39・さすがに選ぼうとは思わない
それから僕たち召喚者の新たな依頼受注はすべてストップとなり、出払っていた梶や栗原の帰りを待って、僕らは再度、スンマネン総司教の元を訪れた。
「揃ったようだな。では、少し昔話をしようか」
そう言って彼の口から語られたのは、80年前に起きた出来事のあらましだった。
「80年前にも、タンペイレンは君たちが聞いたという話と同じような事を吹き込み、氾濫鎮圧後、召喚者たちによる争いが起きた。還れると聞いてそれに耳を傾けないものなど居るまい?」
そう言って僕らを見回す。何も知らない残留組が頷いている。
「タンペイレンは召喚者たちに『還る術がある』と囁いたらしい。彼らに与した召喚者はひとりも生き残らなかったので、何を言われたのか、タンペイレンの者たちが本当は何を言ったのか、誰にも分らぬまま、召喚者たちの全滅によってすべてを終わらせることとなった。なにせ、氾濫を鎮圧すると同時に召喚者たちの騒乱だ。この辺りの国々も荒廃してタンペイレンの行いを問いただすなどと言う余裕すらなかったのだから」
それを聞いて、やはり赤石たちが同じ状態なんだと確信した。
「そして今回の事だ。過去と同じくタンペイレンへも召喚者たちが向かい、魔物討伐の際にその者たちの会話を聞いたものが居る。またぞろ還送が可能であると吹聴しているとの事だ」
それを聞いて僕と楠以外が騒がしくなる。
「しかし、我ら教会だけでなく、帰還を考えたであろう召喚者の打ち建てた神聖国、チンゼーの血を引くエルフですら、実現できていないのが還送魔法陣だ。我ら教会や神聖国においては、還送は不可能だと結論を出している。過去に召喚されたチンゼーやサブローは自害の今際であったというし、80年前も沈む船の上であったという。その方らの状況は分からんが、これまでの召喚者は還るにもその場所がない者たちであった」
そう、僕らがシルッカで話し合った内容がここでも語られている。
「でも、私たちは死ぬような事故や事件なんか起きていませんよ?」
残留組の一人がそう意見する。それに答えたのは、スンマネンではなく、千葉だった。
「そう、地震の警報も鳴ってないし、暴漢騒ぎも起きていない。ただ、異臭がしてみんなちょっとおかしかったのは自覚していないか?」
あの時と同じことを言う千葉。
シルッカ組はその話は既にしているので、考えているのは残留組だ。
「異臭?いや、全く。ただ、変な煙か霧は窓の外に見えてたな」
という意見が出た。それは初耳だ。
「あの煙を見たから、召喚されたって事にも納得できたんだ。白や黒の煙だったら隣の工場か近所の火事だと思ったけどさ、紫か青っぽい色だったからおかしいと思ったんだ」
その後、シルッカでの話のように、ちょっと楽しかっただとか、気分が悪かったという意見も出た。
「だいたい授業が始まった頃くらいだったよな、あれ」
皆が当時を思い出しながらそうやって意見をすり合わせて行く。
「そうだろ?たぶん、工場から薬品か何かが漏れてたんだ。爆発が起きたか中毒になってたか分からないけど、もう少しあのままだったらみんな倒れてたか爆発に巻き込まれてたんだと思う」
千葉がその場をそう締めくくった。
それを静かに聞いていたスンマネンが再び口を開く。
「どうやら、君たちにも死が迫っていたという事か。ならば、神聖国が言い出した話が本当かもしれんな。魂となる寸での者たちを魔法陣が拾い出し、教会へ送ってきているのかもしれん。なれば、帰る場所は無い。という事になっておるのやも知れん」
そう発言すると、残留組が騒がしくなる。僕らにとっては二度目だ。今度は大池が口を開いた。
「爆発事故だったら学校が残ってるかどうかも分からない。俺ら三階だったんだから、何もない三階の高さに還ってもどうしようもないじゃないか。中毒事故でも学校がそのまま再開されてるかもわからないしな。何十人も死んだり入院してるのに、そのまま再開してるんだろうか?クラス丸ごと生徒が消えた俺たちの教室がそのままとも思えない。倉庫代わりにされてて還ったら荷物の下敷きとか嫌だろ」
残留組のその状況を想像して顔をしかめている。
「もし、何もなく還れたとしてもさ、死んだり寝たきりって運命だったから召喚されたんなら、還ったらすぐに死んだり中毒で苦しむだけなんじゃない?」
シルッカでもそんな話が出た。この世界へ来たから運命が変わっている。還るなら、地球での運命を受け入れることになるんじゃないか?という話を。
「何だよそれ、還れたら授業が続いてそのまま進学できるんじゃないのかよ」
そんな意見が出るのも確かだ。そこにスンマネンも発言する。
「済まないが、我々には君たちを召喚したその場所、その時間へ還す術はない。もし、この世界から送り出せたとして、元の世界の元の場所へ帰れるとは断言できん。まったく別の世界やもしれぬし。海の中や火山の中かもしれん。何処へ送り出せるかまるで想像もつかん」
そもそも、この世界には還送技術がないのだから、そう言う事になる。残留組もこれはトドメだったらしい。僕らを見回したスンマネンはさらに続ける
「我々の結論はそうだ。しかし、タンペイレンは『還れる』という話を召喚者にしている。しかも、召喚者を生贄にして得た魔力で『選ばれた者のみ帰還が叶う』という事にしてな。80年前もそうであったから、騒乱にまで至ったのだろう。このような話を信じなければ、殺し合う必要などなかったであろうに」
神聖国での話を知らない残留組が騒ぎ出した。還れるかもしれないという望みに見えるのだろう。
「残念だが、召喚魔法陣に必要な魔力は、召喚者であれ、教会の魔法使いであれ、数十人を生贄にしたところですぐに発動できるほど少なくはない。50年以上魔力をため続けてようやく起動下限に達するほど膨大なものだ。還送にも同等の魔力を必要とするであろうから、その方らが老境に至ってようやくという事になるだろう。さもなければ、国を丸ごと生贄にするほどの犠牲を要する」
そう聞いては静まり返るしかない。
「そこまでして送り返せなんて、さすがに・・・・・・」
僕もそう思う。何千、何万という犠牲を糧に還れるとしても、さすがに選ぼうとは思わない。




