童顔の鬼神は、女勇者に胸のうちを語る。
魔王として……迫害される亜人を助けるために立ったというダイジャは、チラリと自嘲的な笑みを浮かべた。
「だが俺は、人間どもにしてやられた。後から調べたところ、あの森を同胞たちに襲わせたのは、お前が拾われた国の王だ」
エルフと魔族の同盟が成立した瞬間を見計らって、魔物の仕業に見せかけてエルフを攻めたのだ、と彼は言う。
「少し離れた場所で、服従の印を刻まれた魔物たちが死んでいるのも発見したからな」
ラセツは、ダイジャの話を不快に感じた。
不自由を選択の権利もなく他人に架す行為は、自分が一番嫌う行いである。
まして殺したとなれば。
ダイジャは、そこで軽く目を閉じた。
「闇の勇者が俺の元へたどり着けば、どちらにせよ俺は死ぬ……それは分かりきっていたが、それでも俺は、幾多の同胞のために引くわけにはいかなかった」
どちらが迫害されていたのか、というのは水かけ論にしかならないだろう。
先に手を出したのが真実人間であったとしても、それを証明することに意味はない。
結果として魔族は負けた、というのが事実であり、その過程でお互いに多くの者を殺しただろうからだ。
ラセツは、それでも俯いて力なく肩を落としているヴィランを見る。
顔色は青ざめて、目は虚ろに染まっていた。
「お前さんがが誓約書を持っている、ってことは、森が焼かれたのは『エルフを殺せない』という誓約を交わした後の話だな」
「ああ、最初からそのつもりだったのかも知れんし、エルフの長が誓約書を見た後にヴィランを利用することを考えたのかもしれんがな」
向こうの国の王とやらは、自分でエルフの森を襲い、何も知らぬ顔でヴィランを拾ったのだ。
敵を倒すために手段を選ばない姿勢が、人間が勝った理由なのかも知れなかった。
「嘘だ……」
美しい女勇者は、絶望のにじむ口調で力なく言葉を口にする。
「嘘ではないと言っている。俺も、お前も、そしてエルフたちも、人間の謀に負けたのだ」
「嘘だ……嘘、嘘だ……! では、では……」
顔を上げたヴィランは、手のひらの床についたまま、今にも泣き出しそうな表情で悲痛な声を上げる。
「私は、一体、何の、ために……ッ!」
故郷の森を焼いた者たちに加担し。
何も知らないまま、良いように使われ……。
下手をすれば、亜人族の裏切り者として白い目で見られていただろうヴィランは、やり場のない感情をダイジャに向け続ける。
「なぜ言わなかった! なぜ! 最後に対峙した時に……ッ!」
年相応に、泣き叫ぶような様子を見せるヴィランは、親を失った少女に戻っているようだった。
その心中は、察するに余りある絶望に包まれているのだろう。
だが、同じ絶望をーーー同胞を守れなかったという絶望を感じているダイジャはあくまでも冷静だった。
諦めは、感情を波立たせる全ての気力を奪い去るのだ。
ダイジャの絶望は、ヴィラン以上なのかも知れなかった。
「言ったところで、お前は信じたか。あの段になってそれを伝えても、信じはしなかっただろう」
ダイジャは目線を合わせないまま、彼女の言葉を突っぱねる。
「だから俺は、お前が俺の元にたどり着いた時点で負けを受け入れた。……それがおめおめと生き延びて、エルフの長や魔と呼ばれた同胞たちには、申し開きのしようもない」
重い沈黙が落ちる。
天を仰ぐダイジャと地に伏すヴィランに、ラセツもネネコもかける言葉を持たなかったが。
「この世は、弱肉強食……これが、そういうことか、ラセツ」
「……ああ」
やがて発されたヴィランの問いかけに、ラセツは首肯を返す。
「ふ、ふふ……」
ついに、ヴィランの瞳から涙が溢れ、ポタリポタリと、木の床に涙が落ちた。
「弱き者を守るために立ったつもりの、道化には……ふさわしい結果が与えられた、というわけだ……」
「そうかもな」
ラセツは、その言葉を否定しなかった。
「弱いから、人に喰われた。お前さんも、そこの魔王もな。そいつは、事実だ」
「弱い……」
「利用される程度の強さだった、とも言い換えれるがな。力だけじゃなく、お人好しすぎたんだよ、どっちもな」
「人がいい……ふふ、確かに、そうかもしれんな……」
自虐のままに笑うヴィランに、ラセツは淡々と続ける。
「誰も仲間が付いて来ると言い出さなかったことを、お前さんは疑うべきだったのさ、ヴィラン」
より心の傷をえぐることになるだろうが、それでも見極める為に。
ーーーヴィラン。お前さんは、このまま失意に沈むのか?
すると彼女は、のろのろと頭を上げてこちらを見る。
「真実に気づけなかった。酷かもしれねーが、そいつはお前さんの落ち度だ」
「……だから、受け入れろと言うのか」
それまでで、最も強く拳を握ったヴィランの手から、ポタリと血が落ちる。
強く握りすぎて、手のひらを爪が突き破ったのだろう。
ヴィランの目が激しく吊り上がり、絶望に沈んだ瞳の底に、チリ、と怒りがまたたいた。
「ーーーそんなことが、許されて良いと、貴様はそう思うのか!?」
ヴィランの心は、死ななかった。
激昂して立ち上がった彼女の全身から霊気が立ち昇り、噴出した木行の霊気が褪せた色合いの床を新品のように艶めかせていく。
ーーー怒りに身を包んだ美しい少女は、まるで生命の化身のように見えた。
「弱いから、何をされても黙っていろというのかッ! 理不尽を忍べと! 貴様はそういうのか、ラセツッ!」
怒号が響き渡り、ついには風すらまとい始めたヴィランは覇気を纏ってさらに言い放った。
「そんな事が……許されてたまるかァ!!」
ひゅぅ、と風に赤い前髪を煽られたラセツは、彼女に対して笑みを浮かべる。
ーーーああ、お前さんはやっぱり、めちゃくちゃ良い女だ。
「そうだな。そんなことは、許されていいことじゃねーよ」
「……!?」
驚いて目を見張るヴィランに、ラセツは人差し指を向けた。
「最初に言っただろ、ヴィラン。この世は弱肉強食だと。だが、自由は今のところはまだ、強者の権利だ」
だから強くなれ、とラセツはヴィランに伝えた。
「だが、こうも言ったはずだ。この世はその分、自由でもあると。だから誰にだって強くなる権利がある」
己を強くするのは、たゆまぬ努力なのだ。
「己の我儘を貫き通すにゃ、強さがいるなぁ。そして、強けりゃ何をしても許される。知恵が回ることもまた、強さの一つだし…」
ラセツは笑顔のまま、ヴィランに対して自分の答えを口にした。
「ーーー強ぇ奴が、弱ぇ奴を守ろう思うのもまた、自由だろう?」
ヴィランは、何を言われたのか理解していないようだった。
「な……に……?」
「理不尽を受け入れろなんて、俺は一言も口にしてねーよ。負けたのは事実だと言っただけだ」
ラセツはパッと手を開いて、肩をすくめる。
「お前さんが魔王を討ったのは、謀られたせいかも知れねぇ。だが、ダイジャを倒すくらいに強くなった理由もそうか? 誰かに偽られたから、強くなろうと思ったのか?」
「それは……」
「違うんだろう? ……自分と同じ悲しみを背負う奴がいなくなるように、強くなったんじゃねーのか?」
ハッとした顔のヴィランに、ラセツは静かに言葉を重ねた。
「だったらそいつは、お前さん自身の気持ちだ。偽りなんかじゃねぇ。気持ちが偽りじゃねーなら、お前さんの為したことは結果間違いだったとしても、無意味じゃねーんだ」
間違ったことに気づけば、それは正せる。
過去は変えられずとも、これからの行動は変えられる。
そして自分の境遇に怒り、絶望してもなお。
ヴィランは、道を誤りはしなかった。
「想いを胸に戦ったことを、まず誇れよ。ダイジャもお前さんも、弱い者を守ろうとしたことに変わりはねぇんだ」
そして、守るために強くなったのなら、とラセツは続ける。
「これからも守るために、力を振るえばいい。事実を知ってどうするのかが、これからのお前さんに問われることだ」
ヴィランはしばらく黙りこくっていた。
ただ、こちらを目を見つめたまま動かない彼女から、ラセツは目を逸さなかった。
やがて唇が軽く動き、ヴィランはかすれた声で言う。
「貴様は、……貴様も、守るために……そこまで強くなったのか?」
「ああ」
ラセツはためらいもなく肯定を返す。
「そいつが、強くなろうと思った時に俺が心に決めた約束ごとだ。お前さんも、そうだったはずじゃねーか?」
誰だって迷う。
そしてためらう。
色々な事実に、いつだって心を乱されるが。
その中でも自分の本当の望みを見失わなかった者だけが、最後に勝つのだ。
「俺はな、ヴィラン。ーーー自分で決めた約束ごとは、守るんだよ」
ラセツはニヤリと笑いながら自分の胸を親指で差し、次にヴィランに向ける。
「だから、お前さんもそう在れよ」




