第45話 継承!大魔王
ウェスタとアイギスは女神カリスを石化させ、勝利する。
天使化した人間達も元に戻った。
ウェスタは魔族達を速やかに魔界に帰還させた。
と言っても実際はカリス撃破以前にほぼ戦いは終結していて、帰還はすでに始まっていた。
かくして、魔界と人間界の争いは終わった。
しかし、今度の事はどうなるか分からない。
二つの世界に永遠の平和が生まれ、異文化の交流が進み、栄華を極めたのかも知れない。
しかし、舌の根も乾かぬうちに醜い争いが起こって、復活した女神の逆鱗に触れてしまうのかも知れない。
魔界どころか人間界も滅ぼされたのかも知れない。
ウェスタとアイギスの二人の事もそうだ。
このまま結ばれ、互いに助け合い、二つの世界の架け橋となったのかも知れないし、つまらない理由で険悪になり、すぐに別れる事になったのかも知れない。
先の事は分からないし、歴史は繰り返すものでもある。
だから、この物語は戦いの結果までに留めておきたい。
人が変わっていける事を、成長できる事を、賢く、気高くなっていける事を信じて締めくくりたい。
戦いの一ヶ月後、大魔王城にて大魔王の継承式が執り行われた。
大魔王の継承はこれまでは前任者の殺害をもって成立するのが常であったため継承式が行われるのは初めての事だった。
ウェスタは仰々しい式典などは必要ないと思ったが、アンクの提案で、人間界との交流の方針をはっきりと打ち出すいい機会だと進言されたため、開催を決めたのだった。
意気揚々と継承式の会場を目指す大男。
バロール族のザデンだった。
ザデンは天使との戦いにおいて首をはねられたが、神族に連なる生命力で一命を取り留めた。
戦いの後スフィンクス族のアンクの治療によって、めでたく胴体の復活を果たした。
今日、復帰後初めて大魔王城に参上したのだった。
長髪に程よくパーマを当て、魔界貴族の礼服も新調した。
正装した姿は精悍な顔つきの好青年だった。
「あ、ザデンじゃん」
ハーピー三姉妹に気付いて話しかけた。
「普通によくなったんだ」
「微妙によくなったんだ」
「逆によくなったんだ」
「おうよ!奇跡の回復力だな!」
生首の状態からの回復なのだから奇跡に間違いない。
「そういや、ヘルセーは見なかったか?」
ハーピー三姉妹はきょとんとした。意外そうな顔だ。
「普通に昨日出て行ったし」
「微妙に昨日引き払ったし」
「逆に昨日あいさつしに来たし」
「何だって?」
ザデンは動揺した。そんな話は聞いていない。ザデンがアンクの治療を受ける話はしてあった。
手術前は「お大事に」とも言われた。
人間界での戦いを経て信頼関係ができたと思っていたが勘違いだったか。
「ああ、そうか。出てったか、そうかあ……」
元々は険悪だったが、そうでなくともただの同僚でしかない。
黙って出て行かれたからと言って、落胆する筋合いなどではない。
しかし、やはりさみしい、空しい。
復活した姿を一番見て欲しかったのはあいつなのに。
「でもあんたの事は普通に言っていたし」
「微妙に言ってたしー」
「逆に言ってたしー」
「な、何て言ってた?!」
「普通に『以前はろくでもない奴だったけど、今なら大魔王城を任せられる。だからわたしも旅に出られる』って言ってたよ」
「微妙に言ってたよ」
「逆に言ってたよ」
「そうか……!」
人間界を旅したいとは確かに言っていた。ハンナ、カイ、ゲルダにも会うのかも知れない。そしてザデンはそうさせてやるべきだと思った。
「任されたとあっちゃあしっかり守んねえとなあ、俺様の城をよ!」
「普通にあんたの城じゃないし」
「微妙にあんたの城じゃないし」
「逆にあんたの城じゃないし」
あいつは人間界で、おれは魔界で、成長してまた再会したい。決意をしたザデンの表情は晴れやかであった。
ザデンが玉座の間に入るとレヴィア、グスタフ、イフリートがすでにいた。
「おお、ザデンよ。立派になったのう」
「みだしなみをよくすれば男前ではないですか」
「いい面構えになったな」
三人はザデンを賞賛した。
以前は大して仲良くもなかったが、人間界の戦いでのザデンの活躍を三人とも覚えていた。
ブラム、アンクはいたが、ゲイリーはいない。
もちろんヘルセーの姿もない。
ウェスタとアイギスはこれから登場するのだろう。
ザデンは二人の登場を待つ事にした。
控室のウェスタは正装の準備をしていた。
ウェスタは赤い魔界王族のコートとキュロットにブラムから譲り受けた黒いマントを身に付けていた。
髪型のセットを大魔王城の侍女がしようとしてくれたが、くしでインゲルと大メデューサをつついてしまうので自分で行う事にした。
「ウェスタ!準備できた?」
アイギスが入って来た。
兜代わりだった髪飾りはそのままだったが、白とピンクを基調にしたドレス姿は一目では勇者と分からない。
代理天使と化した時の十二枚の羽も消えていた。しかし、天使化のなごりもあって、黒髪が肩まで伸びていた。天使化した際は腰まで伸びたが、切り揃えたのだった。
「わたしの髪型、変じゃないかなあ?」
「どれ…」
今まで髪を伸ばして来なかったアイギスの髪をウェスタはすいていた。
修道院育ちの勇者アイギスは今までおしゃれを気にして来なかった。
今日は正装に加えて、軽くだが化粧までしている。
「わたし今までで一番きれいかも」
鏡を見ながら思わずアイギスはつぶやいた。
「そうかも知れないね」
と、素っ気なく言ったウェスタだが内心ではどきどきしていた。
これほど美しくなるとは思っていなかった。
「ホント?よかった」
無邪気に喜ぶ姿も可愛らしいと思う。
「さあ行こう」
ウェスタとアイギスは準備が整うと玉座の間を目指した。
魔界の王位継承には式典もなかったなら、戴冠すべき冠もなかった。
角を持った魔族も少なくないため、邪魔になるからだ。
そもそもウェスタ自身も蛇髪を持っている。インゲルと大メデューサにとって迷惑極まりない。
玉座に座る前大魔王ブラムの前にひざまずくウェスタ。
大魔王は立ち上がり、言葉をかける。
「言いづらい事だが、お前は大魔王にはなれない」
「!?」
一堂はどよめいた。一瞬耳を疑った。
「ど、どうしてですか?」
「いや、お前の資質を認めないのではないのだ。魔界を救ったお前の功績は認めている。お前に跡を託したいと思っている」
しかし、大魔王とは単なる魔界の王ではない。『知恵の果実』を代々守る者の事なのだ。継承されるのは『知恵の果実』なのだ」
「じゃあ誰が大魔王になるの?」
アイギスはブラムがなぜこんな事を言い出すのか分からない。
「『知恵の果実』の能力を持つ者だろうな」
「知恵の果実」は元々はブラムが持っていたものだが、カリスによって奪い取られた。
そして、それは「知恵の果実」の能力の行使に最適化され創られたアイギスに授けられた。つまり……
「わ……わたし?」
「うむ」
一挙にアイギスに注目が集まる。
「いやいや、わたし勇者だよ?」
大魔王を倒す存在である勇者が大魔王になるなど前代未聞だ。
「それにこの前は大天使とかになったし」
代理天使メタトロン、大天使の最高位。アイギスが「アセンション」の能力で変化した姿だった。
「大天使で勇者で大魔王って事ね」インゲルは情報を整理した。
「普通に盛り過ぎだし」
「微妙に盛り過ぎだし」
「逆に盛り過ぎだし」
ハーピー三姉妹は呆れていた。
どよめきは止まらない。
「いや、わたし大魔王なんて無理!」アイギスは断固拒否した。
「やっぱりウェスタがやって」
「だが大魔王は『知恵の果実』の所持者の事なのだ」
ブラムは譲らなかった。事態は膠着した。
「わ、わたしが大魔王なんて絶対無理。勇者だし、代理天使だし!」
アイギスはほとんど泣きそうだった。
「わたしは大魔王の座にこだわりはありません。魔界と人間界を自由で平和にできればそれでいい」
ウェスタは気にしていなかったが、
「だからわたしは無理!」
アイギスはすっかり取り乱していた。
「せがれよ。やりたい事があるなら人任せにするでない」
大メデューサはそう主張した。
「役職と権限は必要じゃ」
「しかし、大魔王にはなれんのだ」ブラムも譲らない。
「じゃあ中魔王は?」
インゲルが業を煮やして言った。
「それなら名乗ってもいい」
あっさりとブラムは承諾した。
「ち、中魔王って何なんだ?」
思わず聞き返すウェスタ。中魔王など聞いた事がない。
「役職と権限。アイギスが大魔王で、あんたが中魔王」
狼狽するウェスタにインゲルはすました顔で言った。
「問題ある、ご先祖様?」
「まあ、ないか」
大メデューサも承服した。
「それならわたし、大魔王になるよ!」
アイギスもパッと笑顔になった。
「いいでしょ?ウェスタ」
「うーん、そうだな」
中魔王とは何とも締まらない感じだが、アイギスに執務を押し付ける訳にもいかない。
「それでいこう」
「やったあ!」
こうしてこの日、大魔王は継承され、中魔王が誕生した。
「アイギスよ」
ブラムが話かけてきた。
実は二人はまともに会話をしていなかった。
自分の娘を殺して創られたアイギス。
そしてアイギス自身もその事実を知り、ショックを受けた。
どう会話を切り出していいか分からないと思っていたアイギスは、呼び掛けられどきっとした。
「顔を上げるのだ」
恐る恐る見上げたアイギスの目に入った顔は、やはりいつも通りの厳格なものだった。
しかし、ブラムは言った。
「大魔王としてのわたしにとって血縁は重要ではない。ハーピー達も自分の娘だと思っている。お前がわたしの跡を継いで魔界を守るならば、お前もわたしの娘だ」
思いがけない言葉にアイギスは涙があふれてきた。
「はい……」
何とかそれだけを言った。
アイギスはそれで充分だった。充分過ぎた。決して現れるはずのない父親が現れたのだから。
「これからは普通に姉妹だし」
「微妙に姉妹だし」
「逆に姉妹だし」
ハーピー三姉妹が駆け寄って来た。
「…そうだね……!」
不思議な巡り合わせだが、勇者アイギスは大魔王の居城にて探し求めていた家族を得たのだった。
「じゃああんた普通に妹ね?」
ハーピー姉妹の長女ケライノーは宣言した。
「わたしが妹?」
「あんたは微妙に妹」
「あんたが逆に末っ子」
「て事はあたし達って普通に大魔王以上?」
「微妙に大魔王の上をいくし」
「逆に大魔王どころじゃないね」
「じゃあ……普通に特大魔王?」
「微妙に特大魔王だし!」
「逆に特大魔王だし!」
「特大?!」
思わず吹き出してしまうアイギス。
「そうだね。みんなよろしくね!」
本当に楽しかった。楽しくて幸せだった。
「さてと。それじゃあそろそろ行きますか!」
インゲルだった。
「ご先祖様、お願い」
「ふむ、そうか」
ウェスタの頭部の右側面の大メデューサが魔力を集中すると、左側面のインゲルが光に包まれ消えた。
そして、赤いワンピースを着た金髪をおさげにした少女がウェスタの傍らに現れる。
「じゃあまたね」
「そうか、身体に気を付けるんだぞ」
「そっちもアイギスと仲良くね」
インゲルの人間界への旅立ちだった。
「よっこらせ」
荷物の入ったかばんを手にする。
「出発ですか?」
「ええ、アンクお願い」
今や魔界随一の素早さを誇る片翼のアンクに人間界まで運んでもらう手筈だった。
「ゲイリーの出産祝いは持ったか」
「大丈夫、てか荷物ほとんどそれだし」
「インゲルちゃん!」
アイギスも人間の姿のインゲルに気付く。
「出発するのね」
「ええ、途中ゲイリーのいる国に寄ってから港街クロクにいくわ」
「あの子とおばあちゃんに宜しくね」
「ダヴェイもお菓子作りの勉強してるらしいわ」
ダヴェイとは港街クロクで出会った少女だ。
「あの時お菓子作りに目覚めたんだって。一緒に勉強する約束」
「素敵!絶対食べたい」
「そうねえ、その内ね」
「準備できましたか?」
アンクが呼んでいる。
「じゃあみんな、またね!」
アンクと共に玉座の間を出るインゲル。
彼女はきっと人間界で魔界と人間界の橋渡しをしてくれるだろう。
インゲルの後ろ姿を見ながらウェスタは思った。
自分も魔界で同じ役割を果す。アイギスと共に。
ちょうどその頃だったが、結界城を出て人間界を進む巨大な姿があった。色白でブロンドのスタイルのいい氷の巨人族。ヨトゥン族の魔王、ヘルセーである。
武装は軽めだった。兜は付けていないので美しい金髪が風になびく。
人間界を旅してみたいと思っていた念願がついに叶った。
世界中を(暑そうな所以外は)回って手ごろな場所に氷の城を立てようと思っていた。
ひと月の間にレヴィアの市街地復興を手伝いながら建築について学んだ。今度は立派な城がつくれるだろう。魔法で雪の召し使いを作ったっていい。
人間界で出会った三姉妹のいるあの山に城を建てるのも悪くないと思った。
よく晴れていて風が心地よかった。門出にふさわしい日だと思った。
聖女タルトレット=レミの墓所。献花に埋もれた状況でタルトレットは目覚めた。
「うーん、生き返っちゃたかあ
」
亜麻色の髪が献花と共に揺れる。
「死んだままでよかったけどなー」
しかし、自分を蘇生させた人物は女神以外にありえないが、反抗した自分は許されたのか?
魔族との戦いの行方は?
そしてあの魔族の少年アンクは今どうしているのか?
「やれやれ」
意外に現世に気がかりがあったようだ。
「少年に会いに行ってみるかな」
意を決して歩き出すと道中で一人の男に出会った。
長い白髪と切れ長の目を持った魔導師の青年、天使アザゼルことフィリップ。天使の羽は見えなかった。
「見覚えあるけど誰だっけ?」
「ガブリエル殿ではないか。わしじゃよ、アザゼルじゃ」
「あー」
タルトレットはガブリエルだった頃ですらフィリップと会話した事はなく、名前を知っている程度だ。
「あんたも生き返ったんじゃな」
彼も戦いで命を落とした。
話を聞いてみると、女神は大魔王に敗北したが、魔界と人間界の和平が進んでいるという。
よく分からない話だが、それならアンクも生きているのかも知れない。
「そうか、あんた魔界に行くのじゃな」
フィリップはタルトレットが行先の話をすると食いついてきた。
「実はアザゼルというのは過去に堕天した天使らしいのじゃ」
堕天とは天使が悪魔になる事だ。
堕天で悪魔になったものを堕天使と呼ぶ。
初代大魔王のルシファーも堕天使だ。
「わしも魔界で過去のアザゼルの足跡を追いたいと思っておるのじゃ。一緒に行くかの?」
断る理由はない。タルトレットはフィリップと魔界に向かって旅立った。
しばらく進むと地響きと共に大きな姿が迫って来た。
巨人がこちらに歩いて来ているのだった。
金髪の女性の巨人族だった。近づくほどに空気がひんやりしてくる。氷の巨人族なのだろう。
「おーい、巨人のお姉さーん!」
「何のご用?」
「あたし達は魔界に行きたいんだけどこっちであってるかなー?」
「ええ、このまま街道を進めば結界城よ。わたしが魔界から来たから間違いないわ」
「ありがとう。親切な巨人のお姉さん」
「どうしまして。旅の無事を」
タルトレットとフィリップは巨人に礼を言い、魔界を目指す。
ヘルセーは一度だけ振り返った。
わたしは人間界を旅し、彼女達は魔界に向かう。それでいいと思った。
熾天使ミカエルであったアレクシウス=プロテクトールはヴァロア王国の執務に復帰した。
住民の天使化も自身の不在もあり、問題は山積していた。
天使達の指揮をして戦っていたのは自分なのでこればっかりは奮起せざるを得ない。
そんな時に衛兵から、魔族の居住希望者が国王への面会を求めているとの報告があった。
大臣は国王の多忙さは知っていたので衛兵に追い返させようとした。
しかし、魔王の一人と聞いて一応国王に報告した。
「それが人間の妻と赤ん坊を連れた妙な奴でして」
大臣は話をする必要も疑問視していたが、アレクシウスはそれが誰なのかすぐに察した。
サイクロップス族の魔王、ゲイリーだ。
「わたしの知人だ」
さっそく来たか。平和な世界もこんなに面白い。
アレクシウスはもう英雄英傑などにあこがれてはいない。
「通せ」
アレクシウスは新しい世界の新しい国作りが楽しみでならなかった。
ジョナサン=ヴァン=スローンは屋敷の中でくつろいでいた。
屋敷と言っても先祖代々のボロ屋敷だ。ほこりだらけでそこら中に蜘蛛の巣が張っている。
最近も長く留守にしていたのでなおの事だ。
ジョナサンは別に片付けをするでもなく安楽椅子に座っていた。
「邪魔をする」
屋敷の奥から、太陽の光の届かない暗がりから初老の男が現れる。黒い礼服に身を包んだその男は大魔王と呼ばれた事もある吸血鬼ブラムである。
継承式の後、人間界にやって来たのだった。
「ついにコウモリまで住むようになったと思ってたらお前だったか」
驚きもしなかった。何度も死闘を繰り広げてきた関係の二人だが、今は争う理由はない。
「大魔王様がわざわざ、こんなしみったれた屋敷に何の用だ?」
「わたしは大魔王ではなくなった」
「そうかい」
ブラムがメデューサ族の魔王に敗れた話は知っていた。最近そのメデューサが大魔王になった事も。
「人間界と仲良くやりたいって話じゃねえか」
「ああ、後はあいつらに任せるつもりだ」
「で、お前もおれと仲良くやりたいって?」
「いや」ブラムは首を振った。
「わたしは魔界の奥にこもり、全ての関係を断つ」
「そりゃあまた思いきった話で」
「わたしは人間に妻が殺された時、人間を滅ぼそうと考えた。お前に敗れた後は憎しみのままに魔界を支配した。わたしの罪は消えない。わたしは平和な時代にいてはならない」
「それで別れのご挨拶って訳だ」
「いいや」またもブラムは首を振った。
「貴様はわたしを倒した後、わたしの酒を盗んだはずだ。それを返してもらう」
「なんだよ!しみったれてんなあ!」
それは事実で、しかも高価な酒だったからちびちび飲んでいたので残ってもいた。
ジョナサンは酒瓶と共にグラスを二つ持って現れた。
「大して残ってねえよ。今日空けちまおうや」
「よかろう」
バンパイアハンターと吸血鬼の最初で最後の宴だった。
世界樹の頂上、天界の神殿。
十二枚の翼を持った優美なる女神像と屈強な天使、女神カリスと天使ゲーゴスだった。
(なぜわたしをここに運んだのです?)
「ウェスタの奴に頼まれた」
戦いの後、ゲーゴスは石化を解かれていた。
(ではなぜここに留まるのです?フィリップも旅立ちました)
「おれは別に行きたい場所はない」
(わたしは魔界を滅ぼす事を中止にした訳ではありませんよ)
「おれもそれを手伝わないと決めた訳じゃない」
(ほう、そうですか)
「お前が目覚めた時、魔界を守ろうと思っていればお前を倒す。滅ぼしたいと思えばお前と共に戦う」
(意外ですね。あなたはアイギスを守るように創られているのに)
「何でもお前の思い通りじゃねえんだろ」
(そうね、ままならないものです)
やはり自分は完全な存在ではなかったのか。
しかし、だからこそ石像から元に戻れる可能性もあるとウェスタは言っていた。
「今はお前を守るのがおれの役目だ」
(ゲーゴス、好きよ)
驚いてゲーゴスは女神像を見る。
(そんなに恐い顔をしなくても。信じられない?)
「おれは女心が分からねえんだよ」
(ふふっ)
「何がおかしい」
(確かにそういう風には創っていません)
「うるせえ」
カリスはこのまま二つの世界を見守るのも悪くはないと思い始めている自分に気付く。
そして、この気持ちは変化して欲しくないと思った。
そんな女神の加護の元、元メデューサの蛇髪の少女インゲルとその友人、ダヴェイが山道をあるいていた。
手提げには手作りケーキが入っている。
「でもこの味付けは苦くね」
「いや、だからおばあちゃんはビターな方が好きなんだって」
「そっかあ」
「好みはみんなそれぞれなのよ」
インゲルは懸案であった、老婦人と孫娘の好みの違いのすり合わせに腐心していた。
「それはさあ、確かに実感してんだ。魔族との戦いの時、あたしはおばあちゃん家にいたからさ。やっぱ好みが違うんじゃね?って思ったよ」
「そうなんだ」
インゲルは天使との戦いの間の彼女の動向は知らなかった。
「女神様が人間の大人を天使に変えて戦ったのを迷惑だって人もいるけど、大魔王を倒さずに和解させたのはすごいって人もいるよね」
人間界ではそのような解釈になっているようだった。
勇者が大魔王になったというニュースはまだ届いていないようだ。
「でも人間と魔族は本当に仲良くできるのかなって意見もあるよねー」
「ダヴェイはどう思ってる?」
「あたしはよく分かんないけど、おばあちゃんは仲良くできるって。仲良くした事があるし、あたしもきっと仲良くできるんだってさ」
「へえ、そうなんだ。詳しく聞いてみたいわねえ。あ、おばあちゃんの家あれじゃない?」
「先に着いた方のお菓子から食べてもらおうぜー」
「あ、待て!走るんじゃないわよ。お菓子が崩れるって」
二人の少女は屋敷に入った。
各地で生まれる新しい出会いによって世界が幸福になる事を信じたい。
二つの世界の物語は続く。




