023 しかるべき対処
「はっ、女を前に出すとか弱い証拠じゃねぇか! まあ安心しろ、殺さない程度に痛めつけて――」
「黙って」
「……あ?」
エルドラの体から、ふわりと魔力があふれ出る。
その瞬間、彼ら調査隊の表情が一変した。
さすがは感知能力に長けた集団。
まだコップの水の一滴程度の魔力しか見せずとも、警戒すべき相手であることを理解したらしい。
「二人に対して四人で来る方が、よっぽど弱い証だと思う」
「っ……! 上等だ」
四人のうちの一人が、大幅に距離を取る。
彼が持っている武器は弓。
有効射程を確保した彼は、引き絞った矢をエルドラに向けて放った。
(半殺しの話はどうなったんだ……?)
その矢は明らかに命を奪う威力を持った一撃。
エルドラの気配が、彼らから余裕を奪い去ってしまったのだ。
しかし例え命を狙ったとしても、到底エルドラに通用する攻撃ではない。
彼女は自分の体に命中する寸前で、矢をつかみ取る。
そのまま軽くへし折ると、興味なさげに地面に落とした。
「っ! お前ら! 二、一、一!」
先頭にいた大柄な男がそう叫べば、四人は一斉に位置を移動した。
おそらくは陣形構築の合図。
近接が二人、中距離が一人、遠距離が一人だ。
先ほどの弓の男は民家の屋根上にいる。
狭い場所ながら、相手にとっての最高の形を作られてしまった。
「うおぉぉぉ!」
前衛の男が、拳に魔力をまとわせて殴りかかる。
民家の一つや二つ、容易く瓦礫に変えてしまうであろう一撃。
それをエルドラは片手で受け止めた。
衝撃が後方に抜けていくが、彼女は平然としている。
しかしそれに合わせて、後ろから女が雷をまとわせた掌底を繰り出してきた。
ただ――――その一撃ですらエルドラは見もせずにもう片方の手で受け止めてしまう。
雷による閃光が周囲に飛び散るが、これに対しても彼女は顔色一つ変えない。
「なっ……嘘でしょ」
女の顔が驚愕で歪む。
かなり自信のある一撃だったのだろう。
彼女の頭には、雷によって黒焦げとなったエルドラの姿が思い描かれていたに違いない。
この場で驚いていないのは、当事者を除いて俺だけだ。
「くっ……! 今だ!」
しかしこれでエルドラの両手は塞がった。
そこを残った二人が狙い撃つ。
一人は屋根の上から矢を放ち、もう一人は杖を取り出して炎を撃ち出した。
それぞれ異なる方向から放たれたそれを見たエルドラは、ただ一つ、息を吐く。
その息吹は突風となり、矢と炎をかき消した。
調査隊の顔が呆然とした様子で固まる。
「ディオン、上だけ頼める?」
「分かった」
エルドラは腕の動きで二人をいなすと、それぞれの頭を鷲掴み地面に叩きつけた。
ひどく鈍い音が鳴り、二人の体が跳ねる。
そして中距離に構えていたやつの眼前へと移動すると、上から下へ落とすような回し蹴りを首元に叩きこんだ。
「くそっ!」
屋根の上にいた男の悪態が聞こえる。
背を向けようとしているところを見るに、逃げることを選択したらしい。
もしや援軍を呼ぼうとしている可能性もある。
俺は地を蹴って跳び上がると同時に、男との距離を見定めた。
「一秒、竜魔力強化——」
「ひっ……!」
強化状態による高速移動で距離を詰めた俺は、強化が切れるタイミングを見計らって拳を男に叩きつける。
もちろん威力はさほど発揮できないが、後衛相手ならこの程度じゃないと殺してしまうかもしれない。
拳によって屋根に叩きつけられた男は、うめき声を上げながらも意識を手放す。
とりあえず、これで何とか片付いた。
「ディオン、こっちやり過ぎたかも」
「……分かったよ」
まあ、こうなる予感はしていた。
俺は弓の男を担いで地面に下りる。
そしてエルドラが倒した三人に対して、ヒールをかけるのであった。
♦
四人の調査隊と戦ってから、約三十分後。
彼らを縛り上げた俺は、目を覚ますのを待っていた。
「うっ……」
「ふぅ、やっと起きたか」
「お前……!」
まず目を覚ましたのは、初めに突っかかってきた大柄な男。
男は自分の置かれている状況を理解し、舌打ちをした。
「……俺たちを捕えてどうするつもりだよ」
「別にどうもしない。話を聞いてほしいだけだ」
男はそれきり口を噤み、周囲を気に掛ける様子を見せる。
エルドラの姿を探しているのだろう。
生憎なことに、今彼女はこの場にはいない。
待つのが退屈とのことで、商店街辺りをぶらぶらしていることだろう。
それに彼らを縛っている縄は特殊な物というわけでもなく、近い店で買ったものだ。
彼らの腕力ならば容易く切れる。
あまりに不用心と思われるだろうが、これは俺からの敵意のない証明でもあった。
「聞いてくれる気になったか?」
「はっ、何だ? 性懲りもなく再調査の依頼か?」
「そのまさかだよ。もう一度くまなく調べてみてくれないか?」
「……どうしてそこまですんだよ」
呆れ気味にため息が出る。
実力を証明しても、まだ理解してもらえないのか。
「俺が言っていることが本当のことだからだ。確かにシャドウナイトと俺たちは遭遇した。このままじゃ多くの被害が出る。だから早くランクを定め直してほしい」
「っ! だから! 何度調べてもいねーんだよ! 俺たちが手を抜いてるとでも思ってんのか⁉ こっちにも仕事へのプライドがあんだよ! 何度も何度も疑われて気分がいいと思ってんのか⁉」
「なら、次は俺たちと行こう」
「——は?」
男は唖然とした表情を浮かべた。
俺は彼の前にしゃがみ込むと、目を合わせる。
「あのダンジョン――城の迷宮は、今までにない特殊な形状をしているかもしれないんだ。あんたらが調査隊だと理解して、あえて弱い魔物を出現させている可能性があるんだよ」
「そ、そんなこと、あり得るわけが……」
「ダンジョンは何が起きるか分からない。分かるならあんたらも、俺たちも苦労なんかしないだろ。……ここまでやった上で何も起きないのなら、そのときは改めて謝罪するし、俺にできる範囲で償わせてもらう。だから――――」
——そのとき、俺の上を何かが過った。
背筋を虫が駆けていくかのような嫌な予感。
俺はとっさに竜魔力強化を体に施した。
「ほう……この一撃を止めるとは、俺の部下をここまで追い詰めたのはまぐれというわけではなさそうだ」
「……ディオンに触らないで」
突然俺の真横に現れたのは、調査隊の隊長と思わしき男。
彼は俺に向かってナイフを突き出しており、それは薄皮一枚のところで止まっていた。
そこで止まったのは、同じく突然現れたエルドラがそれを掴んでいるからだ。
「ディオン、解除していいよ」
「ああ……」
俺は竜魔力強化を解除する。
もし強化もエルドラも間に合わなかったら、きっと俺の心臓は貫かれていただろう。
「ロギアンさん!」
「無事か?」
「え、ええ……まあ」
部下からの返答を聞き、彼はエルドラの手を振り払う。
やはり、この男がロギアンか。
一瞬感じ取れた気配は、Aランクのセグリットやブランダルを凌いでいたように思う。
普段は偵察が基本となる調査隊らしく、力を隠しているようだ。
「それで、どうして俺の部下は縛られているんだ? 事と次第によってはしかるべき対処をさせてもらう」
「あんたの部下が二度と再調査なんて依頼できないようにって俺たちを襲って来たんだ。だから対処した」
「……それは本当か?」
ロギアンが縛られた男へ視線を向ける。
彼は気まずそうに視線をそらすと、首を一つ縦に振った。
「チッ、冒険者狩りはやめろとこの前言ったはずだが……」
ロギアンは悪態をつくと、突然俺たちに向けて頭を下げた。
「俺の部下が済まなかった。今後こういうことは起きないように教育を強めていく」
「ろ、ロギアンさん! 悪いのは俺たちです! あんたが頭を下げることじゃ」
「馬鹿か、部下の不祥事は俺の不祥事だ。脅威にはならない相手に自分から仕掛けるなど愚の骨頂。この始末は俺がつける」
この男は、根っからの仕事人だ。
自分の仕事にプライドがあり、責任感も人一倍持っている。
俺にはそのつもりはなかったが、彼らからすれば俺の方から喧嘩を売ったように見えていたことだろう。
命がけでこなしてきた仕事を疑われたのだから。
しかしそれは、俺目線からも同じことだ。
ダンジョンを攻略する者として、みすみす同業者が危険な目に遭うことを見逃せない。
「……あんたが信頼できる人間であることは分かった。だから、改めて頼みたい。俺たちともう一度城の迷宮に潜ってくれ。犠牲がまだ出ていないうちに、あのダンジョンの危険性を理解してもらいたいんだ」
「貴様らの実力が……言い訳の必要がないレベルであることは分かった。ただ、シャドウナイトが本当に出現すればこいつらでは対応しきれない」
「それじゃ――」
「だから、俺一人でついていく」
ロギアンのその言葉に驚きの声を上げたのは俺ではなく、続々と目を覚ました調査隊の部下たちだった。




