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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第43話 ジャッジメント

 笑顔で見詰め合う、ウェスタとアイギス。

「あ、パスタ屋さんは行くよ」

「予約してあるから大丈夫。人間界と繋がってさえいれば」

 抱き合ったままだったが、アイギスは思わず吹き出してしまう。


 しかしその時、近づいて来る足音と共に乾いた拍手が起こった。

「とても感動的な光景ね」

 近づいて来たのは十二枚の翼を持ったブロンドの髪の薄紫の修道服の美しい女性だった。

 女神カリスである。


「あまりにも感動的で涙が止まらないわ」

 言葉と裏腹の凍り付いているかのような無表情だった。

「カリス!」

「感動的などと心にもない事を」

「本当よ、本当に感動的な美しさだと思ってる」

 やはり無表情なカリス。

「特に二人そろってすぐに死を迎える事になる悲劇性において、ね」

 ウェスタとアイギスをきっと見据えていた。


「これから言うのは美しくない事で、わたしとしては残念で、不本意な事だと言うのは前提として言っておくわ」

 そう言うとカリスは目の前を指差して、言った。

「あなた達二人をここで殺して、全てをやり直します」

 冷徹な瞳だった。アイギスにとっては初めて向けられるカリスの殺意だった。

「わたしに従順な新しい勇者を作って」


 幼なじみとして長年過ごして来たジャンヌの言葉ではあったが、もはやひるまない。

「確かにわたしはもうあなたに従順ではいられない。わたしはわたしの意思で二つの世界の平和を目指すと決めたの」

「そう」

 もはやカリスも問答するつもりはなかった。

「ならば戦うしかないわね」


「フィリップは?」

 アイギスもカリスに計画が露見する事を考えなかった訳ではない。

 フィリップが人間界側の城門の守りを引き受けていた。

「もちろん倒しました」

 こうなる事は覚悟の上での事だったが、アイギスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「ごめんなさい、フィリップ……」


 一方でカリスはフィリップとの最後の会話を思い出していた。

「わたしに勝てると思っていたのですか?」

 アザゼルことフィリップは、高威力の魔法攻撃を操るとは言え、女神カリスにとって全く脅威とはならなかった。

 全ての魔法をかいくぐり、拳の一撃で身体を貫通して沈黙させたのだった。


「いや、時間稼ぎになればよかったんじゃ」

 倒れたフィリップは言ったが、

「『ディタッチメント』の魔法の儀式は数時間はかかります。

 時間稼ぎにもなりません」

 急いでその場を立ち去ろうとするカリス。しかしフィリップとの会話は続く。

「そうではないんじゃ。わしは世界を切り離す事が最善とは思っておらん」


「どういう事です?」

 カリスは歩みを止めた。

「ウェスタなら、あのメデューサの魔王なら何とかしてくれるんじゃないかと思ってのう」

 ウェスタがゲーゴスを追って魔界に向かった事はカリスも確認している。

「あのメデューサが何だと言うのです?」

「あやつなら…アイギスを救い、お主を止める事ができるやも知れん」

 瀕死のフィリップは語った。

「わたしを止める事は誰にもできません」

「じゃが奴は…お主を倒す手立てを持っているのでは…ないのか……?」

 カリスはフィリップを睨み付けた。

「わしとゲーゴスはお前に作られただけの命じゃから構わんが…、アイギスは人間の一部を取り込んでおる……」

「知恵の果実」の因子、ブラムの娘から取り出したものだ。

「自由に……してやるんじゃ……」

 フィリップはそこで息絶えたのだった。


 果たしてメデューサの魔王は、アイギスに「ディタッチメント」の儀式を中止させ、自分を倒すべく二人で目の前にいた。

 フィリップの思惑通りになっていた。全く忌々しい限りだ。


「後悔するわよ」

 カリスは修道服の袖と裾を刺繍に沿って破って、格闘戦のスタイルになった。

 さらに腕を青銅に変化させる。

「話には聞いていたけど本当に肉弾戦なのね」

 アイギスはカリスのこのスタイルを初めて見たのだった。

「美とはその機能性においてすら美しいものなのです」


 こうして、ウェスタ、アイギスのコンビとカリスの戦いは始まった。

 ウェスタは二対一の勝負なら隙を見つけるチャンスはあると思っていた。

 ほんの少しのチャンスがあればアクペリエンスを叩き込むつもりだった。


 しかし、結論から言うとその考えは甘かった。

 二対一でもカリスに敵わない。

 アイギスとつばぜり合いをするカリスの後ろから斬りかかったのに受け止められた。それどころかアイギスもウェスタも押し負けた。


「後ろからなら見えないと思っていましたか」

 そう言えば人間界の全てを見通すと言っていたか。

「神というのは全く想像を絶するな」

「あきらめちゃダメよ。ウェスタ。もう一回しかけるよ」

 アイギスに言われ、また二人で同時攻撃をしかける。

 もちろんあきらめるつもりはない。


 今度も二人がかりなのに劣勢に追い込まれた。

 ウェスタは背後からしかけて分かったが、どうやら関節の曲がり方も人間準拠ではないようで、想像を絶する曲がり方で応戦された。

 隙を見つけるどころではなかった。こちらが一瞬でも隙を見せれば、驚くべき体勢から必殺の一撃が飛んで来るだろう。

「神であるわたしに勝てると思いましたか?」

 数の優位などものともしなかった。

 この身のこなしなら大軍をも一人で蹴散らすのではないか、とすらウェスタには思われた。


「思っているわ。いいえ、必ず勝つ」

 しかし、アイギスは絶望していなかった。

 アイギスは立ち上がると両手を胸の前に出して、魔法の詠唱を始めた。

「アイギス?」

 ウェスタはこの期に及んで使う魔法が何なのか分からなかった。

 しかし、カリスは違った。

「何をするつもり?!」

 それは「知恵の果実」の能力を使った魔法の儀式だった。

 アイギスの手の間に光の塊が現れる。

 カリスは異変に気付き、アイギスに近づこうとするが、

「わたしを忘れるな!」

 ウェスタに行く手を阻まれる。

 もちろん忘れる訳にはいかない。

 彼に「石化の蛇眼」を撃たせてはならないのだ。応戦するしかない。

 その間にアイギスの詠唱は完成する。


「アセンション!」

 アイギスは叫んだ。

 それはカリスも行使した事がある、よく知った能力だ。

 しかし、アイギスは作り出した光の塊を自身に重ね合わせた。


 アイギスの身体がまばゆい光を放つ。

「これは……!セルフアセンションとでも言うの?!」


 アイギスの姿が変貌していく。

 黒髪は腰まで届くほどに伸び、黄金の髪飾りも翼をあしらった豪華な冠に変化した。

 服も濃い紫色の法衣に変わり、カリスの薄紫の修道服と対照的だ。

「熾天使は後数百年は作り出せないはず!あなたは一体……?!」


 アイギスの背中に十二枚の翼が現れる。

 その姿はまるでもう一人の女神が降臨したかのようだ。

「こ……これはまさしくっ!」

 カリスは飛翔するアイギスを見上げ叫んだ。


「代理天使!メタトロン級にリクレイメーションしたと言うの?!」

 代理天使とはすなわち神の代理を意味する。

 最高クラスの天使、いや、もはや神々の一人と呼んでも差し支えない存在だ。

 主神ですら今だかつて人間を代理天使に任命した事はない。


「代理天使、大天使の最高位!『知恵の果実』とコミットした人間をアセンションするとこうもなると言うの?」

「知恵の果実」を十全に行使できる存在を求めたのはカリス自身だ。

 この状況は身から出た錆とも言えた。


「代理天使?大天使?どちらでもいいわ」

 アイギスはカリスを見下ろして、言った。

「この力であなたを止める!」


 飛翔するアイギスの剣の一撃は青銅と化したカリスの腕も吹き飛ばした。

 もちろんカリスは腕が切断されても回復できるし、断片を呼び寄せて取り付ける事も可能だ。

 しかし、これはアイギスの戦闘能力は脅威となるレベルである事を意味した。


 反撃を仕掛けてきたカリスとアイギスは手刀と剣で打ち合った。

 今度はアイギスは互角に戦える手応えを得た。

「アセンション」の能力が与えるみなぎる力ならば女神とも渡り合える。


「わたしがカリスに隙を作るわ。ウェスタは蛇眼の準備を!」

「分かった!」

 ウェスタは石化の蛇眼の集中に専念する事にした。

「無駄な事です」

 カリスは自身を魔法の結界で包んだ。かつてウェスタの蛇眼を防いだ時に用いたものだ。

 本来は投射攻撃ならば相手に跳ね返す事ができる。前回、ウェスタの蛇眼の危険を察知した時はとっさの事だったので当てられなかったが今度は正確に返り討ちにできるだろう。

 高位の魔法ではあるが、カリスは軽く使いこなす。またその効果は永続する。


 今まではそもそも「蛇眼」のような状態異常を引き起こす投射攻撃など脅威にならなかった。

 身体を変化させる能力を得意とするカリスは自身を石化する事すらできる。

 例外ははウェスタの「石化の蛇眼」だけだった。

 カリスの石像時代の写生画を見たウェスタの「蛇眼」だけが世界でただ一つの女神カリスの弱点となた。

 しかも忌々しいスフィンクスの魔王が「美の女神カリス」の台座を削り取り、その正確な組成が知られてしまった。

 今度は羽の一枚では済まないだろう。


 主神に見出だされ、彼の元にいた時、試しに自分の本来の素材に身体を変えてみたら戻れなくなった事があった。

 自分では治す事ができなかった。

 主神は治癒してくれたが、二度とやってはならないと言われた。

 たが、その時はメデューサが蛇眼による石化の組成をブレンドするとは考えつかなかった。


 もっともそれも魔法の障壁で無効化できるはずだが、一つだけ気掛かりはあった。

 ゲーゴスはメデューサ族の弱点である鏡の盾を持っていたはずなのに敗北した事だ。

「蛇眼」の反射を無効化する手段を、カリスの魔法の障壁をも無効化する手段を持っている可能性がある。

 ウェスタも魔法の障壁の存在は知っている。その上でなお勝負をしてくるなら対策がすでにあるのではないか。

 この状況で自分と互角に近い能力を身に付けたアイギスの相手を続けるのは危険だ。


「もう戦いは止めましょう」

 そんな時にアイギスは言った。

「人間と魔族は仲良くできるのよ。ウェスタ達を見れば分かるでしょう?」

 アイギスの本音としては幼なじみのジャンヌとも戦いたくはない。

 決着など付ける必要がないと思っていた。

「ゲイリーの人間の恋人だって子供が生まれるんだって。魔族と魔界を滅ぼす必要なんてない」


「黙りなさい!」

 カリスは冷たくいい放った。怒りを覚えているようでもあった。

「それはあなたが短い時間しか生きていないから言える事です。

 本当に邪悪で強力な大魔王と戦っていないからです」

「本当に邪悪で強力な大魔王?」

「魔族の中には神族と言う強力な者達がいます。四千年前に光の神々と渡り合った邪悪な神々の末裔が」

 邪悪な神々。アイギスは伝説としては聞いた事があるが、光の神々と同じく力が衰え死に絶えたはずだ。

「わたしが主神の後を継いだ五百年前、神々の最後の生き残りが大魔王になりました」

 カリスは攻撃を中断した。アイギスも話の続きを聞きたいと思った。

「神々の生き残り、じゃと?」

 大メデューサもだった。四千年前からの生き残りならば自分も知っているかも知れない。


「大魔王クロノス、時間を操る恐るべき魔王でした。彼は神の代替わりのタイミングを人間界を支配する好機と考え、侵略してきたのです」

「クロノス!奴が最後の生き残りじゃったか」

「ご先祖様、知ってるの?」インゲルは尋ねた。

「ああ、知っておる。とんだゲス野郎じゃった。

 じゃがタイミングにこだわり、好機を見出だすまで無謀な戦いを挑まない辛抱強さを持っていた。神々もいずれ滅びると知って主神とルシファー様がが死ぬのを待っておったのだろうな」


「主神は人間界は人間が守るものだから神が手を下してはならない、と言いました。その言葉に従い、勇者を創りました。」

 カリスは遥か昔の事を思い出して言った。

「しかし五百年前のわたしの創り出した勇者はクロノスに敵わなかった!」

 カリスの話し方に熱がこもってくる。

「わたしの勇者はクロノスに八つ裂きにされたのよ!」

 それはもはや絶叫だった。

 女神の過去が、執拗に魔界と魔族を滅ぼそうとするカリスの過去が明らかになっていく。


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