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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第35話 思い通りにならないのが世の中なんて割り切りたくないから

 スフィンクス族の魔王アンクは瀕死の重傷を負ったが、タルトレット=レミこと熾天使ガブリエルに救われた。

 タルトレットの畑仕事を手伝いながら体力の回復に努めるアンク。

 彼女にはいつの間にか「アンク」と呼び捨てにされていた。

 それならと「タルトさん」と勇気を出して呼んでみたら「タルトでいいのに」と言われたがさすがにそれはできなかった。


 タルトレットに掴まって飛行する際に、周囲の地形も確認して帰る道筋を考える。

 ディッセル=ピエーロ美術館の周辺で落下したのは確かだから、地形の確認にはそれほど時間はかからなかった。

 それよりも問題は彼女に自分が魔族である事をいつ打ち明けるのかだった。

 熾天使である彼女から攻撃を受ける可能性もあったが、その事より人間界で起こった全ての事を見通すという女神カリスに察知されないかが心配だ。


 いろいろ考えてタルトレットに結界城にほど近いハンス村跡まで送ってもらう事にした。

 ここならば女神カリスに察知されても結界城の仲間とすぐに合流できるし、またタルトレットが結界城の魔族に発見される可能性も少ない。

 ここで自分の正体を明かす。

 タルトレットが仲間との会見に応じてくれるならウェスタに事情を話し、彼女を引き合わせる。

 それが敵わないなら、せめて彼女に戦いから離れてもらえたらと思う。

 彼女があくまで魔族と戦う道を選んだら……、その時はどうすればいいのか分からない。

 そうなって欲しくないとしか考えられなかった。


「アンク、だいぶ具合がよくなったみたいだね」


 畑仕事の最中にタルトレットに言われる。


「はい」


 そう答えるアンクの顔を見たタルトレットははっとした。

 アンクの考えを悟ったようだった。

 いよいよ仲間の元へ帰還する時だという事を。


 帰りの支度をして洞窟を出たアンクとタルトレット。


「このままずっとあなたと一緒にいたかった」


「いいんだって。お世辞は」


「本当です」お世辞ではなかった。


「本当に、ありがとうございま……」


 アンクは強く抱き締められていた。柔らかな感触と温もりに包まれる。


「ずっとここにいていいんだよ。」


 耳元でタルトレットがささやく。


「君はひどい怪我をして、羽だってもう折れてしまった。もう辛い思いをしなくたっていいじゃない」


 タルトレットは泣いているようだった。


「あたしが守ってあげるから」


 アンクはそうしていたいと思った。この時間が永遠に続いて欲しいとも。

 しかし、アンクは答えた。


「例え辛いだけだったとしても、結局何の意味もなかったとしても、それでもわたしは先に進みたいのです、仲間と共に」


「君は強い子だね」


「羽が折れたのなら歩いてでも、はってでも進みます」


 ……………


 羽だって?

 背中をさすってみる。傷跡以外なだらかな背中だ。羽の痕跡は残っていない。

 だったら何故タルトレットは羽の事を知っているのか。


「君は人間じゃないんだろう?」


 タルトレットは気付いていた。


「君の怪我を治している時、羽があった跡に気付いたんだ」


 いつもと変わらぬ優しい声だ。


「ああ、あたしは君が人間だろうと魔族だろうと気にしないよ。傷を負った子供は魔族だろうと助けるつもり」


 やはり彼女は自分が魔族である事を気にしていない。それは嬉しい事だった。


「今まで黙っていてごめんなさい」


「いいって。怖い目にあったんだろう?」


 見つめ合う二人。


「ちゃんと仲間の所まで送ってあげる」


 寂しそうな、残念そうな笑顔。本心から別れを惜しんでいるようだった。


「でも別れる前に本当の君を見たいかな」


「そ、それは……」


 それだけはできない。ここで正体を明かす訳にはいかない。

 女神は人間界で起きている事の全てを見通す。正体を明かせば、アンクの所在が分かれば、すぐにも命を奪いに来るだろう……。


「やっぱり元の姿も悪くないじゃない」


 最初は何の話か分からなかった。

 が、見下ろした自分の腕が褐色な事に気が付きはっとする。


 黒髪と褐色の肌に戻っている!

 ガブリエルが魔法でアンクの姿を元に戻したのだった。

 まさにこれから、事情を話し、正体を明かすのはハンス村跡まで着いてからだと言うつもりだったのに。


 その瞬間、轟音が起こった。土煙が上がった。

 煙が晴れると果たしてそこには長いブロンドの、十二枚の翼を持った、薄紫の修道服をまとった、美しい女性がいた。

 女神カリスだった。


 遅かった。何と言う事だ。ほんの一瞬の事だったのに。

 カリスはアンクの姿をずっと探していたに違いない。その表情は固く、凍り付いていた。


「ここにいましたか。

 姿を変えているとは思っていましたが」


 それは、普段は冷静で柔和な人物としては、かなりの苛立ちの表情だった。


「ガブリエル、その少年は魔族です。今すぐ息の根を止めなさい」


「そ、そんな極端な事を言わなくてもいいじゃない。相手はまだ子供だよ?」


「あなたを欺いて人間に化けていたのですよ」


 その件に関してアンクは言葉もない。


「いやさ、それは気付いてたって!お姉さんは別に怒ってないよ」


「どちらにせよ、止めを刺すのです。

 彼はただの魔族ではありません。スフィンクス族の魔王。

 神族に連なる魔界の重鎮の一族です」


 そして、女神カリスの過去に関する秘密を知っているただ一人の存在である。


「まあ、それはそれとしてさ」


 ガブリエルの表情はゆったりとしていて、カリスの張り詰めたそれとは対称的だ。


「大怪我してたのが回復したところだからさ。

 帰してあげてから戦うのがフェアプレーの精神じゃない?ってお姉さんは思うなあ」


 戦わなくてもいいかも知れないし、とガブリエルは言うつもりだったが……


「ならばわたしが手を下します。おどきなさい」


 間髪入れないカリスの声に遮られた。

 直後にアンクに向けて歩を進めるカリス。

 しかし、ガブリエルが間に入る。


「何の真似ですか?」


 カリスはガブリエルを睨み付けた。


「子供に乱暴するのは関心しないかなあ、お姉さんは」


 この時点ではガブリエルも真顔だ。カリスの剣幕の異様さに気付いていた。


「どの道魔界と魔族は滅ぼします。そんな事は些末な問題です」


「そうまでする事はないと、この少年と過ごして思ったんだ。

 何も戦って滅ぼす必要はないじゃない?」


「美しい世界を完成する術は他にありません」


「この少年は殺させない」


 ガブリエルの背中に羽が現れる。

 さらに、手を伸ばすと洞窟の中からレイピアが飛んで来た。


 ガブリエルはそれをキャッチする。


「みすみす生かしては返しません」


「ああ?」


「あなたにできないならわたしが手を下すと言いました」


「それは許さないって言ってるんだけど?お姉さんがさあ!」


 彼女の眼付きが変わった。

 それはらんらんと輝いていながら、虚ろに見えた。

 苛立っていながら愉悦に浸っているように見えた。


 アンクの知らないタルトレット。熾天使ガブリエルの眼だ。

 レイピアを鞘から出した瞬間、ガブリエルはカリスに突きかかっていた。


「わたしを値踏むのはおやめなさいと言いましたよ」


 ガブリエルのレイピアの鋭い突きをかわしたカリスは修道服の袖とスカートを破るように切り離した。

 アンクはすでに一度見たカリスの戦闘スタイルへの移行である。

 むき出しになった二の腕とふくらはぎに翼が移動する。

 女神カリスの戦闘スタイルは徒手空拳なのだ。


「なんか様子が変わったね」


 ガブリエルは再度レイピアで突きかかった。

 カリスはこれもかわすが今度はカウンターで拳を繰り出す。

 ガブリエルは飛び退いてかわした。


「女神様が格闘家とはねえ。もっと天罰覿面な感じで来ると思ったよ」


「わたしはそういうタイプではありません。それで魔界を滅ぼすのにも難儀しています」


「知恵の果実」の適正の事を言っているようだ、とアンクは思った。

 自身の「知恵の果実」の適正が低かったから勇者アイギスにその能力を与えた。大魔王ブラムの娘を殺して。

 そういう事なのだろう。もしもカリスが「そういうタイプ」だったらとっくに魔界は滅ぼされていた。


「わたしはこのわたしが本体です。このわたしが倒せればあなたの勝ちですよ」


「そりゃあ結構な事で。いいの?そんな事教えちゃってさあ」


「あなたにわたしを倒す事はできません」


「へえ、そう!」


 ガブリエルは攻撃を再開した。カリスとの激しい打ち合いが繰り広げられる。

 アンクは固唾を飲んでその様子を眺めていたが、意外にも勝負はガブリエルが押していた。

 カリスの拳と蹴りは強力だったが、ガブリエルは一撃もくらっていない。

 逆にカウンターでガブリエルのレイピアが命中する。

 それを受けてカリスは手足を石化させたが、さらにスピードに差が生まれカリスは劣勢になっていく。


 アンクは知らないがガブリエルはヘルセー、ザデンの両魔王を一人で撃退している。

 その決め手は尋常ならざるスピードにあった。

 そしてそれは女神カリスをも圧倒しているようだ。


 素早い必殺の一撃を急所に叩き込む。それは救国の聖女、タルトレット=レミの戦法でもあった。

 その戦法故のレイピアだったが手足を石化させたカリスには通用しない。

 しかし、ガブリエルは全く慌てる様子はなかった。


 カリスの拳をかわし……


「そこ!」


 レイピアが輝きに包まれ、光の刃と化す。それはザデンの首をはねたのと同じものだったが、今度はレイピアを包み込む程の大きさだ。光の剣と呼ぶべきか。

 その剣の一撃はカリスの腕を、石化させた腕を薙ぎ払った!

 女神の片腕が宙を舞う。


 そのままさらにガブリエルは光の剣でカリスの首を狙った。

 果たしてカリスの首も腕と同じく斬り落とされる。


「これで倒せたとは思わないけど!」


 ガブリエルは魔法の詠唱を行っていた。

 光の剣がさらに長く、そして大きくなっていく。


「消滅させちゃうよ」


 巨大な光の一閃が片腕と頭を失ったカリスに繰り出される。

 アンクはガブリエルがここまで強いとは思わなかった。

 このまま彼女がカリスを倒してしまうのではと思った。


 しかし、次の瞬間、頭部のない女神カリスが動き出し、残った片腕の石化した拳がガブリエルに炸裂した。


「わたしは一応神ですので首をはねられたくらいでは死にませんし、見えなくなる事も会話できなくなる事もありません」


「ぐふっ!」


 カリスはガブリエルの体から拳を引き抜いた。大量の血があふれる。


「頭は飾りに過ぎないって……か?」


「過ぎないと言うのは語弊があります」


 カリスが合図をするかのように手を動かすと斬り落とされた頭部と片腕が飛んで来た。頭部が首に辿り着くとその首が会話を引き継ぐ。

「飾りであると言うのは重要な事です。わたしの美しさにとって」

 言いながらカリスは首の接続面を触る。そして腕の方にも一瞥をくれた。


「ふむ」

 満足したように喉を鳴らす。


「言い残した事はありますか?」

 カリスは倒れたガブリエルのそばで言ったが、もはやガブリエルを見てはいなかった。

 今度こそ見逃すまいとアンクを凝視していた。

 いつぞやのような怒りの表情ではなかったが、殺意は間違いなくこもっていた。

 アンクは恐怖で金縛りにあったように動けなかった。


「ア……アンク。送って…やれなくて……ごめんね……」


「タ…タルトさん……」


 すぐに自分も後を追える事は幸福なのか悲劇なのか。アンクはただ茫然としていた。

 カリスはそんなつまらない事を言い残すのか、と呆れた顔をしている。しかし、


「一人で…帰るんだ」


 ガブリエルの身体が光輝く。


「お前に託すよ……。あたしの想いを乗せて…、飛んでおくれ……」


 するとガブリエルの姿が消え、光はアンクに移動して行く。

 そして、アンクに片側だけの白い翼が現れた。

 ガブリエルの魂はどこかへ飛び去った。


「タルトさあああん!!」


 アンクは泣き叫んだ。

 自分を助けてくれた、優しくしてくれた人を守れなかった。


「だけど託された!翼をっ……与えられた!」


 アンクは飛翔した。


 一瞬で洞窟のある谷底を脱出して空中にいた。


「クッ…!この速さはっ……!」


 元々翼を持つアンクは熾天使の翼を十全に使いこなしていた。

 そのスピードはカリスも驚くほどだった。


 タルトレットの仇を討ちたい気持ちはあったが、今すべき事は戦うことではない。


「彼女の死は無駄にしない。必ずあなたを止める」


 そう告げるとアンクは飛び去った。


「一人なんかじゃない。ずっと一緒です」


 涙を拭いて片翼のアンクは結界城を目指す。

 手に入れた貴重な情報を仲間に伝えるのだ。

 女神カリスの正体と、ただ一つの弱点を。

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