童顔の鬼神は、意思を持つ剣に問いかける。
「……分かった。だが何を話すつもりだ?」
ラセツが秘宝を渡してほしい、と告げたのを受けて。
ヴィランはうなずき、胸元に手を差し入れた。
「だから気になることだよ。もしかしたらちょっと問題……が……」
何とはなしに秘宝に目を向けたラセツは、胸元から抜き出されて剥き出しになったそれから目を離せなくなった。
尻すぼみに言葉を途切れさせると、ヴィランが不審そうな目を向けてくる。
「……? どうした?」
秘宝は、細い銀の鎖で吊り下げられていた。
大きく丸い白の宝玉に、精緻な装飾が施されている。
宝玉を包む二つの耳と左右三対のヒゲを模した、金の台座。
透明な球体の中に浮かぶ、いわゆる『糸目』に似た一対の線。
その下に存在する謎の記号は、ちょうど鼻と笑った口元に似ている。
震えながら手を伸ばすと、ラセツは思わず声を漏らした。
「にゃ……」
「にゃ?」
おうむ返しに問い返すヴィランに対して、声を張り上げた。
「ーーーにゃんこだァアアアアアアアアアアッッッ!!」
「は? あっ……!?」
ラセツが飛びかかると、ヴィランは姿勢を崩して床に倒れた。
「い、いきなり何を……!?!?」
「おおぉおお……」
その宝玉は間近で見ると惚れ惚れするほどの出来栄えで、どこからどう見ても猫の顔にしか見えない。
ラセツは、猫が大好きなのだ。
「き、さ、ど、どこを触っ……!」
「これが秘宝か!? 確かにコイツは本物の秘宝だなッ! どこからどう見ても完璧なにゃんこの顔……!」
ますます顔を寄せたラセツは、ふわりと漂う甘い香りと右手に感じる柔らかい感触に気づいた。
「……あ」
思わず我を忘れていたが。
目の前にあったのは、顔を真っ赤にして涙目になったヴィランの顔だった。
唇の端がプルプルと引きつっており、眉根がきつく寄せられている。
「こ、の、馬鹿者がァアアアアッッッ!!」
「グハァッ!」
そのまま振り抜かれた手に頬を打たれて。
パァン! と甲高い音と衝撃を感じながら、ラセツは横に吹き飛んだ。
※※※
その後。
「……なぁ、悪かったって」
こちらに背を向けて、胸元を片手で握りしめたまま肩を震わせているヴィランに、ラセツは張られて痛む頬を撫でながら声をかけた。
「うるさいっ!」
が、彼女は振り向かずに罵倒を返してくる。
「も、もう嫁に行けん……!」
「それに関しては、俺の嫁になりゃいいじゃねーか」
「だからうるさいと言っているだろうが!」
全く聞く耳も持たないヴィランに、ラセツはどうしたもんか、と思いながら脇に転がる剣を見た。
正直、自分が悪いとは思っているのだが、謝っても許してくれない、話も聞かないとなれば打つ手がない。
猫のことになると、ついついやり過ぎてしまうのは悪癖だ。
「なぁ、グラムとやら。お前さんからもなんか言ってやってくんねーか? このままじゃ話が先に進まねーんだが」
ダメで元々、と問いかけてみると意外なことに反応があった。
ぼんやりと薄く水気の青黒い光をまとった剣に、ぴく、とヴィランが反応する。
そのまま彼女は剣に手を伸ばして指先を触れた。
「……分かった」
剣の声は聞こえないが、何かを言われたのだろう。
ヴィランはまだ赤い顔で、ギッ! とこちらを睨みつけてから、押し殺した声でボソリと言う。
「……グラムが貴様と話すと言っている」
「そうか」
「秘宝を渡すが、二度と私に指先ひとつ触れるな」
「おう」
「そして返せ」
正直、喉から手が出るほど欲しくなっていたが、それについては前に話がついている。
「……当然だよ」
「その間はなんだ」
「ちゃんと返すって。めちゃくちゃ返したくないけどな」
「……」
ヴィランは、また背を向けてこちらから秘宝が見えないように首飾りを外すと、コトリと床に置いた。
「か・え・せ・よ?」
「返すって」
改めて見ても殺人的なほどに魅力的なその宝玉を手にしたラセツは、鋼の意思で装飾から意識を反らして、剣に触れる。
すると、共鳴するような感覚とともに、聞き慣れない爺さんのしゃがれ声が響いてきた。
『ラセツとやら。そなたの鼻は鋭い』
「お前さんがグラムかい?」
『いかにも。もしやヴィランの気分を変えたこと一つで、我の存在を見抜かれるとは不覚なり』
古めかしい話し方だな、と思いつつ、ラセツは苦笑する。
「やっぱり、あの時えらく様子が変わったのはお前さんの仕業か」
『いかにも。ヴィランの純粋な気質は、利点とも、欠点ともなりうる。初見、初の境遇。そなたとの出会いが刷り込みとなり依存となれば、危険と察した』
「はん」
ラセツはストンと納得した。
要はグラムは、こちらがヴィランを口先で丸め込んだのに気付いていたのだろう。
それが老婆心からなのか。
あるいは、この剣自身がヴィランを利用している側だからなのか。
「疑ったのなら、なぜあの時本人に伝えなかった?」
『理由はいくつか。一つは、我の存在の秘匿。二つは、そなたの心持ちが読み切れなかったゆえ。三つは、伝えれば疑いからヴィランの態度が変わる。隠し事は苦手ゆえにな』
「そうだろうな」
少し一緒にいただけでも分かるくらい、彼女は世間知らずだ。
西の仲間とともにいた時は、それらの者たちが補佐していたのだろう。
もしくは意図的に『知らない』ままでいさせて、力だけを利用しようとしたか。
「で?」
『で、とは?』
ラセツが先を促すと、グラムが問い返してくる。
「理由はそれで終わりか? 一番重要なことを言ってねーだろ」
『……』
沈黙した剣に対してニヤリと笑い、ラセツは口にする。
「正直に言わねーと叩き折るぜ。俺はヴィランに、悪意を抱いちゃいない。だが、俺からお前さんの心持ちは読めない」
気持ちははっきり言わなきゃ伝わんねーぜ、とさっきを滲ませながら続けると、ヴィランが気になったのか、こちらに目を向けた。
「何の話をしている?」
「少しな」
気配の変化に不安を覚えているのか、ヴィランは口を止めない。
「グラムは、唯一私とともにこの地に足を踏み入れた相棒だ。叩き折る、などと不穏なことを言われては……」
「コイツの態度次第なんだよ。別に無闇にそれをしようって訳じゃねぇ」
やりとりを聞いて何を思ったのか、グラムからため息のような気配を感じた。
随分と人間臭い剣だ。
『……四つは、我とてヴィランを死なせたいわけではないゆえ、だ』




