童顔の鬼神は、女勇者に刃を向けられる。
「魔王の気配だぁ?」
ラセツは頭を掻きながら、小屋に目を向けた。
しかし、何か特別な感じはしない。
それどころか、さやさやと雑木林の葉擦れの音が聞こえるくらいひっそりとしており、中に人がいるかどうかすら分からないほどだ。
ーーーそもそも、ノブナガがいたらこんな静かなわけねーしな。
「グラムの勘違いじゃねーのか? ちょっと俺にも話させろよ」
「それは構わんが……」
言いながらヴィランは胸元を探って秘宝を取り出す。
相変わらず可愛い外見に思わず表情を緩めそうになるが、ヴィランが剣呑なほど真剣に小屋を睨んでいるのを見てこらえる。
「グラム。一体どういうことだ?」
『我は知り得た事柄を語るのみ。神より下されし銘にて、魔王たる者を知る術を持つゆえに、闇の勇者に伝えたまで』
相変わらず古風な語りの魔剣は、そうとだけ口にして黙った。
「その魔王ってのは誰のことだって訊いてんだけどな」
『西の魔王ーーー他に、我が知る魔王の気配など無し』
グラムの答えは明瞭だった。
しかし、そのせいで同時に疑問が湧きあがる。
「西の魔王ってのは……お前さんたちが倒したってぇ奴のことじゃねーのか?」
『是。しかし、ここに在る』
「禅問答してるんじゃねーんだけどな……」
ラセツが眉根を寄せると、黙って話を聞いていたヴィランが半信半疑の表情で話しかけてきた。
「魔王を我々が殺せていなかった……ということだろうな」
「死んだのを確認してねーってことか?」
「おそらくは死んだ、としか言えん」
ヴィランは、その時のことを話し始めた。
巨大な魔竜へと姿を変えた西の魔王は、ヴィランたちと死闘を繰り広げた後、光と闇の剣によって切り裂かれたらしい。
「だが、倒れ伏した西の魔王はその後、灰と水になって崩れ落ちたのだ」
「はぁん……なるほどな」
「今までの魔族は死体が残ったが、魔王だけはそのように死んだ。そういう存在なのかと思っていたが……」
ヴィランの言葉に、ラセツは得心がいった。
つまり、彼女らは欺かれたのだ。
ラセツはその方法も、誰がそれをやったかも同時に察した。
思わず喉を鳴らすと、ヴィランが不愉快そうにこちらを見る。
「何がおかしい」
「いや、俺の予想が正しけりゃ、西の魔王とやらは確かにあそこにいる可能性がある、と思ってな。なぁ、ヴィランよ」
「……」
「お前さんが倒したってぇ西の魔王は、もしかして」
ラセツは秘宝から手を離して腕を組み、顎を指先で撫でながら笑みと共に問いかける。
「ーーーダイジャ、ってぇ名じゃなかったかい?」
ラセツの問いかけに、ヴィランはスッと目を閉じた。
そして、深く息を吐いた後に小さく首肯する。
「……それがつまり、貴様の友人であるノブナガとやらの弟、というわけか?」
「ああ。ネネコを連れて海の外に行ったのは知ってたが、まさかそんなことをしてたとはなぁ」
縁ってのは不思議なもんだ、とラセツは思ったが、ヴィランはそうではなかったようだった。
彼女は一歩離れると、スラリとグラムを引き抜いて構える。
「……お前さん、そいつを俺に向けてどうする気だ?」
ヴィランの刃先はこちらに向けられていた。
ラセツは小屋の方に体を向けたまま、姿勢も変えずに彼女に目線を送る。
目が合うが、その紫の瞳は鋭い殺気を放っていた。
「……すまないが、手を出さないでもらおう。事を終えるまでの間は」
「姐さんとの約束を破ることになるぜ? お前さんは、そいつを良しとするのかい?」
「それでも、私は奴を殺さねばならない」
ヴィランの言葉は、完全にこちらを拒否するものだった。
「貴様も、ビクニという女性も、魔の者だったが私は悪意を覚えなかった。それは事実だ。……だが同時に、やはり魔の国の住人だ。あの悪辣非道な魔王と懇意にしていたと言うのだからな」
「俺の知る限り、奴は悪辣非道なんかじゃなかったけどな」
あくまでも、ラセツは彼女に拳を向けなかった。
「裏切られて、すでに使命からは解放されたはずだ。それ以外にも、お前さんはその殺意に従う理由があんのかい?」
ビクニと交わした約束を破ってまでも、動かなければならないだけの理由が。
そんな含意を込めたラセツの言葉にヴィランは躊躇いもなくうなずいた。
「あるとも。この上ない理由が。……口約束よりもなお、魂に刻み込まれた怒りが、私にはある」
「そいつは何だ?」
「自分に似ている、と口にしながら、貴様は忘れたのか? つい三日前に話したはずだがな……」
可憐な美貌に皮肉そうな笑みを浮かべて、ヴィランは怨嗟にも似た低い声音でこう吐き出した。
「ーーー私は奴に、故郷の森を焼かれたのだ」
確かに、ラセツは忘れていた。
というよりも、頭の中でつながっていなかったのだ。
ダイジャが西の魔王だというのなら、確かに彼女には動くだけの理由が存在する。
「……お前さんがそいつを理由に復讐を望むなら、俺にゃ止められねぇ」
ラセツは腕組みを解いて、ヴィランに体を向けた。
足が地面にザッと擦れた拍子に強い風が吹き、砂が舞う。
「だが同時に、俺にゃまだお前さんの言葉が飲み込めねぇ」
ダイジャがそんな真似をするはずがない、と、自分の記憶が言っていた。
しかしヴィランは、全く待つつもりなどなかったようだ。
「貴様が呑む必要などない。ただ……邪魔をするなッ!」
怒りに燃える瞳のまま、顔を歪めて般若の形相をしたヴィランが小屋に向かって駆け出す。
その背中に、ラセツは声をかけた。
「ヴィラン。……頭の上に、気をつけろ」
「ーーー!?」
ラセツの言葉と同時に、小屋にかかる木の枝が不自然に揺れた。
そのまま、天にある太陽を背に小柄な人影が頭上からヴィランを襲う。
とっさに足を止めて空を見上げたヴィランは、眩しそうに目を細めながらも、グラムを構えて頭上から降ってきた刃の一撃を受けた。
ギィン! という鋭い金属音を響かせながら、グラムに足を添えた小柄な人影は、そのまま魔剣を蹴りつけて後方にくるくると回ってから着地する。
グラムを押されて一歩後ろに下がったヴィランは、厳しい表情でもう一度剣を構えた。
小柄な人影も膝を軽く曲げて、手にした小さな得物……くないを逆手に構える。
彼女は、小さく尾を揺らしてから口を開いた。
「ーーーここから先へは、一歩も通さないにゃ!」




