16ワン目 月の下が似合う女
そんなオレ達を庇うように、オーディスが前に出て、眉一つ動かさずに首を横に振った。こうも平然としているのは、精神力の問題か、それともその生真面目な性格でガードしているのか、聞きたくなる。
「まだ子供だ。弟達にタトゥーは早い。今日はフレイヤに頼みがあって来たんだ。その代わりと言ってはなんだが、これを頭から渡すように頼まれている」
オーディスが懐から細長い小瓶を取り出した。中には青い液体が揺れている。フレイヤは受け取った小瓶を見て、魅惑的な笑みを浮かべる。
「あ~んっ、なんて素敵な贈り物。付き合いが長いから、ガオスは私の好みをよく知ってるのよね。これだから多少無茶なお願いをされても断れたためしがないの。本当に困った人。それで、今回はどんなお願いをしたいのかしら?」
「この子の属性を調べたい。──ソージ、挨拶を」
「リュヴァルクで世話になってる総持だ、よろしく」
目を見てきっちり挨拶すると、どこか驚いたよう表情をしたフレイヤが柔らかく目を細める。
「私は掘り師とちょっともぐりのお医者さんもしている、フレイヤよ。あなたもガオスに拾われた口かしら?」
「人攫いみたいなもんだったけどな。……っと、いきなりなんだよ?」
目元に手を伸ばされて思わず身を遠ざけると、フレイヤが謝りながら笑う。
「あら、素早い身のこなし。そうとう扱かれているようね。ごめんなさい、魅力的だからつい触りたくなっちゃったの。あなたはガオスに似た目をしている。なにか強い思いを抱いているのね」
「……あんなおっさんと似てるなんて言われてもな。どうせなら、もっと格好いい男の方が嬉しいね」
「あはははっ、あなたすごく私の好みよ。年頃になったら、ね?」
「からかうなよ。あんた、とんでもねぇ女だな」
柔らかな指先で唇をツンッとつつかれて、オレは顔を背けた。冗談だとわかっていても顔が熱をもって言葉が荒れる。周囲の視線が痛い。誰もこっちを見るな!
「はわわわわっ、ソージが大人にされちゃう!」
「つまりどういうことだ!?」
「どういうことって……どういうことなの、ソージ!?」
「おい待てっ、なんでそこでオレに振る!?」
大人の女の色気に当てられて、カナンとライジュンが赤い顔で慌てふためいきながら、オレに助けを求めてくる。助けを求めたいのはオレだよ! 二人につられてますます顔が熱を持つ。今熱を測ったら三十八度くらいはありそうだ。軽く現実逃避をしていたら、フレイヤがさらに顔を寄せてくる。そして、そっと囁かれた。
「んふっ、そんなに恥ずかしがらなくても今はなにもしないわよ。でも、大人になりたくなったら私のところにいらっしゃいな。タトゥーでもなんでも教えてあ・げ・る」
ふぅと吐息を耳に吹き込まれてぞわっと首筋が泡立つ。オレはキュウリに驚いた猫のように飛び下がると、無言でオーディスの後ろに避難した。まだぞわつく左耳を手で触る。……いたいけな少年心を弄ばれた。カナンとライジュンもこっちに逃げ込んできたようで、二人にがっちり挟まれた。
「大丈夫っ? なにも失ってない、ソージ!?」
「失ってる。神経をゴリゴリ削られた」
「削れたなら盛れ! 安心しろ、逃げる時はオレ達がお前を抱えていく」
「逃げるのが前提かよ」
ぎゅうぎゅうと身を寄せられて、オレはボヤいた。この状況って、どこかで見た映像を思い出すな。……ああ、あれだ! 怯えた子ウサギが団子になっているやつ。我ながら、くっそ情けない。だけど、こればかりはしょうがないよな。男兄弟と男友達オンリーの女っ気がほぼゼロの生活をしてきたんだから、女慣れしてないんだ。……それでも、不満はなかったはずなのに、なんの因果でこんなとこで大人の女にたぶらかされてるんだろうな?
そこでようやく、オレ達の壁となったオーディスがようやく助け舟を出してくれる。
「そこまでにしてくれ、フレイヤ。ソージ達が赤面死したら困る」
「いいところだったのに、つれないわねぇ」
「フレイヤ」
「そんなしかめっ面をしないの。半分くらいは冗談よ。じゃあ、ソージのためにアレを持ってくるから、ちょっとだけ待っててちょうだい」
フレイヤが服の裾をさばいて、優雅な足取りで踵をかえす。まったくとんでもない目にあったわ。もっと早く助けてくれてもよかったんじゃないか? じと目でオーディスを見ると、無表情ながらどことなく申し訳なさそうな色が表情に覗いた。
「その、すぐに救出出来なくて悪かった。あの人に絡まれるのを喜ぶ男も多いと聞いたから、ソージもまんざらでもないのかと」
「言ったのはリュベルクの男達だろ? そりゃあ、オレだって男だ。あんな色気たっぷりな美人に振りだとしても迫られれば、顔の一つや二つは赤くなる。なんせ女慣れしてないガキなんで! それも本意じゃないんだよ。今度からそんな配慮はいらんから、速攻で助けてくれ」
「わかった。考慮しよう」
「あんたを信じるからな。それから! カナンもライジュンもああいう場合はオレの壁になるくらいの友情を見せろよ」
「そっか、こういう時は壁になって守るのが友情なんだね」




