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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第22話 アセンション

 人間界の漆黒の空を飛び去って行くカリスとアイギス。


「どうしてだっ!アイギス………」


 何故自分の手を取らなかった?

 何故そんな泣き腫らした虚ろな表情をしていた?

 何故……


「掴まれ!」


 黒いマントをたなびかせた姿は大魔王ブラムだった。

 結界城から滑空して来た。

 背中には黒い大きな翼が見えた。


「追うぞ!」


 ウェスタはブラムの手を取った。

 そうだ。追いかければいい。

 追いかけて尋ねてみればいい。


「やれやれだわ」


 カリスは自分を追っている者に気付いた。


「あれは大魔王、何らかの魔物の翼の能力だわ」


「魔物の能力……」


 その言葉にアイギスは反応した。

 自分とブラムに共通する能力。

 彼を父親だと勘違いしたきっかけだ。


「『クエスター』の能力、絶大な力だけど、『知恵の果実』の能力の中ではごく初歩的なものに過ぎない」


「彼はまだ『知恵の果実』の力を使えるの?」


「ええ、一度開花された能力は果実を失っても消えないわ」


 森林地帯を見下ろす丘が見えて来るとそこに二人の男がいた。

 二人はこちらに。と言うよりあらかじめ上空に視線を向けていた。

 女神がそこを通る事を知っていてそこで待っていたのだ。


 一人は重武装した屈強そうな戦士で、担いでいる巨大な戦斧が目を引いた。

 一人は杖を持ち、ローブを着た魔法使いの老人だ。

 勇者一行の戦士ゲーゴスと魔法使いフィリップだった。


「あの二人は……」


 もちろんアイギスも一目見て誰なのか分かった。

 長い間一緒に旅をした仲間だ。


「二人もあなたの正体を知ってるの?」


「もちろん。彼らは勇者のお供としてわたしが作り出したんだもの」


「そう、何もかも神様の手の内なのね……」


 アイギスは改めて自分の無知さ、無力さを思い知った。


「大魔王とメデューサが追って来ているわ。食い止めなさい」


 カリスは目の前の二人に命令した。そして、


「アセンション!」


 カリスの手から光の塊が現われると、それは二つに分かれゲーゴスとフィリップに向かって飛んで行った。

 光の塊が二人に到達するとふたりは激しい光を放った。


「何だ?あれは」


 その輝きはウェスタとブラムにも視認できた。そして……


「危ない!」


 そこから光線がウェスタ達目がけて飛んで来た。

 二人はその丘の上に着地した。

 そこにいたのは二体の天使だった。

 一体は六枚の羽と大戦斧を持った屈強な戦士だった。


「あれは……ゲーゴスなの?」


 アイギスは一目では判断できなかった。

 短く刈った黒髪で、他の天使と同様の黒い法衣を纏っている。

 それは天使化したゲーゴスだった。

 兜と鎧は装備していなかった。


「サンダルフォン級ね。上出来だわ」


 カリスはゲーゴスの変化に大変満足したようだ。


 そして、フィリップの方はなんと若返っていた。

 白髪は変わらないが、くぼんでいた目が切れ長の鋭いものに変わり、背筋も伸ばされた。

 やはり六枚の羽にこちらは白い法衣を纏っている。


「ほっほっほ、身体が軽くなったのう」


 歩行の補助として使っていた魔法の杖を置くと、フィリップだった青年は軽快になった身体を動かしていた。


「あなたはアザゼル級のようね」


 カリスの声が聞こえる。


「これで相手が大魔王でも戦えるでしょう」


「女神様の仰せのままに」


 おどけた返事をした彼の眼光はしかし、鋭いものだった。


 天使化したゲーゴスとフィリップと対峙するウェスタとブラム。


「ほっほー、新旧大魔王揃い踏みではないか」


 若返ったフィリップだったが物言いは依然のままだ。


「道を空けろ」


 ウェスタは苛立ちを隠せなかった。


「アイギスは泣いていたんだぞ!」


「お前のせいだ。お前を仲間になどしなければアイギスは苦しまずに済んだ」


 ゲーゴスが答えた。


「何だと!」


「やはりお前はメデューサ城で殺すべきだった」


 そう言うとゲーゴスが斬りかかってくる。

 大戦斧の一撃はとても受け切れるものではない。

 しかも天使になった事で剛力もさらに増したようで隙もなくさらに二撃目三撃目が飛んで来る。


「どういう意味だ?」


 ウェスタは回避に手一杯だった。


「気高さと覚悟ってのは一体何なんだ?

 それで何ができる?それで何が救える!?」


「意外とおしゃべりな男だな」


 そこにブラムが割って入った。

 ブラムは鋼鉄化した腕でゲーゴスの戦斧を受け止めた。

 大魔王城でも使った「アイアンゴーレム」の能力だった。


「さすがに今度は武器を取り上げられんか」


 ブラムは戦斧ごとゲーゴスを押し戻した。


「ならこれはどうじゃ!」


 すかさずフィリップは氷の槍の魔法を飛ばして来た。


「アグニ」


 ブラムは巨大な火球を出してそれを防ぐ。

 氷の槍は大きく鋭かったが、ブラムの火球の力の方が勝っており、氷の槍を溶かしてそのままフィリップに飛んで行く。


「危ないのう」


フィリップはそれを回避した。


「ウェスタ、問答はいい。まずはここを切り抜ける」


 やはり一度勝利したとは言え、大魔王の力は絶大だ。

 天使となった二人と互角以上に渡り合っている。


「わたしが奴らの動きを止める。その間に『石化の蛇眼』を撃て」


 それがウェスタの唯一に絶対の切り札だ。その手しかない。


「分かりました……」


 ウェスタは精神を集中する。

 しかし、黄金の輝きは宿らない。心は波立った状態でとても集中できていない。


「駄目だ。『石化の蛇眼』は発動できない!」


 アイギスの虚ろな表情が心に貼り付く。気高さと覚悟、確かにそれによって平和と自由を成し遂げると決めたのに。

 みすみす知恵の果実を奪わせ、アイギスも連れ去られた。

 一体、何を成し遂げられると言うのか。


「今じゃ!」


 フィリップの杖から霧が巻き起こる。瞬く間に霧は消えたが、その瞬間にゲーゴスとフィリップは宙を舞っていた。 


「逃げたか、まだ使い慣れない天使の能力には自信がないようだな」


 ブラムは敢えて追うつもりはなかった。

 さらに敵が現われないとも言い切れない。二人だけで進むのは危険だ。


「アイギス……!くっ!」


 ウェスタは狼狽した。

 結局勇者一行にアイギスは連れ去られてしまった。いや、この場合は天使一行と言うべきか。

 それにアイギスの様子は異常だった。放っておいてとはどういう事か。


「わたしのせい、だと?」


 ゲーゴスの言葉も気になる。


「どういう事なんだ!一体どういう……」


「ウェスタ……」


 かつてないウェスタの焦燥にインゲルも困惑を隠せない。


「ウェスタ、戻るぞ」


 ブラムはウェスタの肩に手をかけた。


「しかしこのままではアイギスが!」


「わたしが全て説明する」


 ブラムの背中には悪魔の羽が現われていた。


 大人しくブラムに従い、結界城に戻ったウェスタ。

 夜だったが仲間たちは揃って彼らの帰りを待ちわびていた。


「アイギスちゃんは?」


 ゲイリーは尋ねた。戻って来たのは二人だけだ。


「カリスに連れ去られた」


 どよめきが起こった。ハーピー姉妹の長女ケライノーも心配していたようで、両手を口元に当てショックを受けていた。


「大体なんだってアイギスちゃんは一人で森に行ったんだ?」


「それについて話がある」


 大魔王ブラムだった。


「これは先刻話そうとした事でもある」


「わたしが勇者の存在を察知したのは『知恵の果実』の気配を感じたからだ。

 それは数年前だった。いずれ戦う確信はあったが、何としても自分の目で確かめたかった」


「ふむ」


大メデューサが気になっていた事はまさにそれだった。


「わたし以外に『知恵の果実』の因子を持つものはわたしの娘しかいないからだ。

 大魔王になってから生まれた娘だ。娘は人間の母親の住んでいた人間界に憧れ移り住んでいた」


「じゃあ、じゃあ、普通にあの勇者は大魔王様の娘?」


 アイギスが両親を探していた事を聞いているケライノーは思わず尋ねた。


「そうではない。

 娘は五十年前に死んでいる。それでも直接その正体を確認したかった。

 だからわたし自ら結界城まで出向いて戦った」


 その後は先刻アイギスに話した内容だった。

 アイギスはブラムの娘ではなく、娘を人間に殺させたカリスが『知恵の果実』の因子を与えて作った存在だ。

 だからアイギスはブラムと同じ能力を使えるのだ。


「『知恵の果実』の因子を持った存在を作り、その上でわたしから『知恵の果実』を奪い返す。

 それがカリスの目的だろう」


「それは一体何故です?」


「もちろん『知恵の果実』の真の力を引き出すためじゃろうな」


 答えたのは大メデューサだ。


「恐らくアイギスは『知恵の果実』の力を十全に扱えるように作られたのじゃろう」


「うむ。そのために五十年を費やしたと見るべきだ」


「そこまでしてカリスが使いたい『知恵の果実』の力は何なのです?」


「それは分からんが、ルシファー様が魔界を創り出す際にも『知恵の果実』を使ったという。

 絶大な力を秘めているのは間違いあるまい」


 世界を創り出すほどの力、それが女神カリスの手に渡ったという。

 それがどう使われるのかはもちろん重大事だった、が。


「ではアイギスが一人で森に行ったのは何故です?」


 本題はそれだ。


「彼女自らカリスの元に走ったのですか?それとも何らかの精神制御によってですか?」


「いや……」


 ブラムは彼女に呼び出された事を話した。

 アイギスから自分を父親ではないかと尋ねられた事を。

 その時、思わず激怒して、彼女に真実を話した事を。

 そして、アイギスがショックを受け、森へ駈け出して行った事を……。


「どうしてそんな事を!!」


 ウェスタは激高して立ち上がった。


「あなたのせいじゃないか!彼女がさらわれたのは!」


 ブラムの胸ぐらを掴んでいた。ブラムは抵抗しなかった。


「どうしてそんなひどい事をっ……!」


 今にも殴りかからんばかりの勢いだったが、


「やめなさい!」


 ヘルセーはウェスタをブラムから引き剥がすと彼を平手打ちにした。

 巨人族である彼女の腕力は凄まじかった。

 彼女にしては慎重に手加減した上でのビンタだったが、ウェスタは倒れ込みそうなほどによろめいた。


「彼は子供を亡くしているのよ!」


「くっ……」


 とにかくウェスタは落ち着いたようだった、が。


「大魔王様!どうしてっ!」


 今度はハーピー姉妹のケライノーだった。


「普通にあの子はずっと親に会いたかったんだよ!なんで普通にひどい事言うの!?」


 ケライノーはブラムに飛び付いて、泣き叫んだ。


「微妙にあの子はあたし達とおんなじだよ!」


「逆になんであたし達を引き取ってくれたみたいに優しくしてあげないの!?」


 次女アエローと三女オキュペテーもケライノーにつられてブラムに飛び付いていた。


「分かった。わたしが悪かった」


「普通に優しくしてあげて!」

「微妙に優しくしてあげて!」

「逆に優しくしてあげて!」


「そうする……」


 自分の娘を犠牲にして、カリスの何らかの目的のために創り出された女勇者アイギス。

 彼女に対する思いは複雑なはずだが、ブラムはそう言った。

 それ以上ウェスタは彼を非難する事はできなかった。


 アイギスを抱えたカリス、ゲーゴスことサンダルフォン、そしてフィリップことアザゼルの四人は天界にたどり着いた。

 そこには彼らの他に人影はなく、石畳の床に玉座が一つあるだけだった。


 カリスはアイギスを放すと玉座に付いた。


「勇者一行揃い踏みね」


 左腕で頬杖を突いたカリスは楽しそうに言った。


「わたしを騙していたくせに!」


 結局の所、ゲーゴスもフィリップもカリスとグルで、自分だけが何も知らなかったのだ。


「二人も天使だったのね……」


「わしらが天使になったのはついさっきの話じゃよ」


 フィリップは言った。

 そうだ。戦闘中にカリスによる命名がなされたはずだ。


「フフ……、この『アセンション』は、わたしが『知恵の果実』によって開花された能力なのよ」


「アセンション……?」


「端的に分かりやすく説明するわ。

 わたしはこの『アセンション』の能力によって、人間を天使にリクレイメーションする事ができるのよ!」

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