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022 黙っていることなんて

「……なぜ僕らがこんなに待たされなければならないんだ」


 セグリットは乱暴に椅子に腰かけながら、悪態を吐いた。

 彼らのパーティは今、城の迷宮前に設置されたキャンプにいる。

 

「仕方ないじゃない。調査隊が依頼を受けて再調査するっていう話なんだから」


「そんなことは分かっているさ。だけどシンディも知っているだろう? 一度ランクが定められたダンジョンに再調査を依頼するようなやつは、自分が攻略できなかったことに対する言い訳がほしいだけだ」


「それはまあ……基本よね」


「僕が怒りを感じているのは、そんな情けない冒険者のせいで足止めをくらっていることに対してだ。どうせ運だけでランクを上げた雑魚なんだろう」


 彼が怒りに任せて机を叩けば、それに驚くシンディの肩が跳ねる。

 クリオラとブランダルは何も言わない。

 ただ静かにダンジョンが解放されるのを待つのみだ。


「チッ、おいブランダル。今日はやけに静かじゃないか。いつもなら真っ先に苛立っていたのは君だろう?」


「まあ、な。けどオレは気づいたんだ。怒るやつほど余裕がねぇってことにな。だから変に焦らねぇよう気ぃつかってんのよ。お前もそうしとけって。どうせ何を言ったって早く入れるようにはならねぇんだからよ」


「っ……僕に偉そうな口をきくな」


 怒りの形相を浮かべつつも、セグリットはそれ以上ブランダルに噛みつこうとはしなかった。

 疑念が、生まれたからだ。

 セグリットにとって、ブランダルはこういう男ではない。

 プライドが高く自分を曲げることを何よりも嫌う、そういう男であったはずだ。

 少なくとも、他人を諭すために言葉を吐いているところを見たことはない。

 それがかえってセグリットを冷静にさせた。

 重い沈黙のまま時が流れる。

 その沈黙を破ったのは、恐る恐ると言った様子で現れたギルド職員だった。


「お待たせいたしました! 調査の結果やはり異常がないことが分かったので、もう探索に出ていただいて大丈夫です」


「ふん、ようやくか。やっぱり負け犬の調査依頼だったみたいだな」


「あ、探索時間はどれくらいにいたしましょう?」


「12時間。Aランクダンジョンなんて、それだけあれば十分さ」


 行くぞ、というセグリットの言葉に従い、彼を含めた四人は城の迷宮の入口へと向かっていく。

 それが地獄の入口であったことを、このときは誰も理解していなかった。


「はぁ……」


「ディオン、大丈夫?」


「ああ、小馬鹿にされるのは慣れてるからな」


 俺はエルドラとともに、商店街をとぼとぼと歩いている

 今日はもうダンジョンに潜る気も起きず、とはいえ休むのにもまだ早い時間ということで、手持ち無沙汰で彷徨う羽目になった。


「それに彼らも嘘で誤魔化しているわけじゃなさそうだったし、俺たちも証拠を用意できなかったからな……あのシャドウナイトも一体だけしかいなかったのかも――――」


 そこまで言って、俺は口を噤んだ。

 シャドウナイトが一体しかいない、そんなわけがあるか。

 ダンジョン内に一体しか存在しない魔物など、道中にいる門番のような強力なやつらか、ダンジョンボスだけだ。

 昨日から嫌な予感は強まるばかり。

 まるでダンジョンに弄ばれているかのような、そんな感覚。


「まさか……おびき寄せている……?」


「どういうこと?」


「ランクを誤認識させて、侮った冒険者を引き入れて潰す……ホワイトナイトで油断を誘い、不意打ちに強い魔物で背後を取るとか――」


 ——いや、あり得ない。

 それならもっと弱く見せる方が効率的だ。

 今のままではAランク冒険者しかこない。

 ましてやこんな方法、まるでダンジョンが意志を持っていると言っているようなものだ。

 そんなことはあり得ない。

 あり得ないのだが……。


「やっぱりどんなことでも伝えておいた方がいいか……」


「私にはまだダンジョンのこととか、冒険者のことは分からないけど……ディオンがした方がいいって思ったなら、そうした方がいいと思う。何があっても手伝うから」


「……ありがとう、エルドラ。そうだよな、一回でめげてもし被害が出たら、俺はきっと自分が許せない」

 

 どこまでいっても、エルドラは味方でいてくれる。

 また心無い言葉を言われたって、今なら耐えられる気がした。 

 足を止め、後ろを振り返る。


 ――その瞬間のことだった。 

 

「ほーら、やっぱり駄々をこねようとしてやがったぜ」


 目の前に四人の男女が現れたのだ。

 その顔触れは、冒険者ギルドで対面した調査隊にいた連中の一部。

 彼らは嘲笑を浮かべながら、俺の方へと一歩近づいてくる。


「おい、冒険者。ちょっと面貸せ」


「……今からレーナさんに用があるんです。退いてくれませんか」


「悪いが拒否権はねぇ」

 

 大柄な男が、俺の胸倉へと手を伸ばしてきた。

 しかし、それをエルドラが横から掴む。


「ディオン、退かないなら……退かす?」


「……待ってくれ。ここじゃまずい」


 俺は周囲へ視線を巡らせる。

 すでに通行人の一部が俺たちに注目し始めていた。

 今問題を起こせば、組織の力がある向こうが有利。

 ため息を吐いた俺は、エルドラの肩を叩いて手を離させる。


「分かりました。どこへ行けばいいんですか?」


「チッ、こっちだ。ついてこい」


 一度でも素直に従わなかったことが不服なのか、調査隊の連中は不満げに路地裏の方を指し示す。

 連れられるようにしてその先へと向かっていけば、やがて商店街の建物に囲まれた小さな広場のような場所に出た。

 店の裏口からゴミ捨て場に使われているらしく、嫌な臭いが鼻につく。

 エルドラも同様にしかめっ面をしているが、ケールさんの店よりはマシだと感じているのか文句は言わない。


「あんたらをこうして人気のないところに連れてきたのはな、たっぷりとお灸をすえるためだよ」


「っ⁉」


 この場に来た途端、大柄な男は俺に向かって蹴りを放ってきた。

 腹に衝撃を受けた俺の体は吹き飛び、真後ろに放置されていた樽を豪快に破壊する。


「はっ、いっちょ前に手を挟み込みやがった。Aランクになる条件をスルーできただけのことはあるな」


「……どうも」


 俺は樽の残骸を退かしながら立ち上がり、埃を払う。

 彼の殺気に気づいたときには、すでに腹を手で守っていた。

 危機察知能力は日に日に高まってきている。

 この程度の一撃であれば、強化状態でなくとも問題なさそうだ。


「どうして、こんなことを?」


「簡単よ。二度と再調査なんて依頼させないため」


 いつの間にか背後に回り込んでいた女が、雷をまとった掌底を繰り出してくる。

 咄嗟に転がってかわすが、わずかに掠ったらしく衣服の一部から煙が上がっていた。

 近接でも使える魔術――かなり厄介なものを持っているようだ。


「俺たちのリーダーのロギアンさんは表立って動けねぇからな、代わりに俺らが後始末してんのよ。あんたらみたいな言い訳野郎どものな」


 ロギアン――あの先頭に立って話していた男か。


「だから……言い訳じゃないって言っているだろ」


「言い訳だっつーの! 俺たちの調査は絶対だ! それなのに一度依頼を出したあんたらみたいな連中は、諦めきれずに何度も調査依頼してくるんだよ。『俺たちに攻略できないなんて、やっぱりおかしい!』ってな! 迷惑でしかねぇんだよな、本当に。何度ダンジョンを調査したって払われる金額は一定。割に合ってねぇんだよ」


 目の前の男は拳を鳴らし、後ろの女は再び手に雷をまとわせる。

 他の二人もそれぞれ武器を持ち、俺とエルドラを囲うように動いた。


「だから、もう二度と自分の身に合っていないダンジョンに挑めねぇように、体に分からせておくんだよ」

 

 男は自分の足元に落ちた樽の破片を、足で踏みつぶす。

 木の割れる乾いた音が響いた。


「俺たちは全員Aランク冒険者と互角にやり合える実力を持っている。それだけの訓練を積んでるからな。今素直にもう調査依頼はしないって誓えるなら、見逃してやってもいいぜ?」


 彼らの事情は、よく分かった。

 方法はとても褒められたものじゃないが、純粋な悪意で動いているわけではないことも。

 それでも、俺の答えは揺るがない。


「——断る」


「……は?」


「俺は一つの妥協で何人もの犠牲が出るのを黙って眺めていられるほど、落ちぶれた人間じゃないつもりだ。だから、黙っていることなんてできない」


 どれだけ笑い者にされようが、それで誰かの命が助かるならば構わない。

 小さなプライドに負けて伝えなければならないことが伝えられないことの方が、俺はよっぽど悪だと思う。


「それに、あんたたちじゃ俺たちを潰せないと思うから」


 Aランク程度の実力じゃ、俺はともかくとして彼女をどうにかすることなんてできない。

 静かに彼らを睨む、この竜を――――。


「ディオン。もう、いい?」


「ああ。絶対に殺さないでくれ」


「分かってる。全力で……手加減する」


 エルドラは彼らに向かって、一歩足を踏み出した。

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