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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第38話 不屈の魂たちよ(前編)

 ウェスタは魔族数万の軍勢をシラクス市に集結させた。

 もちろん市長と市民の許可の上だ。


 女神の住まう世界樹からはまだ距離があるが、結界城からよりはずっと近い。

 女神も人間の住む街を戦場にする気はないようで仕掛けては来なかった。

「これも君のおかげだ」

 アンクはディッセル=ピエーロ美術館に旅立つ前にシラクス市に親書を届けていた。

「あなたの人柄あっての事ですよ」

 結界城が攻められた時のウェスタの平和を望む声が天使化した人間達に届いた結果でもある。

「いよいよですね」

「ああ、アイギスを取り戻し、魔界を守る」


「ところでアンク」

「君は魔界を守るためならと、アイギスの暗殺を考えているのではないか?」

 アンクははっとした。

 その算段をブラムとしていた事実はある。

「確かにその考えはあります」

 アンクは認めた。

 ウェスタもそれに憤慨はしていた訳ではなかった。


「そう考える気持ちは分かるが、わたしに彼女と話をするチャンスをくれないか?」

「彼女が自分の意思で魔界を滅ぼす決意をしていたとしても、ですか?」

「そうだ」

 カリスに連れ去られたアイギスだが、脱出や連絡を試みる手段もあったはずだ。

 それをしないのは彼女がカリスから精神制御を受けているせいかもしれないし、本人の意思で留まっているせいかも知れない。

 その場合、会話を試みるだけでも危険を冒す事になる。


「あなたは今やカリス攻略の切り札なんですよ」

 元石像だった女神のただひとつの弱点、「美の女神カリス」の像と同じ材質での「石化の蛇眼」。

 そして結界を破るメデューサ流剣技の奥義「アクペリエンス」。

 これらを使いこなせるのはウェスタただ一人なのだ。

「分かってる。『ブレンド石化の蛇眼』も特訓した」

 読み通り女神はすぐには仕掛けては来なかった。おかげで特訓の時間を得られた。

 だからこそウェスタには危険を冒される訳にはいかない。

 アンクとしては戦闘中も後方に控えてもらうつもりだった。


「あなたが暗殺されては元も子もない。アイギスの奪還はわたし達に任せて下さい。それに、」

 アンクは背中の白い片翼に触れて言った。

「わたしも今は彼女を殺して解決をしたくはありません」

 アンクは翼を与えてくれた人物を思い出していた。

 立場を越えて自分を守ってくれた人を。

「思い通りにならないのが世の中と諦めたくはありません。可能な限り彼女の救出を目指します」

「そうか」

 ウェスタはそれ以上食い下がりはしなかった。

 仲間を信じて待つ事を決めた。


 人間の街に魔族を集結させたが、混乱は特には起こらなかった。

 魔族達には人間に迷惑を掛けないように厳命したが、これは魔界側で前大魔王ブラムから厳罰の対象になり、処断の可能性もあると通達されていたようだ。

 そもそも人間が天使化されていて人数が少ないという事情もあった。


 シラクス市に集結した魔族たちの前でウェスタは演説を始めた。

 当然シラクス市の人間達も聞いている。

「私達はこれより世界樹に進撃し、女神カリスを倒す。それにより魔界を滅亡から救う。天使化した人間も元に戻し、人間界も救う」

 魔族だけでなく人間達に対しての決意表明だった。しかし、それだけではない。

「わたしは女神カリスを撃破する手段を得た。わたしが天界にたどり着きさえすれば女神は倒せる。

 しかし、魔界さえ守れるならわたしは争うつもりはない。

 わたしはそれよりもこの機会に人間界と交流したい」

 人間界で起こる全ての事を見通す女神に向けての呼び掛けでもあった。

 戦わずに済ませる事はできないのか。

 その想いからの呼び掛けだった。


「ふふ、魔界を滅ぼせば人間は元に戻しますよ」

 女神カリスはもちろんこの演説を聞いていた。

「そして魔界と魔族が滅び去らない限り美しい世界は作れません」

 あくまでそれがカリスの意思だった。

「ミカエル」

「はっ!」

 神殿の玉座の前にかしづくミカエルはカリスから天使の軍団の指揮権を与えられていた。

 そのミカエルにカリスは命じた。

「全軍を展開させなさい」


 世界樹の周辺に天使の軍団が展開する様はシラクス市のウェスタ達にも視認できた。

「戦いは止められないか」

 予測はしていたが、残念な事だった。

「全軍出撃!」

 ウェスタは号令を下した。


 先に仕掛けたはずの女神側だったが、実は守りを固めていた。

 世界樹の周囲を上下も東西南北も隙なく軍団を布陣する。

「これで魔族共は一点突破はできません」

 これは強行突破でアイギスを奪還される事に備える為だった。

 アイギスを奪われる事は「知恵の果実」を奪われる事と同義だ。


 一点突破はもちろんウェスタ達も考えた。

 しかし、アンクはそれが見透かされる事も考えていた。

 魔族の取った戦法は一点突破ではない。


 神殿から下界を見下ろすカリスとミカエルにはすぐに魔族側の戦法を把握した。

「包囲戦とは愚かな」

 ミカエルは冷ややかに吐き捨てた。

 世界樹を目指す魔族の軍団は各魔王に率いられ、全方位から押し寄せていた。

 しかし、魔族の数万の兵と天界の七千万以上の兵力差は圧倒的だ。

 兵力に劣る側の包囲戦など意味がない。

 全ての部隊が押し潰されるだけだ。


「何が狙いです?」

 一方、カリスは引っ掛かるものを感じていた。

 あからさまな失策を犯しているとは考えづらいと感じていた。

 特に自分の正体と弱点を見抜き、重傷を負った自らの姿を隠す方法を瞬時に思い付いたスフィンクスの魔王、アンクに対して。


 戦いが始まってしばらくして答えは判明した。

 魔王達はそれぞれが一騎当千の武勇を誇っており、領地から連れて来た魔族の兵達もよく訓練され、手足のように動いた。

 対して天使達はミカエルによって統率されているものの指揮官不足だった。

 ミカエル自身の目の届く範囲なら手足のように動くが戦線が広がって来ると統率し切れない。

 また、地上で起こる全てを見通す女神カリスには本来伏兵や奇襲は無意味だったが、全方位の戦線に指示を出すのは困難だった。

 実際、水棲魔族と共に津波を操るリヴァイアサンの魔王レヴィアの海からの奇襲で大損害を受けていた。

「ひゃっほ―――う!」

 今日のレヴィアの水着はボタニカルカーキ色のホルターネックフレアビキニ。

 フレアスカート風ショートパンツで気になる下半身が可愛くカバーでされていた。


 また、もう一軍突出して快進撃を進める部隊があった。

 氷の巨人族、ヨトゥン族の魔王ヘルセーと「致死の凶眼」を持つバロール族の魔王ザデンの部隊だった。


 ヘルセーは剣技と氷の魔法で天使の群れをなぎたおしていく。

 ザデンも今回の戦いのためにサイクロップス族のゲイリーに作ってもらった小型の鎌を振るったし、何より「致死の凶眼」の威力は絶大で一睨みで大量の天使達が魂に変わっていく。

 魂は地上に降り注ぎ、人間に戻っていった。「凶眼」によって絶命する訳ではないようだ。


「逆にすごーい!」

 伝令役としてザデン達の元にやって来ていたハーピー三姉妹の三女、オキュペテーも感嘆していた。

「前から思ってたが、何が逆なんだ?」

 ザデンは以前からの疑問を尋ねた。

「だから逆に逆にすごいんじゃん」

「ああ、逆に逆に逆なんだな」

「違うし!逆が一個多いし」

「知るか!」


 ともあれ状況は魔族有利に展開していた。

 天界側としては憂慮すべき事態だった。

「おれが巨人の姉ちゃんの方に向かおう」

 神殿に戻って来たのは緑の法衣の熾天使、ウリエルだった。

「ああいうのはおれ向きの獲物だ」

 人間の時はヴァンパイアハンターだったウリエルは言った。

「ならばわたしはリヴァイアサンの方に向かおう」

 ミカエルは言った。こちらの方が陣頭指揮が必要だと考えての事だった。

「よろしいですね、女神様」

「あなた達に任せます」

 カリスは承諾した。彼女も自身が戦いたい気持ちはあったが、天敵メデューサの魔王の奇襲は警戒しなければならない。


 世界樹南側の森林地帯まで進軍したヘルセーとザデンだったが、ここで熾天使の襲撃を受ける。

「よう、巨人の姉ちゃん」

 ウリエルは不敵な笑みを浮かべていた。

「スピード自慢のガブリエルと戦って逃げ延びたらしいな。

 デカイくせにやるじゃないの」

 熾天使になって青年の姿となったが本来は熟年期、年季に裏打ちされた余裕に満ちている。


「その毛玉はあの時殺されたはずのバロール族か」

 ウリエルはザデンの姿を一目見るなり言った。

「詳しいのね、全てを見通す女神から聞いたの?」

「いいや、先祖代々の知識で知っとるのよ」

 ヘルセーとバロールは戦慄した。二人ともその言葉の意味を知っている。

 古くから因縁のあるブラムから聞いていた事だ。

 熾天使ウリエルとはバンパイアハンター、ジョナサン=ヴァン=スローンであると。


 バンパイアハンターは吸血鬼のみの天敵ではない。

 数々の魔物を撃ち破ってきた一族なのだ。

 その中にはバロール族や各種巨人族も含んでいる。

 その伝説はヘルセーもバロールも幼い頃から聞かされており、よく知っている。

 可能な限り戦うべきではない相手として。

 しかも、彼は吸血鬼ブラムを魔界に追いやり、先だってもブラムと互角の勝負を演じている。


「おいおい、コイツってガブリエルより強いんじゃねえのか?」

 バロールがつぶやく。

 そのガブリエルにすら惨敗したのが自分たちだ。

「かもね」

 ヘルセーも緊張の面持ちだ。


「逃げるなら見逃してもいいぜ」

 ウリエルは言った。

「おれは魔族を根絶やしにしたい訳じゃない。

 殺し損なったブラムにとどめを刺したいだけさ」

「逃げはしないわ」

 ヘルセーはきっぱりと言った。

「ここで退いたら結局は魔族は根絶やしにされる」

「そうかい」

 どっちでもいいという口振りのウリエル。


「ザデン、あなたは本調子じゃないし逃げてもいいわ」

 ここでヘルセーは肩に乗せていたザデンを地面に降ろした。

「無理に熾天使と戦う事はないと思う」

「何言ってやがる?」

「ちゃんと回復してあげられなくてごめんね」

 見下ろすヘルセーの顔には素直な謝罪が現れていた。

 ずっと気にしていたのかも知れない。

「ふざけんな!」

 見上げるザデンは憤慨していた。

「あの野郎はブラム様を殺す気マンマンじゃねーか!」

 ヘルセーはザデンがブラムに忠誠を誓っていた事を思い出した。

「致死の凶眼」を恐れない威風堂々たる姿に惹かれていると聞いた事がある。

「あいつは絶対ここで仕留める!」

「守ってあげられないわよ」

「ブラム様を守るのはこのおれだ!」

「分かったわ、気をつけて」

「おう」

 ザデンはもう一度見上げると彼女と距離を取った。

 やはり緊張しているヘルセー。

 彼女は魔界だけでなく人間界の子供達のためにも女神と戦うと言った。

 きっと決して退く事はないだろう。

 あいつの事も守り抜きたい。ザデンはそう思った。


 ヘルセー達とは逆の世界樹の北側の海から攻め上がるリヴァイアサン族の魔王、レヴィアだったが内陸をかなり進軍していた。天使達が明らかに後退していた。反撃もまばらになって来た。

 そう思ったので進軍速度を上げようと思ったら背後にも敵が現われ包囲されていた。

 囲んでいるのは弓の攻撃を得意とする緑の法衣のデュナメイス達。

「罠に掛けられたようですね……」

 弓の一斉射撃。

 水の魔法を防御に使ったが、全てを防ぎきれるかどうか分からない。

 そう思っていたら炎の竜巻が現われ、レヴィアを包み込んだ。

 全ての矢が竜巻に薙ぎ払われ、燃え尽きる。


 炎の竜巻が消えるとそこには角の生えた中年男性の魔族の姿があった。

 イフリート族の魔王、ヒートラだ。

「うかつに前に出過ぎだぞ。レヴィア」

 レヴィアは一旦進軍を止め、ヒートラの軍団と合流した。

「おーい、姉者、無事じゃったか!」

 そこに鋭い爪を持った巨漢、ベヒモス族のグスタフの部隊も集結した。


「あなた達は別方面から世界樹を目指す手はずでは?」

「敵の動きが変わったので心配しておったのじゃ」

 グスタフとヒートラは敵の動きの変化を察知し、レヴィアの元へやって来たのだった。

「切れ者の指揮官がこっちを狙っているな」

「じゃな」


 その彼方の世界樹の麓に果たして熾天使ミカエルはいた。

「リヴァイアサンは討ち損じたか」

 突出していたレヴィアをおびき寄せて倒す策はもう一息の所で失敗した。

 しかし、天使達は意のままに動いている。

 そして兵力では圧倒的にこちらが上だ。


 ここでわたしの軍略を見せる。

 個の武力ではウリエルやガブリエルには敵わないが今こそ自分の本領を見せる時だ。


 ついに熾天使達が戦線に現れ、最大の戦いが始まろうとしていた。



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