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024 窮地

「何だこのダンジョンは……本当にAランクダンジョンなのか?」


 セグリットはよそ見をしたまま、近づいてきたホワイトナイトを斬り捨てる。

 決して耐久度が低いとは言えない彼らの鎧は、彼の前ではまるで防具の機能を果たしていなかった。

 セグリットは基本的に前衛で敵の攻撃を受け止める聖騎士の立場だが、防御力と同じくらい攻撃力も高い優秀な冒険者である。

 流石にSランクダンジョンとなると火力の不足が目立ち始めるが、ホワイトナイト程度の魔物が相手ならば彼一人で十分であった。


「現在五階層目ですが、あまりにも順調すぎませんか? 罠の一つすらありませんし——」


「……そうだね、警戒を強めよう。シンディ、サーチを」


 セグリットの指示を受けたシンディは、進行方向に向けてサーチを放つ。

 しかし変わった反応はなく、彼女は呆れたように息を吐いた。


「強い反応はまったくないわ。全部ホワイトナイトだと思う」


「そうか……これじゃBランクダンジョンだな。まあ、ダンジョンのランクは安全管理のために規定よりもワンランク上が目安になるらしいから、仕方ないんだろうけど」


 パーティメンバー——特にセグリットとシンディのテンションは露骨に下がっていた。

 難易度の低いダンジョンのアイテムを回収したところで意味がない。

 骨折り損になる可能性が高くなれば、それはやる気が下がるというもの。


「おいおい、期待外れだったからって油断すんなよ? この上は分からねぇんだからよ」


「それくらい理解しているさ。僕だってもう何年も冒険者として活動しているのだから。陣形は変えずにこのまま行くぞ」


「へいへい。余計なお世話だったな」


 肩を竦めたブランダルは、セグリットの隣に立つ。

 その後ろにクリオラがつき、最後尾にシンディが立った。

 これが彼らの陣形。

 セグリットたちはこのままの形で、ダンジョンの奥へと進んでいく。

 

 一階、二階、三階と下っていくが、ダンジョン内の雰囲気は変わらない。

 必然的に、徐々に彼らの警戒心は下がってしまう。

 それからさらに時間が経ち、恐ろしく順調な速度で彼らは三十階層へとたどり着いた。

 

「外から見た限りだと、この辺りでもう半分だが——」


「ねぇ、セグリット。奥に何かあるわ」


 新たな階層に到着して早々にサーチを発動させたシンディが、今までとは違う反応を示す。

 そしてセグリットが長く伸びた廊下の先へと視線を向ければ、この階層の異質さに気づいた。

 

「あれは……扉か?」


 廊下は曲がり角一つなくただ真っ直ぐ伸びており、その先には今までにない巨大な扉がそびえ立っていた。

 まだ距離があるはずなのに、セグリットたちはこの階層が特別な場所であることに気づかされる。


「いるな、門番が」


「ええ、ここからでも魔力を感じます」


 ダンジョン内にいる特別な存在、それが門番。

 魔物であることには変わりないが、ダンジョン内に一体しか存在しないことと、それを倒さねば次の階に向かえないことからそう呼ばれている。

 脅威度で言えば、ダンジョンボスの次に高い。

 初心者はよくこの門番で躓きがちである。


「各自準備はできているかい?」


「もちろんよ。むしろここまでセグリットとブランダルが先頭切ってたから持て余してるわ」


「よし、相手がどれほどの力を持っているかはまだ分からないが、基本的にはクリオラが補助呪文をかけ、僕たち前衛が押さえてシンディが焼き尽くす。最初はこの戦法を守ろう」


 セグリットの言葉に、三人は頷く。

 そうして彼らは廊下を進み、扉の前に立った。

 

「行くぞ——」


 セグリットが巨大な扉に触れる。

 そして開けるために力を込めた——そのとき。


「っ! セグリットさん!」


 クリオラが叫ぶ。

 その次の瞬間、セグリットは自分の腹に異物感を感じた。

 視線を下に向け、彼は目を見開く。

 そこには黒い刃が存在していた。

 彼の腹を突き破り、血に濡れている。


「ぐっ————あぁああああ!」


 今度はセグリットの叫びが廊下に響いた。

 彼らが何か行動に移す前に、黒い刃は引き抜かれる。

 そしてダンジョン内のいたるところの影から、数え切れないほどの黒い騎士たちが姿を現した。


「シャドウナイト⁉︎ どうしてこのダンジョンに……」


「はぁ……はぁ……シンディ! クリオラ! 下がれ!」


 セグリットは苦悶の表情を浮かべながらも、剣を振りかぶる。


「セイクリッドセイバー!」


 魔力を付与した剣は、神々しいほどの光を放つ。

 そうして横薙ぎに振るわれた剣は斬撃を生み、近くにいたシャドウナイトを数体吹き飛ばした。

 しかしその他の個体はそれぞれ影の中に戻り、難を逃れてしまう。


「くそっ……」


「セグリット! すぐに治しますから……!」


 血を吐きながら崩れ落ちるセグリットに、クリオラが駆け寄る。

 彼を支えながら傷口に手を当て、彼女は上級の回復魔術を施した。

 

「ブランダル! 私が治療にあたっている間にヘイト管理をお願いします! シンディは炎の魔術で奴らが隠れられないよう影を照らしてください!」


「っ! あんたが指図しないでよ!」


 文句を言いながらも、シンディは自分の身の丈よりも大きな火球を生み出し、まるで太陽を模しているかのように天井近くへ撃ち出した。

 シャドウナイトは影に潜む——ならばその影を存在できなくしてしまえば、彼らは外へと弾き出されてしまう。

 そうして姿を現したシャドウナイトたちを、ブランダルは自慢の斧で薙ぎ払った。

 しかし、彼の表情は硬い。


「チッ、かてぇな」


 薙ぎ払われたシャドウナイトたちは、ガシャガシャと音をたてながら立ち上がる。

 斧の直撃を受けた部分はひしゃげているものの、致命的な一撃には届かず。

 シャドウナイトは体の一部を変形させて剣を作り出すと、そのまま前衛のブランダルへと襲い掛かってきた。


「ああくそっ! 鬱陶しいなァ!」


「退いて! 吹き飛ばす!」


 シンディはブランダルの前に出ると、両腕を突き出した。


「エアロブラスト!」


 彼女の手から放たれたものは、風が押し固められた弾丸。

 それは先頭のシャドウナイトに命中した瞬間、弾けて周囲に暴風をもたらした。

 風の勢いは彼らをたやすく吹き飛ばし、大きく距離を取ることに成功する。


「風の魔術は得意じゃないのに……! もう!」


 吹き飛んだシャドウナイトたちは続々と立ち上がる。

 炎ならばともかく、シンディにとって適正の薄い属性による攻撃は、シャドウナイトに多少のダメージすら入れることができなかった。

 元々魔術耐性の強いナイト系が相手なのだから、なおさらである。


「そろそろ光源の維持が苦しくなってきたわ! クリオラ! まだなの⁉」


「もう終わります! セグリット、動けますか?」


 患部を押さえながらも、セグリットは立ち上がる。

 回復魔術は傷を治すことはできても、失った血液を戻すことはできない。

 故に彼の顔色は悪く、ふらつく体を剣で支えるようにして立っていた。


「くっ……眩暈がする」


「後で造血薬を渡しますから、今は一度退却しましょう。シンディ、ブランダル、また道を切り開いてもらえますか」


 クリオラのその頼みに対し、シンディは突如怒りの形相を浮かべた。


「さっきから何度も……! 私に命令しないでよ! このパーティの今のリーダーはセグリットよ! あんたに命令されても不快なだけなの! 分かる⁉」


「なっ……今それどころではないでしょう⁉ とにかくこの状況を何とかしなければ――――」


「うるさいうるさいうるさい! あんたとは口もききたくないわ!」


 クリオラは絶句する。

 ダンジョン内で、しかもこんな窮地にいる状況で癇癪を起こす――それがどれだけ愚かしいことか。


「——てめぇら、もういい」


 そんなブランダルの言葉が、怒鳴ろうとしていたクリオラの口を止める。

 彼は雄たけびを上げながらシャドウナイトに向かっていき、力任せになぎ倒した。

 起き上がるたびに、何度も何度もそれを繰り返す。

 シャドウナイトに致命傷を与えることはできないが、彼の一撃一撃はやつらの体を徐々にひしゃげさせ、動きを鈍くすることに成功した。


「さっさと来い! 前のフロアに戻るぞ!」


「っ!」


 クリオラは歯噛みしつつも、セグリットに肩を貸して進み始める。

 こうして彼らは、どうにかシャドウナイトの群れを抜けることに成功した。

 

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