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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第44話 手を取り合って

 女神カリスが初めて創り出した勇者は大魔王に敗れ、八つ裂きにされたと言う。

「そんな話聞いた事がないわ」

 勇者は魔王の天敵、アイギスは、いや誰もがそう聞かされてきた。

 大魔王に敗北した勇者の話など聞いた事がない。

「表向きはクロノスも勇者に倒された事になっています」

「じゃあ本当は誰が倒したのと言うのじゃ?」

「わたしです」

 大メデューサの問いにカリスは答えた。

「わたしが彼を八つ裂きにしました。彼が当時の勇者にしたように」

「奴は時間を止める能力を持っておった。よく倒せたのう」

「永遠の美を求めて創られたわたしは美と共に永遠を司ります」

「永遠……とな」

「美の女神カリス」の像は天才芸術家ピエーロが若くして亡くなった妻ケーリスを偲んで創ったものだ。

 確かにピエーロは永遠の美を望んだのだろう。

「永遠を生きるわたしの時間だけは止める事ができない。

 ウェスタ、あなたと同じです。わたしは彼の天敵だったから倒せたのです」

 時間をも操る大魔王の天敵は、永遠を司るものだったという事らしかった。


「そして、この『永遠』こそがわたしが主神の後継ぎに選ばれた理由でもあります。」

 カリスは主神に神として見出だされ、石像でなくなった日の事を思い出していた。

「人間の作り出したものが人間を上回るという事もあるかのも知れん」

 カリスは主神からそう言われた。

「いずれは人間から後継ぎを見出だすつもりだった。

 しかし、永遠に生きられる命を持った石像の可能性をわしは見てみたい」

 それがカリスが新たな主神、女神を名乗る事になった顛末だった。


「その後はクロノスほど強力な大魔王は現れなかったので、勇者が敗れる事はありませんでした」

 それでも女神に成り立ての時に経験した悲劇はカリスの記憶に深く刻まれたのだった。

「あの時確信したのです。また強力な大魔王が現れる前に、魔界と魔族を根絶やしにしなければならないと。そうしないと美しい世界は完成しないと」


「そんな事があったの……」

 アイギスはカリスの話に衝撃を受けた。

「分かりましたか、わたしの戦う理由が」

 自分がカリスの立場だったらどう判断しただろう。

 魔界を滅ぼす考えを絶対に持たないとは言えないと思った。

 そのような理由があったら……。ところが、


「そのような理由で滅ぼされてたまるか!」

 ウェスタだった。

「わたしは過去を水に流せと言うつもりはない。人間界と魔界の争いの歴史をなかった事にはできない。邪悪な魔王がいたのも事実だろう」


「だが、変わる事ならできる。わたしが大魔王になりたいのは魔界を変えるためだ。魔界を変える事で人間界も変えるためだ。

 魔界と人間界を自由と平和にあふれた世界にするためだ」

 アイギスは思い出した。

 ああ、そうだった。しばらく会ってなかったから忘れていたが、ウェスタはこういう事を言うのだった。


「あなたって大魔王になっても、やっぱり魔王らしくないのね」

「でもわたしらしいはすだ」

「うん!」

 久しぶりのやり取りが心地よい。


「大体、美しい世界の完成などと言うのが独りよがりなんだ」

 カリスの眉がピクリと動いた。

「誰か一人にとって美しい世界など、わたしに言わせれば最も醜い世界だ」

「何ですって?」

「魔界を焼き払って、死体の山を作って、美しい世界が完成など!ちゃんちゃらおかしいと言っているんだ!」

「言わせておけば勝手な事をっ!」

 ついにカリスは激怒した。

「美の女神の人に何て事を…」インゲルなどは恐ろしさのあまり髪の間に引っ込んでしまった。


「世界は完成などしない!永遠を生きるなら永遠に変化して見せろ」

「な…………!」


 カリスはその言葉に聞き覚えがあった。

 それは主神との別離の日の事だった。

 美しい世界を完成させます、と言ったカリスに主神は言い残した。

「完成させるよりも世界が変化する様を永遠に見届けてくれる事を望んでおるよ。それがそなたを後継ぎに選んだ理由だ」

「もちろん見届けはします」

「そうではない。そなたにも永遠に変化して欲しいのじゃ」

 カリスは主神のこの言葉の意味はよく分からなかった。

 完全さと正確さこそが美しさだと信じていた。

 その時はカリスは主神以上に美しい世界を作らなければならないと解釈した。


 しかし、今若き大魔王から主神と同じ言葉が出て来た。

「あなたに何が分かるのです?わたしは完成された美の頂点です」


「分かってないな」


 ウェスタはかぶりを振って言った。

「ならばなぜあなたを彫ったディッセル=ピエーロは死ぬまであなたを彫り続けたのか。あなたが完成された美の頂点ならば、それ以上手は加えられないはずだ」

 自分が美の頂点ではない?美の女神に向かってこのメデューサはふざけた事を。

「世界の美しさはあなた一人で決めるものではない。わたしも魔界を変える。あなたも変わるんだ」

「聞いた風な口を!」

 神である自分が変わる?無謬性こそが美の本質だ。

 変わる事などむしろあってはならない!

「やはりあなたは沈黙してもらうしかないようですね」

 この妄言で魔族のみならず人間達も惑わせて来たに違いない。

 もはや滅ぼし去る以外ないとカリスは改めて決意した。

「残念な事だがわたしも沈黙させる事ならば得意とするところだ」

 結局戦いは再開された。


 アセンションしたアイギスとウェスタはカリスと互角である。

 それでもカリスを圧倒するには至らない。

「石化の蛇眼」のアクペリエンスを発動させるほどの隙は見出せない。


「ウェスタ、わたしが必ずチャンスを作るわ」

 アイギスが宙を舞った。長い黒髪が大きくなびく。

「必ず『石化の蛇眼』を成功させて!」

「できるものですか!」

 カリスはここまでの攻防で二人の能力を見切っていた。

 アイギスは強くなったが、それでもまだ自分には及ばない。

 そして、今アイギスは悪手を打った。

 カリスはウェスタに飛びかかった。

「彼を殺しさえすればわたしの勝ちよ!」

 アイギスにどんな深手を負わされても回復はできる。

「石化の蛇眼」を持つウェスタさえ倒せれば後はどうにでもなる。

 アイギスが空中にいる間に全力でウェスタに攻撃をしかけるのだ。

「くっ!」

 ウェスタも構えるが、一人では持ち応えられるとは思えない。

「覚悟なさい!」

 カリスの青銅製の鋭い手刀が迫る。


「ハイドラ!」

 その時、空中のアイギスの手から水流が放たれた。

「知恵の果実」の力、倒した魔物の能力を手に入れるクエスターの能力だ。

「そんなものっ!」

 水流は命中したが、構わずウェスタに攻撃するカリス。

「アラクネー!」

 アイギスは手から今度は蜘蛛の糸を放った。

 アラクネーはウェスタよりも前に戦って倒した魔王だ。蜘蛛のような身体を持っおり、糸を放って動きを封じる。

 攻撃力を持たない能力であまり使用した事がないが、この場合は有効だった。

 水流を受けたカリスに粘性で絡み付く。

 そして、

「ミノタウロス!オルトロス!」

 怪力と素早さを持った魔物の能力を引き出してカリスに斬りかかる。

 カリスは両手で受ける事でその重く、素早い一撃も止めたが、その瞬間、ウェスタが自由に動け、カリスが自由にうごけない時間が生まれた。


 アイギスは宣言通りにチャンスを作ってくれた。

 奇しくもチャンスを作るための手段はアイギスがウェスタと戦う以前に倒した魔王達の能力だった。


 彼らの死もこの瞬間に繋がっていた。決して無意味な犠牲などではない。


 アンクの命を助けてくれたガブリエルも、時間を稼いでくれたフィリップも。


 敵も味方も関係ない。

 彼らの想いを背負って未来を切り開く。二つの世界の未来を!


 ウェスタは「石化の蛇眼」を蛇剣クリュサオルの刀身に放つ。

 気高さと覚悟によって発動した黄金の蛇眼を。

 魔封じの魔力の込められた刀身が光輝く。

 黄金の蛇眼の力の込められた、メデューサ流剣技の奥義アクペリエンスが完成した。


 その黄金の輝きは魔界からも人間界からも確認できた。


 ブラムはかつて倒したウェスタの父を思い出していた。

「見えるか?オキツ。あの黄金の輝きが。お前の息子がお前の奥義で魔界を救う」


 ゲイリーは世界樹から結界城に向かう道すがらでその輝きを見た。

 それが自分の打った剣の輝きである事を直感した。

「ウェスタ、おれは生まれて来る子供の顔を見られるよな。お前も見に来てくれよ」


「まさかそれがっ……!」

 ほんのつばぜり合いの間だったが、カリスは身動きが取れない。

 ウェスタは万感の想いを込めて奥義を放った。


「ゴールド・アクペリエンス・レクイエム!」


 カリスに触れる黄金に輝く刀身。魔法の障壁は機能しない。カリスはまばゆい光と共に石化していく。


 石化の回復を試みるカリス。しかしそれは不可能だった。

(してやられました…。これでわたしを破壊できますね……)

 ウェスタとアイギスの心に声が聞こえる。カリスは石化したブラムと話した時の要領で話しかけてきた。

 しかし、その内容を聞いたアイギスは驚いた。カリスを破壊する?


「あなたを破壊したりはしない」

 ウェスタは即答した。

 アイギスとしては安堵した。しかし、

「あなたは自力で元に戻れるはずだ」

 続くウェスタの発言にも驚いてしまう。

 元に戻られてもそれはそれで問題だ。今までやってきた事が水の泡になってしまう。


 しかし、ウェスタは続けた。

「あなたが本当に完成された存在ならば、それがあなたの限界なので元には戻れないだろう。

 だが、あなたに変化して成長できる『未完成さ』があるならば、いつかこの石化も克服できるはずだ」

(『未完成さ』、ですって……)

「だから、あなたが回復できるまでの期間をわたし達に、二つの世界に与えてくれないか?」

(わたしは手を下せません。勝手にすればいい)

「今まで通りに地上に加護と祝福を与えて欲しい。望めるなら魔界にも」

(わたしを石にしたあなた達に加護と祝福をあたえろと?)

「虫のいい話なのは百も承知だ」

(本当に虫のいい話だわ!)

 本来なら加護どころか、天罰覿面がふさわしい状況ではないか。


(でもいいでしょう。あなた達の望むようになさい。わたしも自分自身の『未完成さ』とやらに興味があります)

「そうか。それは何よりだ」

 快諾が得られた。ウェスタは安堵した。

(ただし、回復したわたしがあなた達の作る世界に失望したら、その時は容赦をしません)

「ああ、わたしも元に戻ったあなたに滅ぼされない世界になるように努力する」

(そうなさい。次はわたしに弱点はありませんよ)

「肝に命じる」

(ではお別れです。行きなさい)


「待って、ジャンヌ!」

 アイギスは叫んだ。

(アイギス、わたしを恨んでいるでしょうね)

「わたしは……」

 恨んでいないとは言えない。

 数奇な運命の元に生まれたのは間違いなく女神カリスのせいだ。

 しかし、女僧侶ジャンヌは幼なじみであり、頼りになる仲間であり、母のようでも姉のようでもあった。

 また、二つの世界の戦争もカリスが引き起こしたと言っていいが、カリスの背負っているものの重さも知った。

 そして、ウェスタの訴えに応じてくれた事は嬉しいが、別れる事はやはり寂しい。


 涙は止まらないのに、言葉は出て来ない。

 想いはたくさんあるのに、言葉にならない。


「おばあちゃんへのお礼のケーキはあなたがいたから完成したんだよ」

 アイギスは泣きながらそう言った。

 初めは何の事か分からなかった。ウェスタの魂とインゲルが人間界に飛ばされた時の事のようだ。

 人間界で出会った少女の祖母へのケーキを作った時の事があった。

 散々時間をかけた挙句、業を煮やしたジャンヌの主導でケーキを完成した。

(作り方も知らないのにでしゃばるなんてあきれたわ)

「そうだね。また一緒に作ろうね!」


 返事はなかった。

 ただ女神像は微笑んでいるだけだった。

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