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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第28話 異世界で蘇ったら生首だった俺のバ(ロー)ルライフの件

 生首になってしまったバロール族のザデンが遂に息を吹き返す。

 ヘルセーは彼が元気になった事は良かったと思ったし、自分の回復行為が成果を上げた事も嬉しかった。

 しかし、ヘルセーはザデンが目を開けようとした時にある事に気付きはっとした。慌てて彼の目を手の平で覆い、呼び掛けた。


「よく聞きなさい、ザデン!目の前に人間がいるけど、あんたの看病を手伝ってくれた恩人よ。

『致死の凶眼』なんか使ったらあんたを踏み潰すわよ、分かった!?」


 ザデンが人間にどんな印象を持っているかは知らないが、囲まれている事にはショックを受け、警戒するだろう。

 そして彼は見る者を即死に追い込む『致死の凶眼』の持ち主だ。


「わ…分かった」


 反応があった、が。


「分かったから力を緩めてくれ!踏み潰す前に握り潰すつもりか?」


「あら、ごめんあそばせ」


 巨人族のヘルセーにとっては力の加減がどうも難しい。

 以前ウェスタをひっぱたいた事があったが、ヘルセーとしては軽くはたいたはずだったのに、彼を盛大に転倒させてしまった。

 その後、なんとなくウェスタは自分に怯えている感じがする。


「はあ…はあ……!そもそもそんな魔力の集中ができるほど回復しちゃあいない」


 ヘルセーはゆっくりとザデンから手をどけた。

 ザデンの目の前には確かに人間の女子供がいた。

 神妙な顔をしてはいるが、魔物の生首を見ているにしては冷静だ。

 確かにこの人間達が自分の看病をしてくれていたのだろう。


「夢を見ていた……」


 ザデンは思い出すように語った。


「暗く冷たい牢獄に身動きもできない状態で閉じ込められる夢だった」


「まあそれはそんなようなものね」


 ヘルセーにとって快適な住居だが、それは一般的な感想ではない。

 それに首から上しかないザデンは、実際に身動きできない状態だ。


「しかし、お前」


 ザデンはヘルセーをまじまじと見詰めていた。


「何?」


「よくそんな寒い格好でいられるな」


「あ」


 ヘルセーは目を見開いた。

 女しかいなかったから今まで気にしていなかったが、ヘルセーは下着姿だった。

 タンクトップとショーツだけの姿だった。


「なっ……!こっちを見るな!」


 ヘルセーはザデンの顔面を床に押し付けた。


「痛い!苦しい!今度は押し潰すつもりか!」


「ハンナ、何か着るものある!?」


「ヘルセーの着てた服、破れてたから縫い合わせたけど、家に置いて来ちゃった」


「取って来て!」


「分かったわ!」


「それより力を緩めてくれ!何としても俺を潰すつもりか!」


 潰され日和のザデンであった。


 ヘルセーが鎧の下に着けていたチュニックとズボンはガブリエルのレイピアの攻撃で所々破かれていた。

 ハンナがそれを直してくれていたのだった。


「ふう」


 それを受け取って身に着けるとザデンの首を縦置きに戻した。


「あー、そういや俺、首をはねられたんだっけか」


 ザデンは今さらながら自分が首を切断された瞬間を思い出し、現在の状況を確認した。


「すげー痛かったけど、痛くなくなった瞬間も覚えてるなあ」


「わたしがあんたの頭を掴んだのは覚えてる?」


「いや、地面に落ちる前に意識失ったみたいだな。『こりゃあ死んだな』と思ったらそこでプッツリよ」


「そういうものなのね」


「俺も初めての事だけどな」


「自慢げに言うんじゃないわよ。でも回復してよかった」


 魔王二人の会話を目をまん丸にして聞いているハンナ、カイ、ゲルダの三姉妹だったが、


「本当に首だけなのに生きてるのね!」


「すごい!すごーい!」


「バルッ!バルッ!」


 興味津々にザデンに話し掛け、触ってきた。


「ぐわあああ!転がすな、ゲルダ!」


「バルッ!バルッ!」


 それからと言うもの、ザデンは姉妹達のお気に入りになった。


「カイ!お手玉にもするな!」


「バルちゃん!かわいいー!」


「もう乱暴しちゃだめでしょ!」 


 長女のハンナはそういう時、決まってザデンを妹達から救い出してくれた。


「ごめんなさいね、バルちゃん」


「まあいい。命の恩人だからな。多少は我慢する」


 実際の治療行為はヘルセーの魔法がメインだったが、回復魔法の本は少女達の家にあったものだ。


「それに、お前に髪をすかれるのは嫌いじゃない」


 以前が手入れをしていないぼさぼさの長髪だったため、ハンナにとってすき甲斐のある髪だった。

 ハンナは暇があればザデンの髪にくしを当てていたので、今ではすっかりさらさらの長髪だ。


「ねえ、三つ編みにしていい?」


「してもいいが、後でちゃんと戻せ」


 以前、三つ編みにされた時に狩りから戻って来たヘルセーに大笑いされてしまったのだった。


 とは言え、ザデンにとってこの氷の家での生活は心安らぐものだった。

 首から下を失ったと言え、いや、失ったからこその平穏な気分だった。

 他にどうしようもないが故の、他人の善意を頼るだけの生活。


 それは奇しくも以前の彼とは逆の生活だった。

「致死の凶眼」と言う絶対的な力を持つが故の、どうしようもない周囲の恐怖と警戒。

 それは自分自身の周囲への恐怖と警戒となった。

 敵地である人間界にやって来た事でそれらから解放されたのは皮肉な事だ。

 かつては険悪な関係だったヘルセーも優しく看病してくれる。


 このままずっとこうしていたいとも思ったが、そうもいかない。

 今、魔界は天界の脅威に晒されている。

 こうしている間にも女神カリスが本腰を入れて魔界に侵攻してくるかも知れない。

 急いで仲間の元に戻らなければ。

 しかし、一つの問題があった。


「やっぱりだめだわ」


 回復魔法による治療を継続する事で、ザデンの首から下の部位の復元を考えていたヘルセーだったが、経過は思わしくなかった。

 と言うより部位の復元は全く進んでいなかった。


「これが限界なのかも」


「そうか、それは困ったな」


「あんまりショックじゃないのね」


 ハンナはザデンの反応が軽い事に驚いていた。首から下がないなんて不便過ぎるはずだ(そもそも人間であれば死んでいる)。


「アンクの野郎なら治せるだろ」


「そうね。アイツはこういうの好きそうだし」


 初代メデューサの瞳をウェスタに移植したと言うアンクに期待しての事だった。

 しかし、そうなると回復してからの帰還の予定を繰り上げる事になる。

 つまりすぐにも氷の家を引き払い、立ち去ると言う事だ。


 天使化した姉妹の両親がいつ戻るのか分からない。

 ヘルセーはできる限り食糧の貯えを残して旅立つ事にして、狩りによく出るようになった。

 そんなある日、事件は起こった。

 ヘルセーが狩りに出たある日、氷の家をノックする音がした。


「ああ?ヘルセー、忘れ物か?」


「はーい」ハンナがドアを開けると緑色の肌の生き物が数体、侵入して来た。


「食い物を寄こせぇ!」


 それはゴブリンと呼ばれる子鬼だった。

 普段は麓に生息しているが備蓄していた肉の臭いに魅かれてやって来たのだった。


「おい!勝手に持って行くんじゃない!」


 ザデンは言ったが聞く耳を持たない。

 蓄えてあった肉が持ち出されて行く。


「うわーん! こわいー!」


 ゲルダが泣きだすと、


「黙れ、このガキ!」


 ゴブリンが刃物を抜いてゲルダに近づいて行く。


「おい! 子供に手を出すんじゃねえ」


 ザデンは言った。


「うるせえ、あんまり騒ぐと巨人が戻って来るだろうが」


「お前、ヘルセーの留守を狙ってやがったか」


 思ったより計画的な行為だったようだ。


「殺しはしない気だったが、慈悲深い俺様にも限度があらあ」


「だめ!」


「妹に手を出さないで!」


 ハンナとカイがゲルダに駆け寄る。

 このままではまずい。このままでは三人が殺されてしまう。


 ザデンは侵入者に殴り掛かろうとしたが単に自分が横倒しになっただけだった。

 殴る腕がないのだ。駆け寄る足も。


「ちくしょー……!」


 あんな雑魚相手に。この俺様が……!

「致死の凶眼」を使うか、いや、首を振る事もできないのだ。

 発動させても思い通りに当てる事などできない。


「三人とも仲良く殺してやるぜ」


 ゴブリンがいよいよ姉妹に向けて刃を振り上げた!


「やめろぉー!」


 駆け寄って侵入者を殴りたい。

 あの三人を守れなければ一命を取り留めた意味がない。

 あの三人を守れれば何でもする。

 彼がそう思ったその時!


 ザデンの首から両手足が生えて来た。

 気が付けば氷の机の上にしっかと足で着地している。


「おっ!……おお!」


 ザデンは状況を把握した。そして、そこからの行動は迅速だった。


「こんにゃろ!」


 一足飛びにゴブリンに飛び掛かり、殴り付けた。

 ゴブリンは悲鳴を上げて転げまわったが、ザデンは上手く着地した。


 その後は素早く敵の背後に回り、首を絞める。


「てめえ、慈悲深くとか言ってやがったなあ!」


 たくましい腕による締め付けをゴブリンは振りほどく事ができない。


「俺は慈悲深い天使様に首をはねられた。お前の首も喰いちぎってやるよ」


 軽く噛み付いた。


「慈悲深くなあ!」


「ひあああああっ!」


 そこにヘルセーが帰って来た。


「あら、お客さん?冷たい飲み物ならあるけど」


「うわあああ、出たあ!」


 ゴブリン達は、食糧を置いて、散り散りになって逃げ出した。

 ザデンが首絞めを止めるとそのゴブリンも逃げ出した。


「しかし危なかったぜ」


「ドアを開ける前に相手を確認しなきゃだめよ」


「ごめんなさい」


 ハンナに注意しつつもヘルセーはザデンから目が離せない。

 腕を組んで仁王立ちするザデンだが、胴体は見当たらない。

 長い髪に根本が隠れているとはいえ、胴体に関しては間違いなくないだろう。

 腕と脚も肘と膝辺りまでしかないようだ。

 頭部に手足の生えた状態なのだった。


「あんた、何があったの?」


「必死になったらこうなったぜ。やりゃあできるってもんだな。はっはっは」


「うーん、本人の気持ちが大事ってのはそうかも知れないけど」


 ならば全身が復元してもよさそうなものだ。

 もう一度、回復魔法の本を読み返す。


「あっ、これかも」


 ヘルセーが治療の際、参照したページだった。


『切断された手足の回復魔法』


「つまりずっと手足だけの治療をしてたって事か?」


「そういう事ね」


「……ちゃんと全部治せえええ!」


 ザデンはヘルセーに組み付いた。が、相手は巨人族、ゴブリンのようにはいかない。

 ヘルセーは涼しい表情だったし、軽くふり払われた。


「どっち道、人間の本に『切断された首の回復』なんか載ってないでしょ」


「なんてこったあああ!」


「バルちゃん、これはこれでかわいいかも」


「バルちゃん、お姉ちゃんが乱れたおぐしを直してくれるって」


「バル!バルッ!」


「ああ、胴体の部分が『ロー』だったのね」


「誰がうまい事言えと言った!俺はバロール族のザデンだ!」


 とは言え、帰還する準備は整ったのだった。ここを去る準備も。


 結局、姉妹達は人間の集落まで連れて行く事になった。

 ゴブリンの襲撃を受けたせいだった。氷の家に彼女達だけで置いておく訳にはいかない。

 しかし、山の麓まで降りた所でまたもや襲撃を受ける。

 今度は天使だった。熾天使ではない。剣や弓を持った下級天使の集団だった。


「おいおい、俺達を待ち伏せか」


「そうかもね」


 ヘルセーは剣を抜いた。


「あなたは子供達をお願い」


 そして一人で天使達と向かい合う。


「ブリザード」


 手ぶらだった手から吹雪の魔法が放たれる。

 氷つぶての混じった強風に天使達は煽られる。


「たあっ!」


 そこに飛び掛かったヘルセーはひとっ跳びで2体の天使を斬り伏せた。

 二体の天使が光の塊となり、結界城の時と同じくどこかに飛んで行くかと思ったらそうはならなかった。

 光はそのまま人間になり……


「お父さん!!! お母さん!!!」


 ハンナ、カイ、ゲルダの両親になった。

 他の天使達は飛び去って行った。

 姉妹は泣いて喜んでいるが、当の両親はヘルセーとザデンを訝しんでいる。

 無理もない。二人は魔物なのだから。


「後はわたし達の出る幕じゃないわ、任せましょう」


「そうだな」


「しかし、ヘルセーよ」


「何?」


 ヘルセーの肩に乗ったザデンは尋ねた。


「天使を倒したら元の人間も死ぬんだったらどうするつもりだったんだ?」


「あなたは知らないでしょうけど、結界城で天使と戦った時も、光になって地上に飛んで行ったの。

 こうなるんじゃないかって思ってたわ」


「なるほどなあ。それはそうと、またあの熾天使とやり合う気なのか」


 ザデンの言葉は必ずしも臆病風に吹かれたとも言えない。

 二人ともガブリエルに手も足も出なかったのだから。


「勝てる気がしねえぜ、あいつにゃあ」


「もちろん戦うわ」


 ヘルセーは笑顔で言った。


「ありのままでもなされるがままでもないわたしがあいつを倒す」


「何だそりゃあ?屁理屈じゃねえのか」


 ザデンにはその言葉の意味は分からなかった。


「そうではないわ。あんたには悪いけど、わたしはここに来てよかった」


 心の迷いの晴れた、ふっきれた笑顔だった。


「まあ……、お前はさっぱりしたいい目になったよ」


 ザデンは素直に思った。


「俺の髪の毛もさっぱりしただろ」


 ヘルセーは肩の上のザデンを見詰めた。


「ふふ……、それはそうね」


 結界城が見えて来た。数日の時を経て、こうして二人は帰還を果たした。

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