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中魔王メデューサ  作者: 隘路(兄)
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第20話 ジャンヌ改め

 連れ去られた石化した大魔王ブラムを取り返すべく結界城に向かうウェスタ達。

 スフィンクス族のアンクとハーピー三姉妹の飛行能力で電撃作戦を敢行した。

 問題になるのは結界城の立地だった。

 小高い丘の上にあり、見通しがいい。

 迎撃に最適な城なのだ。

 そして、何しろ魔界と人間界の結界がある城なのだ。

 人間界に逃げ込まれれば大魔王の奪還はさらに困難になる。


 アンクに掴まったウェスタと、ハーピー三姉妹の長女、ケライノーに掴まったアイギスが相次いで飛翔する、が。


「微妙に重いー!」


「逆に重い―!」


 サイクロップス族のゲイリーを運ぶ次女アエローと氷の巨人ヨトゥン族のヘルセーを運ぶ三女オキュペテーはなかなか発進できない。


「こりゃあさすがに持ち上がんねえか」


「だと思ったわ。わたしが魔法で手助けするわね」


 ヘルセーがそう言うと風が巻き起こる。

 それは追い風となって四人は宙を舞った。ただし……。


「微妙にすごく寒いんだけどー」


「逆に寒過ぎるんだけどー」


「おいおい、ヘルセー。これじゃあ結界城に着く前に凍えちまうぜ」


「知らなかった?わたしは吹雪を起こす氷の巨人族なのよ」


「それは知ってるけどよ…」


「だったらガタガタ言わない。急ぎなんでしょう?」


 かくして八名は最速で結界城に向かった。



「そう言えばあなた達はなんで大魔王に仕えているの?」


 移動中アイギスは何気なく尋ねた。


「普通にあたし達は一族最後の生き残りのみなしごだったし。

 普通に大魔王城で食べ物を盗んで調理してたら大魔王様に見つかったけど、普通に住んでいいって言われたし」


 盗みに入ってそこで調理を始めるのもマイペースな話だが、彼女達らしくはあった。


「普通にあたし達の作った料理を食べたら不味いって言って、料理を作ってくれたんだ。

 普通にそれからあたし達が散らかしたのを片付けてくれて。

 普通に好きな色を聞いて来て、揃いのドレスを用意してくれたのも大魔王様」


「働けって言われた訳じゃないの?」


「普通に自分達で料理も掃除も習ったし。

 普通に今ではあたし達の料理をおいしいって言ってくれるし」


「そうだったんだ!」


 冷酷な印象しかない大魔王の意外な一面だった。


「お父さんみたいだね」


 アイギスはそう例えた。


「お父さん?普通にそうなのかなあ?普通にいた事ないから分かんないや」


「あたしも親がいないんだ」


「そうなの?」


「勇者になろうって思ったのも、有名になったら両親が気付いてくれるかもって思ったから」


「普通に強いからだと思ってた」


「戦うのは好きじゃないよ。両親を探す目的がなかったら、とても続けられてない」


 その時のアイギスが思い詰めた表情だった事にケライノーは気付いた。


「普通に親は見つかってないの?」


 大魔王を魔界まで撤退させた勇者は十分に有名になったはずだ。


「そうだね」


「そっか」


 それ以上ケライノーは尋ねなかった。

 しかし、思いつめた表情は両親が見つからなかった事のせいばかりではなかった。

 連れ去られた大魔王こそが自分の父親かも知れない。

 そして、その身に危険が及んでいるかも知れない。

 彼の身に何かあったらそれは自分のせいだ。


 しかしふと思った。

 もし、彼が父親だったらハーピー三姉妹は自分にとって妹のような存在になるのかも知れない。

 父親と同時に妹達まで手に入る。悪くないと思った。


「絶対にあなた達のお父さんを助けるわよ!」


 アイギスは気合いを入れ直した。

 何としても大魔王を奪還するのだ。


 近くの森で地上に降り、城のある丘まで近づいたが、そこからは強行軍で進むしかない。

 ハーピー姉妹の言うように天使の群れが空中を偵察していた。


「ウェスタ、天使の色に注意して下さい」


 攻撃前、アンクによるレクチャーがあった。


「色?服のことか」


 何気なく旋回する天使の服は赤いようだ。


「わたしも天使の姿を見るのは初めてですが、百年以上前の文献に記録があります。

 赤い法衣を纏うのはキュリオテス。空を飛ぶ能力に長けています。

 青い法衣はエクスシア。剣技に長けています。

 緑の法衣はデュナメイス。弓を操ります。」


「天使か。今まで見た事がなかったが、魔界で見る事になるとはな」


「普通にアンタのせいだし」


「微妙にアンタのせいだし」


「逆にアンタのせいだし」


「そうかもな。さあ、後は任せて安全な所に隠れるんだ」


 ハーピー姉妹を下がらせていよいよ突入する。



「わたしが陽動をかけます」


 飛行できるアンクが申し出て来た。


「気を付けてね」とアイギス。


「弓を使う天使が控えているなら、狙い撃ちに注意するのよ」


 これは巨人族のヘルセー。すでに冷気を纏って臨戦態勢だ。

 アンクが城に向かうと赤い法衣のキュリオテス達が発見し、空を飛んで迎撃して来た。

 続いて青い法衣のエクスシア達と緑の法衣とデュナメイス達が現れる。

 デュナメイス達は弓を構え始めるが、


「行くぞ!」


 そこでウェスタ、ゲイリー、アイギスも進撃を開始し、アンクは森に姿を消す。


 天使達の戦闘力はそれほどでもなかった。もちろん魔王達と勇者にとってだが。

 ウェスタ、ゲイリー、アイギスはエクスシアとデュナメイスを各個撃破した。

 アンクの陽動に掛かって、取って返してきたキュリオテスもヘルセーの氷の魔法で迎撃し、城内に侵入する。

 気になったのは倒した天使達から光の塊のようなものが抜け出て、人間界の方向に飛んで行った事だった。

 さらにその後、天使の身体の方は消え失せた。


「伝承にも伝えられていない事ですね」


 アンクもこの現象については知らなかった。



 無事に城内に入ったウェスタ達だったが、猛スピードで近づいて来る者があった。

 それは六枚羽の天使だった。


「我が名はラファエル」


 片手に槍、片手に軍旗のようなものを持っている。

 橙色の法衣を纏い、肩に掛かる長い茶髪をしている。


「こいつは…!他の天使とは違うのか」


「地を這う魔物ども、お前たちを人間界に通す訳にはいかん」


「大魔王を救出しに来ただけだ。人間界に用はない」


「大魔王に近づく事もまかりならん」


「何故だ?大魔王はお前の仲間がさらって行ったんだぞ。

 神の使いのやる事にしては随分乱暴じゃないか」


「我らがあるじのご命令だ」


 取りつく島もないが、わずかな会話で十分だった。

 その一瞬の間でラファエルと名乗った天使の横をスフィンクス族のアンクが通り抜ける。

 女勇者アイギスを抱えて。


「なっ!ま、待て……!」


「わたしは地を這うものではないのですよ」


 追いかけようとするラファエルだったが、ウェスタに斬り掛かられ、攻撃を受け止めるしかなかった。

 アンクとアイギスは奥へ進んで行く。


「怪物共めぇっ!」


「言葉もないな。メデューサ族の魔王、ウェスタだ。怪物のはしくれではある」


「俺はサイクロップス族、怪物っちゃあ怪物だな」ゲイリーはウィンクして言った。


「怪物なんてぶしつけね。傷付くじゃない」ヘルセーは不満そうだ。


「三対一だが、急いでいるのだ」


 ウェスタは蛇の瞳になると言った。


「手加減はしない」



 玉座の間に辿り付いたアイギスとアンク。

 そこに確かに大魔王ブラムの石像はあった。

 しかし、それ以上に心を奪う存在がいた。

 実際、アイギスはその姿に釘付けになった。


 ブラムの像の前に佇む後ろ姿には光輝く白い十二枚の翼があった。

 翼の間から白のヴェールと薄紫の修道服が見える。

 その姿はアイギスに気付くと振り向いた。


「ようこそ、アイギス」


 そこにいたのは見慣れた姿、旅の仲間にして、生まれた時から一緒に時を過ごした姉妹のような存在。

 女僧侶ジャンヌだった。


「ジャンヌ……!本当にあなたがジャンヌなの?」


 まっさきにそれが確認したかった。

 翼の生えた天使のような姿もそうだが、平然と石像と化したブラムの傍に立っているのは本当に自分のよく知るジャンヌなのか。


「そうよ、わたしがジャンヌ」


 ジャンヌは微笑んだ。柔和な、以前と変わらぬ微笑みだった。


「でもその名前は今日までで終わりなの」


「え……?」


 ジャンヌはヴェールを脱いだ。

 アイギスの知る限り、就寝と入浴時以外脱いだ事のなかったヴェールを。

 長髪のブロンドがあらわになる。肩までを悠々と覆う金髪は背中の翼にもかかる。

 いよいよ天使そのものとしか思われない神秘的な姿だった。


「アイギス!無事か」


 ウェスタ、ゲイリー、ヘルセーも玉座の間に辿り着く。

 やはり、彼らもジャンヌの神々しい姿に釘付けとなる。


「あの天使は?」


 アンクは尋ねた。


「ああ、倒した。やはり光の塊になって消えた」


「ラファエルがもう倒されたのね」


 ジャンヌは多少驚いていたようだが、


「実際、時間的な制約は厳しかったから、準備不足は否めないかしら」


 そう言うと納得したようだった。


「ちょうどいいわね。自己紹介をさせて頂くわ」


 ローブの端をつまんで会釈をしたその顔にはうきうきとした高揚感すら漂う。


「わたしの名前はカリス。女神と呼ばれる存在です」


 そう告げる顔からは自信と威厳が漲っていた。

 物静かで控え目な女僧侶ジャンヌからは窺い得ない表情だ。


「カリス、だって?」


「女神じゃと!?」


「ええ、今では主神に託された天界を取り仕切り、人間界を見守り、加護を与えております」


 彼女が文字通りの天界の長たる女神だと言っているようだ。


「ジャンヌの名前は今日で終わりって、どういう事なの?!」


 アイギスはほとんど叫ばんばかりだった。


「ジャンヌと言うのはあなたを導くための仮の姿。これが本当のわたし。

 大魔王を無事に倒したし、そろそろ本業に集中したいでしょう?

 だから今日からはカリスと呼んで、ね」


 正体を隠していた事を悪びれる風もない。

 単に職を変えただけのような言い方だった。


「どうして大魔王を連れ去った?」


 ウェスタは一番の疑問を投げかけた。


「初代の大魔王、ルシファーが天界から持ち去った宝を返してもらうためだわ。

 それは大魔王が代々受け継いでいるの」


「宝、だって?」


「『知恵の果実』よ。

 人間に知恵を与え、魔界を作り出す際も使用されたものよ」


「『知恵の果実』じゃと!」


 大メデューサは思わず叫んだ。


「ご先祖様は知っていたの?」


「人間に知恵を与えた話は聞いた事があったが、ルシファー様しか使いこなせないとも聞いておった」


「さすが初代メデューサ。知っていたのね」


 カリスは小さく拍手をした。


「わたしはこれを何としても取り戻したかったんだけど、始末の悪いことに死の瞬間に次の大魔王に受け継がれてしまうのよ。

 手に入れるには死の瞬間に立ち会うしかないと思ったから、魔界まで攻め込む事にしたの」


 ジャンヌが大魔王に止めを刺せと言った理由だったようだ。

 かつてアイギスに女神も『魔界に進出せよ』と言ったようだが、同一人物だったなら意見が合うのは当然だろう。


「死の瞬間に『知恵の果実』を奪うというのが上手くできるかが心配だったけどウェスタ、あなたのおかげで最も理想的な状態にできたわ。

 生きたまま石化できるなんて!メデューサのあなたにはいくら感謝してもし足りないくらい」


 石化の蛇眼で大魔王を石にした事が、死の瞬間に受け継がれると言う「知恵の果実」を奪う絶好の機会となったと言う。

 ウェスタは自分が苦難の末に勝ち取った勝利が利用された事にショックを隠せなかった。


「わたしはまんまといいように使われたと言う訳か?」


「あなたは大魔王を倒す目的を遂げた。

 お互いの目的が合っていたのだからよかったじゃない」


 そう言うとカリスは手から輝く球体を取り出した。よく見るとくだもののように見える。


「これが知恵の果実よ。大魔王から取り出したの」


 その直後、カリスは宙に浮かんだ。十二枚の翼の風圧が伝わって来る。


「わたしはこの果実を研究しなければ。大魔王は返してあげます」


「彼は、大魔王は無事なのか」


「石像になって見ると意外とダンディーで美しかったから、破壊するチャンスを失ったわ」


 どこまで本気なのか分からないが、大魔王を殺害してはいないようだ。


「恐怖の表情だったら破壊してたかも。黄金の蛇眼だったかしら?

この彼のスマイルもあなたのお手柄かもね、フフフ……」


 おどけて笑って見せるのも僧侶ジャンヌらしからぬ表情だ。


「わたしは美しい世界を作りたい。その手段も美しくあるべきだわ」


 カリスはゆっくりと後退して行く。


「待って!ジャンヌ」


「カリス、よ」


「いいえ、ジャンヌよ。戻って来て。

 わたし達ずっと一緒だったじゃない。生まれてからずっと」


「わたしはカリスよ」


 微笑みを崩さずそう言っただけだった。

 彼女は人間界の方向に飛び去って行ったのだった。


「ジャンヌ、あなたは……」


 ジャンヌは自分の事を女神カリスと名乗った。

 大魔王は無事に取り戻せたが、代々受け継いで来たと言う「知恵の果実」は奪われた。

 そして、ジャンヌに関してはもう戻って来ないのかも知れなかった。

【展開可能な情報】


・微妙にすごく


すごい>>微妙にすごい>>>>>>>>>すごくない


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