女勇者は、土蜘蛛の美女に翻弄される。
「おや、ラセツじゃないかぇ」
裏口から通された広間に現れたのは、気怠げな雰囲気の美女だった。
烏の濡れ羽色、と呼ばれる紫の光沢を持つ黒髪を簪で雑に結い上げており、垂れ目気味の大きな目はどこかトロリとしている。
左目の下に泣き黒子があり、胸元を少しはだけている様は色気に満ちていた。
「よう、姐さん。邪魔してるよ」
あぐらをかいたラセツが軽く手を上げると、ヴィランが軽くジンベーの裾を引っ張ってくる。
「……彼女が?」
「そうだよ。女郎のビクニだ」
紹介すると、ビクニは微笑みを浮かべた。
「そっちのお嬢さんは?」
「ヴィランだ。西から来たんだとよ」
そう伝えると、軽く目を細めた美女はキセルに火を入れて煙をくゆらせた。
「思ったより早かったねぇ」
「何がだ?」
「嫁なんだろ? お似合いだと思うねぇ」
「よ、嫁になった覚えはない!」
ヴィランの言葉に、ビクニが不思議そうな顔をする。
「おや、口説き落としたから紹介しに来たんじゃないのかぇ?」
「いやぁ、そいつがちっとばかし事情があってな」
説明すると、楽しそうに話を聞いていたビクニは得心したようにうなずいた。
「なるほどねぇ……ねぇお嬢さん」
「はい」
軽く膝でヴィランににじり寄ったビクニは、彼女の頬にそっと手を触れた。
「は、ぇ……?」
まるで蜘蛛が獲物を絡め取るような、トロンとした色気のある流し目で瞳を覗き込まれ、彼女は体を強張らせる。
「ラセツの嫁になる気がないなら、うちで働く気はないかぇ……?」
「ふえぇ!?」
いきなり飛び道具のようなお誘いを受けたヴィランは、ビクニから視線を外せないようだった。
キセルをくわえたまま、頬に当てたのと逆の手で胸元に少し指先を引っ掛けて谷間を強調した黒髪の美女は、濡れたような声音でささやく。
「アタシが手取り足取り、じっくり仕込んであげるよ……すぐに人気が出て稼げるようになる」
「……あ」
顔を真っ赤に染めたヴィランは、息を詰まらせたような顔で固まっていた。
見てる分には美女と美少女の絡みで非常に眼福だが。
「初見の相手に〝女郎の手練〟を使うんじゃねーよ、姐さん」
この土蜘蛛の化身の手口はお見通しなのだ。
グイッとヴィランの肩を抱き寄せて目線を外すと、彼女はハッと目覚めたように瞳に力が戻る。
「わわ、私は一体……!?」
「キセルの煙に誘惑の香を乗せたんだよ。男を落とす時の、姐さんの常套手段だ」
「おや、もうちょっとだったのに。ラセツはつれないねぇ」
漂い始めていた甘ったるい香りを手で払い散らすと、ビクニは残念そうな顔でシナを作ってみせた。
「お、おと……」
「アタシも金払いのいい客には自分を売るからねぇ。その時に、ちょいとでも色をつけてもらうための方法さ」
「まだ嫁にならねーと決まったわけじゃねーし、もうちょっと言い方を考えてくれよ」
その文句に、仕方ないねぇ、と言いながらもビクニの目は楽しそうに笑っている。
「残念だよ。今絡んだだけでも分かるくらいいい子なのに」
「わ、私は自分の体を売るつもりは……!」
顔を真っ赤にしたまま、ラセツを押しのけながら言うヴィランに、ビクニは口元に手を当てる。
「おや、誰が体を売ると言ったんだい?」
「え!?」
ビクニは、まだからかうのをやめないようだった。
気持ちは分からなくもないが、話が先に進まないのでラセツはさっさと種明かしをしてやる。
「忘れたのか? 姐さんは冒険者組合の頭だ。……姐さんが自分を売るのは、冒険者としてだよ」
昔は花魁として働いていたこともある、のかもしれないが、ラセツは彼女のそんな時代を知らない。
だが、彼女と一緒に何度か日雇い仕事をこなしたことはあるのだ。
「あ……じゃ、つ、つまり今のは……」
「冒険者として勧誘しただけだねぇ」
「わざとらしいな、姐さん。わざとそう取れる言い方をしたんだろ。まぁ、それに引っかかっているヴィランがめんこいのは間違いないが」
「ほんに。ラセツの連れじゃなければ、アタシが鍛えてあげたいくらいだねぇ」
もはや絶句するしかないヴィランにもう一度流し目をくれた後、ビクニはふらりと立ち上がった。
「ま、要件はわかったよ。ちょっと待っときな……今から遠見をしてあげよう。水晶玉を持ってくるからねぇ」
「姐さん。金はねーぞ」
「あんたに嫁取りをけしかけたのはアタシらだからねぇ。今回だけ特別にタダにしといてあげるよ」
「飯もおまけでつけてくれよ」
「……本当に図々しいボウズだねぇ。あんたの場合、そっちが本命っていう筋もあるのがなんとも言えないよ」
障子に手をかけて振り向いたビクニは、呆れたように眉を上げてからするりと向こう側へ消えた。




