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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第24話 美しきカリスバトル

 アンクは人間界の地図を広げた。

 最短コースには大きな国がありそれを避けて移動する。


「二手に分かれ行動します。わたしとウェスタ、ゲイリーは南の山岳地帯。

 ブラム様とヘルセーは北の森林地帯を抜けてもらいます」


 これは飛行能力を持つ者を分けるためだった。

 そして、かつての大魔王ブラムと、(まだ即位していないが)新しい大魔王ウェスタを分けるためだった。


「どちらかだけでも何としてもアイギスの元にたどり着くのです。

 そして、彼女が魔界を滅ぼさないように保護するのです」


 保護する、とアンクは言ったが、万一アイギスが精神制御を受けていたり、急な心変わりで魔界を滅ぼすような力を使おうとしていたらその場で彼女を殺害する気でもいた。

 ウェスタはそれを許さないだろうが、世界を創り出すほどの力を秘めた「知恵の果実」は魔界全体にとって脅威である。


 またその考えをひそかに別働隊のブラムにも伝えていた。ブラムもそれは承知していた。

 ブラムは石化されていた時に、カリスから魔界と魔族を滅ぼす意志を明確に聞かされている。

 アイギス自身には悪意はないし、むしろ被害者ですらあったが、魔界が危険に晒されるなら決断しなければならない事もある。

 ともあれ何としてもアイギスの元にたどり着くのだ。


「ところで貴様ら」


 大メデューサだった。


「天界の主はいつから『女神』になった?」


「いつから、と言うと?」


「わしの知る天界の主は『主神』のはずじゃ。それに奴はじじいじゃ」


「じじい?」


「ああ、クソじじいじゃな」


 インゲルが聞き返すと大メデューサは憎々しそうにそう言った。

 大メデューサは四千年前の存在なのだから「主神」と面識があるのはおかしくはない。


「ルシファー様が人間に知恵を与えた事に『主神』は激怒した。

 そして、ルシファー様の創り出した魔族を滅ぼすために一週間地上に雷を降らせた。

 魔界はそれから避難するためにルシファー様が創り出したのじゃ」


 これは魔界の住人の誰もが知る昔話だ。

 確かにその頃の天界の主は「主神」だ。


「そう言えばカリスは『主神から託された』と言ってましたね」


「大魔王が代替わりするように神もそうなのでは?」


「ルシファー様も力を使い果たす事で亡くなったそうだし、有り得るわね」


 神々は人間のようには老いないが、力を使い果たす事で自然と一体化すると言う。

 神々も永遠に生きる訳ではないのだ。


「で、それは大事な事なの?」


「わしは神族と戦いながら魔界に逃げ込んだ。しかしカリスなんぞと言う奴には会った事がないし、聞いた事もない」


「そ…そうなの?」


 確かに大メデューサとカリスはお互いを見知っているそぶりを見せていない。


「『主神』の跡を継ぐほどの奴が当時無名だったとは思えんのじゃ」


「確かにそうかも」


 偶然に面識がなかったにしても名前くらいは聞いていておかしくはない。


「『女神』とやらはいつ現れて、そしていつ主神から天界を引き継いだと言うのじゃ?」


「六百五十年前には存在していたはずです」


 ウェスタだった。カリスの前身、控え目な女僧侶ジャンヌとの思い出は数少なかったが、だからこそはっきり覚えていた。

 人間界の老婦人の屋敷で、ウェスタがかえるの姿だった頃にジャンヌの見ていた六百五十年前の写生画。

 石像を写生したと言う一枚の絵画のモチーフがまさに美の女神カリスであった。


「その頃は『美の女神』であったカリスが今は『主神』の跡を継いでいると言う訳か、ふうむ」


 大メデューサにとってそれは初めて知る事だった。


「それにしても自分の写生画を一晩眺めてたって……」


 インゲルは呆れたように言った。


「ナルシストにも程があるわねえ」


「『美の女神』と名乗るくらいだからな。自分の美には自信があるんだろう」


 しかし、敵の正体は確かに気になった。

 主神の跡を継いでいながら四千年前には存在していなかったというカリスとは一体何者なのか。


 結界城を人間界に向けて旅立った一行の前に一人の人物がいた。

 ぼさぼさの髪にボロボロの貴族服、そして大鎌を持った大男。

 大魔王ブラム敗北後、大魔王城を去ったバロール族の魔王、ザデンだった。


「ザデンか」


 大男はブラムの前にかしづいた。


「連れ去られたと聞き、急いで参上いたしました。ご無事で何よりです」


「うむ、訳あって天界を目指している。付いて来てくれるか?」


「何なりと。我が主はブラム様だけです」


 魔界でも最強の戦士の一人である男が加わった。

 ウェスタは過去の遺恨はあるが、心強く思った。

 ザデンはブラムとヘルセーのグループに合流する事になった。

 大魔王と側近二名と言う強力な布陣になった。


「まずあなたは服を何とかしなさい」


 合流直後からヘルセーはザデンに苦情を浴びせた。


「何回言ったら分かる訳?」


「俺は見た目など気にしない」


「いや、見た目じゃないから。不潔だから」


「再会して早々やかましい奴だ」


「うわぁ」


 インゲルは内心ウマが合わなそうだと思っていた二人の言い争いを見てやっぱりだと思った。


「ヘルセーが気位の高そうなタイプの女子ってのもあるけど、やっぱり清潔感は大事よねぇ。

 ウェスタ、あなたも気を付けなさいよ」


「おかげ様で君が昔から気を付けてくれているからね」


 子供の頃からウェスタはインゲルに身だしなみに注意されて来た。

 今ではそれに感謝していた。


 人間の都市を迂回して南の山岳地帯を進んで世界樹を目指す事になったウェスタ、ゲイリー、アンク。

 ゲイリーは山岳地帯で手ごろな岩を見つけると、肌身離さず持っているのみで石の棍棒を削り出した。

 目を見張るパワフルさと器用さだった。


「さっすが元王宮武器職人!」


「うむ。サイクロップス族は力仕事が得意なだけかと思っておったがやるもんじゃな」


 ウェスタの頭の上でインゲルと大メデューサが感嘆する。


「手ぶらで来ちまったからなあ」


「ハーピーに運ばれて来たのでしたね」


「手ぶらにしてもよく持ち上がったな」


「それがよヘルセーが……」 


 友人でもある三人はこんな時でもあったが、和気藹々と談笑しながら歩くのだった。


「ゲイリーは恋人ができたそうですが、相手はあなたが魔族だと知っているという事ですか?」


「そりゃこの図体だからなあ。まあ魔族に理解のある人間もいるって」


「アンクも人間界で恋をしてみたらいい」


「今は書物を漁ってるほうが楽しいですね。それに羽の生えたわたしは目立つでしょう。

 人間界で恋人が現われるとは思えません」


 羽の話をしていたら、大きな羽ばたきと共にすぐさま敵はすぐさま現れた。


「天界から見下ろしているわたしの目から逃れられると思いましたか?」


 起伏に富んだ山岳地帯の荒れ地ならば人目をしのぶ事ができると思ったが、女神相手ではそうはいかなかった。


「いきなり敵の親玉のお出ましかよ」


 ゲイリーは作ったばかりの石の棍棒を握り直した。


「あなたが本当に女神なのか」


 ウェスタは疑問をぶつけた。


「どういう意味です?」


「神はこれほど下界に干渉して来るものだったか?」


「『知恵の果実』を手に入れる事ができました。

 もはや一刻も早く魔界を滅ぼし、美しい世界を作らなければならない段階です」


「だとすればあなたを何としても倒さなければならない」


 剣技と状態異常をもたらす蛇眼の持ち主、メデューサ族ウェスタ。

 怪力で長重武器を使いこなすサイクロップス族のゲイリー。

 魔術と飛行能力を操るスフィンクス族のアンク。

 魔王三人掛かりの戦闘力はかなりのものだろう。


「悪いがここは三対一で行かせてもらう」


 ウェスタはそう断言した。


「お気になさらず」 


 カリスは涼しい顔をしていた。

 もちろんウェスタ達も内心、卑怯かどうかなど気にしていない。

 相手は天界の長たる女神なのだ。

 三人でなら勝てる保証などどこにもない。


「別方向から仕掛けるぞ」


 間合いを取って散会する三人。

 やはり警戒すべきは魔法攻撃だろう。

 女僧侶ジャンヌも神聖魔法を攻撃に用いていたはずだ。


「あら?」


 しかしカリスは首を傾げる。


「わたしは魔法を攻撃には使わないわよ」


 意外な宣言だった。


「僧侶だった時は僧侶らしくしおらしく振る舞っていただけ」


 片手を頬に当てきょとんとして見せる。

 そしてローブの膝の辺りに手を当てて見せたのもかわいく振る舞ったかのように見えたがそうではなかった。


 布を引き裂く音が響く。

 カリスは自分のローブのスカート部分を破っていた。

 僧侶時代からの薄紫のローブだったがこのローブ、裾に金の刺繍が施されていたのだが、同じ刺繍が膝上の辺りにもあった。

 カリスはただ引き裂いていただけだったが、綺麗に膝上の刺繍に沿ってローブは破られていた。

 ミニスカートになってしまったが、その下にはあらかじめスパッツを履いていたようで、黒色に近い濃い紫色が太腿を覆っていた。


 さらに今度は上着の袖も破る。

 やはり裾と同じ金の刺繍が肘の辺りにもあり、綺麗な断面で破り捨てられる。


「な、何をやっているんだ!?」


「動きやすくしているだけよ」


 そう言うとカリスは仁王立ちになり、大きく両手を天に向かって広げた。

 するとカリスの翼の内の四枚が両腕と両腿に移動する。


「完成……。ふふ」


 カリスは満面の笑顔で言うと拳と蹴りの素振りを行った。

 翼が風になびき、鋭い音が響く。


「やはりこの姿も美しいわ。わたしはどの姿においても美しいわ」


 カリスは新しい姿に変貌した。

 それは「動きやすさ」を追求した姿だったが、それ以外でも彼女は大変満足した。


「くっ!怯むな。仕掛けるぞ」


 散会を済ませたウェスタ達は三方向からカリスに攻撃を仕掛ける。

 対するカリスは動じず、表情も笑みのまま変えない。


「何っ!?」


 ゲイリーは動きを見せないカリスの姿が一瞬で消えたと思った。

 その直後カリスは彼の目の前にいた。


「ふっ」


 カリスはゲイリーの持っていた石の棍棒に拳の一撃を放つ。

 棍棒はその一撃で粉砕された。


「これがわたしの攻撃よ」


 石の棍棒を破壊したその拳、それは拳の形をした石になっていた。石と化していたのだった。

 石の拳ならば石の棍棒を破壊できるのは道理なのかも知れない。

 だとしてもその打撃自体の破壊力は目を見張るものだ。


「指の一本一本の細さからくる優美さと、拳を握った力強さのバランス。美しさの極みだわ!」


 カリスはその破壊力よりも美しさに大変満足した。

 肌色に戻った手を見つめ、悦に浸る。


「大丈夫か、ゲイリー!」


 そうしてる間にウェスタが剣で斬りかかって来た。

 しかしこれにもカリスは動じなかった。


「はっ」


 カリスは回し蹴りを放った。

 ミニスカート状態のローブからすらりと伸びる足は今度は青銅と化していた。


「ぐあっ!」


 回し蹴りは轟音と共にウェスタの剣を叩き割っていた。

 その衝撃でウェスタ自身ももんどり打っている。


「この足のしなやかさはどんな鋳造技術を持ってしても成し遂げられるものではないわ!最大限に美しいわ!」


 やはり繰り出した技よりも蹴り足の美しさに執心のようだ。


「やはり手強い!」


 アンクは空中に逃れ、間合いを取っていた。


 魔法の炎で攻撃を仕掛ける。


「それでわたしから逃れられると思ったら大間違いです」


 カリスはその炎に真っ向から飛び込んでいた。

 そして翼の付いた片腕で軽く薙ぐとその炎をかき消し、そのまま……


「美しいわたしに触れられる美しさに感謝しなさい」


 アンクの身体を掴み、地面に叩き付けた。


「あうっ!」


 アンクは一瞬の内に荒野をバウンドして倒れ込んだ。

 倒れたまま呻くだけしかできなかった。


「どんな鳥達も! 天使達も! わたしより美しい翼は持たないわ!」


 カリスは今度は自分の翼の美しさを堪能していた。


「美しい! 美しいわ!」


 かつて「美の女神」であったらしいが、偏執的なまでの美への執着だった。


「さあ、あなたから美しく死になさい」


 カリスは地面に叩き付けられ、うめいているアンクに近寄って行く。

 アンクには逃げ出す余力などなかった。

 笑みを湛えて近寄って来るカリスを見上げるばかりだった。


 アンクは迫りくる死の足音を聞きながら思った。

 美と言う概念を体現した存在ならば、これほど美にこだわるものなのか。

 しかし、彼女は「主神」を引き継いだ存在でもあるはずだ。

 この違和感は何なのか。四千年前は存在しなかったと言う話を聞いたせいなのか。

 どうしても胸のつかえが取れない。


「さあ覚悟はできましたか?」


「いい…え……」


 心に絡みついた疑問が気になって仕方がなかった。

 死ぬ覚悟などできるはずがない。


「それは残念でしたね」


 カリスの翼の付いた腕が伸びて来る。


「あなたは…一体…何者……なのか?」


「こっちだ。カリスッ!」


 不意に聞こえて来たのはウェスタの声だった。

 カリスが振り向くと…、


「くらえ!」


 額に手をかざしていたウェスタが手をよけると黄金の輝きがあふれて来た。

「石化の蛇眼」だ。


 不意打ちだった。間違いなく目が合った。


「くっ!」


 しかし、一瞬でカリスは魔法の障壁を作った。白いカーテンのようなものが現われ「石化の蛇眼」はそれた。

 黄金の輝きは屈折してカリスの身体のギリギリの所を通った。

 急な事だったのでカリスも動きを止めたが、結局蛇眼は通用しなかった。


 ウェスタはこの様な方法で蛇眼を防がれた経験はなかった。

 しかし、そもそも相手は自分の手を石に変えて攻撃できるのだ。

 こんなものに効果がないのは承知の上だ。


「アンク!大丈夫か!」


 ゲイリーがアンクを担ぐとすぐに走って距離を置いた。

 それを確認するとウェスタも駈け出した。


「一旦引くんだ」


 三人で逃げる事が目的だった。

 実際は荒野の地形を利用して仕切り直すつもりだったが、カリスは追って来なかった。


「どうすんだ?ウェスタ」


 アンクのダメージは思ったより大きいようだ。骨が折れているかも知れない。


「結界城へ……」


 アンクからかすかな声がもれた。


「無理にしゃべるんじゃない!」


「話が…あります」


 アンクは見たのだ。

「石化の蛇眼」が実際はカリスの羽にかすったことを。

 一枚の羽が石化した事を。

 そして、それを見たカリスの恐るべき怒りの形相を。



 一方、ブラム、ヘルセー、ザデンの一行は森林地帯を進む。

 巨人族のヘルセーも目立つ事なく進める程度の高さの木々が生えていた。

 ブラムは太陽の光を浴びると灰になってしまうが、こうもりの姿の時はその影響を受けない。

 かつて倒された時に身体を日光に晒された事があったが、からだの一部をこうもりに変えた事で難を逃れた事があった。

 そう言えばそれが初めて魔界に渡ったきっかけであった。あれはもう何年前の事なのか。

 そうして進んでいる間に夜になった。

 元の姿に戻れる時間だが部下達は休ませねばならない。


「ブラム様」


 氷の巨人族、ヘルセーだった。


「どうした?疲れたか」


「それもそうですが。ここは雪山が近いですが、避けるべき人里はないのですか?」


「なくはないが多くはなかろう」


「まあ!あんなに過ごしやすそうなのに」


 雪山の環境は人間にとっては過酷だが氷の巨人族であるヘルセーにとっては楽園なのだろう。


「お前の感覚で考えるな」


 ザデンが話に割って入って来た。


「わたしの故郷に似ていただけだわ」


 ヘルセーは憮然として答えた。お前と話しているのではない。


「あんな寒いところに好んで住むのはヨトゥン族くらいだろ」


「寒いのが嫌ならもっと厚着すれば」


「俺はごわごわしたのは嫌なんだ」


「知るか」


 ブラムもここまで悪態だらけの会話になるとは思ってなかった。

 大魔王城にいた頃はお互いを避けていたのでぶつかる事は少なかったが、集団行動となるとそうもいかない。

 チームワークに影響が出なければいいが。


 そう思っている間に彼らの元にも天使が現われた。

 三体の天使が猛スピードで来襲した。

 六枚羽の天使、それを「熾天使」と呼ぶ。

 ブラムは大魔界城の古い文献でそれを知っていた。

 自分が石化した時にも一体現れ、倒されたはずだ。


 一体の緑の法衣を纏った熾天使が口を開く。


「久しいなあ、ブラム=ヴァラヒア=ドラクール」


「わたしをその名で呼ぶ貴様は何者だ?」


 ブラムが魔界に渡る前、人間界で領主をしていた頃、そして吸血鬼になった時期の名前だ。


「忘れちまったかあ?せっかくお前の知ってる頃の若さになったってのに」


 そう言うとウリエルは魔法で炎の鞭を作り出し、振るった。

 風を切る凄まじい音とともに炎の嵐が起こる。

 ブラムはその鞭さばきには見覚えがあった。


「貴様がジョナサン=ヴァン=スローンだと言うのか?!」


「忘れてなかったか。嬉しいねえ」


 天使の羽と法衣を纏っていたが、その精悍な若者の名を忘れる事はなかった。

 かつてブラムを魔界まで追いやったヴァンパイアハンター、ジョナサン=ヴァン=スローンだ。


「今はウリエルと名乗らせてもらってる」


 炎の鞭をしならせたがすぐに消滅させた。

 魔法で出現させているようだが、すでに自在に扱えるようだ。


「わたしの事も終わすれなきよう」


 もう一人の熾天使、剣を持った赤い法衣の熾天使が言う。

 ブラムはこちらの戦闘力の高さも直感していた。


「わたしはミカエル」


 大魔王であるブラムは天使相手でも戦える自信があったが、ヴァンパイアハンターを天使に変えていたとは。

 残りの二人も当然、ジョナサンと同等の手練れなのだろう。

 この熾天使三人相手の戦いはかなり厳しいものになりそうだ。


「おっとぉ!君達二人の相手はお姉さんだよー」


 ザデンとヘルセーの前に亜麻色の髪の青い法衣の天使が立ちはだかった。


「お前が一人で俺たちの相手だと?」


 ザデンは目の前の熾天使に大鎌を向けた。そして、ぼさぼさの髪の間からのぞく瞳で睨み付けた。

 屈強な男子二名が大魔王一人に当たり、その若い女性が自分達二人の相手だと言うのか。


「大魔王様側近のわたし達がなめられたものね」


 氷の巨人族ヨトゥンの女戦士、ヘルセーも剣を抜いて冷気を纏った。


「いやいや、いやいやいや!お姉さんはなめたり侮ったりはしないって!」


 熾天使ガブリエルは苦笑して言った。


「よく戦力を見極めた結果なんだよね、これは」


 その目に油断の色はなく、冷徹な洞察が宿っていた。


「お姉さんの名前はガブリエル。よろしくぅ!」


 熾天使はくだけた口調でウィンクをして見せた。

 が、ヘルセーもザデンも相手の隙のなさに容易に仕掛けられない。

 自分達をなめていないと言うならば、熾天使ガブリエルとはどれほどの強さだと言うのか。


 ウェスタ達が撤退を余儀なくなれていた一方で、夜の森林地帯でも激戦が繰り広げられようとしていた。

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