童顔の鬼神は、本性を顕す。
飛びかかって来た小鬼に対して、ラセツは軽く足を踏み出した。
最初の一匹が刃を振り下ろす前に、そっと相手の胸に手を添えて、霊気を込めて軽く押し出す。
それだけで相手は大きく吹き飛んで、草むらに突っ込んだ。
ラセツは次の一匹が跳ねた瞬間に、腹に蹴りを叩き込んで逆方向に散らす。
「ゲギャ!?」
「起きてくんなよー」
どっちにしたって動けはしないだろうが、見た感じ脅されて従わされている連中である。
出来るだけ殺さないようにして、後の沙汰はお上に任せれば良いだろう。
ーーーぶち殺すのは、ムカデだけだ。
逃げるなという指示に従って決死の顔で突っ込んでくる小鬼たちを残らず一撃で沈めたラセツは、ぐるりと首を回した。
「しょーもねぇな。雑魚じゃなくてお前さんが来いよ」
挑発すると、ムカデが気に入らなさそうにギチリとアゴを擦り合わせる。
「どいつもこいつも、使えねぇ……」
「使い方が悪いんだよ。浅慮はどっちだァ?」
カハハ、と笑って指をくいくい、と動かしてやると、煽り倒されて我慢の限界に達したのかムカデが全身に力を込めた。
ビキビキと音を立てて、異形へと変じて行く。
肋骨が胸元から開いて行き、一本一本が伸びて硬質な蟲の足と化す。
同時に胴も大きく伸びてゆき、破れた皮膚が黒く染まりながら体が硬質な外殻に。
足もそれぞれに二つに裂け、これも足に変わると尾てい骨が伸びて同様に平べったい尾に。
ーーー人の頭を持つ、巨大な百足。
妖怪の本性を顕したムカデは、ギャギャ、とアゴを鳴らした。
『喰イ殺シテヤル……!』
ガハァ、と吐く息とともに金の陰気を吐き出した相手に、ラセツはニヤリと笑みを深くした。
「残念だったなぁ、ムカデ」
『……?』
発言の意味が分からなかったのか、ムカデが軽く首をかしげるのに、ラセツも全身に力を込める。
「火克金の理からも、素の力の大きさでも、お前さんは俺にゃ敵わねぇよ」
鉤のように指を曲げて半身に立ち、練り上げられるだけの炎気を臍下丹田に落として。
ラセツは、己を解放する呪を口にする。
「〝臨メル兵……闘ウ鬼〟」
口にするのは、戦の呪。
溜めた気を全身に巡らせ、呼気に乗せてゆらりと身の内から外に吹き出して纏う。
「〝我、列ナル者ノ前ニ在リ〟」
臨兵闘鬼我者列在前ーーー〝不退転の決意を胸に、守るべき者の前に在る〟というラセツの決意とともに芽吹いた鬼神の力の種は、花開くように肉体を変化させた。
※※※
ヴィランは、呪文を口にし終えたラセツに大きく目を見開く。
その身の内に宿る、あまりにも強大な魔力の気配が大気を震わせ、地面を軽く鳴動させていた。
「これ……ほどの……?」
後ろにいるダイジャ……西の魔王など相手にならないほどの、自分の身が矮小に感じるほどの、その力の凄まじさ。
思わず身を震わせていると、グラムが語りかけてくる。
『我を扱うおぬしが赤子扱いされるのも納得よの。……正しく魔性の者だ』
「人は、あれほどの高みに達するものなのか……」
見ている前で、ラセツの身そのものが青い炎と化して、ムカデ同様に変化していく。
大きく膨れ上がった炎は、子どものような体躯だったラセツを青年の姿に成長させて再び肉に変じた。
額から長く二本の角が生え、ざんばらだった赤い髪も獅子の鬣の如く伸びる。
爪先は鋭く硬質に尖り、八重歯は大きく太い牙に。
そうして顕現した鬼神ーーーラセツの姿を、ヴィランは恐怖と同時に、途方もなく美しいものに感じた。
まるで無駄のない、洗練された、それでいて荒々しい気配。
「ラセツに勝てるのは、ノブナガ様他、ほんの数人の方々くらいにゃ」
呆然とするヴィランに、横で同じように見ていたネネコが声を上げる。
ダイジャもそれに言葉を重ねた。
「人が高みに達する、というよりは奴だから達した境地、だろうな。……俺は、ラセツ以上に『誰よりも強く、何よりも大切なモノを守りたい』と、真摯に志した者を知らん」
目を閉じたヴィランは、気を落ち着かせようと呼吸を整えながら、小さく漏らす。
「……全然ちっとも、ただの鬼の子ではないではないか」
「ラセツがそう言ったのかにゃ?」
横で、ネネコの呆れたような声が聞こえた。
「ありえないにゃ。だってラセツは……この国最強と言われる〝六大魔性〟の一柱だからにゃ!」
※※※
ラセツの変化した姿を見て、ムカデは慄いた声音で呻いた。
『人ノ身ニ、鬼神ノ気配……!? 貴様、マサカ……!!』
「おおよ」
ゆらりと青く変化した炎気ーーー三昧火たる鬼神の炎を揺らめかせながら足を踏み出したラセツは、ニィ、と笑みを浮かべる。
「権に頼まず、己を律し、拳一つで望みを通す、天衣無縫の三昧火……」
見上げるような体躯の妖怪だろうと、第六天魔王や前鬼・後鬼の名を持つ両親に比べれば、なべて雑魚だ。
右の拳を握りしめ、炎気を集中させたラセツは、ムカデに対して名乗りを上げた。
「ーーー〝悪童〟羅刹たぁ、俺のことよ」




