これから頼もうと思ってたんだけどな」


「連れて帰り次第、また貴様に挑む。貴様を降せばディオンについて知っていることをすべて話してもらうぞ」


 有無を言わせないといった様子で家から出ていくユキを見送りながら、レーナは今日何度目かのため息を吐いた。

 そしてケールに治してもらった腕を見下ろす。


「馬鹿野郎が。何度やったって、今のお前じゃあたしにゃ勝てねぇよ」


 時計塔の上での戦いで、レーナは片腕を負傷した。

 ユキの体は一切の無傷。

 それでも勝ったのはレーナだった。

 彼女は無理やりユキの一撃を腕で受け止め、自分の大剣をその首へと突き付けたのだ。

 

「あたしの知っているお前なら、きっと腕ごとあたしを斬り伏せられていたはず……気づけよ、自分がおかしくなっていることに」


 お前がそのままだと困るんだよ――――。


 最後にそうつぶやいた彼女は、静かに拳を握りしめていた。


 

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