童顔の戦鬼は、女勇者とともに遊郭に赴くようです。
結局我慢しきれずに露天で焼き鳥を買ったラセツは、ヴィランと連れ立ってフラリと裏通りに入り込んだ。
長屋通りと呼ばれる、商い人や雇われ者たちが住む長屋が立ち並ぶ道である。
その中の一つ、二階と合わせて二部屋ある少し家賃が高い長屋の戸を叩いて、ラセツは中を覗く。
「失礼するよー」
中にはこの長屋の持ち主である中肉中背の男がいて、老人のようにしゃがれた声をかけてきた。
「何用だ、坊主。また飯をたかりに来たのか?」
「そいつぁ姐さんに願おうと思ってる。他のことでちょっと力添えして欲しくてね」
言いながら、ラセツは後ろに立つヴィランを親指で示す。
軽く首を伸ばして彼女を見た彼は、ほう、と声を上げてくる。
「これはまた、えらいべっぴんだな」
「そう。中に入れたくてね」
「表から行けば良い。高く買い取ってくれるだろうよ」
「そうじゃねぇよ」
ククク、と喉を鳴らす男にラセツが眉をしかめたところで、中を覗き込んできたヴィランが声を上げた。
「ーーーか、顔がない……!?」
驚いたように身を引く彼女に、男は首をかしげた。
「なんだ、〝のっぺらぼう〟を見るのは初めてかい? 反応が珍しい嬢ちゃんだねぇ」
男は、妖怪だった。
目鼻口に眉毛などの類いは一切なく、つるんと卵のような顔をしている。
どこから声を出しているのかは不思議だと思ってラセツも尋ねたことがあるが、さすがにヴィランの反応はたしなめた。
「お前さんよ……初めて見たのかもしれねーが、他人の顔見ていきなりそいつは失礼だろ、いくら何でもよ」
「……貴様にだけは失礼などと言われたくはないが、その通りだな。すまない」
ヴィランが頭を下げると、のっぺらぼうは気にするな、とでも言いたげな様子で手を振った。
「別に構いやしねーさ。見たとこ、海の向こうから来たんだろう? 異国の連中は大体そういう反応をするからな」
「向こうにゃのっぺらぼうがいねーのかねぇ?」
「さてね。んで、つまりはこの嬢ちゃんと一緒に裏から入りてぇってわけだ」
つるつるの頭を撫でるこののっぺらぼうは、冒険者組合……というよりも、土蜘蛛一家に用がある連中の窓口になっているのである。
「そういうこった。その内俺の嫁になる女だ」
「初見の相手にそういうデマを広めるな」
二人の顔を見比べたのっぺらぼうは、ふむ、と一つつぶやいて笑みまじりに声を漏らす。
「ラセツの坊主が嫁取りねぇ。話にゃ聞いちゃいたが、本当だとは思わなかったねぇ」
「良い女だろ。姐さんにゃ報告しねーとな」
適当に話を合わせると、のっぺらぼうは膝を打った。
「そういうことなら、花街のほうにゃ連絡を入れとこう。東門から入りな。ただ、格好だけは上で変えといてくれ」
「おう、上がるぜ」
ヴィランを連れて二階に上がったラセツは、彼女に変装させた。
といっても、傘と呼ばれる顔を隠す被り物と、藁蓑と呼ばれる体の形を隠す外套を身につけさせただけだが。
長屋を出て花街と呼ばれる地域までの道を歩く途中に、ヴィランが話しかけてくる。
「なぜ変装の必要があるんだ?」
「お前さんが目立つからってのもあるが、一番の理由は花街が『女人立ち入り禁止』だからだよ」
花街、というのは、遊郭とも呼ばれる歓楽街である。
芸事をたしなむ遊女と舞を楽しみ酒を呑み、そして寝所を共にする場所だ。
遊女たちはその身を買われており、自由に出入りすることはできない。
女を中に入れない、というのはそもそも女性が楽しめる場所ではないことに加え、女性を出入りさせないことで中の遊女が逃げないように、という監視の意味合いがあった。
その説明に、ヴィランが不機嫌そうに呻く。
「……つまり、娼婦の集まっている風俗街ということか」
「そうだな」
「気に食わん」
「そいつは俺に言われても困る話だ。別に海の向こうにだって似たようなもんはあるんだろ?」
「……」
ヴィランは押し黙った後、ポツリと漏らす。
「野蛮だと……そうした者たちを苦境にあるから助けたい、とは思わないか?」
その問いかけに対して、ラセツは足を止めた。
傘に空いた覗き穴から紫の瞳がこちらを見返している。
「思うさ。だが、どうすることも出来ねーな」
「なぜだ」
「金もなけりゃ、利用してる連中に他の娯楽を用意することも出来ねーからだ」
ラセツははっきりと口にした。
遊郭にいる女たちは不幸な存在だ。
借金のカタや、やむにやまれぬ事情でそこにいる者たちである。
「だが、あそこにいる連中は、遊ぶ奴らが金を落とすことで足を洗うことは出来る。元の事情までは俺が口を出せることじゃねーし、あそこで遊ぶ奴らが居なくなりゃ借金は減らねぇ」
「……仕切っている人間を殺せば良い。金を出した者が死ねば、自由になって故郷に帰れるだろう」
「物騒だな」
ラセツはその思考に思わず笑いを漏らした。
「それで物事が解決するなら一番いいな。だが十中八九、また戻ってくることになる。あるいは、殺したお前さんが捕まって死刑になるさ」
「なぜそう言い切れる。借金を理由に女を捕らえ、あまつさえ押し込めるなど野蛮な所業としか言いようがないではないか」
ラセツは一つ息を吐いて、彼女の疑問に応えた。
「俺は一度、この辺りを荒らしてた妖怪を退治したことがある。強ぇ奴で、並の冒険者じゃ手をつけられなかったってぇ奴をな」
不意に話が飛んだからか、ヴィランから戸惑ったような気配が伝わってきた。
ラセツは気にせずに、また歩き出した。
見えてきた花街の壁を眺めながら、さらに言葉を重ねる。
「別に金はいらなかったが、姐さんの依頼だから受けた。その時気まぐれに、まだ男に買われる前だった女を一人、元の土地に返してやって欲しいと言った」
少しだけ話したことのある少女を名指しすると、姐さんーーー女郎のビクニは了承した。
そして今のラセツと同じように、ムダだと思うけどねぇ、と諦めまじりに呟いたのだ。
当時は意味が分からなかった。
「……それで、どうなったのだ?」
「一度は解放されたが、すぐにまた戻ってきた」
顔を見た時に理由を尋ねると、同じ金額でまた売られたのだと言っていた。
「どうにも貧乏な村の出身で、その日を食うにも困る生活をしている親元に育ったらしい。こっちの方が腹一杯飯を食える、と気丈に言ってたけどな」
あまり体は強くないほうだったのだろう、やがて病にかかって彼女は死んだ。
ーーー悔いぬ強さにゃ、俺もまだまだ遠いなぁ。
思い出すだけで、苦い想いが未だに蘇る話だ。
力だけでは救えないものもあると、その時に知った。
同時に、あの遊郭に住む者たちを救うには、その家族までも養うほどの金が必要なのだと。
「買った奴を殺して終い、なんて単純な話じゃねーのさ。一時救ったところで、その先の一生を面倒見切れるわけじゃねぇ」
「……」
「お前さんも、東の大魔王とやらを殺そうと思うならよく考えるこった。ケンカするのは、いくらでもやったら良いと思うけどな」
「……だが、そうした行いを許しているのは、東の大魔王ではないのか?」
少し力を失った声音で、それでもヴィランが問いかけてくる。
「人でも妖怪でも、営みの中身がそうそう変わるわけじゃねーよ。お前さんの住んでた人の街には、奴隷もいなきゃ遊郭もなかったのかい?」
「……いや」
「だったら、それが答えじゃねーか?」
誰もが必死に生きているが、幸せになれるわけではないのだ。
幸せになろうとする努力を全員がしたとしても、変わらないものがこの世にはある。
「……ラセツは、それで諦めたのか?」
「あん?」
「人を救おうと思うことは無駄だと、諦めたのかと聞いている」
ヴィランの問いかけに、ラセツはニッと笑みを浮かべた。
「いんや。ーーー俺はその答えを見つけるために、島中をブラブラしてんのさ」
ラセツ自身も、まだ〝悔いぬ強さ〟を探す旅の途中なのである。
また黙ってしまったヴィランと連れ立って東門を潜り抜けると、そこはもう賑わいを見せていた。




