015 昨日より今日
※体調不良中に書いた部分があまりに雑に映ったので、前の話(14話)の文章をかなり変えております。お手数ですが、14話から読み返すことをお勧めいたします。
※感想にて指摘をいただき、矛盾を改善するためにユキとセグリットたちのレーゲン到着日を「ディオンのランク検定前日」から、「ディオンのランク検定当日」へと変更させていただきました。
他の点で矛盾が発生するかもしれませんが、応急手当程度の合わせ方で申し訳ありません。まとまった時間ができましたら、きちんと大幅に修正させていただくやもしれません。
体調が戻ってきたので、投稿を再開いたします。
たくさんの応援、そしてご心配ありがとうございました。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
竜魔力強化を発動してから、すでに二分が経過した。
それだけ時間が経っても、俺は攻めあぐねている。
「ようやく目が慣れて来たぜ?」
「っ……!」
初撃を対応されたのはやはり痛かった。
身体能力に関しては、肌で感じる分には互角——いや、少し俺が上回っているか。
レーナさんがそれをどう補っているかと言えば、経験の差だろう。
俺だって何も考えず攻めているわけではなく、姑息ながら彼女の潰れてしまった目の方向から仕掛けていた。
確実な死角——そのはずなのに、レーナさんはあたかも見えているかのように対応してくる。
(これがSランク冒険者か……!)
一際大きな金属音が響くと同時、俺とレーナさんはそれぞれ距離を取った。
魔力残量からして、すでに三分が経過している。
残り二分。
いよいよ後がなくなってきた。
「……ふーっ」
「お、どうした? もっと攻めてきてもいいんだぜ?」
レーナさんからの挑発。
やはりもう動きに対応しきられてしまった証拠だ。
しかしそれは、俺が近接戦闘型と刷り込めたという確信に至れる要素でもある。
(負けることにビビるな……とにかく挑戦だ)
俺は息を吸うと、大きくシュヴァルツを振りかぶった。
レーナさんとの距離は目測5m。
到底剣が届く距離ではないことを彼女も理解しているからこそ、肩がぴくりと動いたのが見えた。
「……何のつもりだ?」
「プレゼント、ですよ」
「っ!」
俺は踏み込むと同時、レーナさんに向けてシュヴァルツを力いっぱい投げつけた。
目を見開いた彼女は、俺の思惑通り大剣で防御する。
そのとき、ほんの一瞬視界が塞がった。
(ここだ!)
俺は剣を投げると同時に吐き出した息を、今度は限界まで吸い込む。
そしてその空気に魔力を混ぜ込み、口へと収束させた。
「竜ノ咆哮————」
エルドラから教わった、口から放たれる魔力の本流。
これだけで一分近く竜魔力強化の時間が短縮されてしまう。
しかし、威力は絶大だ。
「くっ!」
俺のブレスはレーナさんに直接命中することはなく、その眼前の地面を吹き飛ばす。
訓練場中央に土埃が舞い上がり、俺たちの間を隔てるように視界を塞いだ。
「ちくしょう! 見えねぇじゃねぇか!」
レーナさんの悪態が聞こえる。
確かに視界はもう俺も彼女も役に立たない。
しかし、俺には唯一レーナさんよりも確実に勝っていると言える能力があった。
それが聴覚と嗅覚。
竜の耳は風の音を聞き分け、鼻は千里先まで追跡できるほど。
もちろん竜ではない俺にそこまで優れた感覚はないが、目の前の人物がどこにいるかくらい容易に分かる。
(すべての魔力を右腕に……!)
俺はレーナさんの後ろに回り込み、拳を握りしめる。
魔力を察知したレーナさんがそれに気づくが、もう遅い。
これもエルドラに教わった、竜としての力の一端――――。
「——竜ノ右腕」
渾身の拳を、レーナさんの胴体目掛けて放つ。
「参った。降参だ」
「っ!」
命中する直前、拳を止める。
そしてまずは魔力強化を解除。
一度回復魔術をかけ直し、痛みが来ないことを確認してから息を吐く。
「さすがに今のを喰らってたらやばかった。合格だよ、合格」
「ありがとう……ございました」
とんとん拍子で告げられた言葉に、あまり現実味が出てこない。
勝った――と思っていいのだろうか。
「ってことで、今日からお前はAランク冒険者だ。色々聞きたいことはあるが……まあ、冒険者にとって手の内は商売道具だ。回復魔術師であるお前がどうやってここまで強くなれたのかは聞かないでおく。——が、別の件でお前に聞きたい」
「な、何ですか?」
「どうしてユキのパーティを抜けた」
俺は思わず言葉に詰まる。
この前はかろうじて誤魔化せたが、今日のところはそうもいかないらしい。
「あたしはこの街のギルドマスターだ。街にいる冒険者のことは大体把握している。けど、あんたはいるのにユキがこの街に来たという情報は確認できなかった。他の連中もだ」
「た、たまたま一人でこの街に用があったっていう可能性は――」
「だとしたら何でそいつがいる。……別に何か責めようってわけじゃねぇ。ただ、ユキ・スノードロップにとってのお前は大層重要人物だったはずだ。それがどうして離れちまったのか、そこが気になるんだよ」
「別に、重要人物ってほどじゃなかったと思いますけど……」
「謙遜してんじゃねぇよ。あの女はお前の前でしか笑わねぇんだぜ?」
そうだっただろうか。
——いや、俺は自分で見たユキのことしか知らないから、こうして疑問に思うのだろう。
この人は冒険者のことをよく見ていて、信頼できる。
これから世話になる以上、本当のことを伝えておくのは間違ってはいないかもしれない。
「……実は」
俺は事の顛末をレーナさんに伝えた。
自分がパーティにとって役立たずと言われたこと。
ユキには何も言えず、街を出たこと。
エルドラと共に再出発するため、この街を拠点にしていくつもりであること。
そうしてすべてを伝え終えた頃には、レーナさんの顔がかなりのしかめっ面になっていた。
「……セグリットの野郎、元々きなくせぇとは思ってたが、まさか仲間を手にかけるちくしょうだったとはな」
「きな臭い?」
「ああ。聖騎士なんて身なりはしてるが、目が腐ってんだよ。自分以外を下に見ているっつーか。理解できなかったんだよな、ユキが何であんな奴と組んでるか」
「その辺り、あいつは鈍いですから」
「ま、確かにな。とまあ、事情は分かった。嫌なこと聞いて悪かったな」
「いえ、むしろ事情を知ってくれただけありがたいです」
それじゃ俺たちはこれで――。
そう告げてシュヴァルツを拾いに行こうとすると、俺の肩がレーナさんの手によって掴まれた。
「まあ、そう焦るなって。お前らダンジョンに潜る予定なんだろ? それならちょうどいいタイミングだと思ってよ」
「ちょうどいい?」
「おう。シドリー」
レーナさんがシドリーさんを呼ぶと、彼女は一枚の用紙を持って俺たちへと近づいてきた。
「これは?」
「新しく見つかったダンジョンの情報です。どうぞ」
用紙を受けとって目を通せば、確かにそこには俺の知らないダンジョンの情報が書かれていた。
名称、城の迷宮。
ランクはA。
メインとなる魔物は、中身のない動く鎧系統。
構造は城を模られている――か。
「罠は少なそうですね」
「ああ、調査隊の連中もそれは間違いないと言っていた。もちろん奥には行ってねぇし、不測の事態はいつだって警戒すべきだけどな」
これまでのダンジョンの傾向として、罠の多さなどは構造からある程度予想ができる。
動く鎧——冒険者界隈ではナイト系の魔物と呼ばれているやつらがいるダンジョンは、比較的罠が少ないとされていた。
騎士道とでも言えばいいのだろうか、あまり卑怯な手は使ってこない分、純粋に一体一体の魔物が強い。
罠という不意打ちがない故、腕試しにはもってこいのダンジョンと言えるだろう。
「どうだ? Aランク冒険者になったお前らなら、挑戦する権利はあるけど」
「願ってもない話です。挑戦してみますよ」
「やっぱりそうこなくっちゃな! よし、んじゃ今日は改めて解散だ。お疲れさん」
レーナさんは俺の肩を叩き、訓練場から出ていく。
シドリーさんも俺たちに頭を下げた後、彼女に続いてこの場を去った。
「……ぐっ」
「ディオン⁉」
エルドラと二人きりになってようやく、俺は膝をつく。
ギリギリだった。
あとほんの数秒で魔力切れを起こし、下手すれば体が壊れてしまっていた。
不思議な高揚感に任せて戦闘中は気にならなかったが、今になって呼吸が乱れる。
正直二度とやりたくはない。
「勝ったとは……言えないよな」
「——うん」
頷いたエルドラを見て、俺は確信する。
最後の一撃、あれを命中させていたら、おそらく俺の拳は砕けていた。
レーナさんは俺が胴体を攻撃すると予想し、そこに全魔力を集中させていたんだと思う。
いくら元Sランク冒険者とはいえ、顔を殴ることに抵抗を覚えていたことを見透かされていたんだ。
そこもまた経験の差というものかもしれない。
「けど、絶対に悪くない戦いだった。竜魔力強化の時間が延びれば、次は本当に勝てる」
「……そうだな」
課題はどう足掻いても魔力量だが、むしろ明確であることがありがたい。
魔力量を増やすなら、毎日魔力が空になるまで使い続ければおのずと容量が増えていく。
「明日からはダンジョン?」
「いや、まだ準備が足りないと思う。情報が少ないし、下見もしないといけないしな」
ダンジョンは実力もそうだが、情報も同じくらい大切だ。
それを得るためには、やはり実際に潜ることがもっとも確実で、もっとも早い。
「ともあれ……今日は帰ろう。だいぶ疲れた」
「うん。また明日から、頑張ろう」
エルドラに手を借りて、俺は立ち上がる。
疲れは酷いが、Aランクになれたことは素直に喜ばしい。
今日は昨日よりもよく眠れそうだ。




