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魔王インヘリテンス  作者: Moscow mule
第4章 【全魔冥宴一夜目】
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第4章 【全魔冥宴一夜目】①


 《全魔冥宴》とは、魔王ヴォルザードが数百年前から創設した、全魔王軍の最高意思決定会議である。

 その会議に参加できる者は限られる。

 魔王自身と、魔王軍最強の実績を持つ四天魔将。そして彼らに次ぐ権力を持つ宰相のみだ。


 基本的には、あらゆる重要な決定や、魔王軍の方向性、問題点などを話し合い、魔王を除いた五名での多数決によって結論が出され、それを魔王が認可する、という形式をとるのが慣習だ。

 

 全魔冥宴が開かれるのは、魔王城の最上階の広大なフロアだ。

 まるで闘技場のようにひたすら床のみが広がるこのフロアの中心には、数名ほどが座る円卓がぽつんと置かれている。

 何の変哲もないただの丸机だったこの円卓も、長い間大魔境で有数の強者によって使われていたからか、禍々しい妖気を放つ魔道具にすら見える。


 もっともそんなわずかな妖気など、実際にそこに座る五名の絶対的強者に比べれば赤子のようなものだ。


「――――皆さん。この度はお集まりいただきありがとうございます」


 そんな五名の中でも、おそらく最も若いと思われる一人の青年が、口を開いた。

 彼こそが今回の全魔冥宴の主催者――《宰相》ガゼル・ワーグナーだ。

 毎回、全魔冥宴の進行を担うのは彼だ。

 もちろん本当はそんな面倒なことはやりたくはないのだが、魔王ヴォルザードがそう任命してしまった。引き受けないわけにはいかない。


 そんな宰相のガゼルといっても、この全魔冥宴の参加者の中では一歩劣る存在だ。

 彼は他の四天魔将のように最前線で戦っているわけではないうえに、この中では一番の新顔だ。


「前置きはいい。さっさと本題に入れ。こちらは完全勝利を目の前に急いで戻ってきたのだぞ」


 ガゼルに対してせかすように言うのは青いオールバックに漆黒の一本角を持つ男、四天魔将ボレアスだ。

 ボレアスからしたら、ただでさえ自身より弱い者が同列の四天魔将として存在していること自体気に食わないのに、ガゼルのような口だけ達者な内政官がこの重要な会議に参加していることが、相当に信じられなかった。

 ガゼルに対して威圧的な態度になるのも、そういう彼なりの矜持があるのだろう。


「まあまあ、落ち着きたまえ。今回の議題は今までのものとは比べ物にならぬほどの難題なのだからな」 

 と、そんな血気盛んなボレアスをなだめるのはこの中でもっとも最年長と思しき初老の男・・・スレイマンだ。

 良くも悪くも慎重であり、中道的なこの男は、若い将軍たちをなだめることも多い。

 彼自身が魔王の弟で、最古参の家臣であるということもあり、自然とそういう役回りが回ってくるのだ。


 声を出さない二人のうち、吸血鬼・ゼラの方はなにやらニヤニヤとした表情でこの状況を眺め、もう一人の褐色の有翼種の美女・ディースは呆れた顔でため息をつく。


「いえスレイマン殿、ボレアス殿の言うことにも一理ありますので、さっそく本題に入らせていただきます」


 ガゼルは何でもないかのように言った。

 ボレアスがやたらとこちらに敵意を示して突っかかってくるのも、スレイマンがなだめるのも、ゼラが不気味に笑うのも、ディースがため息をつくのも、この全魔冥宴ではいつものことだ。


「では本題ですが―――《紫炎書》で知らせた通り、魔王ヴォルザード陛下が亡くなりました」


 ガゼルは淡々と説明を開始した。

 

 《全魔冥宴》が始まった―――。





 ガゼルは話をしながら思う。


 ―――もうこの軍にとどまる必要もないかもしれない。


 ガゼルからすると、本来の目的は妹のレイアを見つけることであり、それ以外のことは全て二の次だ。

 こんな地位まで昇りつめたのも元来はそのためである。

 正直に言ってしまえば魔王軍の衰退などどうでもいいし、世話になった主君ももういない。


 要するに、この後、目の前の四名によって繰り広げられるであろう次期魔王継承の争いに巻き込まれるのはごめんだった。


 レイアが魔王軍の上級貴族に売られたというワーグナーの情報を信じてここまでやってきたが、少なくとも魔王軍の最高権力者の一人にまでなって見つけられないとなるとその信憑性も薄れる。


 ―――旅にでもでようか。


 どうせヴォルザードのいない魔王軍の先などたかが知れている。

 元々この大魔境の隅っこにまで後退していた魔王領がここまで広がったのは、ヴォルザードという傑物によって有力魔人や、貴族、強力な配下の協力を取り付けることができたからだ。


 その盟主たるヴォルザードが死んだとあれば、彼らの反発は目に見えてわかっている。

 ガゼルにとって長年かけて築いてきた居場所ではあるが、泥船と一緒に沈没するつもりは毛頭なかった。


 ―――さてそうと決まればさっさとこの面倒な会議を終わらせないとな。


 魔王軍を去るといっても、四天魔将のようなガゼルを凌ぐ実力者を相手に無言で逃亡するというのは流石にリスクが高い。

 もしもそれで不興を買おうものなら命はないといっても過言ではない。

 何とかして彼らの納得する形で全魔冥宴を終わらせ、それなりの理由をつけて去ってしまうのだ。


 ガゼルはそんな覚悟を決めた。





 四天魔将が一人、ディースはいまだに状況を決めかねていた。


 魔王ヴォルザードが死んだというのは、ガゼルに説明されるまでもなく、魔王城についた瞬間、自身の目で確認した。

 棺の中に入り、息をしていない主君の姿は、ディースの脳裏に衝撃を走らせたものだ。


「―――さて、以上のことが、ここまでの事実です。そして早急に決めなければならない問題点ですが―――」


 ガゼルが魔王の死についての説明を一通り終え、次の話題に入る。


「陛下の後継者・・・つまりは次期魔王をどうするか、という問題でしょう」


 珍しくガゼルの説明を黙って聞いていたボレアスも、相槌を打ちながら説明に参加していたスレイマンも、いつも通り気持ち悪い顔をして沈黙していたゼラも、《次期魔王》という言葉を聞いた瞬間、表情を引き締めた。


 ガゼルの言う通り、《次期魔王》というのは早急に決めなければならない事案だ。

 家臣の統制や、実務上の問題というのもあるが、何よりも、『魔王の不在』という事実は人間軍への大きな隙になる。

 ただでさえこの全魔冥宴のために、前線の四天魔将が魔王城へと撤退しているのだから既に人間軍には多くの隙を見せている。

 奴らに魔王の死を悟られる前に、新たな魔王を担ぎ上げなければならない。


「――――――」


 全魔冥宴は静まり返る。

 誰しもが相手の様子をうかがっているのだ。


 ディースにしてもそれは例外ではない。

 彼女に取れる選択肢はそう多くはないのだ。

 といっても、彼女自身が魔王に名乗り上げるつもりは毛頭なかった。ディースは自身の実力が、他の四天魔将に比べて劣っていることを理解していたからだ。


 《有翼種》という貴重な能力から、他者にはできない索敵をできるディースであったが、正面からの戦闘において、ほかの四天魔将と肩を並べるとはいいがたいだろう。


(問題は誰を支持するか、ね)


 誰を支持したかによってその後の自身の立場が決定づけられる。

 新魔王を支持できればそれに見合った地位を得られるし、逆に他の者を支持してしまえば四天魔将からの没落もあり得る。


 ヴォルザードに男子がいない以上、有力な家臣から次の魔王は選ばれる。

 無論、有力な家臣というのは四天魔将のことだ。


 ディースの選択肢としては主に二つ。


 一つは《戦神》ボレアスを支持すること。

 少なくとも純粋な《武力》という点において、ボレアスはこの四天魔将の中でも群を抜いている。

 この魔人の古風な考え方には呆れることも多いが、もしもこの魔王継承問題が戦争に発展した場合、彼に付くのが最も賢い選択であるといえた。

 問題は、彼が魔王になって以後、古風な彼がまともに現在の複雑な魔王軍を統治できるのかという点だが、そもそも勝たなければ話にならない以上、最強戦力である彼が第一候補に挙がるのは必然だろう。


 二つ目は《王弟》スレイマンを支持すること。

 まずスレイマンは亡くなった魔王陛下の弟――つまりは王族の一人であり、十分に次期魔王の資格があるとも言える。

 武力ではボレアスに劣るものの、最古の家臣でもある彼は部下からの信望も厚い。

 他の家臣からの反発が少ないのがスレイマンであるといえた。


 三つ目の《冷血》のゼラに関しては、他の二者に比べると魅力が薄い。

 もちろんゼラはディースと比べれば強力な戦闘能力を持つ最強の吸血鬼であるが、ボレアスと比べると流石に格が落ちる。

 そしてスレイマンのように魔王になった場合のメリットが多いわけでもない。

 自然とディースの選択肢からは抜け落ちるだろう。


 《宰相》ガゼルは候補ですらない。

 確かに頭は切れる上に、短期間で一兵卒からここまで上がってきた事実は目を見張るが、それは魔王ヴォルザードの後ろ盾があったからこそだ。

 ヴォルザードのいない今、彼の立場は微妙なものだろう。


(さて、どうするか)


 自身が魔王に名乗り上げるにしろ、支持するにしろ、現在この全魔冥宴が沈黙に包まれるのはお互いがお互いの腹を探りあっているからだといえる。


 ディースも負け馬には乗りたくはない。

 できれば場の情勢が固まってから自身の立場を明確にしたいものだが。


「意見がなければ多数決も取れませんし―――私の考えを述べましょうか」


 沈黙を見かねたのか、ガゼルが口を開いた。

 いつも場を動かすのはヴォルザードより司会を任されるこの男だ。この場の全員がガゼルに注目する。


「まず、私は次期魔王、いや《仮の魔王代理》としてスレイマン殿を推薦します」


 仮の魔王代理、という言葉に、ディースは眉を顰める。


「《仮の魔王代理》というのはそのままの意味です。現在の我らが魔王軍が亡きヴォルザード陛下一代によって拡大してきた以上、下手に新魔王を立てると家臣や領民の反発を買いかねません」


 ガゼルは相も変わらず淡々とした口調で話す。


「そして、そのような観点からみると、ヴォルザード陛下の弟君であるスレイマン殿であれば、魔王代理に立てても反発が少ないかと。新たな正式な魔王の選定は、ヴォルザード陛下の死を、領民が受け入れ、落ち着いてからにしてもよいのではないでしょうか」


 ガゼルの言に反応する者はいない。

 おそらく全員が腹の内でこの意見の真意を決めかねているのだろう。


(なるほど、《魔王代理》とは上手いことを考える)


 ディースは思う。

 あくまで仮の代理であるという上での支持であれば、他の者が魔王になった時も言い訳がたち、なおかつ、スレイマンへの支持の表明もできる。頭の切れる彼らしい意見だ。


「スレイマン殿はどう思われます?」


 ガゼルはスレイマンに意見を求める。

 いくら周りが祭り上げようと、本人にその気がなければ支持の意味はないのだ。


「・・・代理であれなんであれ、我に魔王になるつもりはない」


 固唾を飲んでディースが見守る中、スレイマンは口元を歪ませながら言い放った。


「次代を担うにはこの老骨はもはや不要であろう。次の魔王は若者であるべきだ」


 スレイマンからしても、ヴォルザードの死というのは、自身の半身を失ったような、大きな出来事であった。


 もとからスレイマンが今まで戦ってきたのは敬愛する兄のためだ。

 兄のいない以上、スレイマンが魔王軍の中枢にいる意味はない。


「スレイマン殿もいいことを言う」


 そんなスレイマンの言に対して、ここにきて初めて声を出したのは、今までずっと気味悪い笑みを浮かべながら傍観を決め込んでいたゼラだ。


「我らも世代交代の時期なのです。これから活躍すべきは若手。ヴォルザード陛下の死は嘆かわしいことではありますが、よい機会でもありましょう」


 そう言って立ち上がるゼラ。彼は言い放つ。


「私は、自身を次期魔王へと自薦します」


「!?」


 ゼラの言葉に最も驚いたのはディースであった。


 ディースにとってはゼラの立場は自身に近いものだ思われていたからだ。

 ディースよりは強力であるものの、ボレアスには及ばず、スレイマンほどの支持もない彼は、他の陣営の支持に回る側だと勝手に解釈していたのだ。


(まさか、自薦するなんて・・・!?)


 自薦するということの意味を、まさか知らぬゼラではあるまい。

 彼も非常に頭の回転の速い男だ。

 確かに、この中で最も若いのは、ガゼルを除いた場合ゼラとなる。

 若手が導いていくべき、という言に従うなら、ゼラが魔王に立候補してもおかしくはない。


 しかし―――魔王に自薦するということは、それは《戦神》ボレアスを敵に回すということにつながる。


 なにせ、ボレアスが魔王への野心を持っているということは周知の事実であるからだ。


 そもそもボレアスが現在の魔王軍に存在しているのは、かつてヴォルザードとの一騎打ちに敗北したという一点に他ならない。

 そして、彼がヴォルザードに挑んだのは、《魔王》という地位を欲してのことだ。

 「もっとも強い者が魔王であるべき」という彼の理念からすれば、強者である自分が魔王の座を欲するのは当然のことであるし、自身よりも強いヴォルザードが魔王であることも当然であったであろう。


 しかし、そのヴォルザードはもういない。

 つまり魔王軍で最も強いのは《戦神》たるボレアスである。であれば、彼からして現在魔王になるべきなのはボレアス自身であるだろう。

 そんな彼の前で高らかに魔王の後継者として名乗りをあげるのは、明らかに自殺行為であるといえた。


 少しでもボレアスのことを知っている者ならわかることを、同じく四天魔将であるゼラが知らぬはずはないのだ。


 しかし、そんな驚きに包まれるディースをしり目に、面白そうな顔をしてゼラを眺めていたスレイマンも、ここまでほとんど表情を変えることのなかったガゼルも、次のボレアスの発言には耳を疑うことになる。


「そうか、ならば俺はゼラを次期魔王に支持しよう」


 戦神が、そう言った。


 その場は凍り付いた。



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