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017 交渉

 ランク検定があった日の翌日。

 俺とエルドラは朝早くから街の中を歩いていた。

 今日一日は準備期間。

 明日になれば一階層に挑戦してみて、実際のダンジョンの様子を肌で確認する。

 

「ディオン、何だかあっちが騒がしい」


「ん……? 何かあったのか?」


 街の中心に差し掛かったとき、俺たちは人だかりを見つけた。

 あそこは確か時計塔だったはず。

 気になった俺たちが近づいて行けば、騒ぎになっている理由はすぐに分かった。


「何だ……これ」


 時計塔の屋根の一部が、綺麗さっぱり吹き飛んでいる。

 自然と崩落したにしては、どうにも不自然。

 気になった俺は、自分よりも前に来ていたであろう初老の男性の肩を叩いた。


「すみません、ここで何があったかご存知ですか?」


「お? ああ、夜中に時計塔の上で暴れた冒険者がいたんだそうだ。酔っ払い同士の喧嘩らしいぞい」


「……ありがとうございます」


 男性に礼を告げて、俺たちは時計塔の前を離れた。

 

 酔っ払い同士の喧嘩――――。


 それは確信を持ってあり得ないと言える。


「強いね。戦ってた人」


「ああ、少なくともAランク以上がぶつかり合ったように見えたな」


 頑丈なはずの屋根は何度も攻撃されたわけでなく、たったの一撃で崩壊しているように見えた。

 そんなことはただの冒険者には難しい。

 

「でも死人が出ているわけでもないみたいだし、気にすることでもないか」


 変に勘ぐってしまうのは俺の悪い癖だ。

 意識を切り替えて、俺は冒険者御用達の商店街へと足を向ける。


「今日は何を用意するの?」


「回復ポーションだ。ダンジョンに潜るには必須アイテムだな」


「ぽーしょん? 回復なら、ディオンの魔術があるんじゃないの?」


「俺が買いたいのは魔力回復ポーションだ。エルドラは素の力でそれだけ強いけど、俺は魔力を極端に消費しないとその十分の一にも満たない。とてもじゃないけど最深部までは持たないよ」


 とは言え、一応俺が動けなくなったときのためにいくつか治癒のポーションも購入する予定だ。

 エルドラに持たせておけば、まず俺の負傷を治し、再び回復役に徹することができる。

 

「慎重だね」


「……回復をケチって追いつめられる冒険者は大勢いるからな」


 ポーションは安くない。

 薬草学と魔術の結晶であるが故、高値であることが当然。

 だからこそ安値の物を集めたり、そもそも回復魔術師に頼り切りで買わない連中もいる。

 そういう連中が陥りやすい状態は、回復役を失うことによるじり貧からのパニックだ。

 回復魔術師であっても、俺はポーションを蔑ろにはしない。

 死んだら、金など無意味なのだから。

 

「ここ、か」

 

 しばらく歩けば、薬屋にたどり着いた。

 こじんまりした木造の建物だ。

 あの後レーナさんにお勧めの店を聞いたところ、ここを紹介してくれた。


「ケール薬店……?」


「ケールっていう人が経営しているらしい。入るぞ」


 店の戸を開けて、俺たちは中に入る。


「「うっ!」」

 

 その瞬間、二人して鼻を押さえた。

 強烈な薬草の香り。

 強いその香りは、鼻が利くようになった俺に対して痛みに等しい刺激を与えた。

 体が変化し始めた俺ですらこうなのだから、エルドラの感じた刺激は想像しきれない。


「あら、久々のお客さんだ」


 あまりの刺激に涙を浮かべながら顔を上げれば、そこには煙管を吹かす女性が座っていた。


 ——何というか、目のやり場に困る人だ。


 胸元はだらしなくはだけており、胸の谷間がはっきりと見えている。

 下はズボンらしきものを履いておらず、弛んだシャツで股下がかろうじて隠れている程度だった。 

 肩に魔術師らしきローブをかけているが、身を守るという役割は到底果たせていそうにない。


(レーナさん……まさか謀ったか?)


 遊ばれたのかと嫌な想像が過り、棚に置かれた埃のかぶったポーションへと視線を送る。

 しかし、その商品は俺の予想に反していた。


「ハイポーション……! 市場じゃほとんど見ないのに」


「おや、見た目だけで分かるのかい。さてはあんた回復魔術師だね」


「そちらもよくお分かりで……」


 埃を払い、ハイポーションの入った瓶を手に取る。

 ハイポーションは、ポーションの品質を大きく上回った効能を持つ品物だ。

 瀕死の重傷であっても、かけるだけで命の危機を脱することができる。

 ポーションであれば飲むことでしか効能がないが、ハイポーションにはそれだけの力があるのだ。


「こっちの方がすごいの?」


「ああ、段違いでな」


「じゃあこっちを買えばいいのか」


「いや……そうもいかない」


 俺はハイポーションを棚へと戻す。

 

 ハイポーションの値段は、市場の価格で最低二十万ゴールド。

 俺たちの予算も、ギリギリ二十万ゴールド。

 一つ買えたとしても、それ以外の準備に回す予算が消し飛んでしまう。

 

「俺だって買っておきたいけど、金をケチらないどころかそもそも払えないんじゃ意味がなくて――――」


「ほう、そんなに貧乏なのかい? たかだか一万ゴールド(・・・・・・)すらは払えないなんて」


「え?」


「値札、よく見てみ」


 俺は棚に貼られた用紙の文字を読む。

 そこには確かに一万ゴールドと書かれていた。


「いや、でもこれ確かにハイポーションなのに……」


「ハイポーションごとき、私ならいくらでも作れるのさ。金ならそれでも取ってるほう。ただ材料費は必要だからね、その分さ」


「……マジ、ですか」


「大マジだよ?」


 レーナさん、からかったわけではなかったようだ。

 しかしそれならば、どうしてここまで客足も少なく埃をかぶっているのか。


「私は特に商売がしたいわけじゃない。何かを得るためには何かを差し出す必要があるだろう? だから店をやってる」


「金以外のものを求めてる、ってことですか?」


「坊や、察しがいいね。そうさ、私が欲しいのは面白いものや珍しいもの。貴重な素材になりそうなものさ。今までにない、誰も作ったことがない薬を私は作りたいんだ」


 だからね――――。


 ケールさんは煙管の灰を落とし、顔を上げる。


「私はそういうものを提供してくれる者にしか商品を売らない。だから店を広めるような真似もしない。そんな商売をしてたら、いつの間にか客足もこの通りだけどね」


「つまり、俺たちがお気に召す何かを提供すれば、俺たちにもこの価格で商品を売っていただけるということですか」 


「そうさ――――で、何をくれる?」


 彼女の目が細まる。

 そのままの意味で、俺たちを試しているんだろう。


「……」


 ——どうすればいいんだろうか。

 

 正直そんな珍しい物を持ってはいない。

 強いて言うならばこの神剣シュヴァルツだが、武器としてこれ以上のものがすぐに手に入るとは考えにくかった。

 となると、出直すべきだろう。


「ねぇ、ディオン。これじゃダメ?」


「いや、何か持ってたっけ……?」


 エルドラへと視線を向ければ、彼女は突然腕を上げた。

 そして一言つぶやく。


竜の右腕レヒト・アルム・ドラッヘ


 彼女の腕が光を帯びると、次の瞬間には竜の腕へと変化していた。

 そして左手で、右腕についている鱗を一つ毟り取る。


「どう?」


「……こいつは驚いた。あんた、竜かい」


「うん」


 エルドラから鱗を受け取ったケールさんは、細めた目のままじっくりとそれを見る。

 俺はその間にエルドラの腕を掴み、ケールさんに聞こえない位置まで引っ張った。


「あ、あまり正体を言うなよ……変に注目されたら面倒な連中に絡まれて困ることになるぞ」


「え、それは嫌だ。気を付ける」


「そうしてくれ……」


 伝説とまで言われている竜がその辺りの道を歩いているとなれば、注目を浴びないわけがない。

 まあ十中八九信じる人の方が少ないだろうけども――。


「安心しなよ、私はそんな軽い口は持ち合わせてないさ。こーんなお得意様を他所に売るなんてもったいないしね」


「え、あ……じゃあ」


「その子の身を削った提供に敬意を表するよ。商品は売る――――が、これ一枚じゃねぇ」


 ケールさんは顔の前で鱗をひらひらと揺らす。


「何枚欲しいの?」


「そうさねぇ……その腕に生えてる分はいただかないと」


 彼女はそう告げてにやりと笑う。

 十中八九、冗談だ。 

 すでに一枚で十分なところを、多めに吹っ掛けているのだろう。

 エルドラを試しているんだ。


「……さすがに痛いし、血も出る。あまりやりたくない」


「はっ、だろうね。まあいいさ、買いに来るたびに数枚ずつもらえれば――――」


「でも、ディオンがいるから大丈夫」


 そう言いながら、エルドラは突如として自分の鱗をまとめて引き剥がした。

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