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魔王インヘリテンス  作者: Moscow mule
第6章 【全魔冥宴二夜目】
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第6章 【全魔冥宴二夜目】③


 猛然とこちらに切りかかってくる若者に対し、ボレアスが焦ることはなかった。

 もとよりお互いが近接戦闘を主戦場とする剣士なのだから、距離が縮まることは双方にとって都合の良いことなのだ。


 一目で名剣とわかるガゼルの深紅の長剣を、無造作に握る自身の大剣で受けきる。


 キン、と甲高い音がフロアに響いた。

 文官の一撃とは思えないほどの強烈な衝撃が体を走るものの、これくらいの重みの剣撃ならば予想の範疇だ。


(ああ、いい。やはり戦いは全てを忘れさせてくれる)


 全魔冥宴が始まったころから、 ボレアスの思考はモヤがかかったように曇っていた。


 なぜだかは未だにわからない。

 ボレアスにとって魔王の後継者の候補など、選択肢は一つしかない。

 そう、力こそが全てを決するこの世界において、魔王となるべきは盟友ゼラであるべきなのだ。

 それは昔から決まっているはずなのに、なぜこれほど頭のなかがぼやけるのか、ついぞこの時までボレアスにはわからなかった。


 わざわざボレアスを指名して、一騎打ちを挑んできたガゼルについて、ボレアスは口で言うほど馬鹿にしているわけではない。

 むしろ武官としても一定の評価をしているといっていい。

 そもそも《宰相》という地位や《全魔冥宴の出席権》という権利は、ただの優秀な文官程度で務まるような役職ではない。

 特にこのガゼルのように一兵卒から成りあがるというのは、腕っぷしも立たなくては不可能だろう。

 しかしそれゆえに、力があるのに前線に出てこないこの男のことを、ボレアスはいまいち許せなかったのだ。


 何撃も剣を交えると、やはりこの男がただの文官ではないことを再認識される。


(いいぞ、いい。もっと俺を楽しませろ!)


 常にトップスピードで動き回り、大ぶりなボレアスの剣撃を間一髪で避けながら攻撃を仕掛けてくるガゼルは、かつて戦った勇者を思い出させる。


 もっとも、ガゼルの攻撃はどれも軽く、ボレアスの《物理耐性の加護》によって簡単に弾き飛ばせる。


(悪いがあまり遊んでやることはできない、我が野望がかかっているのだからな!)


 本音を言えば稀に見る強者との戦闘をもっと続けていたかったボレアスではあったが、今回の一騎打ちは遊びではない。

 ボレアスにとって重要な、最強の魔王を作り出すための戦なのだ。


 ボレアスはギアを一段階上げた。





 ―――何が弱体化だ‼


 ガゼルは最高速でボレアスの周りを旋回しながら、心の奥底で叫んでいた。


 トップスピードで入れたはずの渾身の居合切りは簡単に受け止められ、隙をついて届いた攻撃も、全て《加護》によって弾かれる。


 逆にボレアスの攻撃は、大ぶりではあるものの、少しでも気を緩めれば食らってしまうであろう速度と、一度食らってしまえば体が真っ二つになるであろう威力を備えていた。


 おまけに、先ほどからボレアスの速度が一段階上がり、完全にガゼルの動きをとらえつつある。

 とっさに後ろに下がろうとしても、一瞬で距離を詰められ、受け止めた剣がつぶされてしまいそうなほどの威力の剣撃が、ガゼルの全身に駆け巡る。


「―――うおおおおおお‼」


 叫び声をあげながら渾身の力を込め剣を弾き、ボレアスの腹の横っ面に、魔力を込めた火炎弾を放つ。


 ボン、と実が弾けたような破裂音が響くものの、煙の目くらましによってやっと距離をとれただけで、煙が明けたあとのボレアスの脇腹は、服が焦げているものの、ほとんど無傷だった。


「―――流石は魔王軍最強・・・」


 冷や汗が顎を伝うのを感じながらも、ガゼルは状況を打破する策を考える。

 普通に考えて近接戦闘で負けてしまう相手には、遠距離からの魔法の攻撃で対処することが上策と言われるが、この場合は下策中の下策だ。


 別にガゼルが魔法を使えないわけではない。

 寧ろ魔導士としては達人の部類に入り、そんじょそこらの賢者と比べても、技の練度で言えば遜色はないだろう。


 この場合問題なのは、ボレアスの《加護》による耐性で魔法が軒並み無効であるからだ。


 加護を突破するにはボレアスの魔力を枯渇させ、加護の発動をなくすか、加護ごと吹き飛ばすような強力な魔法を叩き込むかだが、残念なことにガゼルの魔力量ではどちらも不可能なことだ。


 ガゼルの保有魔力は精々一般的な魔人と比べて少し多い程度。

 とてもではないが、核撃魔法を数発受けても無傷で歩き続けるようなボレアスに有効であるとは思えない。


 唯一の救いはボレアスが魔法による遠距離攻撃手段を持たない点だろうが、もちろん簡単には距離をとらせてはもらえない。

 ボレアスはガゼルが一歩下がる間に二歩詰めてくるほどの突進力を持っており、その攻撃をいなすことに精いっぱいだ。


「くははははは‼ いいぞ、この間殺した勇者よりも動くではないか‼」


 ボレアスは嬉々とした表情を浮かべながら、大剣を振り回す。

 尋常でない速度で上から振り下ろされる剣撃を、ガゼルは自身の反射神経に任せて回避する。

 とてもではないが見てからでは間に合わない。


 ―――長期戦は不利・・・!


 わかってはいたことだが、こちらに有効な打点がない。このまま防戦一方ではいたずらに体力と魔力を消耗するだけだろう。

 そしてそのどちらも、ボレアスはガゼルを大きく凌いでいるといっていい。


 ――それでも、ガゼルに勝算がないわけではない。


 一つだけ、ボレアスの加護を突破し得る技を、ガゼルは習得している。


 それはかつて赤龍を一閃のもとに屠ったガゼルの奥の手―――《光の太刀》だ。


 聖気を纏って放たれる斬撃は、かつて勇者王が放ったものをガゼルが長年かけて模倣したものだ。

 その威力は絶大であり、《魔》に属する者には甚大なダメージを与えるだろう。

 ボレアスの《加護》は、《聖》属性は受け流せない。


 しかし、この技は使用するとガゼルにもダメージが入る。

 何しろ聖気を纏うのだから、《魔》に属するガゼルにも有害であることは変わりがない。

 一度使用すればガゼルの体中の細胞にも被害を与え、行動不能に陥ってしまう。

 実際ガゼル赤龍を倒したあと、三日間は意識が戻らなかった。


 すなわち、《光の太刀》を外した瞬間負けが決まる、まさしく諸刃の剣だろう。


 ガゼルは何とか光の太刀を打ち込む隙がないか虎視眈々と模索していた。

 ボレアスは一見すると隙だらけの型に見えるが、そんなはずがない。


 実際のところ、何撃かはボレアス自身に入っているとはいえ、どれも渾身の一撃とはいえず、たとえ加護がなくても決め手にはならないだろう。

 長年戦闘ばかりしてきた勘か、生まれ持っての身体能力なのかはわからないが、入りそうだな、と思った攻撃もギリギリでガードされることが多い。

 これで弱体化していたのだというなら元の強さがどれほどだったのかなど、ガゼルには見当もつかない。


 だが、ガゼルは焦らない。

 彼も無意味に逃げ回っていたわけではない。

 ガゼルはここまでで、ボレアスに対し《有効打がない》ということを植え付けることに終始していた。


 こちらから加護を突破するすべがないということが分かれば、ボレアスは防御を気にせず、攻撃重視の立ち回りをするようになるだろう。

 そうなれば光の太刀を打ち込むチャンスが多くなる。

 事実、速度を上げてからのボレアスは防御よりは回避を、回避よりは攻撃を優先して行うようになっていた。


 ―――そろそろだな。


 ガゼルは多めの魔力を込め、火炎弾を足元に打ち込んだ。

 ボン、と弾けるような音とともに、小規模の爆発が起こる。

 これはダメージを狙ったものではなく、確実に距離をとるために視界を奪う目的だ。


 ガゼルは渾身の力を足に込め、後ろに跳躍した。

 距離を取り、準備するのは光の太刀。

 おそらくボレアスは、こちらに加護を破る攻撃はないと判断し突進をしてくる。

 光の太刀はそれにカウンターとして合わせるのだ。

 ガゼルも一撃もらうことになるが、こちらはもらうことをわかっている分、急所はずらせる。

 片腕くらいならばくれてやるつもりだ。


 しかし、ガゼルに向かって飛んできたものは、ボレアスではなかった。


 ―――飛び道具!?

 

 ―――剣。いや、鞘だ。


 遠距離攻撃手段がないと油断していた。

 ボレアスは鞘を投げたのだ。


 黒い鞘を、思わず反射てきに避けるも、そのせいで、ガゼルの構えは解かれる。


「しまった!」


 我に返り正面に向き直るガゼルだったが、煙の開ける方にボレアスはいなかった。


 ―――消えた・・・?


 いや、そんなはずはない。空間移動魔法は発動に時間がかかる上に使える種族は限れらている。

 つまり―――――上だ。


 ボレアスは跳んでいた。

 驚異的な脚力で百mはくだらない天井までジャンプすると、その天井を蹴って加速し、ガゼルの元まで一直線へ降りてきた。


「―――っ!!」


 気づいたころにはもうガゼルの眼前だった。


「うおおおおおおお‼」


 叫び声をあげながらガゼルは防御術式を展開する。

 残っているありったけの魔力だ。生き残るための本能が、まだ諦めていない。


 ―――爆音がフロアに響いた。


 土埃の舞う中、ガゼルは何とか生き延びた。

 しかし魔力は尽き、完全に体制を崩されている。


 ボレアスは容赦なく追撃に移る。

 吹き飛ばされたガゼルまでの距離はわずかだ。

 三歩もあれば剣の射程圏内だろう。


 ガゼルの生存本能も流石に手立てがないと判断したその時―――。


 ボレアスが地面に躓いた。


 何もないところに見えたが、単に足を滑らせただけかもしれない。

 

 否。考えている余裕はない。


 ―――ここしかない‼


「―――うおおおおおおおおおおおおお‼」


 ガゼルは地面を蹴った。

 放つのは渾身の光の太刀。

 眩いばかりの光の粒子がガゼルの剣から、刃となって放たれる。


「―――ぐぬううおおおお!」


 しかし、光の刃はボレアスまで届かない。

 完全に体制を崩しながらも驚異的な身体能力帆発揮したボレアスは、自身の剣をガゼルとの間に突き立てたのだ。


「―――化け物がああああ‼」


 ガゼルは聖気による全身の激痛に耐えながら、瞬時に剣を振りかぶる。


 ―――光の太刀!


 放ったのは未だ使用したことのない二撃目の光の太刀。


 腕が繋がっていることが不思議なほどの激痛が全身を走るが、本能が告げる。

 こいつを倒すにはまだ足りない。


 ガゼルはさらに剣を振りかぶる。


「うがあああああああああ!」


 どちらの叫び声なのかはわからなかった。


 感覚がなくなり、意識が遠のく。

 全身の細胞が、纏っている聖気に焼き尽くされているのが分かる。

 視界は光の太刀の眩い閃光で真っ白く埋め尽くされ、もはやボレアスの姿など見えない。


 しかし、それでもガゼルは放った。

 三撃目の光の太刀だ。


 ―――ガゼルの意識はそこで途絶えた。





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