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かわいさは蹄でやってくる!―乗馬クラブで働く私の、馬まみれエッセイ―  作者: 時雨オオカミ
第二章 個性の宝箱、あるいは個性の闇鍋

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4/5

優等生ちゃん①

 クラブには、誰からも「いい子」と言われる馬がいる。

 それが、私たちが「優等生ちゃん」と呼んでいる子だ。


 正式名称的には鹿毛(かげ)――分かりやすく言うとこげ茶色の体。サイズはサラブレッドの中だと小さめな女の子。

 やや臆病なほうだが、逃げ出したり暴れたりはしない。ちゃんと我慢ができる。優等生ちゃんはそういうタイプである。


 動物のメスというのは、基本的に気難しい。

 人間だってそうなのだから当然だが、馬も例外ではない。気分屋で、距離感がシビアで、自分から絡むのはいいけど、しつこいと怒る。そんな子も多い。

 だが、優等生ちゃんは違う。誰に対しても、大体優しく寛容である。


 初心者にも、ベテランにも、大人にも、子どもにも、乗り慣れていない人にも、ちょっと不器用な人にも。


 だからクラブの中では、「一番のアイドル」と言っても、決して言いすぎではない。


 もし人気投票なんてものがあったら間違いなく上位に食い込むだろう。

 しかもその票は、「この子が好き」とみんなが入れるタイプの大量得票ではない。


 ――「自分だけが、この子の本当の魅力を知っている」


 そう思っている人たちの、静かな一票が積み重なって気づいたら一位に輝いているタイプである。


 だが、だからといって、文学少女のように静かで儚げな雰囲気かと言われるとそうでもない。

 例えるなら、運動部に所属しているのに、ぱっと見はおとなしそうで、なのに試合が始まると当たり前のようにエースを張っている子。

 その姿を見て、「え、あの子そんなにできるの……?」と、後からじわじわとメロメロになるあの感じだ。

 優等生ちゃんは、まさにそれである。


 仕事に出れば、きちんと期待に応えてくれる。

 無理はしない。だが、手は抜かない。

 怖がりな面は確かにあるが、人を乗せている間は無理に跳ねたりはしない。露骨に怖い場所は遠回りするが。

 それを「偉いね」と言うと、どこか照れたような顔をする……ような気がする。気のせいかもしれない。


 露骨な甘えん坊というわけでもない。むしろ、長時間ベタベタ触られるのは、あまり好きではないほうだ。


 撫でられるのは嫌いじゃないが、「ほどほど」が好き。


 こちらが調子に乗って構いすぎるとちゃんと受け入れてはくれるのだが、気がつくと目が死んでいる。明らかにしょうがないからされるがままでいてあげるか……みたいな顔。


 「あ、ごめん」と思わず謝ってしまうくらい、気持ちが顔に出たりする。

 それほど分かりやすく、そして、それもまた可愛いところだ。


 だが、そんな控えめな彼女にもちゃんと「構ってほしいとき」がある。


 それは、とても控えめで、うっかりすると見逃してしまいそうな小さな主張だ。


 馬房の中なら、人がいるほうに近寄ってきて、こっちを見ながらほんの少しだけぷるぷる、と小さく鼻を鳴らす。

 声にならない声のような、とっても控えめな自己主張。


「……?」


 こちらが気づいて顔を見ると、視線が合うか合わないか、ぎりぎりのところでまたぷるぷると鼻を鳴らす。


 「きゃわー!!」


 そんな自己主張なんてされたら筆者の心の中は大荒れである。

 大きな声で呼ぶわけでもなく、体を押しつけてきたり、露骨に甘えてくるのではなく、静かに「今ならいいけど?」と伝えてくる。


 この控えめさがとんでもなく罪深い。


 こちらが近寄って「どうしたの?」と声をかけると、そっと鼻を寄せてきて触りやすい位置に来る。

 こんな可愛らしさに落ちない人間が果たしているだろうか? いや、いない。

 優等生な彼女の甘えたい瞬間なんて、誰もが自分だけ知ってるこの子の魅力……なんて思って可愛がってしまうだろう。


 さて、そんな優等生ちゃんに対して私たちスタッフはひとつだけ悩みを抱えている。


 たてがみだ。

 女の子なのだが、彼女はたてがみが少し寂しい。

 特に前髪は女の子なのに……と思うくらいに惜しい。

競技会などに出る際、乗馬はたてがみを三つ編みに編んでからおだんごにしていくのだが、たてがみが少ないとどうしてもボリュームも華やかさも出ない。せっかくかわいいのにもったいないなあという気持ちと、少ない毛で三つ編みおだんごにするのは単純に難しいという事情が合わさって、私たちの決して解決できない悩みとなっていた。


「もうちょっとあればなあ……」


 ブラシをかけながら、ついそんなことを呟いてしまう。


 もちろん、本人に罪はないし、似合っていないわけでもない。彼女はそれでも十分に可愛いのだし。


「大事にしようね」


 よって、私は今あるたてがみが短くならないように、これ以上少なくならないようにと日々お手入れに精を出すことにしていた。生まれつきの体質は仕方のないことなので、それを活かしてあげるのも我々の仕事中なのである。


 優等生ちゃんはきっと、自分がそう呼ばれていることなんて知らないだろう。人並みに……いや、馬並みに? 臆病なのもあって、もしかしたら申し訳ないとさえ思っているかもしれない。


 そんな、飾らない気性のおとなしさがみんなを好きにさせているのだ。

 今日も当たり前のようにちゃんといい子でいてくれる。それがどれだけすごいことなのかを分かっていないのは本人ばかりである。


 だから今日も、誰かが心の中でそっと思う。


「この子の良さは私が一番知ってるんだよね」


 そして、そんな思いが積み重なって、優等生ちゃんは今日も変わらず、クラブのアイドルとして可愛がられている。


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