第41話 偽らざる者
魔界へ向かう勇者アイギスと天使化したその一行、ゲーゴスとフィリップ。
それに気付き、追いかけるウェスタとアンク。
本当に魔界と魔族を滅ぼすつもりなのか、と思っていたが、彼女らの目的地は魔界ではなかった。
まっすぐに結界城に向かい、結界城に入った。そこまでは考え通りだ。
そこからは徒歩でアイギスらの後を追った。結界城は歴代大魔王が人間界侵略の拠点にしたというだけあり、それなりに大きな城だ。
それを魔界側へ急行したが、魔界で待っていたのは戦士ゲーゴスこと、サンダルフォン一人だった。
「待っていたぞ、大魔王」
城を出てすぐの高台の荒れ地に彼は立っていた。
「ゲーゴス、君一人なのか。アイギスはどこだ?」
「結界城の玉座の間だ」
「なぜそのような所に?」
「そこが目的地だからだ」
魔界を目指しているとばかり思っていた。
「どういう事だ?それがカリスの作戦なのか?」
「違う。カリスはまず人間界の魔族を殲滅する考えだ。カリスを出し抜くために、熾天使が倒され、天使の軍団が総崩れになるまで待った。
『知恵の果実』の力で人間界と魔界を切り離す事がアイギスの目的だ」
「切り離す、だって?!」
アイギスはどうやらカリスの意思のまま、魔界を滅ぼすつもりではないようだ。
しかし……、
「何故そんな事を?」
「そうすればカリスは魔界を滅ぼす事を諦めるしかない。戦いを止める事が目的らしい」
確かに戦いは終わり、魔界は滅ぼされないだろう。
「それでアイギスは人間界に戻るのか?」
魔界に来てくれはしないか、と一瞬思ったが答えは違った。
「アイギスはこの城に留まるつもりだ」
「何だって?!」
「自分は結界城に残って人間界と魔界から切り離す事があいつの目的だ。
この城を二つの世界から切り離す魔法の儀式を今行っている」
「そんな事をしたらアイギスはどうなるんだ?人間界からも魔界からも消えるつもりなのか?」
思わず結界城を振り返る。
「どうしてだ?どうしてそんな事を……」
「どちらの世界にも居場所がない、と言っていたな」
「馬鹿な!」
自分の出生の秘密にショックを受けていたらしい事は知っていたが、そのように自分を追い込んでいたのか。
「こうしてはいられない!」
ウェスタは結界城に取って返そうとしたが……
「逃がすか!」
ゲーゴスが魔神の戦斧で飛びかかってきた。
それは回避できたがそのままゲーゴスは結界城の城門の前に立ちはだかった。
「ここは通さん」
「何を言っている?このままではアイギスはこの城に一人で置き去りじゃないか!」
「それがあいつの決めた事ならおれはそれを成し遂げる。あいつの想いを守る」
大地に刺さった戦斧を引き抜くゲーゴス。
「文句があるならおれを倒すんだな、大魔王。お前の気高さと覚悟を見せろ」
「やるしかないのか」
魔法の儀式とやらが始まっているなら問答に時間をかけている場合ではない。
「アンク、君は下がっていろ」
ウェスタは蛇剣クリュサオルに手をかけた。
彼とはこうなるさだめだったのかも知れない。
「ここで決着を着けてやる」
「わたしも引き下がる訳にはいかない」
一度は共に戦った二人の死闘がこうして始まった。
一方その頃、結界城の人間界側の城門前にはふたりの人影があった。
一人は六枚の羽に白い法衣を纏っている、白髪で切れ長の鋭い目つきの青年、これはアイギス、ゲーゴスと共にやって来たフィリップことアザゼルだ。
もう一人は十二枚羽のブロンドをなびかせた薄紫の修道服の若い女、女神カリスである。
「なぜ勝手に神殿を離れたのです?説明しなさい」
乱れた髪を直す間も惜しんでカリスはフィリップを問い詰める。
「アイギスの出番は魔族を魔界まで撤退させた後のはずです」
「いやあこれが予定通りじゃよ」
相変わらずのおどけた態度のフィリップ。
「敵に寝返るつもりですか」
「いいや、アイギスはこれから人間界と魔界を切り離すのじゃ。
ムルス経典に載っていた『知恵の果実』の魔法の儀式によって」
「切り離す……、『ディタッチメント』!ルシファーの行った『コミットメント』を解除すると言うのですか!」
カリスはアイギスが積極的に魔界との断絶を望むとは考えていなかった。とは言え、
「しかしあの儀式は時間がかかるはず。阻止すればいいだけです」
カリスは何ら慌てる事なく結界城に向かって行く。
「一応尋ねますがわたしの邪魔をするつもりですか?」
目の前のフィリップは杖を構え、臨戦態勢だ。
「時間稼ぎくらいになればいいかのう」
「安く見られたものです。わたしともあろうものが」
カリスも歩みを止めると拳を構えた。
ここでも共に戦った二人の闘いが始まろうとしていた。
さてウェスタとゲーゴスの戦いに話を戻そう。
ゲーゴスは戦いを前に腕に装着できる盾を付けた。
それは姿が映るほどに磨き上げられた盾だった。
「鏡の盾じゃないか!」
ウェスタは狼狽した。
メデューサ族の視線を跳ね返す、初代メデューサが倒されるきっかけになった盾。
「なんてインチキなものを持ってきおった!」
大メデューサも思わず叫んだ。忌まわしい記憶が蘇る。
アイギスが所有していたものを譲り受けたのだろうか。
「ふん、お前の蛇眼の方がインチキだろう」
「ものは言いようか」
「正々堂々戦うんだな」
ゲーゴスは宙を舞うと飛びかかってきた。
それを回避した隙は本来なら蛇眼のねらいどころだがそうはいかない。
「これは厳しい戦いになるな」
巨大な戦斧の一撃を軽々と繰り出すゲーゴス。
対してウェスタは白兵戦に長じていない。
試しに磨き上げられた蛇剣クリュサオルの刃に「鼓舞の蛇眼」を反射させ自身の潜在力を引き出してみたが、一時受け止めるのが精一杯だった。
結局怪力に押し負けてしまう。
「どうした?引き下がる訳にはいかないんじゃなかったのか?!」
やはり肉弾戦では元勇者一行の戦士には敵わない。
ウェスタは受け止めるのは諦め、手頃な岩に身を隠した。
「逃げるのか!」
ゲーゴスは敢えて追わず、城門の前に立ちはだかった。
「アイギスにはお前を殺すなと言われている。魔法の儀式が終わるまで縮こまっているならそれでもいい」
ゲーゴスはそう言いはしたが戦斧を持つ力を少しも緩めはしなかった。
「おれはお前を殺さないように手心を加える気はない。死にたくないなら出て来ないこった」
「道を開けるんだ、ゲーゴス。このままではアイギスと二度と会えなくなる」
「アイギスがそうしたいのならそうするまでだ」
「え?それ本当に言っているの?」
ウェスタの長い銀髪の間から一匹の蛇が、インゲルが身を乗り出した。
「わたしはアイギスが本気であんな汚い城にひとりで籠りたいと、考えているとは思えないわねえ」
「何?」
ゲーゴスははっとした。
「何だってんだ、てめえは」
「長い付き合いだけどあなたと話すのは初めてかしら?ゲーゴスさん。インゲルよ、宜しく」
一旦鎌首を持ち上げてからゆっくり前方に動きながら下げる。
インゲル流の礼儀正しいあいさつだった。
「どういうこった?」
ゲーゴスも調子が狂ってしまい、動きを止める。話すのは確かに初めてだが、もちろん知らない訳ではない。
「アイギスは自分と世界の繋がりを求めて両親に会いたいと思ったんでしょ。そのために勇者として戦う事を受け入れた。アイギスは本当は世界と繋がっていたいんじゃないかしら」
「その通りだ」
ウェスタが話を引き継いだ。
「世界に自分の居場所はないと思い込んであんなことをしているだけだ。本心からひとりぼっちになりたい訳じゃない」
「…………」
世界を切り離してもアイドルは幸せにならない?
アイギスの願いを叶えてもアイギスは幸せにはならないと言うのか?
「だからと言って何ができる?
あいつの決意を変えられるのか?」
「変えてみせるさ」
「変えたところで女神カリスが待っているんだぞ」
「何とかする」
「そんな事ができると思っているのか?!」
相手は神なのだ。
実際のところアクペリエンスが通用するとしても、それを当てるところまで持って行くのは至難の技だろう。それでも……
「それでもわたしはアイギスを孤独のままにはしない」
ウェスタは断言した。
「てめえなんぞに任せられるかっ!」
一方ゲーゴスは激昂した。
言う事は立派だが、このメデューサの魔王は結局アイギスを苦しめるだけだ。
「てめえは邪魔なんだよ!」
遂に岩場に向け突進するゲーゴス。。
「アイギスを守ってきたのはおれだ!お前じゃない!」
「らちがあかんわい」
大メデューサだった。
「『石化の蛇眼』はわしが引き受ける。貴様は『アクペリエンス』に集中せい」
「いいのですか?」
「アイギスが儀式をしておるなら急ぐしかあるまい」
「分かりました。頼みます」
「必ずアイギスを救い出しましょう」
「ああ、この戦い、三人で勝つ」
ウェスタはゲーゴスに向かって行った。
そして魔力を剣に込める。剣が青く輝いた。
「魔法剣だと?今さらそんなもの!」
魔界で特訓した「アクペリエンス」は女神にも知られていない。
当然ゲーゴスも知らない。
自分からゲーゴスに斬り込む。
ゲーゴスも魔力の込められた刀身に触れた瞬間は警戒したが特に何も起こらない。
「こけおどしかっ!」
「そうではないよ」
「ほざけ!」
ウェスタの顔は落ち着き澄ましている。それがまた気にいらない。
ゲーゴスは今度こそ必殺の一撃を叩き込んだつもりだったが、それは回避された。
ウェスタは逃げたのではなかった。
紙一重で避けて、踏み込んだのだ。
「いくぞよ、せがれ」
大メデューサの蛇髪から蛇剣クリュサオルに赤い光線が走る。
剣が赤く染まる。大メデューサの「石化の蛇眼」が蛇剣に宿ったあかしだ。その剣でゲーゴスに斬り付けた。
ゲーゴスも「石化の蛇眼」は何度も目にしている。
赤い刀身の魔法剣ならば石化の力が宿っている事は想像できた。
ならば鏡の盾で受ければよい。
空振りの隙を突かれたとは言え、腕に装着した盾での防御は間に合った。
メデューサは自身の蛇眼の力で石化するだろう。
あっけない決着だ。そう思った、が……。
「アクペリエンス・レクイエム!」
魔法剣を受けた盾が石化していく。
そしてそのままゲーゴスの身体も灰色に染まっていく。
「何故だ?!何故跳ね返せない?」
仮に斬撃だから跳ね返せなかったのだとしても盾が石化するのはおかしい。
いや、それこそがこの技の特性だとしたら……。
魔封じの魔法剣。結界を無効化する魔法剣。
その上で蛇眼の力を開放するのがこの技だったのではないか。
「鏡の盾も克服していたとは……」
弱いと思えば強くなっている。
屁理屈を並べているだけと思えば核心を突いてくる。
全く厄介な奴だ。
「おれはお前には及ばないのか。お前の気高さと覚悟には」
「いや、君の気高さと覚悟は本物だ」
「じゃあ何が足りなかった……」
「女心じゃない?」
インゲルだった。
女心が分からないと言う意味か?
いや、インゲルが女ならウェスタは女心を持っている、とも言えるという意味か?
こうなってくると傍流の魔王に過ぎないと思っていたメデューサの事を便利にできているとすら思ってしまう。
「フッ……」
インゲルの方を見てほほえむゲーゴス。
そのまま石化した。支配欲と殺意による蛇眼の魔法剣を食らいながら、その表情は穏やかだった。
「ゲーゴス……、高潔なる武人よ。今は眠ってくれ」
ウェスタは蛇剣を鞘に収めた。
彼の石化が解けた時によき友人になれる事を願って。
と、その時だった。結界城の方角からから轟音が鳴り響いた。
見れば結界城が魔法の障壁に覆われている。
「アイギスの魔法の儀式が完成したのか?」
ウェスタとアンクは急いで結界城に向かった。
「一足遅い?」
「いや、これを見て下さい」
アンクは足元を指差した。
よくみると魔法の障壁と結界城の間に黒い裂け目ができていた。
そして裂け目は少しずつ広がっている。
「切り離しが始まっただけで儀式はまだ完成はしていません」
「でもあの障壁はどうすればいい?」
「アクペリエンスを使え」
ブラムだった。
彼は吸血鬼なので人間界の日中は活動できない。魔界の守りに回っていたのが、駆けつけてきたのだった。
「結界を破るアクペリエンスの力なら障壁を破る事はできるはずだ」
魔封じの力のみで放ったアクペリエンスは確かに障壁に裂け目を作った。
しかし、障壁はすぐに塞がろうとしている。
「わたし一人で行く!」
儀式が完了してはそれまでだ。
急いでアイギスの元へ向かうのだ。
障壁の中に入るウェスタ。
振り向いてアンクとブラムにうなずいて見せると、先へ進む。
「早まるな、アイギス」
必ず二つの世界を切り離す儀式を止めさせる。
そしてアイギスを取り戻す。
ウェスタは玉座の間を目指し駆けるのだった。




