童顔の鬼神は、女勇者と共に土蜘蛛と飯を食う。
「……少し、考えさせてくれ」
ヴィランがやがてポツリと漏らした言葉に、ラセツはうなずいた。
「好きなだけ時間使えよ」
そうして、成り行きを見守っていたビクニに目を向けると、彼女は泣き黒子のある目元を微笑ませた。
「お似合いだねぇ」
「そりゃ嬉しいお言葉だな。んで、姐さんにゃもう一つばかし訊きたいことがあってな」
「なんだい?」
「ここに、ネネコは寄らなかったか?」
その質問に、ビクニは事もなげにうなずいた。
「なんだい、もう会ったのかい?」
「いんや、会っちゃいねーよ。だがあいつの『式』には会った。戻ってるのか?」
「そうみたいだねぇ。あの子の主人は姿を見せなかったけどね」
考えたい、と言いながらもやり取りは聞いていたのか、ヴィランが口を挟んでくる。
「戻った、というのは?」
「ああ、あいつはしばらく前に海の向こうに渡ったんだよ。それが帰って来てるんなら、主人も一緒のはずなんだがな」
ネネコしか姿を見せなかった、というのも不思議な話だった。
「死んだ……ってこたぁねーよな?」
「生きてるとは言ってたねぇ。ただ、あんまり人に姿を見られたくない様子でね。隠れ家を一つ用意してやったけど」
「その隠れ家の場所は、いくらで買える?」
そうだねぇ、とビクニは頬に手を当てた。
「理由によるね。ネネコの動きは主人を守るための動きだろうし」
「殺しゃしねーよ。あいつの主人はノブナガの弟だろ。……大方、海の向こうでヘマでもしたんじゃねーか?」
「そこまではアタシには分からないねぇ。まぁ、危害を加えるつもりはないってことでいいのかい?」
ラセツはその言葉にあぐらを掻いたまま顎を指先で撫でた。
「返事が難しいんだが、あいつの態度によっちゃ仕置きをしなきゃなんねーな」
小鬼が村を襲っていた話をすると、ビクニはキセルに火をつけながら目を細める。
「なるほどねぇ……つまり襲ってどうするつもりだったのか、ってことかい?」
「おう。まぁ主人もいるなら村人皆殺し、なんて話ではなかったとは思うけどな」
理由が知りたいんだよ、とビクニの目を見てラセツは告げた。
この女性にウソは通じない。
彼女を動かすのは金でも上手い口でもなく、偽りない心なのだ。
ビクニは頬に指を這わせて、困ったような、嬉しそうな複雑な顔をした。
「……あんたは本当に、人が好いよねぇ」
「別に義憤に駆られてるわけじゃねーよ。関わりのある村だったから気にしてるだけでな」
ラセツは、思わず顔をしかめた。
幼い頃から知られているので、たまにこうしてこの成長を喜ぶ親のような態度を見せるのだ。
だが、ラセツは決して根がいいわけではない、と自分では思っている。
身内に甘く、赤の他人には興味がなく、敵には容赦するつもりがない。
鬼の力こそ持っているが、そんなごく普通の人間である。
「ま、なんでもいいけどねぇ」
だが結局、ビクニには軽く流されてしまった。
「隠れ家は教えるよ。でも、殺めるのは無しだ。その条件で教えようかねぇ」
「そんで良いよ」
もしネネコが本気で村に悪事を働こうとしていたのなら、同心かノブナガに突き出すだけである。
ビクニは下働きに書き物を持って来させると、さらさらと場所を書き付けて手渡して来た。
「ここだよ」
「恩に着るよ」
「どうせ金なんか持ってないんだろう?」
笑みを浮かべて手刀を切ったラセツは、ビクニに皮肉そうな口調でそう返される。
何もかもお見通しのようだった。
そのまま和やかに食事をしてから場を辞そうとした時、ビクニはヴィランに声をかける。
「ラセツに愛想を尽かしたら、アタシのところにおいでねぇ。可愛がってあげるから、ね?」
ペロリと唇を舐める彼女に、ヴィランはブルリと背筋を震わせてから「考えておく」とそれだけ口にするのがやっとだった。
再び変装させて店を出ると、ふー、と深く息を吐いた少女はポツリとつぶやく。
「凄まじい人物だったな」
「そうだろ?」
「彼女の前では貴様も形なしだったしな」
「それはほっとけ」
ラセツがぶーたくれると、ヴィランはクスリと笑みをこぼした。
ーーー悩んじゃいるが、落ち込んではいねーのかな?
さすがに相手の心の中までは読めないので、そう推測するしかなかったが。
少なくとも今すぐ死のうと思うような心境ではなさそうなので、ラセツは少し安心した。
※※※
ラセツたちが去った、少し後。
また下働きに声をかけられたビクニは、やれやれと腰を上げた。
「昨日今日と、来客の多いことだねぇ」
だが、相手の名前を伝えられて思わず片眉を上げる。
ーーーこいつは、嫌な予感がするねぇ。
あまり望ましくない来訪者だった。
面会を断ろうか、という気持ちも頭をよぎったが、それで好き勝手に動かれても敵わない。
仕方なく相手が待つ広間に顔を見せると、そこに座っていたのは当然懐かしい再会をした忍者でも、息子のように可愛がっている悪タレでもなかった。
禿頭の、妙に胴が長い大男である。
まぶたがまるで腫れたように厚く盛り上がっており、口元は耳まで裂けそうな大きさで、笑みの形に吊り上がっていた。
「アタシのシマに何の用だい? ーーー盗人のムカデ」
「何の用、たぁご挨拶。仕切りの女傑に敬意を表して参上したってェのに」
ギャギャギャ、と金網が擦れるような耳障りな嗤い声に、ビクニは不快さを感じて口元を歪ませる。
目の前にいるのは、大百足と呼ばれる種族の妖怪だった。
妖怪としては大物だが、品性が下劣な者が多い。
中でも盗人のムカデは、非常に狡猾に立ち回る男だった。
「挨拶だけならとっとと帰りな」
どうせ、窓口ののっぺらぼうを脅したのだろう。
彼には本来の客以外にも、身の危険を感じるような相手には逆らわず、こちらに通すように伝えてあるのだ。
ビクニは、ゆらり、と土の霊気を全身から立ち上らせた。
その霊気ははだけた背中の辺りに集まり、四本の陽炎の如き蜘蛛の足を生み出す。
六大魔性の一柱である、土蜘蛛の本性を少しだけ現したビクニに対して、ムカデはギャギャ、ともう一度嗤って口元を変化させた。
歯が二本大きく伸びて、ムカデのアゴの如き形になる。
「そういきり立つこたねェだろう? 勿論、用は挨拶だけじゃ、ありゃしねぇ」
ムカデは、いやらしい目線をゴツいまぶたの下からビクニに向けた。
「ここらで、餌を逃がしちまってね。探してんだよねェ」
「餌だって?」
「おおよ。デケェ蛇さ。あんたなら、行方を知ってんじゃねェかと思ってねェ」
その言葉に、ビクニはムカデの狙いを悟った。
ーーーなるほど、ネネコが逃げてたのはコイツからかい。
彼女の主人は、大蛇なのである。
大蛇と大百足は遥か昔から敵対しており、強い大百足は大蛇を餌として喰らう。
「アタシの目が届くとこで、無体な真似は許しちゃいない」
「ほぉ、そうかい。ここ最近、お上にねんごろ、ってェ噂は本当だったみてェだねェ」
「侮辱は命を縮めるよ」
「ギャギャギャ。おっかねェおっかねェ。用が済んだらすぐにお暇するさ」
まるでこちらが大蛇の居場所を知っていると、確信しているような言葉だった。
「……知りたきゃ、金のほかに情報を寄越しな。どこで餌を見つけたんだい?」
「西の海岸さぁ。弱ってたから襲ったが、猫の小娘に邪魔されて逃げられた。追っかける途中で小鬼に村を襲わせたら、こっちも邪魔されてねェ」
どうしたって喰ってやらなきゃ気が済まねェ、と言いながら、ムカデがドサリと革袋を置く。
その拍子に、中に詰まった小判がこぼれ落ちた。
ーーーふぅん。ラセツが言ってた村を襲った小鬼ってのは、コイツの手下だったのかい。
ネネコは関係ないようだが、それならラセツはなぜ、小鬼が彼女の手下だと勘違いしたのか。
そこら辺の事情は分からなかったが……。
「良いだろう。花街を出て、外にある蜘蛛のお宿に行きな。ごろ寝宿じゃない、旅館のほうにね。そこにいる小柄な人間の男をつけりゃ、大蛇に繋がってるよ」
あえて、ビクニはそれをムカデに教えた。
それを聞いた盗人はアゴを引っ込め、何も言わずにその場を辞する。
ムカデはデカい態度を取ってはいるが、ビクニに敵わないことは百も承知しているのだ。
冷たく見送った後に、ラセツを思いながら窓の外に目を向ける。
「……どうせアンタは、自分で決着をつけたがるだろうからねぇ」
ネネコに会えば、彼女が村を襲っていないことはすぐに分かるだろう。
「念のために、人をつけておこうかねぇ。心配はいらないと思うんだけど……」
アタシもまだまだ、身内にゃ甘いねぇ、と思いながら、ビクニは下働きに見張り役を手配するように指示を出した。




