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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第21話 わたしの生まれた理由

 石化させた大魔王が女僧侶ジャンヌに持ち去られた。

 結界城にて彼女の配下とおぼしき天使の部隊と遭遇。これを撃破。

 ジャンヌは本当の名前はカリスだと名乗り、天界を取り仕切っていると言った。

 大魔王をさらった理由は「知恵の果実」を取り返す事だと言い、それが済んだので大魔王は返すと言う。

 そのままカリスは姿を消したのだった。


 ウェスタは大魔王の石化を解除する事にした。

 本当に彼が無事なのか心配だったが、元に戻してみると異変はなかったようだ。


「大魔王様ー!!」


 早速ハーピー三姉妹が飛び付いて来る。


「普通に無事でよかったしー!」


「微妙に無事でよかったしー!」


「逆に無事でよかったしー!」


 大魔王ブラムは三人を満面の笑みで抱きかかえた訳ではなかったが、邪険に突き放すでもなく、ただバツの悪そうに彼女らの頭を撫でていた。

 一堂は厳格で冷酷な大魔王しか知らないので驚いていたが、大魔王城の護衛をしていたヘルセーは平然としていた(もちろん、大魔王の無事に安堵している節はあった)。

 また、アイギスも大魔王に対して、ハーピー姉妹の長女ケライノーから意外な一面を聞かされていたので、微笑ましいと感じていた。

 彼女には自分の父親かも知れないという思いもあって、その無事を喜ぶ気持ちもあった。

 かつての宿敵という思いはこの時点ではすっかりなくなっていた。



「この度は無事で何よりです……。申し訳ありませんでした」


 ブラムは女神の侵略を見通していた。

 それをまんまと女神本人を大魔王城まで招き入れ、石化させ、「知恵の果実」を奪わせた。

 自分の見識の甘さをウェスタはまず謝らなければならないと思った。しかし、


「何故謝る?」


 それがブラムの返事だった。


「戦争を止めるために戦ったのだろう?

 お前はわたしに勝ったのだ。殺されていても文句は言わぬ」


 大魔王の座を巡って戦ったわだかまりはないようだった。


「それにお前の好きなようにやってみろと言った」



「それはそうと吸血鬼とやら」


「初代メデューサ殿か」


 二人が落ち着いて話をする初めての機会だった。


「お主がこの戦いを予見していた理由は何じゃ?」


「……………」


「勇者は貴様が侵略を始めてから現れたのじゃろう?

 客観的に言えば、貴様が戦いを始めたようにしか見えん。

 じゃが現に女神本人が『知恵の果実』を狙って勇者一行に紛れ込んでいた」


 もっと言えばアイギスの誕生に合わせてジャンヌと言う一人の人間の姿で、だった。


「そして、貴様がそれを知っていた、いや、それを最近察知したと考えると全てに合点が行くのじゃ」


「う……む」


「話し辛い話なのか?」


  どうも歯切れが悪い。


「長い話なら大魔王城に戻ってからにしない?」


 ヘルセーだった。


「そうですね、今後の方針もあります。じっくり話した方がよろしいかと」


 アンクもそれに同意した。

 一晩、結界城に泊まって明日大魔王城に戻り、それまでにブラムに考えをまとめてもらう事にした。



 結界城には二つの城門があるが、どちらが表でどちらが裏と言う事はない。

 魔界側と人間界側の二つの城門があるのだった。


 アイギスは人間界側の城門の外に、すなわち人間界にブラムを呼び出した。


 気になっていた、込み入った話をするためだ。

 すでに夜になっていたので、太陽の光に弱い吸血鬼であるブラムにとっても問題はない。


 ウェスタからデートに誘われた。

 ショッピングも食事も楽しみだった。

 連れ去られたブラムを取り戻すこともできた。

 敵だったハーピー姉妹とも意外と仲良くできるのかも知れない。

 女神になって去って行ったジャンヌのことは気になったが、彼女は幼馴染み。

 何か方法があるのではないか。


 最後は全てが丸く収まってハッピーエンドになるだろう。

 後はブラムに気になっていたことを尋ねるだけだ。


「何の用だ?」


 もう敵対していないとは言え、威圧感は相変わらずだった。

 アイギスは恐る恐る尋ねた。


「わたしとあなた、同じ能力を持ってるじゃないですか」


「そうだな」


「そんな人他に会った事なくって……。


 あの…あなたはわたしのお父さん、じゃないですか?」


「何を言っている?ふざけているのか?」


 ブラムも同じ予感がしているに違いない。そう思って切り出したのに、それは意外な反応だった。


「わたしとあなたの能力が似ているのは親子だからじゃないかな、って」


「そんな訳があるものか!」


 アイギスは困惑した。ブラムは明らかに憤慨している。


「わたしの娘が死んだのは五十年前のことだ。お前が娘のはずがない!」


 ブラムのあまりの剣幕に恐怖すら覚える。

 彼に娘がいたのは間違いがないようだが、年齢には大きな隔たりがあるようだ。

 それにすでにこの世にはいない……?


「知らないなら先に教えてやる!

 五十年前、人間界に住んでいた私の娘が魔物の手先という噂が流され、殺された」


「え……?」


 激高するブラムから語られるのは予想外の、そして衝撃の内容だった。


「カリスがわたしの中の『知恵の果実』の力が娘に宿っていることに気付き、そう仕向けたのだ!」


「殺された……?!」


「元人間のわたしは敵も多く、魔界の平定に時間がかかり、なかなか人間界まで行けなかった。

 急いで駆けつけたが、娘の亡骸すら見つけることはできなかった」


「そんな……!そんな事……」


「カリスの奴がどんなおぞましい方法を使ったか知らぬが娘の死体から『知恵の果実』の力を抜き取った。

 そして、それを扱える人間を作りあげた。それがお前だ。

 お前が『知恵の果実』の力を使えるのはそのためだ!」



 自分は彼の娘ではなかった。それどころか自分を作るために彼の娘が殺害された。

 彼が怒るのは当然だ。

 そして自分は女神カリスが知恵の果実の力を行使するために創ったのであって、両親など存在しないというのだ。

 勇者として世界中に存在を知られればいつか両親が自分の前に現れてくれるかも知れないと思っていた。

 しかし、そんな日は永遠に来ない。来る訳がない。


「あ、あ、あの……わたし、その…ご、ごめんなさい!」


 アイギスはその場から駆け出していた。

 何もかも分からなくなっていた。

 泣いている事に気付いたのもしばらく経ってからだった。


 わたしはなんておぞましいんだろう。

 わたしはなんて穢らわしいんだろう。


 選ばれし者、世界を救う者、今までそう思っていた。

 ウェスタと知り合い、魔界にすら平和をもたらせるのではないか、そう思っていた。


 とんでもない思い上がりだ。

 そもそも魔物たちを殺戮し続けて来た自分に彼らと一緒にいる資格があるのか。

 無自覚に彼らを傷付け、それなのに彼らを救うなどと言っている。

 平和をもたらすどころか、自分こそが争いの元凶のくせに!


 どう償えるのか見当も付かなかった。

 謝罪の言葉も思い付かなかった。

 ただ消えてしまいたいと思った。

 自分の存在が許せなかった。


 涙が止まらなかったが、心は次第に静まって来る。

 気が付いたら駆けだした先は人間界の森林地帯だった。


「こんなところにいたのね」


 その時、大きな羽ばたきがしたと思ったら、空中から天使のような姿が舞い降りた。


「探したのよ、ふふふ」


 見慣れた薄紫の修道服、ジャンヌこと美の女神、カリスである。ヴェールはしていなかった。美しいブロンドが風になびいている。

 六枚の白い翼を羽ばたかせたその姿は女神の威厳に満ちていた。


「カリス!!」


 アイギスはカリスを睨み付けた。目の前にいる幼なじみと思っていた女こそがブラムの娘を殺させ、「知恵の果実」の力を奪い、自分を創った諸悪の根源だ。



「何しに来たの?」


「怒っているの?アイギス」


 ジャンヌはいつも通りの涼しい顔だ。


「ブラムを無事に奪い返せてよかったじゃない。わたしもすでに『知恵の果実』は頂けたから用はないわ」


「彼の娘の遺体から知恵の果実の力を抜き取るために人間たちに殺させたの!?」


「そうね」


 事も無げに、さして関心もなさそうにカリスは言った。


「ひどい!」


「一応断っておくけど、『知恵の果実』の因子を手に入れる方法は魔術的なものだから、遺体を切り刻んだりはしていないわよ」


「そういう問題じゃないわ!」


「『知恵の果実』の力は残念ながらわたしには全ては使いこなせない。でもあなたなら大丈夫。あなたはその器がある。そのようにあなたを作ったもの。


 今こそあなたの力が必要よ。わたしと来なさい。わたしのために『知恵の果実』を使いなさい」


 カリスはそう言うと手を差し伸べて来た。


「嫌だと言ったら?」


「戦争で魔族を滅ぼすしかないわね」


「天使を使って?」


「そうね。天使の召喚は今回『知恵の果実』を手に入れた事でできるようになった能力なのよ!」


「神様が戦争を起こす?」


「わたしもこんなことはしたくない。わたしは美しくないことはしたくないの」


「わたしに何をさせるつもりなの?」


「わたしは先代の神から神の座を引き継いだ。なのに困ったことに一部の力を行使できないのよ。『知恵の果実』が必要な力がね」


 カリスは着地した。


「『ボアネルゲ』。

『知恵の果実』を人間に与え、自らも持ち去った大魔王ルシファーと魔族を滅ぼすべく地上に一週間降り注いだ神の雷。

 それを魔界に召喚したいのよ。そうすれば人間もわたしも手を汚す事なく、魔族を滅ぼせるわ」


「そんな酷い事!協力すると思っているの?」


 恐るべき計画だった。

 カリスは悪びれる風もなく、単なる合理的なプランとしてそれを語った。


「天使を魔界に攻め込ませて全面戦争をするよりマシだと思わない?

 戦争はわたしの美的センスから言わせてもらっても好ましい事ではないの。

 それに魔族達の間に本当にあなたの居場所はあるのかしら?」


 どきっとした。的確に痛い所を突かれたと思った。


「大魔王はあなたを憎んでるでしょう?」


 その通りだった。そして、それは当然の事だと思った。


「それまでだってわたし達は無数の魔物を殺害してきた。

 それを恨んでいる魔物もいるはずよ」


 それもきっとそうに違いない。


「でも…ウェスタは魔界と人間界の平和と自由のために……」


「確かに彼はよく働いてくれた。

 でもわたしは彼のためにも自分の目的をやり遂げるつもり」


 体よく利用したとすら思っていないようだ。

 悪気すらない、ある意味強い信念とも言えた。


「結局戦いは起こるわ。あなたの存在は彼を苦しめるだけよ」


 全身から力が抜けるような気がした。

 自分にできる事があるのかないのか、そんな次元の話ではない。

 自分が戦いの元凶だ。


 そんなアイギスをカリスは包み込むように抱きしめた。


「わたしに任せて」


 カリスの豊満な胸に顔を埋める。


「あなたも言ってたじゃない。ずっと一緒だったって」


 もう今までと違う。彼女は甘えていい相手ではない。

 そう分かっていても力が出ない。

 引き剥がせない力ではなかったが、身体が動かない。

 どうしたらいいのか分からない。


 わたしは何のために生まれて来たの?


「アイギスッ!」


 ウェスタだった。

 戻らないアイギスに胸騒ぎを感じたウェスタは、アイギスを抱きしめる女神カリスの姿を

 見つけた。


「さあ、行きましょう」


 カリスはアイギスを抱きしめたまま飛翔した。


「待て!」


 アイギスはウェスタの声のする方を見やった。

 二人の顔が合う。


 アイギスは生気の感じられないうつろな瞳をしていた。

 精神制御でも受けたのか。

 その可能性もあったが、泣き腫らした様子もある。

 いずれにしろ、これは尋常ではない。


「こっちだ。アイギス!」


 ウェスタは手を伸ばし、飛び上がった。

 飛翔するカリスに届くものか。

 いや、あるいは届いたのかも知れない。

 しかしアイギスは手を伸ばさなかった。

 ウェスタの伸ばした手は空を切った。


「放って…おいて……」


 そう聞こえた。

 ウェスタは耳を疑ったが、聞き違いではなかった。


「わたしの事はもう……放っておいて……」


 アイギスは確かにそう言った。


「どうしたんだ、アイギス!」


 いつも活発で朗らかだった。

 デートの誘いを嬉しいと言ってくれた。

 そのアイギスが何故こんな事を言うのか。


「アイギス―――――ッ!!」


 カリスとアイギスは天高く飛び去った。

 そしてウェスタの叫びは、人間界の夜の漆黒の闇に、空しく消えていった。

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