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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第29話 わたしにできること

 ヘルセーとバロールが結界城に向かった頃、天界の神殿にアイギスはいた。

 その表情にかつての朗らかで勇敢な少女の面影はなかった。


 両親などいない、女神によって作られた自分。

 大魔王ブラムの娘の命を奪って作られた自分。

 多くの魔族を殺めて来た自分。


 しかもその自分に女神カリスは「知恵の果実」の力を使わせ、魔界を滅ぼさせようとまでしている。

 そのためにこそ自分は作られたのだ。


 もう消えてしまいたかった。

 消えなくてはならないと思った。


 ただ、気掛かりを残したままで消えたくはない。

 魔界で出会った心を通わせた人々を、魔族との戦いを止めるために力を合わせた仲間達を守りたかった。

 そして、平和と自由のために大魔王になると言ったメデューサの魔王、ウェスタの事を。


 彼は今、どうしているだろう。

 彼は今、どう思っているだろう。


 そう言えば二人で出掛ける約束をした。

 彼ともっと一緒にいたかった。彼を支えようと思った。


 だけど自分は、平和と自由のために戦う彼が、真っ先に倒さなければならない相手だ。

 彼がそれを望まなかったとしても、そうしなければ示しがつかないだろう。

 彼は新しい大魔王なのだから。


 天空の神殿の地下にアイギスの与えられた部屋は日の光の十分に入る、空気のいい部屋だった。

 寝具も用意されているし、食事は女神カリス自らが作ってくれる。

 鍵が掛けられている訳でもない。

(自分が逃げ出したらどうするのかと尋ねたが、世界中のどこにいても見つけ出せるわ、と言われた。)

 何不自由ない生活環境が与えられたが、アイギスの気持ちが晴れる事はなかった。


 ノックする音がしたので「開いてるわ」と答える。

 入って来たのは黒い法衣をまとった屈強な六枚羽の天使。


「……サンダルフォン、だっけ?」


「ゲーゴスでいいだろう」


 かつての勇者一行の戦士、ゲーゴスこと天使サンダルフォンだ。


「……大丈夫か?」


 アイギスはここへ来てから彼と話をしていない。話し掛けられても反応しなかった。

 ゲーゴスとフィリップはカリスの計画をはじめから知っていた。知っていながらアイギスには教えなかった。

 その事には腹を立てていた。

 しかし、苦楽を共にした仲だし、テュポーンとの戦いでは身を挺して守られた事もある。

 悪気はないのは何となく分かった。カリスには逆らう事はできないようになっているのだろう。


「大丈夫、じゃないわね……」


 久しぶりに会話を交わした。


「そ、そうだろうな……」


 返事があった事にゲーゴスは一応は安堵した。


「何を言っていいか分からなくてな」


「いいのよ……」


 それでも以前のように話す事はできない。

 気まずい沈黙が流れる。


「何か用?」


「ああ、そうだな……。魔族達とカリスと熾天使達が戦ったようだ」


「ここへ向かっているの?」


「ああ」


 ついに戦いが始まってしまったようだ。アイギスは胸を締め付けられる思いがした。


「結果はどうなったの?」


「こちらの圧勝だな。魔族は撤退した」


「誰か倒されたりしたの?」


「魔王の一人、バロールとか言うのがやられたらしいな」


 あまり面識のない人物だが魔王の中に死者が出たようだ。


「ああ……」


 ため息がもれる。


「魔族の、ウェスタの目的地はここだ……。お前が目当てだろう。

 魔族はお前が魔界を滅ぼせる事を知っている。

 お前をどうにかするつもりだ」


「そうでしょうね」


 何しろ魔界と魔族を滅ぼす事が、カリスが自分を作り出した理由だ。


「カリスの考えなんぞどうでもいいが、俺はお前を守るために魔族と戦う」


「やめて、そんな事。あなたと彼らが戦うのなんて見たくない…」


 魔族にも共闘した仲間がいる。ゲーゴスだって仲間意識はあったのではないのか。


「お前に憎まれようと、俺はお前を守るために戦う」


「だめよ。待って!」


「それだけを言いに来た。もう魔族の事も、戦いの事も忘れろ」


「待ってよ!ゲーゴス、他の道を考えて!」


「何もかも忘れろ」


 ゲーゴスは部屋を去った。


 アイギスの苦悩も分かるし、ゲーゴス自身も共に戦ったウェスタ達に無感覚な訳ではない。

 それでもただアイギスを守るためだけに戦うと決めた。

 これが俺の気高さと覚悟だ。

 さあメデューサの魔王、お前の気高さと覚悟を見せろ。


「もういや……」


 ゲーゴスの決意は固かった。アイギスはどうする事もできなかった。

 彼が魔族に倒されるのも、倒すのも見たくないのに……。 


 またノックの音がする。

 長い白髪の白い法衣をまとった切れ長の目の青年の姿をした六枚羽の天使。


「ほっほほ、久しぶりじゃのう、アイギス」


 人間の老人の姿だった頃と同じおどけたしゃべり方、かつての勇者一行の魔法使い、フィリップこと天使アザゼルだ。


「今日はお客が多いのね」


 うつむいたまま答える。とても笑顔にはなれない。


「ゲーゴスが話ができたようじゃからな。そろそろ落ち着いたのかと思っての」


「何か言いたい事があるの?」


 アイギスの表情がこわばる。

 ついさっきゲーゴスに魔族と戦う宣言をされたばかりだ。


「まあカリスに命令されれば戦うしかないのう。わしらの命は奴の思うがままじゃ」


 やはりそうだった。二人はカリスに逆らう事はできない。

 最もゲーゴスはカリスの考えなどどうでもいいとも言っていたが。


「まあ、わしは言われたようにするだけじゃな。それをお主に断りを入れる気はないのう」


「じゃあ何の話?」


「ゲーゴスの取り柄がお主を守る事ならわしの取り柄はお主に知恵を授ける事じゃ」


 にっこりと笑って言うフィリップだがアイギスはピンと来ない。


「知恵を……?知恵を授かってどうしろって言うの?」


「お主はどうしたいんじゃ?」


「わたしはどうしたらいいのか分からない。わたしに何ができるって言うの?」


「お主の悩みはわしには分からん。

 だが、何ができるかと言ったらお主以上にできる事の多い者はおるまい。

 知恵の果実の力を十全に使えるんじゃ。女神カリス以上に万能な存在がお主と言う事になる」


「わたしにカリスを止める事ができる?」


「あ奴を倒せるかと言う話になるとそれは難しいかのう。何しろ神じゃからな」


「戦いをやめてくれさえすればいいの」


「それは奴の信念なのじゃ。やめさせるのは難しいじゃろうな」


「だったら結局できる事なんてないじゃない」


「そんな事はない。何しろ『知恵の果実』を扱う事に関してはお主は女神カリス以上に万能なのじゃ」


 いまいちフィリップが何を言いたいのか分からない。


「それでじゃ。お主にこれをやろう」


 フィリップが取り出したのは古い巻物だった。


「それは?」


「聖典の一つ、ムルスじゃ」


 聖典とは神の言葉を記した書物の事だ。


「ムルスは地上にもたらされた事のない唯一の聖典なのじゃ」


「どうして地上にもたらされなかったの?」


「価値がなかったからじゃ。正確には価値を活かせる者がいなかった」


 価値のない聖典、ますます何が言いたいのか理解できない。


「ムルスに記されているのは『知恵の果実』の能力の目録じゃ」


「『知恵の果実』の?」


 天界から奪われ、代々の大魔王が受け継いで来た「知恵の果実」の能力の目録、確かに地上に価値を活かせる者はいなかっただろう。


「お主にとっては価値があるはずじゃ」


「知恵の果実」のマニュアルと言ったところか。


「過去に使われた能力について書かれておるし、それを応用して新たな能力を創り出す事もできるじゃろう」


 アイギスはムルスを手に取って眺めた。

 カリスが使わせようとしている神の雷、「ボアネルゲ」。

 人間を天使化する「アセンション」。

 倒した魔物の能力を手に入れる「クエスター」。

 アイギスが聞いた事のある名前もある。


 主神が使った事のない、名前の付いていない能力も記されていた。

 ルシファーが用いたと言われる新たな世界を創り出す能力。

 その世界を人間界と繋げる能力。


「これは……!!」


 アイギスは一つの能力に釘付けになった。

 これを応用すれば戦いを止める事ができるかも知れない。


 ようやく闇の中から這い上がれた気分だった。

 わたしにできる事はある。

 自分に与えられた忌まわしい力を使って、わたしにしかできない事がある。


「何か思い付いたか?」


「ええ、ありがとう。フィリップ」


 アイギスに活気が戻った。その表情は決意に満ちていた。


「でもこんな事をしてカリスは怒らないの?言われたようにするだけじゃなかったの?」


「『知恵の果実』の使い方を教えただけじゃ」


 フィリップはウィンクした。確かにカリスが使わせたい能力の記述された聖典を見せただけとも言える。


 その日、アイギスはカリスから正式に「知恵の果実」を賜った。

「知恵の果実」は何の苦も無く彼女の身体に入っていった。

 まるでそれが元々彼女の身体の一部であったかのように。

 どういう心変わり?と聞かれたが、戦争にならない事が最優先だから、と答えた。


 わたしに戦いを止める事ができるならばそれに全力を尽くそう。

 せめてそれを成し遂げれば、おぞましい自分にも、穢らわしい自分にも、生まれた意味はあったと思えるかも知れない。


 そう思えたなら、その時にこそわたしは、消える事ができるだろう。


 一方その頃、ヘルセーとザデンが結界城にたどり着いた。

 ウェスタ達は彼らを迎え入れた。


「ヘルセー!無事だったか……、と、そちらの方は?」


 ウェスタは困惑した。ヘルセーの肩に乗った顔から手足が生えたような生き物がバロール族のザデンとは思いもよらない。


「俺だよ、ザデンだよ。あんまりサラサラヘアーになったもんだから分からねえか」


 問題はそこではなかったが、とにかく死んだと思われていたザデンは生きていたようだ。

 ザデンはヘルセーの肩から降りた。


「またよろしく頼むぜ」


「ウェスタ……いえ、」


 ヘルセーはひざまずいた。


「大魔王様」


 その場の誰もがあっけにとられた。

 プライドの高いヘルセーの予想外の振る舞いだった。


「女神カリスが大人を天使として徴用した事で、人間界の子供達が苦しんでいます。

 わたしは子供達のために、魔界と人間界の未来を守るために戦います」


 これが、ありのままでもなされるがままでもないわたしに意志だ。

 広い世界に触れ、二つの世界をいい方向へ向けたいと思った。

 自分の意志で目的を決め、それを果たす。それがわたしの戦いだ。


「そのために女神と、彼女に仕える天使と戦います。

 勇者アイギスがその障害となるなら、彼女とも戦います。その許可を頂けますか」


「もちろんわたしも同じ思いだ」


 ウェスタは首肯した。


「あなたの気高さと覚悟は受け止めた」


 人間界に来た事でヘルセーに芽生えた思いは、ウェスタの平和と自由への思いにきっと通じるものだ。


「しかし、わたしはアイギスの事を信じている。そのわたしを信じてもらえるか」


「もちろん。わたしはあなたを守って先陣を切って戦います」


 ヘルセーも人間界に触れた事で二つの世界の平和を望むようになった。

 女神カリスのいい様に争いが広がって行くようだったが、決して悪い事ばかりではない。

 必ずアイギスを助け出し、二人で始めた、二つの世界の平和と自由を成し遂げて見せる。


「ところであんた」


 ヘルセーはウェスタに顔を近づけた。ひざまずいてもなお、ヘルセーの顔の方が上にある。


「わたしにビビってない?」


「そ、そんな事はないよ……」


 ウェスタの上半身が気持ち引けている感じがする。

 やっぱりビンタの件が尾を引いているのか。


「ビシっとしなさいよ。あんた大魔王なんでしょ」


「お前みたいなデカい女が近づいてくればビビるに決まってるって」


 ザデンがとことこ歩いて来た。


「俺も頑張って戦ってやるけどよ」


 今度はウェスタは目線を下げた。かつてのザデンは見上げる相手だったが。


「その前にナイスガイの俺を復活させて欲しい訳よ。アンクはどこだ?」


「何だって!アンクの野郎は一人で出掛けた?」


 アンクは女神カリスの正体の手掛かりを追って旅に出たという。

 入れ違いの形になってしまった。


「参ったぜ、俺の復活はアンクが帰って来たらか」


 ザデンは残念がったが他にどうしようもない。


「まずはブラム様にあいさつしておくか、なあヘルセー」


「そうね」


 二人はブラムのいる地下に向かった。


「ザデン、普通にあんなしゃべる奴だっけ?」


「微妙にしゃべるしかやる事なかったのかも」


「逆にヘルセーとも仲良くなってたし」


 大魔王城の同居人のハーピー三姉妹もザデンの変化には驚いたようだった。


 さて、ここで我々は時を遡らなければならない。

 ヘルセーが氷の家での休息から目覚めたのと同じ頃。

 戦闘の傷の癒えたスフィンクス族の少年、アンクは旅立った。

 目指すはディッセル=ピエーロ美術館。

 美術の鬼才、ピエーロの作品「美の女神カリス」が安置されていたと言う場所だった。

「ふう、ここですか」

 ピエーロ最高傑作と言われる「美の女神カリス」が盗まれて以来、訪問者は激減しているその美術館にアンクはたどり着いたのだった。

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