016 到着
ディオンたちがギルドを後にしてから、しばしの時間が過ぎた。
通常業務に戻った受付嬢のシドリーは、今日の当番である相談カウンターに立っている。
「はぁ……」
彼女の口から、ため息が漏れる。
昼下がりは冒険者が出払っていることが多いため、比較的ギルドは忙しくない。
故に暇そうにしている受付嬢もいるのだが、シドリーのため息は退屈から来るものではなく、どちらかと言えば感嘆から来るものだった。
(ディオンさん……まさかギルドマスターに勝ってしまうなんて)
職業柄、シドリーは冒険者を見極める目には自信がついてきた頃だった。
だからこそディオンの実力がBランクであるはずがないと見抜き、ランク検定を受けさせたのだが――――結果的にディオンは彼女の予想を大きく上回っていたのである。
もちろんレーナ・ヴァーミリオンは手加減をしていた。
だとしても埋められない差が、Sランクにはあったはずなのだ。
それを覆したディオンとエルドラという二人の存在は、もはやシドリーにとって目を離すことができない人物となっている。
(もしやこの街から新しいSランク冒険者出現、なんてことになったりして――――)
彼女の思考は、そこで打ち切られることになる。
カウンターの前に冒険者が立ったからだ。
「すまない、ここは相談カウンターでいいのかな?」
「あ、はい。その通りです」
立っていたのは、男一人、女二人の三人組だった。
話しかけてきた男は、見たところ聖騎士。
後ろに控えるように立っている二人の女は、片方が魔術師、もう片方が賢者であるように見えた。
「そうか、僕はセグリットという。ユキ・スノードロップのパーティメンバーだ。人を探しに来たんだけど、相談に乗ってもらえないかい?」
「セグリット……ユキ・スノードロップ……!」
シドリーの表情が強張る。
彼らの名前は、ちょうどさっきディオンとレーナの会話の中で聞いたものだった。
「おや、知ってくれていたみたいだね」
「へ⁉ ええ、まあ」
セグリットは機嫌よさげに微笑む。
そんな彼をよそに、シドリーは精いっぱい表情を作っていた。
(この人たちが……ディオンさんを陥れたパーティメンバー)
ディオンたちを応援し始めた彼女としては、もちろんこの三人に好感情を抱けるわけがない。
例えSランクパーティのメンバーだったとしても、許されることと許されないことがある。
彼らは仲間にしてはならないことをした。
——とは言え。
ディオンが生きているということを伝えられない以上は、罰することもできない。
シドリーは一度奥歯を噛み締め、意識を切り替えた後に口を開いた。
「それで、人探しですか。冒険者の方ですか?」
「うん。この街を拠点にしてるブランダルという男を探してるんだ。ランクはA。目立つ男だからすぐに見つかると思っていたんだけど、どうにも姿が見えなくてね」
「ブランダルさん……」
困った表情を浮かべるシドリー。
その訳は、ブランダルの現状にある。
エルドラに敗北した彼は、回復魔術で傷を治した後に自分の拠点に閉じこもってしまった。
塞ぎ込んでいる様子であることはブランダルのパーティメンバーから聞いており、彼らでも姿は見ていないとのこと。
ここにディオンは深く関わらないものの、エルドラのこともできるだけ伏せるべきだとシドリーは判断した。
「体調不良だそうですよ。現在は拠点に籠っているとパーティメンバーの方がおっしゃっていました」
「……そう、なのか。チッ、ダンジョン探索に協力を頼もうと思ってたのに」
「えっと、失礼ですがパーティリーダーのユキさんはどうされたのですか?」
「ああ、体調不良――みたいなものさ。しばらくは別行動となっている。その間は僕らだけでAランクダンジョンに潜るつもりでね」
それに、新しいダンジョンも見つかったそうじゃないか――。
嬉しそうに語るセグリットに対し、再びシドリーの顔は強張った。
ちょうどディオンたちにも新しいダンジョンのことを紹介したばかり。
広いダンジョン内で冒険者同士が鉢合わせする可能性は低いが、最深部がある以上、実力者同士であればいずれかち合ってしまう。
(忠告しにいくべき……? でも仕事を抜けるわけにも――)
「まあ、仕方ないか。とりあえずブランダルの拠点だけ教えてくれるかい? 一応確認にだけ行こうと思うんだ」
「あ、ああ……申し訳ありません。ブランダルさんの拠点の場所までは把握しておりませんので、彼のパーティメンバーが来るまでお待ちいただけますでしょうか? ダンジョンには潜っていないようですが、今朝依頼の方は受けていらしたので夕方には帰ってくるかと」
「何だ、そうなのか。……手間だな」
セグリットはふてぶてしくため息を吐くと、シンディとクリオラを連れてカウンターの前を去っていく。
その態度にシドリーがなおさら悪い印象を抱いたのは、言うまでもない。
♦
セグリットたちが街に到着した日の夜、ユキ・スノードロップもレーゲンにたどり着いていた。
静まり返った街の中に、彼女の足音が響く。
しかしそれも街の中心に進めば進むほど目立たなくなっていった。
セントラルほどではないが、レーゲンもかなり栄えている街。
夜であっても人気はあるのだ。
「ディオン……」
ユキはそう一言つぶやくと、さらに街の中央へと向かっていく。
その道中、彼女の前に立ちふさがる三人の男の影があった。
「おう、ねえちゃん。いい女だなぁ……こんな夜に一人で歩いてるなんて、相当寂しい思いをしてるんじゃねぇか?」
「俺たちでよければ相手になるぞー?」
「これでも俺たちCランク冒険者なんだぜ? 体力面でもテクニック面でも満足させてやれると思うんだけどなー」
三人が三人とも、酒の匂いを漂わせている。
相当酔っている様子で、足取りは少々おぼつかない。
そのくせ顔には明らかな欲が浮かんでおり、ユキという女を前に笑みが隠しきれないようだ。
「あれ? もしかして恋人とかいる感じ? もしかして遠慮してる? 心配すんなって、前の男よりも絶対に満足させてやるからさ」
先頭にいた男が、ユキの肩に腕を回す。
その瞬間、彼女の眉がぴくりと動いた。
「——せ」
「え? 何か言ったか?」
「離せ。邪魔だ」
「あ……え……?」
男たちの体が、ぐらりと揺れる。
次の瞬間、三人とも地面に力なく倒れ込んでしまった。
ユキは自分の肩に腕を回してきた男の体を蹴り退けると、そのまま再び歩き出す。
しばらく進んだ後に彼女がたどり着いた場所は、街でもっとも高い建造物である時計塔だった。
「……っ」
地を蹴り、ユキは軽々と時計塔の壁を登っていく。
やがて屋根の上へとたどり着いた彼女は、広がるレーゲンの街並みに視線を落とした。
「————こんな夜分遅くになーにしてんだ? 感傷にでも浸りに来たか」
「お前は……」
ユキの近くに、一人の女が着地する。
女は赤い髪をかき上げ、潰れていない方の目でユキの目を見据えた。
「おいおい、忘れちまったのか? あたしの顔をよぉ」
「忘れてはいない。レーナ・ヴァーミリオン……この街のギルドマスターが何の用だ? 私には覚えがないが」
「いんやぁ? この街にいる冒険者はほとんど把握してる中で、お前が来たことにも気づいてな。挨拶でもって思ってよ」
「……そんな大層な武器を背負って?」
それまで快活に笑っていたレーナの動きが止まる。
ユキの言う通り、彼女は背中に大剣を背負っていた。
検定のときの刃を潰したものではなく、戦闘用のものである。
「————セントラルのギルドから注意喚起があってな。お前、街のど真ん中でサーチを使っただろ。有象無象のやつらのサーチならともかく、お前みたいな馬鹿強い魔力を持ったやつが街中でサーチすれば、生活に必要な魔道具たちにどれだけの影響が出るのか分からねぇのか?」
「何だ、そんなことか」
「あ?」
「それで誰か死んだのか? そうであるならば罪を償おう。だがそうでないならば、私にだって譲れない目的がある」
ユキの睨みを、レーナは真っ向から受け止める。
そして自嘲気味に笑った。
自分を含め、やはりSランク冒険者ともなると自我が強すぎる。
レーナは一度地面に視線を落とし、再びユキに目を合わせた。
「……ディオンを探してんのか?」
「っ⁉」
「お前のパーティメンバーだったよなぁ? 確か。死んだんじゃなかったか? 黒の迷宮で」
「なぜ……お前がそれを知っている」
時計塔の上を突風が吹き荒れる。
それはユキの感情の乱れに影響された、魔力の流れ。
セントラルのギルド職員ならともかく、他所の街の人間がBランク程度の冒険者の死を一々把握しているとは考えにくい。
ユキの疑いのこもった視線が、レーナを射抜いた。
「へっ、理由を聞きたいか? なら力づくで聞き出してみな」
「事によっては……後悔するぞ」
Sランクと元Sランク。
規格外であるはずの二人が、月の光の下で同時に剣を抜き放った――――。




