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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第39話 不屈の魂たちよ(中編)

 世界樹ユグドラシルの南側から進軍する氷の巨人族、ヨトゥンの魔王ヘルセーと「致死の凶眼」を持つバロール族の魔王ザデン。

 世界樹を目前にして熾天使ウリエルと対峙する事になった。


 二人は大魔王城の守備を任せられていたほどの手練れだが、相手は前大魔王ブラムを魔界に追いやったバンパイアハンター、ジョナサン=ヴァン=スローンだ。

「あれはわたし達が相手をする」

 配下の兵達ににはウリエルの軍勢の相手をさせる。


 ウリエルはまず上空から光の刃を投げつけて牽制して来た。

「まずは巨人の姉ちゃんから狙うぜ」

 森林地帯だったが、巨人族のヘルセーは上空からは丸見えだった。

 連続して投げつけられる刃は何とか避けたが、避けた所にさらに雷の斧が飛んで来る。

 ウリエルが動きを先読みして放った斧は避け切れるものではなかった、が。


 雷の斧は命中しなかった。

 ヘルセーの目の前に突如現れた氷の固まりが盾となってその動きを止めた。

 ヘルセーの氷の魔法だった。


「やるねえ」

 ウリエルは感嘆した。

「巨人族って力任せな奴ばっかだと思ってたぜ」

「わたしはそういうのが嫌だから里を降りたのよ」

 とは言うものの今の攻撃は間一髪だった。

 兜を着けているとは言え、当たったら無事では済まなかった。


「魔法を勉強するためにね」

 そう言うとヘルセーは魔力を集中る。すると、ウリエルの右腕の辺りの空気が凍り付き、氷の固まりが現れた。

「うおっ、あぶねえ」

 ウリエル飛び退いてその場を離れる。危うく右腕が凍り付いてしまう所だった。

「まだよ!」

 さらにウリエルは周囲の空気の冷却を感じ飛び退く。

 できた氷は下半身丸々を覆えたであろう大きさだ。

「こいつは……、さっきよりでかいじゃねえか」


「よく気付いたわね」

「空気を冷却させて、使えば使うほど氷の範囲が広がるってか」

「その通り。でも気付くのが遅かったわね」


 その瞬間、ウリエルのいた辺りに巨大な氷の柱が出現した。

 その中に羽の生えた人影が確認できる。

 氷柱は森の中に落下していった。

「やったのか?」

 ザデンはヘルセーに近づいて行った。

「狙った場所を凍結させるのは難しいけど、この大きさなら逃げられないはず」

 氷柱はほぼ欠ける事なく落着していた。

「こいつをどうする?」

「もちろん破壊するわ。どうせ人間に戻るだけでしょ」

「ちげえねえ」

 森を進む二人だったが、そこで氷柱が光輝いたと思ったら瞬く間に氷は蒸発していた。


 当然そこにはウリエルの姿があった。

 ただしその姿は当然のそれまでの姿ではなかった。

 全身が白い輝きに包まれていた。

 まさに降臨した天使の姿だった。神の姿だと言われても納得しただろう。


「やるもんだねえ」

 ウリエルは今は存在しないあごひげをさするような動作をした。

「俺も本気の必殺技を出しちまった」

 この輝く姿が宿敵ブラム相手にも出さなかった必殺技だと言うのか。

「聖水の魔法なんだが、今は俺に触れた水分は聖水になるみたいなんだよな」

 聖水の魔法、すなわちこれは聖なる輝きだった。

「湖にでも飛び込んで発動させる気だったが、姉ちゃんの氷の魔法はおあつらえ向きって奴だったぜ」

 聖水を使った技を天使が使うのがおあつらえ向きなら、氷の魔法で大量の水分を与えたのもおあつらえ向きだったのだろう。


「何て事…!」

「さあ、お返しと行こうか」

 光を纏ったウリエルが攻撃を仕掛けてくる。

 ヘルセーは盾を前に突き出して防御する。

「ぐぅっ!」

 受けきれずにふっ飛ばされてしまう。

 巨人族のヘルセーをふっ飛ばすなど尋常ではない。


「聖なる力は天使の能力を高める。

 聖なる力で攻撃するバンパイアハンターの頃の必殺技だが、今や自身のパワーアップにもなってるって訳よ」

 ヘルセーは立ち上がったが、これはまずい状況だと思った。

 怪力で優位に立てるのが巨人族の強みなのに、その点においてすら負けている。


 ヘルセーは南の方向へ逃げ出した。世界樹とは反対方向だ。

 指揮官の敗北を受けて周囲でも潰走が始まっている。


「おいおい、やばいんじゃねえか」

 ザデンも状況を理解し狼狽していた。

 ヘルセーの魔法の氷は逆にウリエルの必殺技に聖水として利用されてしまった。

 とどめを刺したと思ったところで逆に大ピンチに陥ってしまった。


「逆、逆ってハーピーのあいつみたいじゃねえか」

 ザデンはつい先ほど言い合いになってしまったハーピー姉妹の末っ子、オキュペテーの事を思い出していた。


「呼んだ?逆に」

 見上げるとそこにの本人が、白いドレスの鳥の羽の少女がいた。

「いや、呼んでねえ」

 呼ぶんだったらもっと戦力になる奴だ。

「逆に待って!」

 ヘルセーを追おうとしていたザデンだったが呼び止められた。

「逆に北の方であんたを呼んでるんだって!」

「ああ?」

「逆にレヴィアのおばさん達の方が敵の人数が多くて苦戦しているの。

 逆にあんたを呼べそうなら連れて来いって」


「こっちだって苦戦してるぜ、逆に」

 逆にこんな時になんでこっちが救援にいかなきゃならないんだ。

 ああ、口癖が移ってしまった。

 一体何が逆だってんだ。逆に、逆……。


「そうか、逆だ!」

 ザデンは叫んだ。

「逆に何?」

「そっちには行くから、まずはヘルセーのとこに行ってくれ」

 ザデンは手を伸ばした。

 もちろんオキュペテーに運んでもらうつもりだったが、

「ぐわあああ!髪の毛をつかむんじゃない!」

「逆に飛ばすよー!」

 ザデンは悲鳴を上げながらヘルセーの元へ急いだ。


 シラクス市に本陣を構えるウェスタの元に羽の生えた魔族の伝令が到着する。

「報告します!熾天使の戦線への参加を確認。

 我が方が押されています」

「了解した」

 ウェスタはそれだけ言うと微動だにしなかった。


「どうするの?ウェスタ」

 インゲルは何のリアクションもないウェスタが心配になった。

「みんなを信じて待つと決めたんだ」

 ウェスタは言った。

 しかし、だからと言って大魔王が苦境に際して何の手も打たないなどあり得るだろうか。

 何かいいアイデアはないのか……。

「そうだわ、『石化の蛇眼』なら遠距離からでも効果があるわ」

「味方に当たってしまっては逆効果だ。勝手な真似をすればかえってみんなが混乱する」

「でもこうしている間にも死者が出ているわ」

 押されていると口で言うのは簡単だが、戦争をしているのだ。今この間にも犠牲は増えている。

「分かってる」

「だったら何かしなきゃ……!」


「インゲルや」

 大メデューサだった。落ち着いているが、威厳のある声だった。

「浮き足立つんじゃないよ」

 言われて冷静になって見下ろしてみるとウェスタの身体は震えていた。

 握りしめている両手が特に。

 以前の戦いで死者が出た事でも、人目のない場所では荒れていたのがウェスタだ。

 気にしていないはずがない。


「大魔王と言えども与えられた役割でしかないのじゃ」

 ウェスタ自身が誰よりも戦争になって心を痛めている。その事が分からない訳もあるまいに。

「今はこうするしかないよ」

「ごめんなさい。わたし、何の役にも立たないのに。ホントに馬鹿ね」

「そんな事はない」

 大メデューサは優しく諭した。

「四千年前は自我を持ち、言葉を話せる蛇髪などいなかった。

 インゲルよ、お前は賢いし、優しい子じゃ」

 叱責されると思っていたのに思いがけない優しい言葉だった。


「だからじゃ、この戦いが終わったらお前は人間におなり」

「な、何を言ってるの!?」

 寝耳に水とはこの事だった。

「ウェスタと話しておった事じゃ」

「そ……そうなの!?」

「ああ、そうだ」

「いつの間に?」

 ウェスタの頭部に常にいるのだからまさにいつの間にだが、一つだけ心当たりがある。

 シラクス市でのことだ。人間になったインゲルが、一人でアクセサリーショップに行った時に話し合ったのだろう。


「わしがいればウェスタの蛇髪はなくならない。お前は人間として自由に生きられるのじゃ」

 蛇髪を失ったメデューサ族は死ぬ。

 しかし今は大メデューサがいれば問題はない。

「一度わたしの都合で人間にしてしまったが、あの時のインゲルの楽しそうな姿が忘れられない」

「あらそう」

「もちろん君の自由に決めていいし、また戻って来たって構わない」

「そうねえ」

 インゲルは考え込んだ。

 蛇髪としての自分に誇りを持っている。

 それはそうだが、人間として過ごした時間は宝石のような貴重な思い出だ。

 もしも人間として生きられるとしたら……。

「またお菓子を作ってみたいわ」

 蛇髪だった彼女にとっては手作業自体が新鮮な体験だったし、誰かに喜んでもらうために何かを作る行為もまた楽しかった。


「いいじゃないか。あの少女にも会いに行けばいい」

 港町カロカで出会った少女。人間界に飛ばされたインゲルを助けてくれた老婦人の孫娘だ。

「ダヴェイの事ね。そうね、あの子にも会いに行ける」

「あの人達もお互いの好みをすり合わせて欲しいわね」

「君がアドバイスしてあげて一緒に作るといい」

「フフ、そうね」

 インゲルは先ほどまでのイライラした気持ちがなくなっていた事に気付いた。

 二つの世界の平和が自分自身の問題であった事にも。


「今は仲間を信じて待とう」

「分かったわ」

「状況次第ではアンクと相談して手を打つ」

 いずれにしろ戦局の大きく動く時が迫っていた。


 ウリエルから逃げ、南に向かうヘルセーだが勝負を諦めた訳ではなかった。

 ヘルセーはウリエルの纏った光が少しずつ弱くなっている事に気付いていた。

 聖水の力を纏っていると言うなら、その枯渇は起こるのではないか。

 ヘルセーはそう睨んでいた。


 さらに南の方角を目指した事にも理由がある。

 ウリエルは「湖にでも飛び込んで」聖水の魔法を使うと言ったが、あるのだ、湖が。北の方角に。

 レヴィア達との合流を期待するなら北を目指すべきだが、ヘルセーは南へ移動する。

 ウリエルの魔法の効果が終了したら反撃するのだ。


 そこにハーピー姉妹のオキュペテーが飛び込んで来る。

 手には手足の生えた長い髪の毛の固まりが、これはもちろんバロール族のザデンだろう。


「何の用?今、込み入ってるんだけど」

 ウリエルはもちろんこちらを捕捉している。歩みを止める余裕などない。

「おれは北へ向かってレヴィア達を支援する。お前も北へ向え」


「北の湖から離れるために南に向かっているのよ?湖にあいつがたどり着いたら聖水を補給されてしまう!」

 何をとんちんかんな事を言っているのか、とヘルセーは思った。

「今おれ達に必要なのは逆転の発想だ。いいか……」

 ザデンは考えをヘルセーに伝えた。


「その方法が通じるなら確かに効果はありそうだけど、でも本当に上手くいくの?」

「ウリエルの光は弱くなってる」

 その分析は自分の見解とも一致する、が。

「女神に弱点があるならあいつにだってある。おれを信じろ」

 自分を信じるか、ザデンを信じるか、ヘルセーは決断を迫られていた。


 今まで自分を信じ文武を磨き、ついに大魔王の側近の一人まで登り詰めた。


 しかし、今その自負は揺らいでいる。


 ヘルセーは熾天使ガブリエルとのやり取りを思い出していた。


「感情で動いているだけだからお姉さんには勝てない。

 戦いだけじゃなく、人生だって思うようにならない」

「大外れだわ…、わたしは大魔王様の側近、魔界のトップよ!」


 サイクロップス族のゲイリーは自分の元を離れた。

「おれは心も体も疲れた。こんなところにいたらいいアイデアなんて出ない!」

「王宮に仕える栄誉をあなたは分かってない!わたしに従うべきだわ」


 そしてあの時、テュポーン討伐を命じられた時も他ならぬ目の前のザデンと意見を違え、口論になった。

「『致死の凶眼』が通じないデカブツなんか倒せないぜ。都市の守りを固めるべきじゃねえか」

「氷の魔法で凍結させれば粉砕できる。軟弱者は引っ込んでいればいい!」

 結果は巨体を誇るテュポーンを凍結させる事はできず、足の表面を凍らせただけでそれもすぐに剥がれ落ちてしまう。

 もしも都市を守るために氷の魔法を使っていれば住民を避難させる時間稼ぎくらいはできたかも知れなかった。


 自分とザデン、どちらを信じるか。北に切り返すなら時間はそうない。

「とにかくおれはレヴィア達の救援に向かう。死ぬなよ」

 オキュペテーとザデンは飛び去った。

「だから髪の毛を持つなーーーっ!」

 ザデンの叫び声が遠ざかっていく。


 そして…、

「追い付いたぜ」

 ウリエルが突進してくる。

「ここで決める」

 ウリエルの拳が迫って来る。


「これだって結局感情じゃない!」

 ヘルセーは向き直ると前転でウリエルの下をくぐり……、


「切り返して来ただと?!」

 ウリエルの驚きの声が後ろに聞こえる。


 ヘルセーは北へ向かう。

 根拠も確信もないが今はそうしたいと思った。

 これはありのままの自分ではないような気がするが、なされるがままと言えばそうかも知れない。

 しかし、行動してみると不思議と迷いは消えていた。

 自分にできる事はやったつもり。後は仲間を信じよう。

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