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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第31話 暁のロンド

 女神カリスは天界に急行した。

 天界の神殿に大急ぎで戻るとそこにいたミカエルとウリエルに命令を下す。

「天使の軍勢で結界城を攻めます。準備なさい」

「まだ練兵は十分ではありません。ガブリエル殿も不在です」ミカエルは言ったが、

「構いません。急ぐのです。一刻の猶予もなりません」と返された。


 もっともガブリエルが言う事を聞かない可能性もあったので、それはそれで好都合でもあるな、とミカエルは思った。

 サンダルフォン、アザセルの二天使は勇者アイギスの護衛に残すとの事だった。


 勇者アイギス。

 天界では部屋に籠り切りで滅多に顔を合わせる事はなかったが、ミカエルが国王、アレクシウス=プロテクトールだった頃に一度だけ会った事がある。

 ヴァロア王国に代々伝わる宝剣、勇者の剣を接収するために面会を求められたのだった。

 片手剣のはずなのに国中のどんな力自慢にも振り回せないその剣はアレクシウスももちろん扱えた事がなかった。


 それを軽々と使いこなす小柄な少女。はきはきとして真面目な少女。

 そうまで使いこなされては譲らない理由がないと答えると丁寧に感謝を述べて来た真面目な少女。

 ミカエルとしては一度、その時の思い出話でもしたかったところだが。


 そう言えばその時、家臣が宝剣を渡す事に難色を示した事に業を煮やし、「あなた方が持っていても価値がありません。速やかに引き渡しなさい」と迫って来た女僧侶がいたが今は何をしているのだろう。


「速やかに準備なさい」と、カリス。

「おまかせあれ、女神様」

 当然第一に攻略しなければならないのは結界城だろうと思っていた。

 すでに各天使の特性を活かした攻城作戦は考えてある。

 いよいよ熾天使ミカエルの腕の見せ所だ。

 カリス、ミカエル、ウリエルの三名は天使の軍団を率い、出陣した。


 ミカエルは女神カリスからスフィンクスの魔王の姿を確認するよう言い付けられていた。確認したら報告するようにと。

 理由を尋ねたが知る必要はないと言われた。


 今の所、出会ってはいないが、魔界に戻った可能性もある。

 頭が切れる人物らしいが、何故女神がそこまで固執するのかは想像が付かない。



 事の発端はカリスがアンクを撃墜した時にまで遡る。

 落下したアンクが生きていたら止めを刺すつもりだったが、居場所の確認の前にディッセル=ピエーロ美術館を破壊しようと考えた。

 ところが、美術館を焼失させたらアンクの姿が見えなくなっているではないか。

 世界中を見通せるはずのカリスがアンクの居場所が分からなくなったというのだ。


 幸い、カリスの確認する限り、仲間の元にアンクが戻った訳ではないようだ。

 ならば合流する前に、自分に関する情報が伝わる前に勝負を掛けなければ。

 ミカエルに十万の天使を率いさせ、カリス自身も結界城に向かった。

 まだ軍団の指揮はできないと言ったウリエルには美術館の周辺を哨戒させた。アンクの姿を見つけたらすぐに倒すように命令した。


 先行するミカエルは赤い法衣の天使、キュリオテス達をまず送り込む。

 結界城周辺に魔族の姿は見えない。敵は篭城しているようだ。

 それならば弓を持った緑の法衣のデュナメイスを前に出し、結界城に射掛けさせた。

 それでも反応はない。


 赤い法衣のキュリオテス達の後ろに剣技に長けた青い法衣のエクスシア達を続かせ、いよいよ城に潜入を試みさせる。

 ミカエルの考えでは敵はすでに魔界で待ち構えていると踏んでいた。

 最も強敵である吸血鬼ブラムが人間界では日中行動できないからだ。

 矢を射掛けたのも確認の意味合いが強かった。城を制圧し、魔界攻略の拠点とするのだ。


 と、その時、結界城から火柱が吹き上がった。

 キュリオテス達とエクスシア達が引き飛ばされて行く。


 そこに現れたのは上半身が裸の恰幅のいい中年男性の魔族だった。

 頭のターバンからは牛のような角が見え、鼻の下とあごに長い黒髭を生やしている。

 イフリート族の魔王、ヒートラだった。彼が得意とする火炎流の魔法だった。

「行けい!」

 その後に羽根の生えた悪魔の軍勢が現れ、天使達と交戦していく。

 さらにヒートラは続けて火炎流を繰り出して天使達を撃破していく。

 倒した天使達からは光の塊が現れ、地上に降り注いで行く。

「ふむ、ヨトゥンの言う通りだったか」

 倒された天使は人間に戻る。これは氷の巨人、ヨトゥン族の魔王、ヘルセーによってもたらされた情報だった。


「そうでしょ」

 鎧兜で武装した巨人の娘が城内から現れ、言った。ヘルセーだった。

「でももうちょっと離れて」

「それはこっちのセリフだ」

 臨戦態勢のヒートラは熱気を、ヘルセーは冷気を放っていた。

 特に険悪な関係になるきっかけがあった訳ではないが、これは両者にとっては重要なデリカシーとエチケットの問題だった。


「しかしヒートラの旦那が協力してくれて嬉しいぜ」

 さらに現れたのは魔界貴族のコートとキュロットの上から鎧を付けた、パーマを当てた金髪から角の見える顎鬚の青年。

 サイクロップス族のゲイリーだった。

 巨人族のヘルセーほどではないが巨大な体躯を持つ。


「ブラム殿に頭を下げられてはな」

 交戦派のヒートラはかつてウェスタ達に敗北して捕らえられていた。人間界に攻め込むブラムの主張を支持していて、これまではウェスタを新しい大魔王として認めていなかった。

「それにお前の女が人間界にいるのだろう?」

 以前、ゲイリーに打ち明けられた事実、だったが。

「ああ、それなんだけどよ……」

 ゲイリーは何やらはにかんで頭をかいている。

「子供ができたみてえなんだ」

「何だとっ!」

「まだ本人には会ってないんだけどよ」

「あらそう。おめでとう。来たわよ」

 ヘルセーは素っ気無く言うと天使達に向かって行く。

 彼女の肩に乗っている生き物がゲイリーを睨み付けている。

 長い黒髪から手足の生えたようなその生き物こそ「致死の凶眼」を持つバロール族の魔王、ザデンだった。

 元々は大男だったが、今はこのような姿になっている。

 今の睨みは「致死の凶眼」ではないが舌を出し、あかんべーをしていた。


 城内から魔族の軍勢が続々と現れる。羽根の生えた悪魔や鬼のようなものなど様々だった。

「この城を死守して魔界を守るのよ!」

 ヘルセーは剣を抜いて号令を下すと城に取り付こうとする天使達に切り掛かった。

 同時にザデンが天使達を睨み付ける。

 すると空中の天使たちが次々と墜落して行き、光の塊へと変わって行く。

「効果は抜群だぜ!やっぱりこの前の女が特別だったみてえだな」

 以前、熾天使ガブリエルには効果のなかった「凶眼」だったが天使達には効果があったようだ。


 その後メデューサ族の大魔王ウェスタも姿を現した。

 魔界貴族のコートとキュロットの上から鎧を身に着けたスタイルは依然のままだったが、ブラムから譲り受けた漆黒のマントを纏っている。

 二本の蛇髪と三つの目が特徴的だ。


「さあ、掛かって来い。わたしを倒さなければ魔界には行けんぞ」

 大声でウェスタは叫んだ。

「勇ましいものですね。少しは交戦を避けるかと思いましたが、野蛮な本性を現しましたか?」

 カリスは見下ろしながら言った。

「わたしも大魔王だからな。大魔王らしくやらせてもらう」


 ミカエルはウェスタの言葉に違和感を持った。

 ウェスタの人となりは知らないがそれでも腑に落ちない。

 少数で人間界を訪れたはずの魔族が軍団を引き連れている。

 人間達の天使化から戦争が避けられないのを読む事は可能だったろうが、それでもミカエルには引っ掛かるものがあった。

 軍団がいるならわざわざ籠城戦をする必要があったか?


 罠か?しかし爆発物などを仕掛ければ彼ら自身が巻き添えを食うだろう。

 進軍の命令は解いていない。引かせるべきか。しかし、それが敵の反撃の機会になっては元も子もない。

 十万の兵力は十分なようだが、練兵不足に指揮官不足は否めなかった。

 何も考えずに物量作戦を仕掛けられるほどではないのだ。


 そう思っていた時、結界城から轟音が鳴り響いた。

 爆発物ではない。

 それは水流だった。瀑布のごとき勢いの水流だった。

 しかも水流は自在に曲りくねり進んでいた。

 うまい事魔族を避けている。


 水流の先頭に人影が見えた。

 中年の女性だった。 美しい長髪がなびいている。ひれのようなものが耳や二の腕、ふくらはぎに生えている。半魚人の類に見えた。


 女性は水着姿だった。

 ビキニスタイルだが、スカートが付いていて、ヒップや太ももを可愛くおしゃれにカバーしている。

 それでいて寄せ上げのホルタ―ネックが胸の谷間を強調。

 上品な花柄はエレガントさ、キュートさ、セクシーさのバランスを高レベルで実現していた。


「ひゃっほおおおう!」

 水流を自在に操る魔王はリヴァイアサン族のレヴィアだった。水流は彼女の意のままに動き回り、天使達を押し流して行く。

「何だ?あれは!」

 危険を察知したミカエルだったがこれは想像を超えていた。

 罠の正体は伝説の水竜ならぬ水流だった。


「おおー、姉者もやっとるのう」

 さらに結界城から現れたのは大柄な体躯の持ち主の中年男性、ベヒモス族の魔王、グスタフだった。

 獅子のたてがみのような髪と髭と両手の鋭い爪が特徴だ。

 レヴィアと同じ花柄の半そでのシャツを身に着けていた。

「わしも負けてられんわい」

 驚異的なジャンプ力で残った天使達に飛び掛かり、両手の爪で撃破して行く。


「引け!撤退だ!」

 ミカエルは退却を命令した。カリスに目配せしたら首肯された。

 カリスも魔界から急きょ現れたレヴィアの動きは察知できなかった。ここは引くしかない。


 しかし、それでもカリスは単身ウェスタの元へ向かった。

「スフィンクスの少年はどこですか?」

「それはこっちのセリフだ。あなたは知らないのか?!アンクに出会っていないのか?」


 知っている。出会っている。

 出会って、殺したはずなのだ。

 問題は殺したはずなのに死体が見つからない事にある。


 カリスは人間界全域で起こった事を見通せる。

 それなのにアンクがどこにいるのか見失ってしまった。

 ディッセル=ピエーロ美術館をまず焼き払わなければならないと考え、優先したのだが、その一瞬でアンクは行方をくらましてしまった。


「あなたが彼の安否を気にするのは意外だな」

 カリスが気にしているのは「否」の確証だ。


 とは言え、アンクが帰還していないなら、自分に関する情報を持ち帰っていないなら、当面の心配はなさそうではある。

 魔界から軍勢が現われた以上長居は無用だ。


「また改めて伺います」

 カリスは会釈をすると飛び去ろうとした。

「待て!」

 それをウェスタは呼び止める。

「あなたの力添えもあってわたしが大魔王になった。わたしの望みは平和と自由だ。

 戦う必要はないだろう」

 カリスは目を細めただけで何も答えない。

「魔族にもう侵略の意図はない!魔界に攻め込む必要はないだろう!」

 ウェスタは短い期間だが共に戦ったジャンヌに訴えた。思いは届くと信じたかった。


「あなたの言葉を偽りだとは思いません」

 むしろ偽りは「大魔王らしくやらせてもらう」などと言う物言いの方だった。

「じゃ、じゃあ……」

「ですが、これはそういう問題ではないのです。あなたが平和的であっても後の時代の大魔王は好戦的かも知れません。

 魔族を根絶やしにして、魔界を滅ぼす。それが唯一の道です」

「せっかく魔王と勇者が協調できたこのタイミングでか?」

「せっかく知恵の果実の因子を取り出し、それを行使できる勇者を育てたこのタイミングでこそです」


「他にも道はある。魔族と人間が協調して、さらに世界が発展する道が!」

「これが美しい世界を作り出す唯一の道です」

 カリスは今度こそ天使の軍勢と共に飛び去って行った。


 話は平行線に終わった。

 天界は戦力の全てを投入して来た訳ではない。また攻めて来るだろう。

 今度は魔界まで侵入されるかも知れない。

「何故だ!何故こうまで争おうとするんだ!」

 天界と魔界の争いはまだまだまだ続くのだった。

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