〝悪童、羅刹と、羅刹の女。
「さぁ、ケンカの時間だぜ!?」
ラセツは、ムカデに向かって足を踏み出した。
「グ、ギ、ギャァアアアアアォオオオオ!!」
捨て鉢になって咆哮したムカデが、足の一本を振り下ろす。
それをラセツは、軽く手のひらでいなした。
次々と振り下ろされる百の足を、軽く払うだけで反撃せずにいると、ムカデがギャハ、と嗤う。
『散々偉ソウニシテオイテ、手モ足モ出ナイカ!?』
「そう思うか?」
ラセツは笑みを返しながら答えた。
最後の一本を払った後に、腕を包む青い炎をこれ見よがしに振って見せる。
「鬼神が纏いし炎気は、火生三昧……境地において、明王が身に纏う悪魔と煩悩を祓う炎だぜ」
その塊のようなムカデが、この炎気に触れればどうなるか。
「なぁ……お前さんの百ある足の半分はどこいった?」
『ゲギャ!?』
ムカデはそこでようやく、自分の状況に気づいたようだった。
痛みもなく、感覚もなく……ラセツがいなした全ての足は、消炭と化してこの世から消え去っていたのだ。
『オ、ォオ、オレノアシガァアアアア!?』
「他者の命を散々奪い倒しといて、足が半分なくなった程度でおたおたすんなよ」
ラセツは大きく体を捻ると、腰の辺りで右拳を握って左の手のひらで包み込む。
全力で炎気をその拳に込めた後、まっすぐにムカデを見上げた。
「お別れの時間だ。ーーーじゃあな」
『待ッ……!!l』
青く輝く拳を腰だめに構えたまま、ラセツは大きく地面を蹴り。
「ーーー来世で、本当の虫からやり直せよ」
ムカデの腹に、全力の一撃を叩き込んだ。
※※※
ヴィランは、ムカデが腹に大穴を開けられた直後に、炎に包まれて一瞬で消滅するのを目撃した。
余韻すらなく、あまりにも呆気なく終わった戦闘に絶句していると、ラセツがこちらを振り向いた。
悪童、と名乗った彼は、青年になっても面影は変わっていない。
悪戯小僧のような……しかし見惚れるような青年に成長した顔で、楽しげな笑みを浮かべたままいつもの軽い調子で言う。
「終わったぜ。つまんねーケンカだったな」
まだお前さんのほうが歯応えあったかも知んねー、と続けて、シュゥ、と身を包んでいた炎の魔力が消え失せる。
するとシュルシュルと体も縮み、彼は元の姿に戻った。
「……その本性を隠す意味は、あるのか?」
「こいつが俺の元々の姿だよ。言っただろ? 背が伸びなかったんだ」
くしゃりと赤い髪を掻いて、ラセツはダイジャに目を向ける。
「とりあえずムカデは倒したが、どうする? 俺が帝都アヅチまで送ってやろうか?」
「……そう願いたいところだ」
「正直、ムカデみたいな奴がこれ以上現れてもめんどくさいしにゃー」
ねねこがウンウンとうなずくのに、ラセツはますます笑みを大きくした。
「よし。報酬は道中ねねこをモフり放題でいいぞ」
「にゃにゃにゃー!?」
「好きにしろ」
「そ、そんにゃ!? ダイジャ様ぁ!?」
小屋の中に戻りかけたネネコの主人は、ふん、と笑みを浮かべる。
「元はと言えば、お前がオレを生かそうとしたことが事の発端だ。甘んじて受け入れろ」
「う、うにゃあああああああ!!」
頭を抱えて嘆くネネコを楽しそうに見つめたラセツは、ふとヴィランに目を向ける。
「お前さんはどうするんだ?」
「どうする、とは?」
「正直なところ、お前さんが不憫でな。嫁になれ、なんて約束は、やっぱナシでいい」
そう告げられて。
ヴィランは自分でも驚いたことに、一抹の寂しさを覚えた。
「俺は故郷は失ったが、仲間には恵まれた。どいつも気のいい連中ばかりだしな」
そう言いながら、ラセツはジッとヴィランを見つめる。
彼の瞳は、いつだってまっすぐで、嘘偽りがない。
「だから、俺をお前さんの仲間にしてくれよ。まず最初にさ」
よく晴れた空のような、快活な笑み。
ラセツの言葉に、不意に泣きそうになる。
だが、グッと唇を噛んで目を伏せ、涙をこらえたヴィランは、再び顔を上げると笑みを浮かべてラセツを見返した。
「私に修行をつけてくれる、という約束は生きているか?」
その問いかけに、ラセツはパチクリとまばたきをする。
「何をすっとんきょうな顔をしている。私は強くならねばならん。……弱き者を守るためにな」
仲間に裏切られたことを、いつまでも悔やんでいても仕方がないだろう。
そう続けると、ラセツはなぜか嬉しそうな顔をした。
「私が強くなるのに付き合え。貴様を倒せるくらいに……そう、最初に言っただろう? それまでは付き合ってもらう」
「そうだな」
彼はうなずくと、いつものように偉そうな態度で腕を組み、指でアゴを撫でる。
「なら、一個提案がある」
「なんだ?」
「もしお前さんが、俺に勝てるくらい強くなったらよ……」
ラセツはニヤリと、悪戯小僧の笑みのまま、またとんでもないことを口にした。
「ーーーお前さんをハメた連中を、一緒にぶっ潰しに行こうぜ!」
※※※
……東の島に三國あり。
一つは日ノ本、比類なき第六天魔王ノブナガ率いし武の大国。
一つは大和。天元無双の烏天狗ヨシツネと、白面金毛九尾の妖狐セイメイ擁する呪術の国。
一つは倭国。前鬼、後鬼の夫婦を従え鬼道に通ずる修験の者、オヅヌ聳える黄泉の国。
上三國を股にかけ、しのぎを削る任侠連。
中でも日ノ本、名高き女郎の名を冠し、暗に集うは土蜘蛛一門。
加えて一人の流れ者ーーー悪童ラセツの名を以て、〝六大魔性〟と謳わるる。
悪鬼童子の傍らに、かつて勇者と呼ばれし者あり。
伝わるは、羅刹女ヴィラン=マの名ばかりにて、委細は知れず。
悪童と添い遂げたり、とも、一人いずこへ行きし、とも語られる。
かの女、東の島に降り立ちて後。
紆余曲折を経て六大魔性を従い、西の地に舞い戻る。
島流しへの報復たらんとする侵攻。
西の地を、炎と水に染みて滅し尽くせり。
その火水の内に、常に悪童、羅刹女の姿あり。
ーーー以て西の後世にて、滅びの悪鬼連と伝われり。
明日おまけを投下して終わりでーす。




