第23話 熾天使、覚醒
「端的に分かりやすく説明するわ。
わたしはこの『アセンション』の能力によって、人間を天使にリクレイメーションする事ができるのよ!」
「全然分かりやすくねえ」
「あらそう?」
ゲーゴスに指摘されたカリスは首を傾げた。
「目の前で見た通りよ。
人間を天使に変える事ができるの」
アイギスも確かにゲーゴスとフィリップの天使化は目撃している。
「あなた達が結界城で出会った天使もそう」
「あ…あの天使達も元人間なの?」
「ええ、時間がなかったから手近な船乗り一行をまとめて天使にしたの」
「じゃあわたし達は人間を殺したの?」
「安心して。倒された天使は人間に戻るわ。
魂が人間界に戻るのを見たでしょう?」
確かに倒した天使からは光の塊が飛び出した。
それが魂だったのだろう。
「神様が人間を戦いの道具にするなんて」
「おかしい?」
「当たり前でしょ」
「そうかしら?神の命令で人間が天界の住人になるのは、陳腐だけど宗教的ではあると思うわよ」
楽しそうに、満足そうにカリスは言った。
「熾天使を一体あそこで使ってしまったのはもったいなかったけどね」
「熾天使?」
「結界城で出会ったはずよ。特別な天使で簡単には創り出せないの」
確かに結界城では言葉を発する天使と出会った。ラファエルと名乗ったはずだ。
「魔界でハーピー達からの追跡中に、人間界にアセンションを起こしたから、人材を厳選できなかった」
そう言うとカリスは羽ばたき始めた。
「どこへ行くつもり!?」
「残りの熾天使は武勇と知力に優れた者を厳選するわよ」
すでにカリスは宙を舞っている。十二枚の翼を広げた姿は優美という他ない。
「英雄英傑と呼ばれる者達にすでに目星は付けてあるの。
アイギスはここでゆっくりくつろいでいて。ゲーゴス、フィリップ、任せたわよ」
「何なりと女神様」
フィリップ改め、アザゼルがうやうやしくそう答えた。
「それじゃあ行ってくるわ」
カリスはそう言うと下界に降りていった。
アレクシウス=プロテクトールは生まれながらにして国王の才覚に恵まれていた。
そして、その才を磨くことも怠らず、若くして王国を継ぐと内政にも外交にも非凡な才能を発揮し、王国は目覚ましい繁栄を成し遂げた。
産業を奨励し、王国に富をもたらした。
法典を整備し、市民の平等を促進した。
芸術家を支援し、文化の発展に寄与した。
しかしアレクシウスは人生に物足りないものを感じていた。
自分には歴史上の英雄に匹敵する能力があることを確信していたが、自分は彼らのようには後世に名を残せないことも自覚していた。
世界の国々はそれぞれに経済的にも文化的にも充実しており、争う必要性がなかった。
もはや世界に大きな戦争は起こらない。英雄は必要ない。
故に文武両道の天才であったが、その「武」に関しては、武術と軍略の才は活かす機会がなかった。
剣術、槍術、弓術、馬術の鍛錬を積み、戦術、戦略の研究にも余念がなかったが、それらを活かし、英雄になる機会だけには恵まれなかった。
しかし、魔界からの大魔王の侵略という事態が起こった。
それは未曽有の脅威であったが、アレクシウスは内心、ついにこの時が来たと血沸き肉踊っていた。
ついに武術と軍略の才を活かす機会を得た。英雄となる機会を得た。
しかし、女勇者アイギスが現われ、大魔王は討伐されてしまった。
はやり英雄になる事はできなかった。
そう落胆の日々を送る彼の元に突如、天使のような姿が舞い降りた。女神カリスである。
「新たな大魔王の脅威が迫っています、アレクシウス=プロテクトール。
あなたの武勇と知力を見込んで力を与えます。熾天使の力を」
女神から光り輝く力を与えられたアレクシウスは六枚羽の天使になった。
赤い天使の法衣を纏っていた。
「あなたはミカエルです。わたし共に魔族と戦うのです」
「我が身命を賭してあなたと共に戦います」
待ちわびた瞬間だった。アレクシウスは全身の血が沸き立つ思いだった。
魔族との戦いは終わっていない。そして今度こそ自分が選ばれた。
ここに熾天使ミカエルが誕生した。
ジョナサン=ヴァン=スローンはヴァンパイアハンターの血族だ。
不老不死である吸血鬼を滅するための戦闘術を代々受け継いで来た家系だ。
血族の全員がヴァンパイアと巡り合うとは限らないが、ジョナサンは強力なヴァンパイアと戦うことになった。
ブラム=ヴァラヒア=ドラクール。
根拠のない魔女狩りで妻を殺されたその男は悪魔と契約して吸血鬼になった。
復讐のための力を求めたいきさつに同情はしたが、生き血を渇望する怪物を野放しにしておく訳にはいかない。
領主であったブラムの城に単身攻め込み、激闘の末、彼を撃破した。
が、倒したはずのその男がまだ生きていた。
灰にして滅したはずの男が実は生き延びていて魔界に渡り、大魔王となっていた。
彼が人間界への侵攻を始めた事はジョナサンにとって衝撃であり、人生最大の不覚だった。
数十年経ってジョナサンは初老であり、かつてほどの力はない。
自分達の血族以外にブラムを倒せる者はいないと言うのに。
奴を野放しにしておいては先祖に申し訳が立たない。
そう思っていたが、女勇者アイギスがブラムを魔界まで撤退させた。
ジョナサンはその一報に安堵していたが、そこに女神カリスが現われた。
「彼は人間界に来ています。彼と彼の率いる魔族の軍勢と戦うのです」
「しかし、わたしはもう老いている。不老不死のヴァンパイアと戦える力はない」
「熾天使としてアセンションすればあなたは再びブラムと戦える力を得ます」
渡りに舟だった。千載一遇の好機だった。
ジョナサンはもちろん、天からの声に従った。
今度こそブラムに本当の止めを刺し、引導を渡すのだ。
光に包まれたジョナサンは緑の法衣を纏い、そして全盛期の若さを取り戻していた。
ジョナサン=ヴァン=スローンは熾天使ウリエルになった。
タルトレット=レミは百年前の英雄であり、聖女だった。
彼女は優秀な剣士でもあったが、何より民衆を奮い立たせるカリスマがあった。
彼女は王国を他国の侵略から守り戦ったが、異端であるとされ、火あぶりの刑に処され死んだ。
しかし、後に彼女は聖女とされた。
魔女認定されたのは王子の嫉妬によるものだと後世で明らかにされたのだった。
今では文字通りの悲劇のヒロインとして彼女の国内での人気は絶大で、その墓所はいつでも献花が絶えない。
カリスはその墓所の前に立つと墓石に「知恵の果実」の輝きを投げ込んだ。
すると墓石から六枚羽の天使が現われた。
それは亜麻色の長い髪と青い法衣を纏った女性の姿だった。
「タルトレット、あなたに今一度、命を与えます。熾天使としてわたしと共に戦うのです」
ゆっくりと目を開いたタルトレットは周囲を見渡し、そして言った。
「うーん、めんどくさいなあ。お姉さんは死んだままでいいかなあ」
そう言うと墓石に倒れ込んだ。
「あれ、中に戻れない」
「もうあなたは生き返ったのですよ。あなたは熾天使ガブリエルです」
「熾天使……、うへえ、そりゃあ難儀だねえ」
「わたしは女神カリス。わたしと共に魔族を倒すのです」
「はあ、女神様ねえ。いやあ、しょうがないなあ。困ったもんだ」
厳選した強力な魂を選んだはずなのに。カリスは困惑した。
「土の中と違って外は暑いじゃない?」
タルトレットは自分の姿や周りの様子を見まわして言った。
しかし、それが何を意味するのかカリスには分からない。
「あついのは勘弁。わたしってほら火あぶりになったじゃん」
「わたしをからかっているのですか?」
「いやあねえ、あたしを火あぶりにした連中を守るために魔族と戦うとかさあ、ありえる?普通」
「あなたの祖国はすでにあなたを処刑した事を悔い改め、聖女と認定していますよ」
「興味ないかなー」
タルトレットは終始墓石に寄りかかったまま、だらけて受け答えをしていた。
カリスの表情が段々こわばって来た事にタルトレットは気付いた。
「ああ、そんなに怒んないでよ。お姉さん、他にやる事ないし、やるってば」
「分かっています。あなたの英雄の魂をわたしは見込んでいます」
すぐに表情は和らいで、微笑みをたたえた表情になった。
「そうそう。笑った方がかわいいって。まさに女神の微笑み」
「だけど、一つ言っておきます。わたしを値踏もうとするのは止めなさい」
微笑みは変わらなかったが、その瞳は冷徹な光を宿していた。
そしてその視線は墓石に寄りかかるタルトレットの片腕に向いていた。
カリスの位置からはちょうど手が隠れて見えない。
「あ!分かった?」
タルトレットが腕を上げるとそこには光の刃ができていた。
「やっぱ女神様がどのくらい強いか、気になるじゃない」
「あなたの戦いのセンスには期待しています」
その事では怒っていないようだった。が、
「ですがマナーが美しくないのは好ましくないわね」
やはり冷たい瞳でのままだった。
「お…、お姉さん、頑張りますですわよ!」
タルトレット=レミは熾天使ガブリエルになった。
その頃、結界城のウェスタ達は今後の事を協議していた。
「魔界を守るためにもアイギスを救出するしかない!」
ウェスタはそれを強く主張した。
「それはやぶさかではないが、つまりは人間界に攻め込むと言うことだぞ」
ブラムは懸念を呈したが、
「人間とは戦わずに天界を目指します」ウェスタは宣言した。
「天界、まあそうだよなあ」
とゲイリー。
天界とは魔界と人間界のような別世界ではない。
人間界の中に天界はある。
ゲイリーはそれがどこにあるのかよく知っていた。
「あそこを目指すのね」
人間界に行った事のないヘルセーもその場所は知っていた。
「簡単に言ってくれるわい」
四千年前から復活した大メデューサももちろん知っていた。
「人間と出会わない天界へのルートを探してみます」
アンクはそう言うと人間界の地図を広げた。
もちろん、アンクも天界の位置を知っている。
人間界の地図なら大抵は書いてある。
魔界の住民ですらその位置を知っている。
天界の位置はその地図の中心に書かれていた。
世界樹ユグドラシル、人間界のどこからでも見える巨大樹。
その頂上に天界の神殿はあるのだ。
それを踏破しようとする者は人間であろうと神罰を受けると言う。
ウェスタ率いる新生魔王軍は勇者アイギスを救出するため、女神カリスと対峙するべく天界を目指し、世界樹ユグドラシルに挑むのだった。




