第16話 黄金の意志
大魔王ブラムがアイギスと同じ複数の魔物の能力を使用した。
この事は大魔王と勇者アイギスに関して大きな謎を提示した。
「あの人は一体……、わたしとあの人はどういう関係があるって言うの?」
もちろん、ウェスタもその事実に衝撃を受けた。
とは言え、問題はその謎を解く事より大魔王ブラムとどう戦うかだ。
「どうして結界城の戦いではその能力を使わなかったの?」
「『昼間』だったからだ。あの城は老朽化が激しくて破壊してしまう恐れがあったからだ。
わたしは日光を浴びる訳にはいかぬのでな」
ブラムは大魔王とは言え、吸血鬼。日光を浴びれば灰化する。
アイギス達もその事を当て込んで昼に攻め込んだ訳ではあった。
「人間界の昼間での戦いではわたしは力を発揮できない。
元々早めに切り上げるつもりだった」
マントを翻し勇者一行に対する大魔王、アイギスはその姿に威圧感を覚えた。
一度倒した相手と思っていたが、前回は手加減していた。
「日光の届かぬ魔界ならば、わたしは十二分に力を発揮できる。
そう。十二分に、だ」
「くっ!みんな注意して。この前のようにはいかないわ!」
アイギスは仲間に注意を促した。
しかし、それは遅かった。
「ブラックパンサー」
ブラムが高速移動した先にいたのは戦士ゲーゴスだ。
すでに魔神の戦斧を拾い上げていたゲーゴスはそれを振り下ろしたが、
「アイアンゴーレム」
ブラムは手で巨大な戦斧を受け止めていた。
しかも、そのまま戦斧を取り上げ、ゲーゴスを袈裟斬りにする。
ゲーゴスの巨体が崩れ落ちるより早く、ブラムは次の獲物、魔法使いフィリップに詰め寄っていた。
「複数の能力を同時にじゃと!」
アイアンゴーレムの能力によって得た身体の硬質化の最中も、直前に用いたブラックパンサーの能力の高速化は続いていた。
そう考えなければ有りえない素早さだった。
フィリップも素早く呪文の詠唱を始めていたが間に合わなかった。
「ワーウルフ」
鋭く長い爪がブラムの手に現れ、横薙ぎの一撃がフィリップの体を引き裂いた。
「くっ!」
そして、ブラムは最も後方にいた僧侶ジャンヌに肉薄する。
「スリープクラウド!」
ジャンヌは眠りの魔法を発動させる。これも呪文の詠唱の時間を考えれば素早い反応だった。しかし、
「ガーゴイル」
眠りを促す霧の中をブラムは通過したが、いささかも動きは衰えない。
魔法生物の性質で眠りの霧を無効化したのだった。
そして、大魔王はジャンヌの左胸に剣を突き立てた。
「なっ……!」
「貴様らはわたしを追い込んだつもりかも知れん」
勇者一行が一瞬の間に三人倒された。
「だが、この狭い空間から逃げられなくなったのは貴様らの方だ」
「よくもみんなを!」
アイギスはブラムに切り掛かった。
「ミノタウロス!」
「ギガンテス」
アイギスはブラムに切り掛かるが力比べは前回と同様敵わない。
「お前で最後だ」
ブラムはバランスを崩したアイギスに切り掛る。しかし、
素早く飛び退いたブラムの視線の先にいたのはアイギスではなく、ウェスタだった。
その目は蛇の瞳になっていた。
「恐慌の蛇眼」が発動されたのだった。
「メデューサか」
その間にアイギスはジャンヌの元に駆け寄った。
抱き上げた身体は重い。
修道服には大量の血液がこびりついている。
絶命しているのは明らかだった。
「なんて事……、ジャンヌ…、みんな……」
女神の加護を受けた勇者一行はジャンヌの魔法で蘇生できる。
つまりそのジャンヌが倒されてはゲーゴスもフィリップも復活できない。
「こんなの、あっけなさ過ぎる……」
ウェスタももちろんショックを受けていたが、関心事は別の事だった。
「大メデューサ様、言われた通り『恐慌の蛇眼』を撃ちました。
これに何の意味が?」
「大魔王は蛇眼を避けた。じゃが眠りを無効化するガーゴイルの能力が効いておれば避ける必要などないはずなのじゃ」
「……!確かに、しかし何故です?」
「奴の使う他の魔物の能力は一度に重ねられる回数に限りがあるのじゃろうな。
恐らく三種類じゃ。四つ目を使ったらどれか一つを打ち消さなければならない」
「だからギガンテスの怪力を使うためにガーゴイルの能力を解除しなければならなかった?」
「状態異常を避けるガーゴイルの力は『石化の蛇眼』も防ぐであろう厄介な能力じゃ。
しかし、他の能力を三種類使わせれば解除できるじゃろう」
「そうか!アイギス」
ウェスタはアイギスに駆け寄って事情を話す。
ショック状態だったアイギスだが話を聞くと立ち直った。
これで三人の仇を打つのだ。
「メデューサよ、貴様はそんなに魔界の支配者になりたいのか」
ブラムはまだ勝負を諦めていないウェスタに話し掛けた。
「柄じゃあない、とわたしには見えるがな」
「わたしは戦争を止めたいだけだ。支配者になりたい訳じゃない!」
「だったら王の座には就かず、革命でも起こすか?」
革命?
結局はパワーゲームに勝った誰かが支配をするだけだ。
革命も支配も同じ事だ。
自分の理想ではない。
「王の座に就いて、自分の理想を遂げる!
統治者にはなるが、支配者にはならない!」
「きれい事だな」
ブラムは吐き捨てた。そしてウェスタが戦っているのは大魔王だけではなかった。
「それは『石化の蛇眼』を放棄すると言う意味で理解していいのか?」
大メデューサの蛇髪から声が聞こえる。
「『石化の蛇眼』は支配者の力。
この戦いでお前自身で『石化の蛇眼』を発動できなければ意識を永遠に奪うと言ったぞ。
忘れておるまいな?」
「もちろんです」
「待って!まずはこの戦いに勝って、それからにしましょうよ」
インゲルは狼狽した。
意識を永遠に奪ったらウェスタの心はどうなってしまうのか?
消え失せてしまうのではないか?
「いえ!ご先祖様が気に入らないなら、王様になんかならなくたっていいじゃない!」
ウェスタがウェスタでなくなってしまう、そんな事は耐えられない。
それくらいならもういっそ戦いなんてやめてしまえばいい。
「もうたくさんだわ。メデューサ城へ帰りましょう」
「いや、インゲル。大丈夫だ」
ウェスタの顔は決意に満ちていた。
意識を大メデューサに明け渡すつもりもなければ、大魔王の座を諦める気もなかった。
「わたしの心の成長は確かに必要だった。それだけの事さ」
殺意まで伴った圧倒的な支配欲、支配者の慈悲、大メデューサはそれが「石化の蛇眼」を発動するキーであり、王の座に着くために必要なものだと言う。
協調するふりをしながら実権を奪おうとする魔王レヴィアも目の当たりにした。
一理ある、と正直思う。
だがそれは同時に自身の弱さと卑しさが表われてもいる。
そう卑しいのだ。
戦乱の時代を終わらせる突破口とは、この卑しさの克服ではないのか。
ウェスタは意識を集中する。
それは確かに中央の目への魔力の集中を促していた。
すなわち、膨大な魔力をウェスタが制御できている事を意味していた。
ウェスタはその目を左手で隠した。
それが「石化の蛇眼」の輝きであることを確信したからだ。
間違いなく中央の蛇眼が輝いている。
しかし、その輝きは赤くはなかった。
「ウェスタ!この輝きは……!」
「黄金の蛇眼…!黄金の感情じゃとっ!?」
大メデューサは困惑した。黄金の輝きと共に周囲に広がるのは殺意と支配欲による重圧のような感覚ではなかった。
それは太陽の輝きのようなまばゆい暖かい感覚だった。
「殺意と支配欲を用いず、石化の蛇眼を発動させたと言うか!?
一体何を感情のキーに変えたというのじゃ!?」
黄金の輝きを手の中に収め、ウェスタは宣言した。
「憎しみと欲望の連鎖に身を委ねて王になるつもりはありません。
わたしは、この黄金の意志で!
気高さと覚悟で王の道を切り開きます!」
「気高さ?」
「覚悟、だと?」
大メデューサとブラムは同時にうなった。
「それがわたしの蛇眼、わたしの王道です!」
「あなたの王道、わたしは信じるわ!」
アイギスはブラムに攻撃を仕掛けた。
「マンティコア!ミノタウロス!」
アイギスも二つの能力を用いた。力と素早さ兼ね備えた剣撃を繰り出す。
「ブラックパンサー、ギガンテス」
ブラムも同じ能力を使って応戦する。
「ああ!必ず勝つ!」
アイギスの攻撃に重ねてウェスタも剣を繰り出す。
片手で中央の蛇眼を抑えての攻撃だったが、ブラムの剣を跳ね除けた。
「ハイドラ!イフリート!」
アイギスは両手から水流と火炎流を繰り出した。
「フォルネウス、アグニ」
ブラムはそれを打ち消すために火球と水流を作り出した。
「これで四種類じゃ!」
ウェスタの剣に伝わる素早さと力強さはブラックパンサーとギガンテスの能力を解除していない事を示していた。
状態異常を防ぐガーゴイルの能力は使っていない。
ウェスタは大魔王を見据えて左手を下げた。
黄金の輝きがブラムに到達する!
赤い蛇眼の殺意と支配欲は対象に恐怖を与えた。
では黄金の蛇眼の、気高さと覚悟から来る「黄金の意志」は対象に何を与えるのか?
(後は貴様の好きなようにやってみろ)
ブラムは微笑んでいた。
敗北を認め、後事を託す事を決めた微笑みだった。
(魔界を守れ)
暖かい光の中で笑顔のままブラムは石像になった。




