童顔の鬼神は、女勇者と共に賭けの結果を見る。
ーーー西の大陸、ナーロッパ地方。
その西端に位置する王国の都、トアル城の一室で四人の人物が話をしていた。
一人は国王。対魔王の戦線を支え、勇者に魔王退治の命を下した名君。
一人は法皇。勇者たる者を見定め、勇者の剣を得る試練の洞窟へと導いた賢者。
一人は王女。勇者に常に寄り添い、常にその旅を支え続けた聖女。
そして最後の一人が、ヴィランと共に魔王退治の先頭に立った光の勇者その人だった。
時は、今よりも過去。
「闇の勇者は、旅立ったか……」
窓の外に目を向けて口を開いたのは、国王だった。
海を見下ろし、外洋へと向かう船に目を向けている。
彼の言葉に首肯したのは王女だった。
「ええ、お父様。東の大魔王は強大ですが、彼女なら必ず成し遂げて帰られますわ」
少女は、どこか含むもののありそうな微笑みを浮かべていた。
その横にゆったりと腰掛けた老人、法皇は一人憂いを顔に浮かべる勇者に問いかける。
「ご心配ですかな、アラフ殿」
光の勇者……アラフは、金髪碧眼の端正な顔立ちをした青年だった。
その二つ名にふさわしい実力と立ち振る舞い、威厳すら備わっている彼の腰には、優美な装飾の白い剣が下げられている。
「やはり私も、共に参ったほうが良かったのではないでしょうか」
「これは異なことを。貴方様までも旅立たれたら、この王国はどうなります。貴方様に置かれては王女様との婚姻も控えられ、この国を支えるという使命があらせられる」
「分かってはいますが……」
歯切れの悪いアラフに、残りの三人は目を見交わした。
「お前の伴侶は心優しいことだ、リリム」
「そうですわね、お父様。……アレフ様?」
王女リリムが問いかけると、アレフが彼女を振り向いた。
彼女はテーブルの上に置かれた聖石を手に取ると、彼に近づいていく。
「これは私たち皆で決めたことですわ。そうでしょう?」
「……ああ」
リリムが体を寄り添わせると、聖石を軽くアレフに当てる。
すると石がぼんやりとした光を放った。
憂いを帯びていた光の勇者の顔が、少し落ち着いたものに変わる。
「闇の勇者がこの国に残っていては、国が二つに割れる危険が残ります。……勇者は、二人も必要ないのです」
「ああ……分かっている」
そのやり取りを聞いていた国王と法皇は目を見交わしてささやき合った。
「エルフの森を焼け出された、半端者の娘……上手く役に立ってくれたな」
「無垢なままでいてくれて本当に幸いでした。魔族どもは力を失い、我らが人族の版図はますます広がっております。これも神の御加護でございますよ」
闇の勇者が完全な人族であってはならぬ、という神託を得た時にはどうしようかと思いましたが、と法皇は白いアゴヒゲを撫でた。
「後は上手く……」
その先の言葉は音にはならなかったが、彼の口元ははっきりと『死んでくれれば』と動いていた。
※※※
「……これはずいぶんと、悪どい話だねぇ」
水晶球の中に映し出されたその光景に。
悪意を見慣れている土蜘蛛一家の女長ビクニは、微笑みを絶やさないながらも憂いを浮かべた瞳でヴィランに目を向けた。
彼女は食い入るように、すでに景色の消えた水晶球を見つめて微動だにしない。
だが、両膝に置かれた握り拳は、もともと白い肌がさらに真っ白になるほど握り込まれ、顔は青ざめていた。
「……ヴィラン」
この光景を見せた張本人という自覚のあるラセツは、それでも彼女に声をかける。
「賭けは、俺の勝ちだなぁ」
ヴィランは、やはり追放されていた。
それが事実だ。
「……そうか」
ポツリと一言だけそう漏らした彼女は、顔を上げた。
天井を仰いで目を閉じると、深く、長く、息を吐き出す。
「私は、用済みだったのだな……」
なぜ仲間を連れていないのか、という問いに、ヴィランは『彼らにはそれぞれの生活があるからだ』と答えた。
きっと今は、裏切られたような気分になっているだろう。
実際に裏切られているのだが。
ラセツは耳の穴を小指で掻きながら、あえて軽く言ってやる。
「良かったじゃねーか」
「……何?」
ふっと指先を吹いたラセツは、どこか覇気の失せている彼女の瞳を覗き込んで膝を叩いた。
「クソみてーな連中と縁が切れたと思やいい。俺はな、ヴィラン。……苦楽を共にした奴をあっさり切り捨てるような連中が、反吐が出るほど嫌いなんだよ」
だから良かったじゃねーか、とラセツが破顔してみせると、彼女は驚いたような顔で数回まばたきをした後。
ふっと一度表情を緩めてから、ふたたび眉根を寄せて目を逸らした。
「だが、賭けには負けた。私は貴様の嫁にならなければいけないんだろう?」
「嫌ならいいよ」
「………………………………は???」
あっさりと言ったラセツに、しばらく間を置いてからヴィランがぽかんと口を開けた。
「あんなの、お前さんが死ぬっていうからだまくらかすための約束だしな。嫁にするならお前さんがいい、って気持ちに変わりはねーが、別に賭けの結果なんかどーでもいいんだよ」
ヴィランは生きている。
生きていれば、そのまま一緒に旅を続けることもできるのだ。
「だ、だが貴様は、約束を破らんと……」
「〝俺は〟な。別に他人にそれを押し付ける気はねーんだよ」
お前さんも、とうろたえるヴィランにラセツは指を向ける。
「せっかく自由になったんだぜ。使命も背負ってるもんもねーと分かった。だってのに『嫌だ』って思う結婚をして、また自由じゃなくなる気か?」
「ラセツ……」
「好きに生きろよ、ヴィラン。しょせんこの世は弱肉強食だが、その分だけ自由だって言っただろ?」
ラセツは、ヴィランの瞳を覗き込む。
美しい色をした紫の瞳には、まだ出会った時のようなきらめきは戻らないかもしれないが。
確かに、自分の言葉は彼女の耳に届いているようだ。
だから、ラセツは言葉を重ねた。
「なぁヴィラン。俺はお前さんにーーー自分の意思で、俺の嫁になって欲しいんだよ」




