童顔の鬼神は、猫を愛でる。
「貴様は……何も」
「ネネコぉおおおおおおおおおおおおおーーーーッッ!!!!!」
何者だ、とヴィランが言い切る前に、ラセツは全力でネネコに飛びかかった。
「にゃ、にゃにゃー!?」
「猫に戻りやがれぇええええええええええ!!!」
ネネコの両肩をガッと掴んだラセツは、鬼神の力を使ってネネコに霊気を流し込む。
「ぎにゃーーーーーーー!!!」
無理やり化身するための霊気流を断ち切ると、ボン! と煙を上げてネネコが元の猫又の姿に戻った。
「な……?」
呆気に取られるヴィランを尻目に、ラセツは全力で久々に会った超可愛い顔の白猫を眺め回す。
「ネネコぉ! 久しぶりだなぁ! 相変わらずめちゃくちゃ可愛いなお前さんんんんん!!」
「や、やめるにゃラセツ! こ、こうなると思ったから真面目なところで出てきぎにゃぁああああああーーーー!!」
全力で抱きしめて頬擦りすると、もっふもふの毛皮の感触が心地よい。
ラセツはそのまま、久々のネネコを堪能した。
「にゃ、や、やめるにゃ! 肉球を嗅ぐにゃ! あ、アゴの下を撫でるのもダ……ひひゃっ! し、しっぽの付け根はホントにダメにゃぁあ! あ、にゃ、にゃめぇ……ふ、ふにゃァ……♡」
座り込み、ぐったりと息絶え絶えになるまでネネコを堪能したラセツは、最後にお腹に鼻面を押し付けて思い切り香りを吸い込んでから、ぷはぁ、と息をつく。
「はぁ〜……♪」
「ーーー何を和んでいるのだ、貴様は」
声をかけられてヴィランを見上げると、彼女は霜の立った地面よりも冷たい瞳でこちらを見下ろしていた。
どことなく不機嫌そうに見える。
「何怒ってんだ?」
「その猫は敵だろうが。何をいきなり愛でているのだ」
ヴィランが言う間にも、仰向けになっているネネコの腹を手で撫で続けると、はにゃ、はにゃ、とそのたびに恍惚と声を上げる。
すると、ヴィランの眉根がさらにキツく寄る。
「それをやめんか! だ、大体婦女子の体を好き勝手に撫で回すなどどういう了見だ、この変態が!」
「なんだ、嫉妬か? 俺のこと、まだ好きじゃねーんだろ?」
「好きかどうかなど関係ないだろうが!」
ギリギリと歯を剥くヴィランに、ラセツは肩をすくめる。
「まぁ、ネネコを愛でたかったのは超絶事実だが、別に邪魔したのはそれだけが理由じゃねーよ」
「何……?」
ラセツはニヤリと笑うと、自分の手の下で無力になっているネネコを逆の手で指差す。
「こいつは、実はダイジャより強ぇ。パーティー総がかりであいつを倒した程度なら、ネネコにゃ絶対勝てねーからな」
「嘘をつけ」
「そう思うなら試してみるか? 言っとくけど、俺は嘘はつかねーぞ」
ネネコはダイジャの従者だが、ノブナガの命によってその護衛を務めているのだ。
たしかに複雑なことを考えるのは苦手だが、実力だけなら一人でダイジャにも勝てるくらいなのである。
「……そんな猫を、一瞬で無力化したというのなら、やはり貴様はただの鬼の子ではないではないか」
「ただの鬼の子だよ。昔はネネコともよくケンカしたもんだ」
もっとも、大体一方的にラセツが倒して今のように愛でまくっていたのだが。
「では、これ以上は邪魔をしないな?」
「お前さんを助けたんだってーのに。それに、少しは冷静になっただろ?」
先ほどのヴィランは完全に頭に血が上っていた。
「なぁネネコ。ヴィランが言うにゃ、ダイジャがえるふの森とやらを焼いたらしいんだがよ。そいつぁ事実かい?」
ラセツの問いかけに、ネネコはピクリ、と震えたが何も答えない。
「ちゃんと言わねーと腹ぁくすぐるぞ」
そう脅しをかけた時、小屋のほうから低い男の声が聞こえた。
「もう良い。……ネネコを離してやってくれ、ラセツ」
目を向けると、小屋の入り口に一人の青年が立っている。
ざんばらの黒髪に鋭い目つきの精悍な顔立ちをしているが、記憶の中にあるよりも不健康そうな……具合の悪そうな顔をしていた。
「よう。お前さんも久しぶりだな」
「魔王ダイジャ……! 生きていたのか……!」
「ネネコが余計な真似をしたせいでな」
その言葉に、ガバッと飛び起きたネネコは、悲しそうに猫の目を細める。
「ダイジャ様……」
「死なせるなと、兄に命じられていたのだろう。分かっている」
どこか疲れたように言ったダイジャは戸口にもたれて気怠そうな姿勢のまま、トン、と指先で自分の胸を突く。
「だが元々、生き残るつもりなどなかった。闇の勇者よ、欲しければ心の臓でもくれてやろう。だが、その前に少し話をするくらいの時間は欲しいところだ」
「貴様と話すことなど……!」
「ヴィラン、いい加減にしろ」
ラセツは、グラムの手を握る手に力を込めるヴィランに静かに呼びかけた。
本気の殺気を込めて鬼神の気配を放つと、彼女は息を呑む。
「お前さんの怒りは分かる。だがよ、ダイジャのあの様子を見て、言うことを聞いて……そんでもまだ譲ることすらなく斬るってんなら」
ラセツは、ヴィランを見る目を軽く細めた。
「お前さんは、自分が『悪』と斬り捨てた鬼どもと、全く同じだぜ」
その言葉に、ヴィランは息を呑んだ。
「ダイジャはこんでも、俺の旧知だ。西の魔王だったってーのは本当だったみてーだがな……お前さんはこの島に来て、妖怪にも事情があると知ったんじゃねーのか」
「ぐ……!」
反論も出来ないのか、ヴィランは深く奥歯を噛み締める。
正道を解くことで人を抑え込むのは好きではないが、この場では必要なことと思えた。
「ダイジャにも言い分があるらしい。俺は赦せと言ってるわけじゃねーよ。話を聞いて、それでも気がおさまらねーなら殺せばいい」
アイツはそれだけのことをしたんだろうからな、とアゴをしゃくると、ヴィランは唇を震わせた後に、分かった、と小さく返事をしてグラムを納める。
「だが、待つのは一度だけだ」
「そんでいいだろ? ダイジャ」
ラセツが顔を向けると、ダイジャは小さくうなずいた。
「ああ。感謝する、ラセツ」
「礼にゃ及ばねーよ」
よいせ、と立ち上がったラセツは、ダイジャに言い返した。
「何を話すつもりか知らねーが……内容如何によっちゃ、お前さんを殺すのは俺になるからな」




