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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第25話 ロードオブシャドウ

 人間の居住地を避け世界樹を目指す魔王軍。

 北と南の二手に迂回して進む。


 北の森林地帯を進むのは、吸血鬼である大魔王ブラム、「致死の凶眼」の使い手、バロール族のザデン、そして氷の巨人ヨトゥン族のヘルセーだ。

 森に隠れて進めたはずだが、その日のその夜の内に早くも天使に発見されてしまう。

  南の山岳地帯に向かったウェスタ達はすでに敗退していた時間に北ルートでは戦端が開かれた。


 敵は熾天使のミカエル、ウリエル、ガブリエルの三名だ。


「女神様は人間界で起こっている事は何でもご存じらしいぜ」


 あごを撫でながらウリエルが言った。本来はあごひげを撫でたかった所だが、若返った事でひげは消えてしまったようだ。


「何でもご存じだから俺が選ばれた訳でもあるんだろうな」


 熾天使ウリエルは女神カリスによって天使に「アセンション」させられた元人間だ。

 ヴァンパイアハンター、ジョナサン=ヴァン=スローン、かつて吸血領主だったブラムを倒し、魔界においやった張本人である。

 その血族は不死身の身体を持つ吸血鬼相手の戦闘術を代々磨き、受け継いで来た。

 その彼が若返り、天使化して目の前に現れた。

 人間を戦力に変えるならば、ブラムにとって世界で最も厄介なチョイスと言っていい。


「吸血鬼のわたしにぶつけるためか」


 自分も大魔王となり、「知恵の果実」を受け継ぎ強くなったが、果たしてジョナサン=ヴァン=スローンに勝てるだろうか。

 聖なる加護を受けた武器を使いこなし、魔族を滅するヴァンパイアハンターに天使の神聖性が宿ったならば、それは吸血鬼にとってさらに危険度が増したのではないか。

 実際に炎で鞭を創り、それを自在に使いこなしてみせている。

 かつては使えなかった魔法を操っている。

ジョナサンの類稀なる格闘センスが現われていた。


「お前がまた人間界に現れたって言うんだから、願ったり叶ったりってもんだ」


「一応断っておくが」


 ブラムは言っても通じないとは思ったが言った。


「人間に危害を加えるために来たのではない」


「ほう?じゃあ何のためだ」


「女神が魔界と魔族を本腰を入れて滅ぼすつもりだからだ」


「じゃあ女神を倒すためか」


「そうなるだろうな」


 やれやれとウリエルは首を振った。


「女神の加護を失ったら人間界がどうなるか分かったもんじゃねえ。

 そんな事を許す訳がないだろう」


 ウリエルは炎の鞭を出現させた。


「大体お前は人間界を一度侵略に来ている。信じられるものか」


「それもそうなるだろうな」


 やはり通じなかった。


「貴様とはこうなるさだめか」


 ブラムも剣を抜いた。


「掛かって来るがいい」


「おうよ。ミカエル、行くぞ」


「ああ」


 赤い法衣の天使も応じて、剣を抜いた。

 得物はブラムと同じ片手剣のようだが、ブラムと面識のないこの人物は何者なのか。

 ウリエルに匹敵する能力を持っているはずだ。

「行くぞ、大魔王」

 仕掛けて来たのはミカエルの方だった。

 鞭を持ったウリエルが後方に回るのは妥当な戦術だ。


 ブラムはミカエルと剣を交わした。

 上品な太刀筋だと思った。人間だった頃は高貴な家柄だったに違いない。

 剣の勝負ではブラムも負けていなかったが、ミカエルが打ち合いから引いたと思えばウリエルの炎の鞭が飛んで来た。

 回避したらそこにミカエルがまた斬り込んで来る。

 息の合った上手いコンビネーションだ。しかし、


「ギガンテス」


 打ち返すブラムの剣には怪力が宿っていた。

「知恵の果実」の「クエスター」の力、倒した敵の能力を手に入れる能力だ。

 ミカエルは大きくバランスを崩す。さらに、


「メデューサ」


 ブラムの剣の構えが変化する。蛇がまとわりつくような奇妙な構えだ。

 そして、ミカエルが攻撃を受け止めるとブラムと目が合った。

 その瞳は蛇のそれと化していた。そしてその目を見た瞬間、


「なっ!何だとぉぉぉ!」


 ミカエルは大蛇が自分の腕に巻き付いている事に気付いた。

 いつの間にこんな事が?大蛇は今にも自分に食らい付こうとしている。


「どうした?ミカエル」


 ウリエルは急にミカエルが絶叫した理由が分からなかった。

 自分の腕を凝視するミカエルは一体どうしたと言うのか。


「催眠術の類か?」


 ブラムの放った「恐慌の蛇眼」だった。

 ミカエルは眼下の森に落下して行く。


「わたしもそれなりに強くなっている」


 大魔王となったブラムもジョナサンに敗れた頃と同じではない。


「それなりどころじゃねえ。吸血鬼らしい事なんかしやしねえじゃねか」


 ウリエルも悪態をつくしかない。

 もっともウリエルと戦う前に手の内を明かしたくはなかったのが本音だ。

 相手が強敵なので「知恵の果実」の力を使わざるを得なかった訳でもあった。


「俺はメデューサとも戦った事がある。今の催眠術をどこかで見たと思ったが似ているな」


 ウリエルは神妙な面持ちでつぶやいた。

 伝説上のメデューサは人を石に変えると言うが、現在はその能力は弱体化しているようだ。

 それでも眼力で催眠術を操りはする。


「他の魔物の能力を使える、って事か」


 鋭い洞察だった。戦い方を見極める戦士としての勘だった。

 やはり手の内を明かした事が仇になった。


「倒した魔物の能力を奪う。大魔王になって手に入れた力だ」


「そういやお前を倒して大魔王になったのもメデューサらしいじゃねえか」


 そのメデューサは石化能力を持っていて、ブラム自身が石化された。

 しかし、ブラムは石化能力は使えない。


「倒したのは奴の父親だ」


 ウェスタの父親、オキツはそもそも剣士の側面が強い人物だった。


「それで恨まれたか」


「そうは言われてないが、分からんな」


 ウェスタからその件で敵愾心を向けられた記憶はない。

 親子関係があまりよくなかった話も聞くが、恨んでいないかどうかは分からない。


「まあそれはいい」


 ウリエルは炎の鞭を振るった。

 あっさりとミカエルが離脱させられた。やはりブラムは一筋縄ではいかない相手だった。


「本気で行くぜ」


 宿命の対決が始まる。いや、熾天使となったヴァンパイアハンターと大魔王となった吸血鬼、宿命を超えた対決と言ってもよかった。


 ウリエルは光の刃を複数飛ばして来た。

 ブラムはそれを剣で弾いた。


 と、思ったらウリエルは距離を詰めていた。雷を纏った手で殴り付けて来た。

 ブラムが「アイアンゴーレム」の力で鋼鉄化した腕で受け止めるとそれは雷でできた斧だった。


 次にウリエルは氷でできた刃を投げ付けて来た。

 大したスピードではないので回避したが、接近した瞬間ブラムはそれが、くの次に曲がったブーメランと気付く。

 すぐさま避けた氷の刃に向かって炎の魔神「アグニ」の炎の力を使いかき消す。


 その直後には炎の鞭が飛んで来た。ブラムの腕に巻き付き、動きを止める。

 黒い煙が上がり、肉の焦げる臭いがするが、不老不死のブラムは動じない。


「貴様が魔法を使うとはな」


「せっかくなんで一通り魔法に置き換えてみたぜ」


 ジョナサン=ヴァン=スローンはあらゆる武器を使いこなす武術の達人だった。

 投げナイフ、斧、ブーメラン、鞭、それら全てを魔法に置き換えたらしい。


「手ぶらで済んで助かってる」


 ウリエルは両手を広げて身軽さをアピールする。

 すべてが人間の時より威力が上がってもいる。

 天使になって得た力を十全に使いこなしていた。


「貴様は全く厄介な男だ」


「そうかい?まだ必殺技は見せてないんだがねえ」


「見たくもないな」


 ブラムは鞭の絡み付いた腕を引き寄せた。


 その時。

 森の中から一本の剣が飛んで来てブラムの腕を切断した。

 ウリエルの炎の鞭の巻き付いた腕だ。

 ウリエルも反動でよろけてしまう。

 飛んで来た剣が落下したのをキャッチしたのは赤い法衣の熾天使、ミカエルだった。


「もう蛇眼を脱したか」


 それはブラムにも予想外の事だったようだ。


「不覚を取った」


 ミカエルは剣を鞘に納めた。


「同士ミカエルよ。無事だったら何よりだ」


 とウリエル。


「そうそう、ブラム。この腕いる?」


 鞭で巻き取った切断されたブラムの腕。


「大事な腕だ。返してもらおう」


「あ、そう」


 ウリエルはその腕を投げ捨てた。腕が森に落ちて行く。

 実の所はブラムは腕は再生できるのでそれほど気にしていないが、また二対一になってしまったのは困ったところだった。


「さっきの仮は返す!」


 ミカエルは今度は魔法の火の玉で攻撃した。ブラムはそれを「アイアンゴーレム」の腕でかき消す。

 そこをウリエルは炎の鞭で攻撃した。

 その一撃がブラムの身体に巻き付き、礼服が炎に包まれ焼け落ちる……。


「あー、こりゃあ駄目だ」


 ウリエルはつぶやく。


「捨てた腕の方で逃げたな」


「どういう事です?」

「腕をこうもりに変えて逃げたな。大事な腕とはよく言ったもんだ」


「腕の方が本体だと?」


「いや、どっちも本体にできるってとこかねえ」


 以前吸血領主ブラムを灰にしたのに生き延びられた事があった。こういう事だったのだろう。ウリエルは合点がいった。

「わたしが奴の腕を切断したのが仇になったと?」


「いいや、どの道何らかの方法で逃げ出しただろう」


「奴は天界を目指しているのでは?」


 敵の目的は女神と戦う事だったはずだ。


「いや、ある段階でその考えはなくなっていたはずだ」


「ある段階とは?」


「自分の所に女神本人が現われなかった時点で、だな。そっちの救援をしたかったんだろう」


 もっとも実際はこの時点でウェスタ達は女神カリスに敗北していたが。


「それではほぼ始めからではないか」


敵は始めから逃げる前提で戦っていたというのか。


「ガブリエルと合流するぜ」


「分かった」


 ブラムとウリエル、因縁の対決は、激戦であったがお互い全力ではぶつかる事なく終わった。

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