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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第36話 アクペリエンス(前編)

 結界城に白い片翼のアンクが帰還した。

 その猛スピードで飛来する姿は敵の襲撃かと思われた。

 安否不明だったアンクの姿に魔族達の驚きは大きかったが、本人はそんな事はお構い無しにウェスタの元へ向かう。

「ア…アンクじゃないか!」

 もちろんウェスタの受けた衝撃も大きかった。

「あら、無事だったのね」

「心配していたんだぞ。今までどこに…」

「皆に話があります。すぐに集合させて下さい」

 有無を言わせぬ迫力だった。

 穏やかな性格のアンクだったが、今は確固たる意思に裏打ちされた気迫が感じられる。


「女神カリスの正体と弱点を話します」


 会議室の円卓に魔界の魔王達が集う。

 新大魔王ウェスタ、旧大魔王ブラム。

 サイクロップス族のゲイリー。

 ヨトゥン族のヘルセー。

 バロール族のザデン。

 イフリート族のヒートラ。

 リヴァイアサン族のレヴィア。

 ベヒーモス族のグスタフ。

 そして今回の主役、スフィンクス族のアンクだ。

 ハーピー三姉妹が飲み物を配り終わるとアンクは話し始めた。


「わたしが先日訪れたディッセル=ピエーロ美術館にはかつて『美の女神カリス』と言う石像が安置されていました」

 その情報はウェスタがアンクにもたらしたものだった。

 その像の写生画を人間界で見かけたからだ。


「それが女神カリスの本体であり、正体です」

 一堂は急な話に唖然となった。

「女神が人間の作った像だって?どういう事なんだ?」

「初代メデューサ殿の、四千年前には美の女神カリスという神はいなかった、という言葉がずっと気になっていました」

 確かに大メデューサはそう言った。面識がなくとも主神の跡を継ぐほどの神なら話くらい聞いた事があるはずだ、とも。


「美術館には石像の製作者ピエーロの日記がありました。そしてそこにはこう記されていたのです。『我が妻、ケーリスの名にちなんでこの像を美の女神カリスと名付ける』と」

「ケーリスとカリスか。似てはおるな」

「つまりアンク、この像以前に『美の女神カリス』を名乗る存在はなかったと言うんだな」

「そうです。それが女神カリスの正体です」

「しかし、石像が神になるというのはあり得るのか」

「わしらの時代では珍しくはなかった」

 これは大メデューサ。

「かまどの神や酒の神とか言うのもいたくらいじゃ。

 ものに命が宿り、神になる事はある」

 遠い日々を思い出して彼女は言った。

「もっとも主神の後継ぎにまでなるなど聞いた事がないがのう」

 これは芸術家ピエーロの才能がずば抜けていたと言う他ないのだろう。


「これがお前の手に入れた情報か?」

「いえ、ここからが重要です」

 アンクは「カリスの『正体』と『弱点』」を話すと言った。正体をすでに語ったならば残るは弱点だ。

 確かにそちらの方が重要だ。


「以前、カリスと戦った時、ウェスタの『石化の蛇眼』がかすったのです。その時、羽の一枚が石化しました」

「だから女神に石化は効果があると言いたいのか?」

 ウェスタは怪訝な顔で言った。

 このアンクの情報への反応はいまいちだった。

「そうは言っても女神は腕を石に変えて殴ってくる奴だぜ」これはゲイリー。

 実際に戦った者達はカリスが身体を自在に石や青銅に変える様を目撃している。

「石に変化できる者の弱点が石化であるとは思えない」

 ウェスタもゲイリーもそう考えざるを得なかった。

「ですが彼女は『石化の蛇眼』を防御しました」

 たしかにカリスはウェスタによる「蛇眼」を魔法の障壁を作って防御した。

「その上で羽の一枚が石化したのです」


 まだ一堂は半信半疑だったが、ここで大メデューサが口を開く。

「わしは『羽の一枚』という石化の仕方には疑問があるのう」

 どうやら彼女が以前から引っかかっていた事のようだ。

「『石化の蛇眼』が当たったのなら必ず対象は全身が石化するのじゃ。羽一枚などという中途半端な発動はこれまでなかった。一度もな」

「はい、極めて特集な状態になったのです」

「説明できると言うのじゃな」

 アンクはうなずいた。

「女神カリスは身体を石や鉱物に変える事ができます。故に石化攻撃を受けた場合も元に戻せる。しかし、これには例外がある」

「例外じゃと?」

「はい、一定の材質による石化だけは彼女は元に戻せない。その材質がこれです」

 アンクが懐から取り出したのは白い石片だった。


「これはディッセル=ピエーロ美術館に置かれていた『美の女神カリス』の像の台座から削り取ったものです」

「つまりこれが女神の?」

「そうです。石像『美の女神カリス』はこの石で作られた。つまりこれと同じ材質に石化できれば女神カリスはそれを回復できない」

「それはなんでじゃ?」

「本来の姿に戻る事を状態異常とは認識しないのでしょう」

 女神カリスと同じ材質、それを聞いただけでも小さな石片が特別なものに見えてしまう。

 神々しくも、禍々しくも。

「石化が一部のみだった理由は?いや、逆にわたしが一部だけでも石化できた理由は何だ?」

「あなたがこの像の写生画を見たためと考えられます」

 カリス本人が見とれるほどの写生画、確かにウェスタ自身も被写体の躍動感に驚いたのだった。

「そのイメージが残っていたからか……」


「で、でもよ、それはお前の予想だろ?ただの想像かも知れないんじゃねえのか?」

 バロール族のザデンだった。

「確かにそうです。ですが…」

 ここでアンクの表情は曇った。

「まだ続きがあるのか?」

「はい、わたしがすぐに戻れなかった理由です」


 それは恐怖の記憶だった。アンクは紅茶を飲んで一呼吸置いてから話し始める。

「美術館で情報を得たわたしは、女神カリスから襲撃を受けました」

「何だって!」

「そしてその時はっきりと、ここで彼女の正体の情報を得たかを尋ねられました」

「女神本人がか!」


 世界中を見通す女神が、その美術館で情報を閲覧したアンクの元へわざわざ出向き、亡き者にしようとした。

 これは重要な事実だった。

 アンクの仮説も俄然、真実味を帯びてくる。


「しかし、よく逃げられたな」

「いいえ、羽を切断され、落下して瀕死の重傷を負いました」

「羽……。そうだ、その片側だけの羽は一体?」

「白いな、スフィンクス族は鷹の羽を持っていたはずだ」

「普通に天使みたいだし」

「微妙に天使みたいだし」

「逆に天使みたいだし」

 ウェスタとブラムが疑問を呈し、ハーピー三姉妹が続く。

 彼女達も背中に羽を持つ種族としてアンクの片翼は気になっていたようだ。


「この翼はわたしの命を救ってくれた人からの授かり物です。形見と言ってもいいでしょう」

「形見だって?一体誰から授かったって言うんだ?」

「熾天使、ガブリエルと言う人です」


「熾天使……!」

「ガブリエルだって!?」


 反応したのはヨトゥン族のヘルセーと、バロール族のザデンだ。

 二人はかつてその熾天使ガブリエルと死闘を繰り広げた。

 一方的に殺されかけたと言ってもいい。


「熾天使と言えば女神カリスの腹心じゃないか。それがきみを助けたと言うのか?」

「はい、そうです。彼女はわたしの命の恩人です。わたしは彼女ためにも二つの世界の争いを止めなくてはならない」


 アンクは、ガブリエルことタルトレットとの事を語った。

 瀕死の状態だったのを介抱してもらった事。

 農村での思い出。

 救国の英雄でありながら火あぶりにされたタルトレット=レミの悲劇。

 彼女がアンクは人間でない事を気付いていながら優しくしてくれていた事。

 女神カリスに発見された時、アンクを守って命を落とした事。

 そして死の間際、アンクに天使の翼を与えてくれた事。


 アンクは気付けば涙を流していた。かけがえのない思い出だが、同時に余りにも辛く、生々しい記憶でもある。


「彼女は間違いなく、気高さと覚悟を持っていた。それを君は受け継いだんだ」

 ウェスタはアンクの肩に手を置いた。ウェスタもガブリエルの遺志を無駄にしてはいけないと思った。

「熾天使にもそんな奴がいるんだなあ」

 ゲイリーもアンクに共感した。人間の恋人がいる彼には他人事には思えない。


「なかなかの武人でもあったようだな」

「そのような人物なら、仲良くできたのかも知れませんね」

「惜しい事になってしまったのう」

 ヒートラ、レヴィア、グスタフもアンクに同情していた。


「いや、おれそいつに殺されかけたんだけど」

 納得のいかないのはガブリエルに首をはねられたザデンだった。

「なあ、ヘルセー?」

 同じく手痛い敗北を喫したヘルセーに同意を求めたが……

「何ていい話なの!」

 ヘルセーはアンクの話に感動して涙を流していた。

「いや、泣くなって!おれ達はあのガブリエルに……」

「彼女のおかげであんたを回復できるアンクが生き延びられた。彼女に感謝しなきゃ!」

「えぇ……」

 ついに首を斬り落とされた相手に感謝する話になってしまった。

「お…おれの首ガブリ……」

 釈然としないものがあったが、ここでうかつに暴言を吐いてアンクを怒らせたら、自分の身体の復活が危ぶまれる。

「ガ、ガブリレットさんのおかげッスね」

 何とかそう言ってその場は収めた。


「つまり、わたしの『石化の蛇眼』による石化の材質を『美の女神カリス』の石像と同じにすれば、女神カリスを石化できる、と言うんだな」

「そうです。これが女神カリスの唯一の弱点です」

「『石化の蛇眼』の材質か。調節は可能なのですか、ご先祖様?」

「わしもやった事はない。が、『蛇眼』はそもそもがイメージの具現化じゃ」


 それはウェスタ自身が「石化の蛇眼」を修得する際に経験した事だった。

 本来は「殺意を持った支配者の慈悲」であった「石化の蛇眼」を、「統治者の気高さと覚悟」に置き換えたのが黄金の蛇眼だ。


「材質の調節、やってできない事ではないか」

「『ブレンド石化の蛇眼』って訳ね」

 これはインゲル。

 ついに女神との戦いの突破口ができた、と思ったが、


「でもよ、女神のあの防御は越えられるのか」

 ゲイリーだった。

「今度はこっちが蛇眼狙いだって分かってるんだぜ」

 確かにそうだった。「蛇眼」を防ぐ魔法の障壁を持つカリスに、警戒の中の二撃目を命中させるのは困難極まる事だろう……。


「方法はある」


 ブラムだった。

「蛇眼を当てるために、結界を破る技は存在する」

「な、何ですって!」

「そんなおあつらえ向きの技があるの?」

「何故それを貴様が知っているんじゃ?」

 ウェスタ、インゲル、大メデューサは同時に驚愕した。

 吸血鬼であるブラムが何故?


 しかし、彼は立ち上がった。黒いマントがなびく。

「お前の父、オキツが編み出した技ならそれができる」

「父の……!」

「特訓だ。教えてやろう」

 ブラムは腰の鞘に手をかけた。


「メデューサ流剣技の奥義、『アクペリエンス』を」

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