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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
33/46

第33話 人間の街で

「では行ってくるよ」

 ウェスタは単身シラクス市に向かう事にした。

「一人で大丈夫?」

 氷の巨人、ヨトゥン族の魔王ヘルセーが心配そうに見下ろす。

「まずは刺激しないように一人で行く。いずれはみんなも来れるように持ち掛けてみるつもりだ」

「会談の成功を祈ってますぞ」

「しっかりな、ウェスタ殿」

 リヴァイアサンの魔王レヴィア、ベヒモスの魔王グスタフも出迎えに出ていた。


「はい、アンクの遺してくれた機会を無駄にはできません。人間界との和平の第一歩にして見せます」

 ウェスタは決意をこめて宣言した。が、

「ちょっと待て!『アンクの遺した』って何だ!?」

 転がって来るように現れたのは今では顔から手足の生えたような姿のバロールの魔王ザデンだ。

「アンク野郎が死んだみてえに言いやがって!?」

「死んだかどうかは分からないけど消息不明なのよ」

 ヘルセーはウェスタに飛び掛かりそうな勢いのザデンの長い髪を引っ張って、押し留めた。

「何だってえ!?俺様の回復はどうなるんだ!?」

「だからそれどころじゃないっての。ウェスタ、いってらっしゃい」

 巨人族のヘルセーに抑え込まれると今のザデンはどうすることもできないのだった。

「ああ、行ってくるよ」

 ウェスタはシラクス市目指して旅立った。


「そう言えばゲイリーは?」

 ウェスタはふと思い出し尋ねた。サイクロップス族の魔王、ゲイリーは親友だが姿が見えない。

「うーん、恋人のところに行ってるんじゃ?」

「そうか、子供ができたとか言ってたからな」

 そう言えばインゲルと二人での旅は久しぶりだ。

 一人旅とも言えるし、大メデューサを含めて三人とも言えるが、とにかく二人の旅だ。


 シラクス市に入る前に一応フードを被った。

 これも久しぶりだが、人間界に通っていた頃はいつもそうだった。

 市内は人の姿がまばらで盛況とは言い難い状態だった。

 人間が女神に徴用されたからだろう。


 市長宅には市長や職員の他護衛とおぼしい者達も揃っていた。

 内ではフードを取った。始めてメデューサ族を見る者もいてどよめきが起こったが、見慣れてもらわなければ。

 会談では人間に危害を加えない事を徹底する代わりに、拠点と物資の提供を依頼した。

 女神の魔界侵攻の危機さえなくなれば平和的な関係を目指すとも。

 いかな女神の意志であろうと人間達の生活が立ち行かなくなり掛かっている事は看過できる事ではない。

 ひとまずの協力体制は作れそうだった。

 会談はまずまず上手くいった。


 市長宅を後にして結界城に戻ろうとしたが、

「ウェスタ!」

 人間の娘が声を掛けて来た。

 ウェスタと同じくらいの年頃の娘だ。

「やっぱりあなただったのね、ウェスタ!」

「ゼノビア!なぜここに?」

 二人は知り合いだった。

「今はここに住んでるの。こっちに嫁いで来たんだ……」

「そうか」

 二人の間に沈黙が流れた。

 気まずいような、それは今さらの事とでも言うような、そんな沈黙だった。


「あの頃はあなたが魔族で大魔王だったなんて思いもしなかった」

 ゼノビアは遠くを見るような目をして言った。

「天使に変えられてた時の事はおぼろげにしか覚えてないけど、あなたの声を聞いた気がして」

 彼女も天使として戦いに参加していた。そして、そこで倒され人間に戻ったのだろう。

「この街に会談にやって来る大魔王の名前がウェスタって聞いてまさかと思ったんだけど」 

「わたしもこの街で君に出会うとは想像もしなかった」


 魔界での戦いよりも昔、数年前の話だ。

 二人が出会ったのは結界城にほど近い山村だった。

 図書館のあるハンス村にウェスタは足しげく通っていたが、普段は土地勘のあるゲイリーや空を飛べるアンクと一緒だった。

 たまたま一人で人間界にやって来て道に迷ってしまった。

 その時にたどり着いた村で偶然出会ったのがゼノビアだった。

 明るくはっきりした積極的な性格でウェスタはすぐに好意を寄せるようになった。

 ゼノビアも、ウェスタの高貴でおっとりとしながら、どこか芯の強い部分を併せ持つ所に魅かれて行った。

 ウェスタはゼノビアに会う為に何度も山村を訪れた。


 また実はウェスタとインゲルが仲良くなったのはこの頃だ。

 今でこそ信頼関係の二人だが子供の頃は仲が悪かった。

 思春期の頃などは険悪と言ってよかった。

 ウェスタが身だしなみを気にし出し、今まで口うるさいと思っていたインゲルの言葉に耳を傾けるようになった事がきっかけで会話が増えた。

 インゲルも自分のコーディネイトしたウェスタが女性に評価されるようになるのは嬉しい事だった。


 ウェスタは彼女と結ばれたいと思ったが、そのためには正体を、メデューサ族である事を明かさない訳にはいかなかった。

 怪我を隠すためと言ってあったフードだが、頑なに被り続ける訳にはいかない。

 ゲイリーに相談してみると、角を見られても必ずしも拒絶されるとは限らないと言われた。

 魔族である事を承知で交際する人間もいると。

 とは言え、角と頭髪の蛇では受ける衝撃は違うだろう。

 さらに蛇髪は角と違い、人格がある。

 蛇髪の、インゲルのプライドを傷付ける可能性があるなら、ゼノビアの元を去るのもやむなしとウェスタは考えていた。


 しかし、インゲルが本当の自分達を見てもらおうと言ったのでウェスタも覚悟を決めた。

 フードを取り、ゼノビアに気持ちを打ち明けよう、そう決めた。

 インゲルから見てもらいもしないで自分のせいにされちゃ適わないと言われ、ウェスタも引き下がる事はできなかった。

 緊張の中、今では通いなれた山村を目指す。


 しかし、村に着いてみると騒ぎが起こっていてそれどころではなかった。

 ゼノビアの村が魔物に襲われたのだ。

 村はところどころ破壊されている。

 死者も数人出ていると聞いて、ゼノビアの安否は心配で気が気でなくなった。

 幸いにも彼女は無事で、魔物もすでに倒されていた。

 だが、犠牲者の中にゼノビアの両親がいた。


 全ての魔族が魔界を棲みかとしている訳ではなく、人間界に住み着いている魔物もいる。

 大魔王ブラムが結界城制圧後は守りを固めていたのに、人間界で 魔物達が活性化して暴れたのも元々いた魔物のせいだ。


 あまりの事態にウェスタとインゲルは衝撃を受けた。

 せっかく二人で相談して、身だしなみを調えたのに、それどころではない。


 魔物に両親を殺された娘に自分は魔族だと打ち明けるなどできる訳がなかった。

 ウェスタはゼノビアと会う事もなく、すぐに村を出た。もう二度と訪れる事はないだろう。

「こんな事って……!ゼノビアとはこれでお別れだって言うの?」

「こればっかりはしょうがないさ」


 告白も玉砕する事もなくウェスタの初恋は終わった。

 住む世界が違う。

 魔界と人間界の関係性で言えば文字通りだが、そんな事はないと思っていた。

 そんな事も超越するのが人の想いだとそう考えたかった。

 しかし、やっぱり住む世界は違ったのだ。そう思うしかなかった。


「君が泣く事もないだろう」

「だって……」

 気が付くとインゲルが傍らですすり泣いていた。

「こんなの…、こんなのってない……」

 インゲルは号泣した。

「本当にすまない。でもありがとう」

 一人の家路だが、孤独ではない。

 それがせめてものなぐさめと言えた。


 この出来事はウェスタが二つの世界の平和を目指そうと考える原点だったのかも知れない。


 ゼノビアとの再会はウェスタとインゲルに様々な事を思い出させた。

「あなたが黙ってわたしの元を去ったのは大魔王だったから?」

「その頃はただの魔王だ。地方の一領主みたいなものさ」

 初代メデューサの瞳を移植し、蛇髪も増え、大魔王になり、以前より一層人間離れした自分がフードをせず彼女と普通に会話しているのは何だか不思議な気分だ。

「正体を明かしても別れる事になったろう?」

「う―――ん……」

 ゼノビアはすぐに返事はしなかった。が、

「ごめんね。そうかも」言い辛そうに答えた。

「いいんだ」ウェスタもできる限りの笑顔で言った。

「でもそれは両親の事があったからだよ。見た目じゃない」

 確かにゼノビアはここまでメデューサ族としてのウェスタを嫌悪の眼で見ているようではなかった。

「メデューサ族の大魔王」、噂でその予備知識を得ていたのかも知れない。

「そっちのカチューシャを付けた蛇ちゃんはなんかかわいいし」

 ゼノビアはインゲルを知らないがインゲルは知っている。

 遠目に見た事もあるし、フードの陰から覗き見た事もある。

 そのゼノビアから嫌悪されない事が分かっただけでもインゲルは嬉しかった。

 長年の胸のつかえが取れた気がした。


「家で子供が待ってるから帰るね。今日は会えてよかった」

 それでゼノビアとは別れた。

 嬉しい再会でもあったが切なくもあった。

 ウェスタとインゲルはしばらく無言だった。


「何をしんみりしておるかぁ!」


 沈黙を破ったのは大メデューサだった。

「これからが大変な時に腑抜けとる場合かと言っておる!」

「御先祖様は少しくらいデリカシーないの?」

「ない!貴様らの過去など知った事か」

 インゲルの不平もものともしなかった。

「人間との協調関係を築きつつ、女神の侵攻を食い止め、魔界を守る。

 その上、あの女勇者まで取り戻すんじゃろう」

「それは確かにそうです」

「じゃったら過去の事よりこれからの事じゃろうが」

 ウェスタは返す言葉もなかったが、気合いが入ったとも言い難かった。

 使命感と責任感の重さはもちろん知っている。むやみに大声を出すまでもない事だ。

 ところが続けて大メデューサが提案したのは意外な事だった。


「この街にいいレストランがあるんじゃろう。そこへ行け」

 ウェスタもインゲルも一瞬何の話か分からなかった。

 それはどうやらアイギスと二人で出掛ける約束を取り付けた店の事だった。

 確かにそれはここシラクス市にあったのだった。


「下見をするいい機会じゃ」

「大変な時じゃなかったの?」

 インゲルも唐突な提案に呆れた風だ。

「わしはこれからの事を大事にせいと言っておる」

 どうやら大メデューサなりに気を使ってくれていたようだ。

「一人で行くのですか?」

 ウェスタはまだ困惑気味だ。

「じゃったら二人で行けばよかろう」

「えっ、何……?」

 その言葉と共に大メデューサから放たれた魔法の光はインゲルを包み、そして……、


 赤いワンピースを着た金髪をおさげにした少女がウェスタの傍らに立っていた。

 そしてウェスタの頭部の左側からインゲルの姿が消えていた。

「わたし、また人間になってる!?」

 かつてアンクの魔法の道具で魂を人間界に送られた時と同じ姿になっていた。

 蛇髪の時と同じ花の形のカチューシャをしている。

「あのスフィンクスがやったというのはこういう事じゃろう」

「ご先祖様にもできたのね」

「当たり前じゃ。わしを誰じゃと思うておる?」 

 蛇髪を失ったメデューサ族は魔力のバランスが崩れ、死ぬ。

 しかし、今は大メデューサがいるのでインゲルがいなくても蛇髪を失った事にはならない。

「とは言え、多少は魔力のバランスは崩れておる。戦いのない時だけじゃ」

「分かりました」

「分かったわ」

 そんな訳で二人はゲイリーに評判を聞いていたレストランへとやって来た。

 幸いにもシェフは人間に戻っていたようで店はオープンしていた。


 アンギティア・リストランテ。

 シラクス市を一望できる小高い丘の上のレストランで、テラスからの夜景は絶品と名高い。

 海に面し、山に囲まれ、なだらかな山地の先に豊かな田園地帯を持ったシラクス市は優れた食文化が発達した。

 その集大成とも言うべきシラクスパスタの名店がここだ。

「いい眺め!素敵!」

 インゲルはテラスからの眺めに感嘆した。

 まだ昼過ぎだったが、天気はよく周囲を一望できた。海風も心地いい。

「本当だな」

 ウェスタも雰囲気のいい店だと思った。

 当然人気もあり、普段ならもっと込み合っているという。


「メニューをどうぞ」

 人手不足のようでシェフ自らメニューを渡される。

「インゲル、どれがいい?パスタが評判らしいぞ」

「あー。この『ベーコンと茄子のトマトソース』のパスタかしらねえ」

 即答だった。

「人間なり立ての頃って肉が無性に食べたいのよねえ。生でもいいくらい」

 ウェスタははっとした。インゲルの蛇的なまなざしに気付いたからだ。

 人間界でカエルの姿に変化していた頃、インゲルから何度か殺意のようなものを感じた。

 正確にはそれは食欲だった。蛇ににらまれたカエルとはよく言ったものだ。

 今はカエルではないので食べられる心配はない。

 ウェスタは『かきとほうれんそうのパスタ』にした。

 海の幸と山の幸がふんだんに盛り込まれたヘルシーな一品だ。

 インゲルはドルチェセットも注文した。

 ガトーショコラだった。

「そう言えばチョコケーキも作ったわねえ」

 インゲルはまたも以前人間界に飛ばされた時の事を思い出した。

「おばあちゃんとあの子も元気にやってるかしら」

「港町カロカは少々遠いが、いずれはまた行きたいな」

 そのためにもやはり戦争を終わらせなければ。


 シェフに頼むとメニューをくれた。

 元々宣伝用に用意してあったようだ。

 これをアイギスと再開したら渡したいと思った。


 食事の後はインゲルがアクセサリーを見たいと言うので、ウェスタはその間本屋を訪れる事にした。

 やはり噂に違わぬ蔵書数だった。これもアイギスへの土産話になる。

 そうしてる間にインゲルも帰って来た。


「気合いが入ったか?」

「はい、これからのために頑張ります」

「そうだわね、今度はアイギスと一緒にここに来たいわね」

 インゲルも蛇髪に戻る。

 仲間の所へ帰ろう。そして、人間と協調しながら天界との戦いに備えるのだ。

 ウェスタ達は結界城へ帰還した。


 同じ頃、洞窟の中でスフィンクス族の魔王アンクは目覚めた。

 身体中が痛くてだるい。一体何日意識を失っていたのか。

「おっ、目覚めたんだね、君」

 女性の声が聞こえる。この人物に助けられたのだろうか。

「お姉さんはタルトレット=レミ。君は?」

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