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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第27話 ヘルセーは雪の女王

 カリスが「グローバルアセンション」を使い、地上の人間の六割を天使化した頃。

 氷の巨人ヨトゥン族のヘルセーは雪山の高山地帯を歩いていた。


 熾天使ガブリエルには圧倒的な力の差を見せ付けられ、重傷を負わされた。

 しかし、雪山が近かったのはヘルセーにとっては幸運だった。

 遠方の雪をも操る「スノードリフト」の魔法で吹雪を起こし、ガブリエルの追跡を逃れられた。

 それ以上ガブリエルは追って来なかったし、ヘルセーは雪の中ならいくらでも隠れていられる自信がある。


 とは言え、休息を取るのは雪山の奥深くに行ってからだ。


 十分奥地に入り込んだ所で寝床を作る事にしたヘルセー。

 雪を魔法を操る事で家を作り、そこで傷を癒すのだ。


 できた家はデッサンの歪んだほったて小屋だった。

 雪は豊富にあったので、もう少し建築センスがあればちょっとした城を作る事もできたかも知れない。


「レヴィアのおばさんの仕事を手伝ってればよかったわね」


 ヘルセーはかつてリヴァイアサンのレヴィアから建築の手伝いを頼まれた事があったが、巨人の腕力を当てにしていただけだったので断ったのだった。

 魔王としてのプライドで肉体労働に駆り出される事に抵抗があったが、今にして思えばやっておけば役に立ったのかも知れない。

 ともわれこれで安心して休む事ができる。


 中に氷のベッドを作った。

 人間などがここで寝たら凍死する事は必至だが、ヘルセーにとっては極めて快適な寝床だ。

 雪で作られた壁は外が見えないが、氷でできた窓からならば外の様子を窺える。

 兜と鎧を外したら血がドバっと噴き出たが、これはあくまで鎧に溜まっていたもので、止血は氷の魔法でできている。

 ヨトゥン族は血液も栄養も氷で補充できる。ひとまず英気を養う状態は作れた。


 ここでヘルセーは片手に握っていた黒い物体を床に転がした。

 それはザデンの生首だった。

 ガブリエルから逃げる時のどさくさにザデンの遺体の側から拾い上げたのだった。

 ここでようやくヘルセーはベッドに倒れ込んだ。


 横になったまま、ザデンの生首を眺める。

 それは苦悶の表情を浮かべていたが、ガブリエルに首をはねられた瞬間は断末魔の愕然とした表情だった。

 そう、彼はまだ生きている。生死の境をさまよってはいるが絶命はしていない。


「あんたは神族なんだから、首を斬られたくらいで死ぬんじゃないわよ……」


 返事はない。意識は戻ってないのだろう。


「初代メデューサとか言うのが目玉だか髪の毛一本だかで生きてたんだから……。

こんな事で死んだら笑ってやるわ……」


 言いながらヘルセーは涙を流していた。

 ザデンが生きている事を確認したら何故だか感動をしていた。

 自分が動ける程度に回復したら彼を蘇生させてやろう。

 あんな奴の命を助けたいと願う自分がこっけいだった。


 最近はとんだ災難続きだ。

 メデューサの魔王ウェスタと関わってからロクな事がない。


 と、言っても女神カリスの企みで勇者が魔界に侵攻したならそのせいか。

 その元をたどると四千年前に奪われた「知恵の果実」の話にもなって来る。


 奪った魔族の創造主、大魔王ルシファーが悪いのか。

 しかし、「知恵の果実」で魔族を作ったのだから、奪ってもらわないと自分たちは存在できなかった訳で。


 頭がこんがらがってきた。

 疲れている時に難しい事を考えるものじゃない。

 とにかく今は回復に専念しなければ。

 あのガブリエルとか言うさばけた女は必ず見返してやらなければ……。

 ヘルセーは深い眠りについた。


 目が覚めたヘルセーはさわやかですがすがしい気持ちだった。

 重症を負って倒れたのが嘘の様に思える。

 氷の家での休息ですっかり傷が癒えるのは氷の巨人族の特権だ。

 ただし、ひどい空腹だった。食料を調達しなければ。


 雪山の吹雪が心地いい。人間なら厳重な防寒具を抱き締めながらしか進めない気候の中をヘルセーは平然と進む。

 すると一頭の熊に出会った。相手も腹を空かせているようでこちらに突進して来る。

 しかし、近づくにつれヘルセーの巨大さに気付き、動きが鈍る。

 目の前に来るまでには獣もヘルセーの背丈が自分より大きい事を認識し、逃げ出そうとするがもう遅かった。

 ヘルセーは氷の魔法で一瞬で熊を氷漬けにした。剣も携帯していたが抜くまでもなかった。首尾よく保存食を得た。

 魔界の故郷ではもっと巨大な魔物を狩猟していたで、手馴れたものだ。


 帰宅の際、小動物の気配を感じた。

 狼などの可能性も考えたが、それならそれで熊と同じく魔法で冷凍保存して持ち帰ればいい。

 ヘルセーは気にせず、氷の小屋に戻った。


 熊を家に入れる。故郷では肉は生で食べる事が多かったが、保存用に干し肉にする事もあった。

 いずれにしてもそれなりの量の肉が取れるだろう。

 と思っていたら家をノックする音がする。

 一応、警戒のため剣を携えて扉を少しだけ開くが、誰もいない。

 と思ったら足元に動くものがいた。

 三人の人間の少女だった。


「大きいお姉ちゃん!」

一人の少女が叫んだ。


「ここに住んでるの?」


「そうよ」

今のところは、であるが。


「なんでそんなに大きいの?お姉ちゃんて化け物?」


「う……」


 先日は天使に同じ事を言われた。

 とは言え、人間の成人と比べても二倍くらい大きな巨人族のヘルセーは、子供達にはとても大きく見えるだろう。


「ちょっと失礼よ!」

最も年長らしい少女が言った。


「あの、わたし達この辺りに住んでるんですけど、お父さんとお母さんがいなくなっちゃって」


「いなくなった?」


「なんていうか、光の塊になって飛んで行っちゃった」


 カリスの「グローバルアセンション」が行われたのは、ヘルセーが雪山を瀕死の状態でさまよっていた頃だ。

 この時点のヘルセーは知る由もないが、女神の魔法で老人と子供以外みんな天使に変えられた。

 彼女達の両親も例外ではない。


「お父さーん」

「お母さーん」


「もう泣かないの、二人とも」


 どうやら三人は姉妹のようだった。


「わたしはハンナ」

長女は大人しく面倒見がいい娘だ。


「わたしはカイだよ!」

次女がカイ、元気な娘のようだ。


「ゲウダ!ゲウダ!」


「この子が末っ子のゲルダです」

三女はまだ上手くしゃべれないようでハンナが代って紹介した。


「わたしはヘルセー、氷の巨人族よ」


「まあ、だから氷で家を」


「巨人族なんだ!」


「ヘーセ!ヘーセ!」


 人間から見れば化け物である事は間違いないが、少女達は恐怖を感じたりはしていないようだ。


「食べるものもなくなっちゃって」


 この辺りは作物が育たないので狩りをしないと食糧が手に入らないようだった。


「こんな所に家ができたから、食べ物分けてもらおうと思って」


「そうだったのね。わたしもこれから食べる所だわ」


 ともかく熊の肉を振る舞う事にした。

 長女のハンナは料理の心得えがあったようで、手伝ってもらった。


「冷たい飲み物はいかが?」


 小屋の付近に泉を発見したので、氷のコップを作ってくんで来ようとしたが、


「冷たい飲み物!?あったかいのはないの?」


 次女、カイは目を丸くして言った。


「あったかい…飲み物?恐ろしい事を言うのね」


 ヘルセーは暖かい飲み物など飲んだらやけどしてしまうが、人間(というか魔族の大部分もだが)は一定の体温を保つ必要がある。

 少女達は外出用の防寒具を着込んでいるが、それでも震えていた。

 氷できた小屋はヘルセー以外には快適ではないようだ。


「そうねえ」


 ヘルセーは脱ぎ捨てた鎧のふところから小さな箱を取り出した。

 箱の中は氷漬けだったが、赤い宝石が入っていた。

 これはゲイリーがヘルセーとの戦いのために用意して武器にはめ込んでいた炎のまじないが封じ込まれた石だった。

 戦いの後、あんまり腹が立ったので、没収して氷のまじないの掛かった小箱に封印しておいたのだった。

 ヘルセーにとっては忌々しい触りたくもないものだが、魔力をこめて使用する事自体は可能だ。


「…よっと」


 宝石はみるみる熱を発し始めた。これで暖かい飲み物も作れる、と思って氷の机に置いたら机が溶け始めた。


「家に戻って器を取って来るわ」

とハンナ。


「家がこの近くにあるの?」


「んー、それなりに歩くかな」


「家に薬草とかない?」

ヘルセーが尋ねたのはザデンのためだった。そろそろ彼の蘇生を始めなければ。


「どうかなあ、お父さんが山を下りて摘んで来たけど、ちょっと前のだからあっても古いかも。」


 ハンナは考え込みながら言った。


「でも、回復魔法の本がある。お母さんが昔勉強してたって」


 薬草が手に入り辛いから治癒魔法の知識も有用だった、という事のようだ。


「回復魔法か」


 氷の魔法以外はヨトゥン族としてのアドバンテージはない。

 しかし、ヘルセーは魔術の勉学にも励んでいた。

 回復魔法は勉強した事がないが、学習して使う事はできるのではないか。


「わたしが運んであげる」


 巨人族であるヘルセーが少女達を担いで移動した方が話が早い。

 ヘルセーは少女達と共に、彼女らの家に向かった。


「お姉ちゃんすごーい!もう着いちゃった」


「ヘーセ!しゅごい」


 少女達の家にはすぐにたどり着いたが、ヘルセーは人間用の家に入る事はできなかった。

 食器類と回復魔法の本を持って来てもらう。

 その上で氷の家に戻る。

 温度調節の宝石によって少女達も快適な食事ができたようだ。

 あとはいよいよ……


「あなた達はこっちを見ないで。グロテクスな上に不潔だから」 


 三人に断った上で、ヘルセーはベッドの下のザデンの生首を引っ張り出す。

 やはり苦悶の表情のままだ。すでに死んでいる可能性もなくはないが、とにかく治療を試みる。

 回復魔法の本の手順に従い、魔法を発動させるとかすかにザデンの首が振るえた。

 まだ絶命していない。そして、回復魔法の効果もありそうだ。


「よし!これならいけるわ。さあ、息を吹き返しなさい!」


 気合いを入れてみたが魔力が尽きるまで続けても意識を取り戻したり、首から下の部位が現われる事はなかった。

 これ以上は本人の回復力に任せるしかないようだ。


「簡単には回復しないようね……」


 ヘルセーがため息を付いて肩を落としていると、

「それ回復させてるの!?」カイがザデンの生首を覗き込んでいた。


「ちょっとあなた!」


 油断していた。


「かお、かおだー!」


 ゲルダもつられてこっちを見てしまう。


「その生き物、生き返るの?お姉ちゃんも見てみなって!」


「見ないでって言ってるでしょ!」


 と、言ってもこうなるとハンナも見ないではいられないのだった。

 結局、姉妹にザデンの生首を目撃されてしまう。


「これのために回復魔法が必要だったのね……」


 長女ハンナもザデンをまじまじと見詰める。

 三人が意外とショックを受けていなかったのが救いだった。


 それから毎日少女達はヘルセーの家に遊びに来た。

 氷の家は彼女達が身体を壊すかも知れなかったし、人間の家にはヘルセーは住めない。

 彼女達は毎日ザデンの様子も確認した。

 部位の回復は認められないが、ザデンもやがて安らかな寝顔を見せる様になって来た。

 ヘルセーの回復魔法の成果が見えて来たのだった。


「バル!バルッ!」


 ゲルダはザデンをそう呼んでいた。

 バロール族のザデンとは一応ちゃんと教えたが、呼びやすそうだし、段々気にしないようになった。


「バルちゃん、目が覚めた?」

「バルちゃん、また顔色よくなったね」


 ハンナとカイもそう呼ぶので、もうそれでよしとした。


 落ち着いてみると人間の子供達との生活は悪くないと思った。

 ウェスタやゲイリーが人間界にちょくちょく通っていたらしい話を聞いても不謹慎な話としか思わなかったが、今は気持ちが分かる。

 元の生活に戻りたい気持ちはあるが、またこの子達に会いたいとも思った。


 少女達は山の外どころか魔界から来たというヘルセーに興味津々で、いろいろな事を聞いて来た。


「彼氏はいるの?」

ハンナからそんな事まで聞かれた。


「だってヘルセー、すごい美人だし、スタイル抜群だもの。絶対もてるでしょ?」


「フラれたの、わたし」


「嘘でしょ?」


「自分の感情を押し付け過ぎたのかもね」


 ヘルセーはかつて付き合っていたサイクロップス族のゲイリーとの事を話した。

 大魔王直属の鍛冶屋だった彼がその生活に疲れた事。

 故郷に帰ろうとする彼を引き留めようとした事が原因で別れる事になった事。


「そんな事ないよー。ヘルセーは全然悪くないよ。それは男がだらしないってー」


 ハンナはヘルセーの味方をしてくれたが、ヘルセーは後悔していた。


「そういうのをありのままじゃなくって、なされるがままって言うのさ」


 熾天使ガブリエルの言葉が思い出される。

 広い世界を知らなかったから、知ろうとしなかったから、ゲイリーが大魔王の元を去りたい気持ちが分からなかった。

 思えば人間界へ来たのも新しい大魔王に従っただけの事で、まさに「なされるがまま」だ。


「ありのままで何が身に付くんだ、か……」


 それもガブリエルの言葉だった。

 ありのままでも、なされるがままでもない自分は何がしたいんだろう。


 そう思っている内に遂にその日がやって来た。

 ザデンの首に回復魔法を掛けていると、やたらと顔の筋肉が動いている。

 そして口からため息のような空気が漏れ、まぶたが動き始めた!

 部位の回復は認められないが。

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